お姉さんと僕   作:埴輪庭

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第43話「その頃のアリス②」

 ◆

 

「クソったれですわね!」

 

 アリスは叫ぶやいなや身を(かが)め、左足を軸としてまるで駒の様にまわり、右足刀で正面下方を薙ぎ払った。

 

 常人が受ければ足首の骨を粉々に破砕してしまう程の足払いはしかし、相手の態勢を若干崩すだけに留まる。だがアリスは足払いの際に回転した勢いそのままに、相手のテンプルへ強烈な左拳のバックハンドブロウを放っていた。

 

 ぐしゃりだかめきゃりだか、そんな剣呑な音が鳴り響いて相手は倒れ伏す。

 

 顔の半分以上が陥没しており、ピクリとも動かない。もしかしたら死んだかもしれないが、これはアリスにとって殺人にはあたらない。

 

 というのもカトリックに於けるバトル・エクソシズムの教義によれば、人に害為すモノ──例えば悪魔とか邪教徒だとかを拳、あるいは聖別された得物を用いて抹殺する事は善とされているからだ。ちゃんと聖書に書いてある。

 

「ア、アリスさん! こっちも! こっちも~! キャー!」

 

 叫び声。

 

 見れば、千進が錫杖を振り回していた。彼女の周囲には男が二人。(よだれ)を垂らし、やけに息遣いが荒い。両眼も充血しているのか赤く染まっている。

 

 (はた)から見ればうら若き乙女を襲う変質者でしかないが、振り回す拳、その身のこなしなどはやけに鋭い。千進に襲い掛かっているが捉え切れていないのは、千進の回避行動もやけにこなれているためであろう。

 

 まあ要するに明らかに常人ではないと言う事だ。男たちはもちろん、一応は千進も。

 

 そう、彼女らは目下()()()である。

 

 男たちがアリスたちを──ではない。

 

 その逆だ。

 

 千進の術により高田馬場へ向かっていた二人は道中、避難民とみられる集団に数名の男たちが襲い掛かっていたのを見つけた。

 

 それを横っ腹から食い千切る様に襲撃してやったのである。

 

 ・

 ・

 ・

 

 アリスは既に次の間合いへ踏み込んでいた。

 

 エクソシストの運足は剣士のそれと似て非なる。重心を沈めずに跳ね運び、拳打から蹴り、退避から接近へ瞬時に切り替えるためである。

 

 千進に手を伸ばしていた方が、アリスの気配を察して振り向いた。

 

 遅い。

 

 アリスの左足が上段へ跳ねる。太腿の付け根から膝、脛、足の甲までを一本の棒と見立てる。その先端が男のこめかみを掠めた。掠めただけでいい。それで事足りる。頭蓋においてこめかみは最も脆い薄板骨が露出する部位であり、そこへ鞭のような打撃を入力すれば脳は頭骨の内壁で一度跳ね返り、意識は即座に刈り取られる。

 

 バトル・エクソシズムは人体の脆弱を神学的に把握しており、この急所を『神が人を造り給うた際に残し給うた敗北の予定地』と呼んで教えるのだ。神が人間に弱点を残したのは、悪魔に取り憑かれた者を同胞が撃退できるようにとの御配慮である──というのは、アリスの父の教えであった。

 

「お、ご……ぉ──」

 

 男は糸の切れた玩具の様に横倒しに崩れ落ちた。顎の骨が奇妙な角度で垂れ下がり、こめかみから血がゆっくりと滴っている。

 

「アーメン」

 

 アリスは指先で小さく十字を切る真似をした。

 

 残る一人が千進から意識を剥がし、アリスへ向き直る。

 

 だがそれも遅い。

 

 アリスは男の伸ばした腕を半身で躱し、まるで蛇が巻き付くように腕へ取りついた。そして宙空で腕ひしぎ十字固めを決め、そのまま──

 

 ごきり、と。

 

 男の前腕が不自然な角度で跳ね、骨の端が皮膚を突き破って白く露出する。男は絞められた鶏のような声を漏らして膝をつきかけた──その鼻骨の下に、アリスの膝が突き刺さった。

 

 バトル・エクソシズムにおいて、下から上へ突き上げる膝打ちは『十字架の縦棒』と呼ばれる。敵の体幹の中心線へ、重力と筋力を同時に乗せた打撃を下から叩き込むのだ。これは十字架の上辺から下辺への聖痕(スティグマ)を逆向きに辿る所作であると同時に、篩骨と蝶形骨の連結部を粉砕する即物的な暴力でもある。

 

 祈りと殺しが同一の動作に収束する──これが祓魔師の(わざ)である。

 

 §

 

 襲撃者の総数は六名。そのいずれもがアリスによって改宗させられた。

 

 聖なる御業によって命を落とした、もしくは半殺しの憂き目に遭ったのだから、現世の罪は許されたのだ。

 

 千進はといえば錫杖を抱きしめるように座り込んでおり、震えていた。

 

「ひぃぃぃぃ、こ、こわ、こわ、こわあい……」

 

 四十女が余りにも無様──と言いたい所ではあるが、彼女はかなり童顔なので二十代半ばくらいにみえなくもない。だかといって、仮にも密教坊主である彼女がこんなザマというのはややアレだが。

 

「お疲れ様ですわ」

 

 アリスは千進の肩をぽんと叩いた。叩かれた千進は「ぴゃっ」と飛び上がる。

 

 それからアリスは、道の端に固まる集団の方へ向き直った。

 

 十名ほどの避難民だった。

 

 老人が二人、子供が一人、残りは成人男女である。

 

「ご無事ですの? 怪我をされている方は前へ。まあ簡単な応急処置くらいならしてあげられますわよ」

 

 集団の後方から、一人の中年男が這うようにして前へ出てきた。

 

「け、怪我はありません。あ、ありがとうございます」

 

「それで、なぜ襲われていたのですか?」

 

 男は地面に転がった死体の一つを指さした。

 

「あ、阿弥陀羅が──」

 

「阿弥陀羅──つまりあなたたちは皆異能を持つ、と? 彼らは異能者を攫うと聞いていますわよ」

 

「数人は……でも、最近は、異能持ちだけじゃないんです」

 

 男は口角から泡を噴きながら言葉を継ぐ。

 

「片っ端、って感じで……。前までは異能のない奴なんかどうでもいいって感じだったのに……。二週間くらい前から、様子が変わって──」

 

 男の呼吸は苦しげだった。

 

「で、攫われた人達は誰も戻ってきません。一人も」

 

 アリスと千進は視線を交わした。

 

 

空白行について。現在、句点「。」で終わる文章一つにつき空白行が一つありますが、これは読みづらいですか?

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