お姉さんと僕   作:埴輪庭

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第23話「日常⑥(聖、佐原 裕、眞原井 アリス、祟 麗華)」

 ◆

 

 夢を見た。

 

 いつもの夢じゃない。

 

 ただ真っ白な世界に僕は立っていて、どこまでも続く白い霧の中を歩いていた。

 

 足元も見えない。

 

 手を伸ばしても指先が霞んでしまうくらい濃密な霧だ。

 

 でも不思議と怖くはなかった。

 

 むしろ心地よいくらいで──

 

『聖君』

 

 聞き慣れた声が霧の向こうから響いてきた。

 

 お姉さんだ。

 

 僕は声のする方へ歩き出す。

 

『霧が出てきましたね』

 

 お姉さんがそんな事を言う。

 

『ああ、もどかしい』

 

『霧さえ無ければあなたを抱きしめられるのに』

 

『でも、霧が晴れるという事は聖君が──』

 

『幽世に──触──』

 

 お姉さんの声がだんだん小さくなる。

 

 そして──

 

 アラームの音で目が覚めた。

 

 カーテンの隙間から朝日が差し込んでいる。

 

「あれ……」

 

 なんだか物足りない気分で体を起こした。

 

 お姉さんの夢を見ていたような気がするけれど、内容はもう思い出せない。

 

 ただ、お姉さんの夢という事だけは不思議と覚えている。

 

 ──最近お姉さんの夢をよく見るなあ

 

 そんなことを考えながら制服に着替える。

 

 昨日の夜遅くまでハザードマップの情報整理をしていたせいか、少し眠い。

 

 でも今日は楽しみなことがある。

 

 放課後のオカ研で、みんなで集めた情報を地図に落とし込む作業をするのだ。

 

 ◆

 

 いつもより少し早めに教室に着くと、まだ生徒はまばらだった。

 

 自分の席に座ってノートを開く。

 

 昨日集めた情報をもう一度確認しておこう。

 

 緑ヶ丘三丁目のアパート──全住民と連絡が取れない。

 

 桜台の深夜の泣き声。

 

 北町の黒い影。

 

 どれも火々羅町の試験防疫後に報告が増えている。

 

「よう、聖!」

 

 振り返ると祐が教室に入ってきたところだった。

 

 いつも通りの爽やかな笑顔。

 

「おはよう」

 

「なんか今日はそわそわしてるじゃん」

 

 祐が僕の隣の席に座りながら言った。

 

 図星だ。

 

「今日は部活だからちょっと嬉しくて」

 

 正直に答える。

 

「部活ぅ?」

 

 祐が不思議そうな顔をした。

 

 確かに僕がオカ研をこんなに楽しみにしてるのは珍しいかもしれない。

 

「都内の怪異を地図にまとめる『ハザードマップ』つくりをしてるっていうのは前言ったと思うけど」

 

 そう説明すると、ちょうどそのタイミングで眞原井さんが教室に入ってきた。

 

 いつも通りの完璧な制服姿。

 

 朝日に照らされた長い髪が艶やかに輝いている。

 

「おはようございます」

 

 眞原井さんが僕たちに挨拶をしてくれた。

 

「何の話をしていたんですの?」

 

 僕は簡単に説明する。

 

 そして──

 

「今日、それを整理してマップに落としこむんだよね」

 

 僕がそう続けると、祐の目が輝いた。

 

「へー、面白そうじゃん」

 

 身を乗り出してくる祐。

 

 そんな彼の様子を見て、眞原井さんも興味を示したようだった。

 

「……少し興味ありますわね。私も参加してみたいのですけれど……よろしくて?」

 

 意外な申し出に僕は驚いた。

 

 眞原井さんがオカ研に興味を持つなんて。

 

「お、じゃあ俺も」

 

 祐が即座に便乗する。

 

 二人とも本気みたいだ。

 

「うん、多分大丈夫だと思うけど……一応部長にきいてみるね」

 

 僕はスマホを取り出してメッセージアプリを開いた。

 

『祟部長、お疲れ様です。今日の活動に友達二人が参加したいと言っているのですが、大丈夫でしょうか?』

 

 既読がつくのは早かった。

 

 そして返事もすぐにきた。

 

 変なモグラがOKの看板を掲げてるスタンプ。

 

 モグラはまるでムンクの叫びの様な表情で、控えめにいっても不気味だ。

 

 ──相変わらずシュールなスタンプセンスだなぁ

 

 祟部長はいつもこんな感じのスタンプを使ってくる。

 

 つい最近までは血まみれの猫──血河chan──という不気味なスタンプを使ってた。

 

 でも了承してもらえたようで安心した。

 

「大丈夫みたい」

 

 僕がそう報告すると、祐は「よっしゃ!」と小さくガッツポーズをした。

 

 眞原井さんも満足そうに頷いている。

 

 なんだか今日の放課後が待ち遠しくなってきた。

 

 ◆

 

 授業中もずっとそわそわしていた。

 

 ノートを取りながらも、頭の中はハザードマップのことでいっぱいだ。

 

 どんな風に情報を整理しようか。

 

 地図のどこに何を書き込もうか。

 

 祐と眞原井さんはどんな反応をするだろうか。

 

 そんなことばかり考えていて、気がつけばもう放課後になっていた。

 

「じゃあ行くか!」

 

 祐が勢いよく立ち上がる。

 

 眞原井さんも静かに席を立った。

 

 オカ研の部室は校舎の端、三階の奥まった場所にある。

 

 古びた木製のドアには『オカルト研究部』と書かれた看板がかかっている。

 

「失礼します」

 

 ドアを開けると、いつもの光景が広がっていた。

 

 お線香と古い本の匂い。

 

 薄暗い照明の下で、何人かの部員が思い思いに活動している。

 

 そして部屋の奥には──

 

「やあ、来たね」

 

 祟部長が微笑んでいた。

 

 長い黒髪をさらりと揺らし、いつものようにオーラが凄い。

 

 祐と眞原井さんは一瞬息を呑んだようだった。

 

 祟部長は初見だとちょっと圧倒されるのだ。

 

「部長、友達を連れてきました」

 

 僕が紹介しようとすると、祟部長は手をあげて制した。

 

「分かっているよ。佐原祐君と眞原井アリスさんだね」

 

 どうして知っているのだろう。

 

 でも祟部長ならありえる話だ。

 

「佐原君の力は──パイロキネシスか。うん、頼もしいね。それと眞原井さんのエクソシストとしての知見は心強い。私たちの活動にとって大きな助けになるだろう。歓迎するよ」

 

 彼女の謎めいた笑みに、祐は「おう!」と快活に返した。

 

 アリスは軽く会釈する。

 

「では早速始めようか」

 

 祟部長が立ち上がり、部室の中央にある大きなテーブルへと向かった。

 

 そこには既に都内の巨大な地図が広げられている。

 

「これが我々の戦場だ」

 

 祟部長の言葉に、全員が地図を囲んだ。

 

 白地図には既にいくつかの印がつけられている。

 

 赤い丸、青い三角、黄色い四角──

 

「これは?」

 

 眞原井さんが興味深そうに尋ねた。

 

「危険度による分類だよ」

 

 福々先輩がのんびりとした口調で説明する。

 

「赤が高危険度、黄色が中、青が軽。中以上は死人が出かねない、位な感じかな」

 

 なるほど、分かりやすい。

 

「御堂君は新しい情報を持ってきたんだったね」

 

 祟部長に促されて、僕はノートを開いた。

 

「はい。まず緑ヶ丘三丁目のアパートですが──」

 

 詳しく説明していく。

 

 非常ベルの音、全住民との連絡途絶、深夜の全室点灯。

 

「それ、俺たちが昨日通りかかったところじゃん」

 

 と、裕。

 

「ええ、まあ確かにあのアパートをハザードマップ? に登録するというのは賢明ですわ。私もあまり近寄りたくありませんもの」

 

 眞原井さんも神妙な表情だ。

 

 祟部長は静かに頷きながら、地図に赤い丸を書き込んだ。

 

「とりあえず中危険度かな。他には?」

 

「桜台で深夜に女性の泣き声が聞こえるという報告があります」

 

「北町では黒い影の目撃談が多数」

 

 次々と情報を伝えていく。

 

 祟部長の手が止まることなく地図に印をつけていく。

 

 気がつけば、地図は色とりどりの印で埋まっていた。

 

「こうして見ると、かなり広範囲に広がってるな」

 

 祐が腕を組んで唸る。

 

「火々羅町を中心に、同心円状に広がっているように見えますわね」

 

 眞原井さんが言う。

 

 確かに火々羅町から離れるほど、危険度は下がっているように見える。

 

「試験防疫で追い出された魔が、新しい住処を探して拡散している。問題は偏りがある事だね」

 

 祟部長が言う。

 

 みれば、確かに印はいくつかのポイントに集中し、そこからまばらにぽつぽつと広がっている様に見える。

 

「ところで」

 

 祟部長が急に話題を変えた。

 

「せっかく新しい仲間が増えたことだし、今日は少し特別なことをしようと思う」

 

 特別なこと? 

 

 全員が注目する中、祟部長は微笑んだ。

 

「簡単な異能テストをしてみようか」

 

 ──異能のテスト

 

 その言葉に部室の空気が変わった。

 

 祐は興味深そうに身を乗り出し、眞原井さんは少し警戒するような表情を見せる。

 

 僕はというと──

 

 正直、肩身が狭かった。

 

 僕は異能がない。

 

 でも祟部長の考えることだ。

 

 僕を晒上げるなんて事はしないだろうし、きっと何か意味があるのだろう。

 

「心配しなくていいよ、御堂君」

 

 まるで僕の心を読んだかのように、祟部長が優しく言った。

 

「これは能力の有無を試すものじゃない。むしろ、感受性のテストと言った方が正しいかな」

 

 そう言いながら、祟部長は棚から古い木箱を取り出した。

 

 桐でできているらしく、表面には複雑な文様が彫られている。

 

「この中にはある物が入っている」

 

 祟部長が箱を開ける。

 

 中から出てきたのは──

 

「ただの石?」

 

 祐が拍子抜けしたような声を出した。

 

 確かに見た目はただの黒い石だ。

 

 手のひらに収まるくらいの大きさで、表面は滑らか。

 

 でも──

 

「いえ、これは……」

 

 眞原井さんの顔が青ざめた。

 

 額に汗が浮かんでいる。

 

「どうしたの?」

 

 僕が心配して声をかけると、眞原井さんは首を振った。

 

「この石からとても強い霊圧を感じますわ」

 

 霊圧。

 

 つまり霊的な圧力ということか。

 

 しまった、語彙力がなさすぎて馬鹿な事を考えてしまった。

 

「さすがはエクソシストの家系だね」

 

 祟部長が満足そうに頷く。

 

「この石はある古い神社から譲り受けたものでね。長い年月をかけて霊気を蓄積している」

 

 なるほど、だから眞原井さんは反応したのか。

 

「佐原君はどうかな?」

 

 祟部長が祐に石を差し出す。

 

 祐は恐る恐る手に取った。

 

「うーん……なんか重い? いや、物理的にじゃなくて……」

 

 言葉を探すように眉をひそめる。

 

「なんていうか、ずっしりくる感じ」

 

「ふむ、君も感じ取れているようだね」

 

 祟部長が頷く。

 

 そして最後に石は僕の前に置かれた。

 

「御堂君も触ってみて」

 

 正直、何も感じないだろうと思っていた。

 

 でも断る理由もない。

 

 僕は石に手を伸ばした。

 

 指先が石に触れた瞬間──

 

 ぞわりと。

 

 全身に鳥肌が立った。

 

 これは──

 

「ど、どうしたの聖!?」

 

 祐の声が遠くに聞こえる。

 

 石から伝わってくるのは、圧倒的な"何か"だった。

 

 重いとか、冷たいとか、そんな単純な感覚じゃない。

 

 怖い。

 

 厭な感じではないのだけれど、なんというか……空に、宇宙に吸い込まれるような。

 

 そして──

 

『ぽ』

 

 頭の中で聞き慣れた声が響いた。

 

 お姉さん? 

 

 でも、いつもの優しい響きじゃない。

 

 警告するような、諭すような──

 

「御堂君!」

 

 眞原井さんの鋭い声で我に返った。

 

 気がつけば、僕は石を強く握りしめていた。

 

 手のひらが真っ白になるくらい強く。

 

「あ、ごめん……」

 

 慌てて石を机に置く。

 

 全員が心配そうに僕を見つめていた。

 

「大丈夫か? 顔色悪いぞ」

 

 祐が僕の背に手を置いた。

 

 触れられた部分がぽかぽかと温かくて落ち着く。

 

「ヒートハンド──今勝手に名付けたけどよ、落ち着くだろ? 彼女が生理中の時によくやってくれって言うんだよな~。まあその時はお腹に手をあててやるんだけど」

 

 僕は頭の中で裕のつま先を踏みつけた。

 

 嫉妬じゃない。

 

 ◆

 

 とにかく、あの感覚はなんだろう。

 

 正直自分でも何が起きたのか分からない。

 

「興味深いね」

 

 祟部長が意味深な微笑みを浮かべた。

 

「御堂君、君は自分で思っている以上に感受性が高いようだ。“内”が広いのかな?」

 

 感受性が高い? 

 

 なかがひろい? 

 

 それは能力があるということなのだろうか。

 

 でも、そんな簡単な話じゃない気がする。

 

「今日はこれくらいにしておこう」

 

 祟部長が石を箱にしまう。

 

「ハザードマップ作りも順調に進んでいるし、新しい仲間も増えた。いい一日だったよ」

 

 確かにそうだ。

 

 地図には貴重な情報が書き込まれ、祐と眞原井さんという心強い仲間も増えた。

 

 でも──

 

 僕の中には、まだあの石の感触が残っている。

 

 そして、お姉さんの警告めいた声も。

 

「じゃあ、今日は解散にしよう。二人とも、いつでも来てくれよ。君たちなら歓迎だ」

 

 祟部長の言葉でみんなが片付けを始める。

 

「聖、帰ろうぜ」

 

 祐の声で顔を上げる。

 

 眞原井さんも荷物をまとめて待っていてくれている。

 

「うん、そうだね」

 

 そう言って僕は二人と帰路についた。

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