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机の向こうに鷲尾医師がいた。ただ、顔色がひどい。すっかり青ざめており、どうみても生きている人間の肌の色ではない。文句を言いに来た早川もこれを見てさすがに困惑を隠せない様子であった。
「な、なあアンタ、顔色わりいぞ……大丈夫か?」
「ああ、もうそこまで馴染んでいるんですか?」
早川の問いに鷲尾は机の上のペンを置き、にこりと笑って答える。
「は……? 馴染むって……」
「まあまあ。そこは追々わかりますよ。でも、別に気分は悪くないでしょう?」
言われて、早川はムゥといった風情で黙り込む。
確かに悪くはないのだ。
水も飲まずに半日以上が過ぎているのに喉の奥にしっとりとした湿り気がある。頭痛もなければ眩暈もない。腹はもちろん減っていない。不調は一切感じていない。だが──。
「……悪くはねえよ。痛くも痒くもねえ。だがよ」
「でしょう?」
鷲尾は満足そうに頷いた。
「ここはそういう場所なんです。外と違ってね。でも何も感じないのは今だけですから安心してください。ちゃぁんと体に馴染んだら、お腹もすくようになりますし、喉も渇くようになりますよ。早川様はただ待つだけなんです、馴染むのを。皆様、そうやって穏やかにお過ごしになっていますよ」
「……皆様って」
「ええ。先に入院された先輩方です」
鷲尾は机の上のカルテを引き寄せ、万年筆を走らせながら言う。
「早川様も、あと二、三日もすれば異能もより深く、強く体に馴染んでいく事でしょう。なんだったら試してみてもいいんですよ? 実感があれば今感じている不安もなくなると思うんです」
「試す、って……」
「ええ、まあその辺の備品に早川様の念動力をかけて、へし折ったり引き千切ったり、どうせ翌日にはすべて元通りになりますから。成長を実感したいでしょう? それともなんでしょう、備品では満足できなかったりしますか?」
ぺらぺらとしゃべくる鷲尾の口元を見ながら、早川は何だか変だなと、今更ながらに思った。というのも、何か
──そもそも、俺はなんでここにいるんだっけ。ああ、そうだ、異能だ。飲めば異能が強くなるっていうから……でも、なんか知らねえがここから出れなくて……そうだ、
何やら考えがまとまらない。
酔っぱらっているかのように、思考が散り散りになってしまう。
くそ、と首を振り、早川は鷲尾をにらみつけて言った。どんな話がどう進んでいるのか良く分からない、分からないが、このまま会話の主導権を握られちゃだめだという妙な切迫感があった。
「なんかよ、俺頭余りよくねえから分からないんだけどよ、美味い話ばっかり聞かされてる気がするんだよな。その……馴染むっての? 中途半端でいいから、ここを出してほしいんだよ。なんだか無理やり閉じ込められている気がして気ィ悪いぜ!」
言ってやった、と早川は思った。
そんな早川の言葉に、鷲尾はといえばきょとんとした表情を浮かべて首をかしげてから苦笑した。
「うーん……何か誤解しているみたいですね。私はその、早川様を罠にかけようとか、そういう事は思ってません。ただ、救いたいとは思っています」
「救いたいって……なんだよ、東京から出してくれンのかよ?」
いいえ、と鷲尾は首を振った。
「今、私だけではなく早川様も──いいえ、この東京にいる者たちみんなが試されている事にお気づきですか?」
鷲尾はさきほどまでの飄々とした様子とは打って変わり、緊張感の滲む様子で滔々と語った。
◆◆◆
この国が危うい──そう最初に気づいたのは、多分
元より、
このままでは、自分達が喪われてしまう、とね。
だからより強い加護を、権能を人に分け与えようと考えたのです。それが異能の始まり……まあ、これは、私の推測に過ぎない事も付け加えておきます。
しかし人は欲深く、そして傲慢だ。
一部の者たちが
きっとどこかの国で、誰かがより大きいモノ、より価値のあるモノを欲しがったのでしょうねえ。……早川様、あなたは東京の外でいま、何が起きているかをご存じですか?
ふふ、もったいぶってすみません。
でも聞かなければよかったと思うかもしれませんね。
今この日本でまがりなりにも都市の形を保てているのは、この東京だけなのです。
え? 他の地域ですか?
さあ……もう瓦礫の下じゃないですかねえ……。何せびゅんびゅんとミサイルが飛んできたそうですから。
しかしあの男も大したものですよ。かのお方の猛々しさ、荒々しさ、そして禍々しさに臆さず取引を持ち掛けるとは。ただ、かのお方は究極的に言えば調和を保つ役割を担っているわけですから──
おっと、今日はこの辺にしておきましょう。
なあに、すぐに退院許可を出しますよ。もう少し馴染めばね……私は決してあなたを害そうとは思っていませんよ。だから信じて──……ああ、そうですか。
そこまで言うなら、仕方ないですねえ。
【豊島区】紫の空の下で生きる【雑談スレPart.6】にも鷲尾医師は出てきています
空白行について。現在、句点「。」で終わる文章一つにつき空白行が一つありますが、これは読みづらいですか?
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①問題ない
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②少し詰めて欲しい