お姉さんと僕   作:埴輪庭

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第12話「忌祓いの巫女」

 

 ◆

 

 朝の教室がやけに騒がしい。

 

 今日はみんなが興奮した様子で話し込んでいる。

 

 僕が席に着くとすぐに、裕がやってきた。

 

「聖! 昨日の夜、外出たか?」

 

「いや、家にいたけど……」

 

「正解だな」

 

 裕の表情がいつもより真剣だ。

 

「昨日、都内全域で怪異が大量発生したらしいぜ」

 

 ──怪異の大量発生

 

 茂さんが外出を控えるようにって言ってたのは、これのことか。

 

「詳しく聞かせて」

 

 僕が身を乗り出すと、裕は声を潜めた。

 

「ニュースじゃ詳しく報道されてないけど、ネットでは大騒ぎだ。河童とか浮遊霊とか、異常領域の外で目撃されまくったって」

 

 河童。

 

 その単語に僕の体が強張る。

 

 昨日のことが脳裏に蘇る。

 

 首が落ちる音。

 

 血の匂い。

 

 回転する傘──

 

「どうした? 顔色悪いぞ」

 

 裕が心配そうに僕を見る。

 

「いや、なんでもない」

 

 誤魔化すように首を振った。

 

「それで、被害は?」

 

「死者が一人、怪我人が三十人くらい」

 

 裕の声が重い。

 

「おはようございます」

 

 凛とした声に振り返ると、アリスが立っていた。

 

 いつもの完璧な制服姿だけど、表情がどこか険しい。

 

「おはよう、アリス」

 

「昨日の件、聞いたか?」

 

 裕が早速話題を振る。

 

 アリスは小さく頷いた。

 

「ええ。私も……少し関わりましたわ」

 

 意外な言葉に、僕と裕は顔を見合わせた。

 

「関わったって?」

 

 僕が聞くと、アリスは席に座りながら言った。

 

「実は昨夜、実家から急な呼び出しがありまして」

 

 そう言って少し言葉を選ぶような素振りを見せる。

 

「祓いの仕事を手伝うことになったんです」

 

 ──祓い

 

 そういえばアリスの家は宗教関係だって言ってたけど。

 

「祓いっていうと……除霊?」

 

 僕が恐る恐る聞く。

 

 アリスは苦笑を浮かべた。

 

「まあそんなものですわね。ただわたくしの場合は悪魔祓いになりますけど」

 

「悪魔っていうのは──」

 

 僕が言いかけると、アリスが続ける。

 

「怪異と呼んでもいいですけれど、わたくしには悪魔の方が馴染みがありますわね」

 

 なるほど、宗教によって呼び方が違うのか。

 

 裕が身を乗り出してきた。

 

「俺はまあ……家にいたけどよ。なんかざわついてるみたいだよな、ここ最近」

 

 そう言いながら、何か別のことを考えているような表情をしている。

 

「それよりさ、アリスはその、祓いの仕事ではどんなのを相手にしてるんだ?」

 

 アリスは少し考えてから答えた。

 

「昨夜は低級の悪魔……浮遊霊に近い存在でしたわ。ただ、数が異常でした」

 

 彼女の表情が曇る。

 

「普通なら一晩に一体か二体。でも昨夜は十体以上」

 

「十体!?」

 

 裕が声を上げそうになって、慌てて口を押さえた。

 

 アリスは深刻な顔で続ける。

 

「しかも、ここ最近あちらこちらで邪気を感じます」

 

 そう言って僕たちを見つめる。

 

「二人とも、本当に気をつけてくださいまし。特に聖──」

 

 僕を見るアリスの瞳に、何か言いたげな光が宿っている。

 

「君は感受性が高いから、影響を受けやすいかもしれません」

 

 また感受性の話か。

 

 でも、アリスの心配そうな表情を見ると、軽く流すわけにもいかない。

 

「分かった。気をつけるよ」

 

 僕は素直に頷いた。

 

 二人の話を聞きながら、僕は裕の様子に少し違和感を覚えた。

 

 いつもならもっと軽い調子で話すのに、今日はどこか上の空というか……。

 

 でも考えすぎかもしれない。

 

 昨日のことで皆が神経質になっているだけだろう。

 

 ──まあ気のせいだろう

 

 僕は気にしないことにした。

 

 それにしても昨日は色々あったみたいだ。

 

 教室のあちこちから昨夜の話が聞こえてくる。

 

 向こうで相沢さんが友達と話しているのが聞こえた。

 

「もう参っちゃったよ、蒲田の商店街にさー、ネズミがいっぱい出たんだけど、それを駆除してくれっていわれて」

 

 相沢さんの声は少し疲れているように聞こえる。

 

「そんなのウチに頼むなよってね。まあでも断れなかったんだけど。霊捜からの依頼だったからさぁ」

 

 友達が相槌を打つ。

 

「でもそのネズミが普通のネズミじゃなくてさー」

 

 相沢さんが続ける。

 

「目が赤く光ってて、集団で動いてるの。気持ち悪いったらありゃしない。霊捜の人は“アルジャーノン”って呼んでたなぁ」

 

「うわぁ……」

 

「三日分くらい充電してたんだけど全部使いきっちゃったよ!」

 

 他のグループからも似たような話が聞こえてくる。

 

「うちの近所の公園に幽霊が出てさ」

 

「マジで?」

 

「しかも一体じゃなくて、五、六体まとめて」

 

「こわっ」

 

「何かしたわけじゃないんだけど、相談?みたいな感じだったなあ。もしかしたら幽霊も困ってるんじゃないの?」

 

「集まって相談って猫みたいだね」

 

 みんな口々に昨夜の体験を語っている。

 

 でも不思議なことに、恐怖よりも興奮が勝っているように見える。

 

 まるで肝試しの体験談を話すみたいに。

 

 ──慣れって怖いな

 

 そう思った。

 

 特定異形災害が日常になりすぎて、みんな感覚が麻痺してきているのかもしれない。

 

 チャイムが鳴って、担任の先生が入ってきた。

 

「はい、席について」

 

 ざわめきが収まる。

 

 先生の表情もどこか疲れているように見えた。

 

「昨夜の件については既に聞いていると思うが」

 

 先生が切り出す。

 

「学校からも注意喚起をする。しばらくは不要不急の外出を控えるように」

 

 教室がざわつく。

 

「先生、いつまでですか?」

 

 誰かが質問する。

 

「それは……分からない。ただ、状況が落ち着くまでは」

 

 曖昧な答えに、生徒たちから不満の声が漏れる。

 

 でも先生も詳しいことは知らないんだろう。

 

 現場の教師に伝わる情報なんて限られているはずだ。

 

「とにかく、安全が第一だ。部活動も当面は中止とする」

 

 ──部活が中止

 

 オカ研はどうなるんだろう。

 

 そう思っていたら、スマホが震えた。

 

 見ると祟部長からのメッセージだった。

 

『今日は出来れば来れる人はみんな来て欲しい。重要な話がある』

 

 部活は中止のはずだけど……。

 

 でも祟部長が言うなら、本当に重要なことなんだろう。

 

 ◆

 

 午前中の授業はいつも通りに進んだ。

 

 でも、みんなどこか落ち着かない様子だった。

 

 窓の外を見る回数が増えたり、スマホをこっそりチェックしたり。

 

 先生たちも生徒の様子を見て見ぬふりをしている。

 

 きっと先生たちも不安なんだ。

 

 昼休み。

 

 いつもの屋上で弁当を食べながら、僕たち三人は話していた。

 

「部長からメッセージ来た?」

 

 裕が聞いてくる。

 

「うん。重要な話があるって」

 

「私のところにも来ましたわ」

 

 アリスが頷く。

 

「部活中止なのに集まるってことは、よっぽどのことなんだろうな」

 

 裕がサンドイッチを頬張りながら言う。

 

 僕は弁当箱の中身をつつきながら考えていた。

 

 祟部長は何を話すつもりなんだろう。

 

 昨日の怪異大量発生と関係があるのか。

 

 それとも──

 

 ◆

 

 放課後。

 

 僕たち三人は連れ立ってオカ研の部室に向かった。

 

 廊下は妙に静かだ。

 

 部活が中止になっているせいで、生徒の姿もまばら。

 

 三階の奥、いつもの部室の前に着く。

 

 ドアを開けると──

 

「やあ、よく来てくれたね」

 

 祟部長が手を上げた。

 

 でも、その表情はいつになく険しい。

 

 部室には既に他のメンバーも集まっていた。

 

 福々先輩、能都先輩、それに数人の部員たち。

 

 みんな神妙な面持ちで部長の周りに集まっている。

 

「全員揃ったかな」

 

 祟部長が立ち上がる。

 

 長い黒髪が肩から流れ落ちた。

 

「早速だけど、本題に入ろう」

 

 そう言って、机の上に地図を広げる。

 

 東京の地図だ。

 

「昨夜の怪異大量発生。君たちも知っているだろう」

 

 みんなが頷く。

 

「あれは自然発生じゃない」

 

 祟部長の言葉に、部室がざわめいた。

 

「どういうことですか?」

 

 福々先輩が聞く。

 

 祟部長は地図の一点を指差した。

 

 ──東京都庁

 

「ここから発される邪気が原因だ」

 

 静寂が部室を支配する。

 

 都庁から邪気? 

 

 何を言っているんだろう。

 

「信じられないかもしれないけど、これは事実だ」

 

 祟部長の声には確信がこもっていた。

 

「私の一族は代々、この地の霊的バランスを監視してきた。そして昨夜、明らかな異常を感知した」

 

 裕が口を開く。

 

「それが本当だとして、俺たちに何かできるんすか?」

 

 そして続ける。

 

「霊捜とかに伝えなきゃいけないんじゃないんすかね? 伝手があるって言ってたし……」

 

 もっともな意見だ。

 

 こんな重大なこと、学生の手に負えるはずがない。

 

 アリスは何も言わずに険しい表情で部長を見つめている。

 

 まるで何かを測るような視線だ。

 

 祟部長は苦笑を浮かべた。

 

「そうだね。もちろん信用できる人に伝えてあるよ」

 

 でも、すぐに表情を引き締める。

 

「ただ、期待はしていない。握り潰されてしまうだろうさ」

 

 福々先輩が身を乗り出す。

 

「……誰に伝えたんでしょうか?」

 

 祟部長は首を横に振った。

 

「言えない。知らない方が良い情報っていうのもあるんだ、君たちのためでもある」

 

 その言葉の重みに、みんなが息を呑む。

 

 祟部長は窓の外を見ながら続ける。

 

「ただ、覚えておいてほしい。政治家連中の中にも今回の一件を真剣に考えている者もいるけれど、頼り切ってはいけない」

 

 まるで何か具体的な人物を想定しているような口ぶりだ。

 

 祟部長が振り返る。

 

「話を戻そうか」

 

 再び地図に目を落とす。

 

「私はね、この邪気をどうにかしようと思っているんだ」

 

 ──どうにかする? 

 

 みんなが驚きの表情を浮かべる。

 

「それが私の、というか、祟家の役目だからね」

 

 祟部長の声には使命感が滲んでいた。

 

「もし放っておけば、この地は膨大な穢れで覆われてしまう」

 

 アリスが静かに口を開いた。

 

「……忌祓いの巫女としての責務、というわけですわね?」

 

 祟部長が少し驚いたような顔をする。

 

「よく知っているね、眞原井さん」

 

「わたくしの家も、似たような役目を負っていますから」

 

 アリスの言葉に、なるほどと思った。

 

 だから悪魔祓いなんてできるのか。

 

 祟部長は深く頷いた。

 

「そう。私たちのような家系には、それぞれ役目がある」

 

 そして表情を曇らせる。

 

「でも、今回の邪気は尋常じゃない。正直、私一人では……」

 

 言葉を濁す。

 

 祟部長が弱音を吐くなんて初めて見た。

 

「今回君たちに集まってもらったのは、私が失敗した時の事を話したくてね……」

 

 そう言って部長は大きく息をついた。

 

 なんだか酷く疲れている様子なのが気になった。

 

 顔色も良くない。

 

 まるで既に何か大きな力を使った後みたいだ。

 

「もし私が失敗したら、東京は──」

 

 祟部長の声が震える。

 

「きっと今のままではいられなくなる。悪しきモノが跳梁跋扈する魔都となるだろう」

 

 魔都。

 

 悪しきモノって……怪異がそこら中をうようよするって事?

 

 さすがに背筋が寒くなる。

 

「だから、備えていてほしいんだ」

 

 裕が苛立ったように言う。

 

「備えろ……って言われてもなぁ」

 

 確かにそうだ。

 

 具体的に何をすればいいのか。

 

 その時、裕のスマホが鳴った。

 

 着信音が部室に響く。

 

「あ、ちょっとすんません……」

 

 裕がスマホを取り出して画面を見る。

 

 その瞬間、彼の表情が一変した。

 

 血の気が引いたような顔になる。

 

「すみません、ちょっと……」

 

 立ち上がろうとする裕を、祟部長が手で制した。

 

「……急用かい? 気にせず行ってきたらいい」

 

 優しい声だった。

 

「伝えたい事は伝えたからね」

 

 裕は申し訳なさそうに頭を下げて、急いで部室を出て行った。

 

 ドアが閉まる音が妙に大きく聞こえた。

 

 祟部長が呟く。

 

「彼も大変だね」

 

 ──裕のことを何か知っているんだろうか? 

 

 そんなことを思っていると、祟部長と目が合った。

 

 じっと見つめられる。

 

 まるで心の中を覗き込まれているような気分になる。

 

「そして御堂君、君も」

 

 意味深な言葉だった。

 

 僕も何? 

 

 聞き返したいけど、言葉が出ない。

 

 祟部長は立ち上がった。

 

「それじゃあ今日はこれで解散だ」

 

 そう言いながら鞄を手に取る。

 

「備えてほしいとは言ったけど、すぐにどうこうなるわけじゃない」

 

 ドアに向かいながら続ける。

 

「まだ多少は時間は残っている──と思う」

 

 最後の言葉が妙に不吉に聞こえた。

 

 祟部長が部室を出て行く。

 

 残された僕たちは顔を見合わせた。

 

 

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