お姉さんと僕   作:埴輪庭

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第20話「器質」

 ◆

 

 “器”とは何か。

 言うまでもなく、何かを入れる要を為す物だ。

 

 コップ、壺、あるいは箱。形は様々だが、その本質は「内包する」という機能にある。

 

 そして、この世ならざる者たち──幽世(かくりよ)の住人にとって、現世はひどく居心地が悪い。

 

 世界の法則が、理が、その存在そのものを拒絶するからだ。アレルギー反応のように、ただそこに在るだけで全身を苛まれ、存在が摩耗していく苦痛に満ちている。

 

 故に彼らは“器”を求める。

 自らの身を収め、現世の拒絶反応から守ってくれる、安住の地を。

 

 御堂聖という青年の“内”は、あまりにも特異だった。

 

 幽世の者たちにとって、そこはただの避難所ではない。

 ひどく、ひどく居心地が良いのだ。

 

 人間に置き換えてみれば、こうだ。

 例えば、間取りも素晴らしく、最新設備が整い、周辺施設とのアクセスも抜群な都心部の新築タワーマンションが、家賃一万円で入居者を募集していたらどうなるか。そんな破格の優良物件、ものの数分と待たずに入居希望者が殺到してしまうだろう。

 

 御堂聖の魂とは、まさしくそのような“物件”だった。

 広大で、静かで、温かい。

 

 先の唐笠小僧もまた、その稀有な物件に魅了された“入居者”の一人に過ぎなかった。

 だからこそ自身の住居を守ったのだ。

 聖が死ねばこの上なく居心地の良い家が喪われてしまうのだから。

 

 もちろんそれは、聖が無制限に庇護される事を意味しない。

 幽世の者たちが現世の者たちの為に何らかのアクションを起こす時、喪われるものがないわけではない。

 そして多くの場合、“それ”は被守護者が支払う事になる。

 自分でまかなう事も出来なくはないが、それは自身の存在を薄めてしまう行為だ。

 ましてや唐笠小僧と聖の間にはさほど強力な繫がりがあるわけではないのだから、唐笠小僧が支払う謂れはない。

 

 まあ“お姉さん”は別だ。

 彼女と聖の間には非常に強力な絆が結ばれている。

 

 こういった“器質”を備える者は聖に限った話ではない。

 眞原井アリスの言うサマナーといった者たちも、多かれ少なかれ魔を惹きつけ、その身に宿す“器”としての資質を持つ。

 

 ただ、聖ほどの“広さ”を持つ者は稀有ではある。

 

 §

 

 聖が気付いた時、視界には知らない天井が映った。

 

 白い。

 どこまでも平坦で、無機質な白。

 消毒液の匂いが微かに鼻をつく。

 

「……ここ、は」

 

 掠れた声が聖自身の喉から漏れた。

 体を起こそうとするが、酷い倦怠感で体がまともにうごかない。

 

「気がつきましたか」

 

 凛とした女性の声。

 

 視線を動かすと、白い衣を纏った女医がベッドの脇に立っていた。

 

 見覚えのある顔だった。

 以前、下水道で河童に襲われて入院した時と同じ医者だ。

 

「気分はどうです? どこか痛むところは?」

 

 女医が手にしたタブレットに何かを記録しながら、事務的に尋ねる。

 

 聖は混乱していた。

 何が起きたのか。

 家のキッチンで、あの怪物に襲われて……。

 アリスと裕が戦ってくれて、それから……。

 

 断片的な記憶が、頭の中で渦を巻く。

 そして、一つの顔が脳裏に浮かんだ。

 

「そ、そうだ! え、悦子さんは!? 悦子さんは無事なんですか!?」

 

 勢いよく体を起こそうとする。

 だが女医がその肩を優しく、しかし強く押さえた。

 

「落ち着いて、御堂君。急に動くと体に障ります」

 

「でも、悦子さんが……!」

 

「ご両親には連絡済みですから、もうすぐこちらに」

 

 女医がなだめるように言った、その時だった。

 病室のドアが静かに開き、二つの人影が入ってきた。

 

「聖!」

「聖君!」

 

 茂と悦子だった。

 二人は聖の姿を認めると駆け寄ってくる。

 

 だが聖は喜ぶ前に目の前の悦子を見た。

 その顔を、目を、声の響きを、必死に見極めようとする。

 

 あの怪物は悦子さんの姿をしていた。

 悦子さんの声でこちらを招いた。

 目の前にいるこの人は、本当に──。

 

「……悦子、さん?」

 

 疑念に満ちた声。

 

 そんな聖の様子に、茂は全てを察したようだった。

 

 苦笑を浮かべながら、聖の頭にそっと手を置く。

 

「事情は聞いている。大丈夫だ、悦子は無事だよ。成りかわりでもない」

 

 茂の落ち着いた声と手のひらの温もりが、聖の心の強張りを少しずつ溶かしていく。

 

「クロちゃんがね、助けてくれたの」

 

 悦子の声が震えていた。

 瞳にはうっすらと涙が浮かんでいる。

 

「あの化け物が現れた時、クロちゃんが私を引っ張って……それで、裏口からなんとか逃げて……」

 

 そうか、無事だったんだ。

 本当によかった。

 

 聖は心の底から安堵し、全身から力が抜けていくのを感じた。

 

 だが、すぐに新たな不安が胸をよぎる。

 

「でも、それじゃあクロは──」

 

 悦子を逃がすために、クロが犠牲になったのではないか。

 自分のせいで、あの子が。

 

 聖の言葉に悦子はいたましそうな表情を浮かべた。

 そして、持っていたハンドバッグの口をゆっくりと開けると──

 

 中からひょこりと黒い何かが顔を出した。

 それは、手のひらに収まるほどに小さくなったクロの姿だった。

 

 クロは聖を見ると、バッグから飛び出し、ベッドの上を滑るようにして聖の胸元までやってきた。

 そして、ぺたりと胸に張り付く。

 

「こんなに縮んじゃって……」

 

 悦子の声が悲しげに響いた。

 クロはその小さな体で、聖の無事を確かめるようにぷるぷると震え続けていた。

空白行について。現在、句点「。」で終わる文章一つにつき空白行が一つありますが、これは読みづらいですか?

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