お姉さんと僕   作:埴輪庭

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第13話「日常㉝(御堂聖、牧村綾香)&掲示板」

 ◆

 

 この日、僕と牧村さんは池袋の東側を探索していた。

 

 いつもは一人で行動する僕だけれど、今日は何故か牧村さんが一緒に来たがった。理由を聞いても「暇だから」としか言ってくれなかったけれど。

 

 瓦礫が散乱した道を慎重に進みながら、牧村さんがふと僕の手元に視線を向けた。

 

「御堂君、その傘ってやっぱり何かいわくつきだったり?」

 

 僕の右手にはいつもの黒い和傘。護身用として持ち歩いている。

 

「さあ、どうでしょうね」

 

 僕は曖昧に笑ってごまかす。

 

「キレイな傘だとおもうけど、見てると背筋がゾクゾクするんだよね〜……」

 

 牧村さんは首をすくめる。

 確かに霊感がある人なら、この傘に宿る何かを感じ取るのかもしれない。

 

 僕は肩をすくめて、適当にごまかす。

 

「昔からの家宝みたいなもので」

 

 我ながら下手な嘘だ。牧村さんが騙されてくれたとは思わない。でも、それ以上突っ込まないでくれた。

 

 お互いに秘密を抱えている──そういう暗黙の了解がある。

 

 僕も警戒しすぎとは思わない。

 

 東京がこうなってしまってから僕も何人か他の人と接触したことはあったけれど、余り良い経験をしてこなかった。

 

 例えば、一ヶ月前の話だ。

 

 僕は東池袋の方で物資を探していた時、中年の男に声をかけられた。

 人懐っこい笑顔で「君も一人? 良かったら一緒に行動しない?」と誘ってきた。

 

 最初は良い人だと思った。

 食料を分けてくれたし、怪異の情報も教えてくれた。

 

 でも二日目の夜、僕が寝ている隙に荷物を漁ろうとしていた。

 目を覚ました僕と目が合うと、男は開き直って言った。

 

「ガキが生意気に物資ため込みやがって」

 

 ナイフを取り出してきた。

 

 ──でも、いつの間にか男はいなくなっていた

 

 朝になったら部屋には僕一人。

 男の荷物だけが残されていて、まるで最初から存在しなかったみたいに。

 

 他にも似たような事が何度かあった。

 襲ってきた人たちは、なぜかいつの間にかいなくなっちゃったりした。

 

 理由は分からない。

 お姉さんが何かしてくれているのかもしれないけれど、聞いても教えてくれない。

 

 少し雰囲気がぎこちなくなってしまうと、ややあって牧村さんが口を開いた。

 

「御堂君が色々警戒してるのは分かるよ。こういう状況になるとさ〜、人間ってろくなことをしないなーって思う事が結構あったもん」

 

 牧村さんの声が少し暗くなる。

 

「まあ正直いって、私は男が大嫌いだね」

 

 深く聞こうとは思わない。

 けれど、なんとなく何があったのか予想はできる。

 

 この荒廃した東京で、女性が一人で生き延びるということがどれだけ危険か。

 

 でもなんで僕に構うんだろう……とは思う。

 

 警戒されているのは分かっているはずなのに、わざわざ物々交換を持ちかけてきたり、こうして一緒に探索しようと誘ってきたり。

 

 何か目的があるんだろうな。

 

 そう、目的、理由だ。

 

 僕は牧村さんを信じたいと思っている。

 この荒廃した世界で、隣人として関わってくれる数少ない人だから。

 

 でも、その「理由」が分からない。

 

 なぜ僕なのか。

 なぜ親切にしてくれるのか。

 何を求めているのか。

 

 理由が分かれば、僕は安心できる。

 「ああ、そういうことか」って納得できる。

 でも理由が分からないまま関係が進んでいくのは、まるで目隠しをされたまま崖に向かって歩いているような感覚だ。

 

 そんな事を考えていると、牧村さんが言った。

 

「私──というか、私たちはね、仲間探しをしてるんだよね」

 

 仲間探し。

 

 ──ああ、そういうことか

 

 一瞬、安堵しかけた。理由が分かったような気がして。

 でも次の瞬間、別の不安が湧き上がってきた。

 

 その言葉を聞いて、僕は少し牧村さんから距離をとってしまった。

 

 池袋には暴走族というか、暴力団というか、そんな感じのおっかない人達がいることを思い出したからだ。

 異能者を攫って、何かをしているという噂もある。

 

「あ!待って待って、私は阿弥陀羅のメンバーとかじゃないからさ」

 

 牧村さんが慌てて手を振る。

 

 阿弥陀羅……ああ、そうだ、阿弥陀羅だった。

 

 でも、あの人達じゃなければ牧村さんはどんなグループに所属しているんだろう。

 

「救世会って知ってるかな?」

 

 牧村さんが少し誇らしげに言う。

 

 それも聞いたことがある。

 確か新宿の──。

 

「ああ、新宿の宗教団体でしたっけ」

 

「宗教団体っていうか……まあ、元はそうなんだけど」

 

 牧村さんが苦笑する。

 

「今の東京にはね、なんというか勢力図みたいなものがあって、あっちこっちに色んなグループがあるんだよ」

 

 廃墟と化したビルの陰を通り過ぎながら、牧村さんが説明を続ける。

 

「主に異能者を中心にしたグループなんだけど、異能がない人達が武装して身を守っている……みたいな所もある」

 

 なるほど。

 

「それでね、都心では私たち救世会、そして阿弥陀羅、あとは渋谷のS(エス)ってグループが結構有力かな」

 

「牧村さんは救世会の人なんですね」

 

 僕が確認すると、牧村さんは頷いた。

 

「うん、そう。私たちは東京解放を目指しているの」

 

 東京解放。

 大きな目標だ。

 

「解放って、具体的には?」

 

「この紫色のドームを破壊して、東京を元に戻すこと」

 

 牧村さんの目が真剣になる。

 

「都庁の塔が原因だって、みんな分かってるでしょ? あれを何とかしないと、この状況は変わらない」

 

 確かにそうだ。

 都庁から立ち上がる紫の光の柱。

 あれが東京全体を覆うドームの源だということは、誰もが察している。

 

「でも、都庁に近づくのは……」

 

「そう、自殺行為よね」

 

 牧村さんが肩をすくめる。

 

「だから私たちは力を集めているの。異能者を集めて、訓練して、いつか都庁を攻略するための戦力を」

 

 立ち止まって、牧村さんは僕の目を真っ直ぐ見た。

 

「御堂君、あなたには力がある。それは分かる」

 

 ──ああ、そうか。

 

 僕の中で、パズルのピースがカチリとはまった。

 牧村さんは僕の「力」を感じ取っている。

 だから親切にしてくれる。

 だから時間をかけて関係を築こうとしている。

 

 でも、どんな力なのかは分からない。

 だから探りを入れている。

 

 理由が分かって、少しだけホッとした。

 でも同時に、新しい不安も生まれた。

 

 もし僕の力が牧村さんの期待と違っていたら?

 もし役に立たない力だったら?

 その時、牧村さんは僕から離れていくんだろうか。

 

「どんな力かは聞かない。でも、このまま一人でいるより、仲間と一緒にいた方が安全だと思わない?」

 

 理屈としては正しい。

 でも──。

 

「考えさせてください」

 

 僕はそう答えるしかなかった。

 

 何かの組織に入るという事は、その組織の為に働かないといけないという事だ。それがなんというか──筋みたいなものだと思う。

 お世話になっておいて何もしないでいるっていうのはフェアじゃない。

 救世会に入れば、僕は東京解放のために戦ったりしなきゃいけないだろう。

 まあ僕は……怖いけれど、都民だし、東京がこのままというのも嫌だから戦うというのは納得は出来る。

 

 問題はお姉さんたちだ。

 

 自慢じゃないが、僕は非力である。

 異能で何かすごいことができるなら話は別だが、僕自身ができる事といったら力を貸してください、とお願いすることだけだ。

 つまりお姉さんや傘の子の力を借りないといけないのだが、果たしてお姉さんたちがそこまでする義理はあるんだろうか。

 僕が力を借りているだけという事は忘れてはいけないと思う。

 

 考えすぎなのは分かっているが、昔から僕はこうなのだ。扱いがフェアじゃないとモヤモヤしてしまう。

 牧村さんは少し残念そうな顔をしたけれど、幸いすぐに笑顔を取り戻した。

 

「もちろん。無理強いはしないよ」

 

 そして歩きながら、別の話題に切り替える。

 

「そういえば、御堂君の家族は?」

 

「……はぐれました。池袋駅で」

 

「そっか……」

 

 牧村さんの声が優しくなる。

 

「私も似たようなもんよ。家族とははぐれたまま。生きてるかも分からない」

 

 二人でしばらく黙って歩く。

 

「でもさ」

 

 牧村さんが明るい声で言う。

 

「生きてさえいれば、いつかまた会えるよ。この東京は狭いようで広いけど、みんな同じ檻の中にいるんだから」

 

 檻か。確かに……。早く釈放されたいものだ。

 

「……そうですね」

 

「あ、そうだ」

 

 牧村さんが思い出したように言う。

 

「救世会には情報網があるの。もし御堂君の家族の情報があったら、教えてあげる」

 

「本当ですか?」

 

 思わず声が大きくなってしまった。

 

「うん。名前と特徴を教えてくれれば、調べてみる」

 

 僕は少し迷った。

 情報を渡すということは、弱みを握られることにもなりかねない。

 あの掲示板でも、“なるべく自分の力は秘密にしておけ”と言われていた。

 いいように利用されかねないからだそうだ。 

 

 でも──。

 

「日下部茂と日下部悦子です。僕の保護者で──」

 

 特徴を詳しく伝える。

 牧村さんは真剣な顔でメモを取った。

 

「分かった。本部に戻ったら調べてもらうね」

 

「ありがとうございます」

 

 借りをつくっちゃった気が気がする。

 もし牧村さんが本当に調べてくれたなら、僕も借りを返さなければいけないだろう。

 

◆◆◆

 

【豊島区】紫の空の下で生きる【雑談スレPart.3】

 

1:名無しの区民

今日も今日とて空は紫。

サンシャインのあたり、また騒がしくなってないか?

 

2:名無しの区民

阿弥陀羅だろ、どうせ。

あいつら最近マジで調子乗りすぎ。

 

3:名無しの区民

東口の方、昨日も人狩りやってたって話だぞ。

若い女二人組が連れてかれたとか。

 

4:名無しの区民

>>3

マジかよ……。

異能持ちだったんだろうな。南無。

 

5:名無しの区民

異能持ってても集団で来られたら終わりだよな。

しかもあいつら躊躇なく銃使ってくるし。

 

6:名無しの区民

銃は反則だろ……。

怪異には効かないくせに、人間相手だと効果抜群なのが腹立つ。

 

7:名無しの区民

この東京の「ルール」ってやつか。

ほんとクソみたいな世界だよ。

 

8:名無しの区民

阿弥陀羅、なんであんなに異能者集めてんだ?

噂じゃ、集めたやつら全員戻ってきてないらしいじゃん。

 

9:名無しの区民

考えたくもないけど、ロクなことじゃないのは確か。

実験台か、あるいは……。

 

10:名無しの区民

やめろよ、飯がまずくなる。

 

11:名無しの区民

阿弥陀羅のボスって、まだガキなんだろ?

噂で聞いたんだけど。

 

12:名無しの区民

>>11

マジ? どんなやつだよ。

 

13:名無しの区民

なんか、見た目は普通の高校生くらいらしいぞ。

でも中身はバケモンだって話。人を食うとか食わないとか。

 

14:名無しの区民

高校生がヤクザみたいな集団のトップとか、漫画かよ。

でも、この状況だとありえるのか……。

 

15:名無しの区民

若い方が異能に目覚めやすいって言うしな。

常識とか倫理観がぶっ壊れてる分、躊躇がないのかも。

年寄りは辛いわ。

 

16:名無しの区民

>>15

それな。うちの近所の息子さんも中学生だけど、ちょっとした念動力使えるようになったって言ってた。

俺なんて何もねえのに。

 

17:名無しの区民

>>16

それ羨ましいわ。

俺なんて霊感ゼロだから、怪異に出くわしたら即死だわ。

 

18:名無しの区民

まあ、強力な異能持ってると、それはそれで阿弥陀羅みたいなのに狙われるリスクもあるしな。

どっちがいいんだか。

 

19:名無しの区民

阿弥陀羅のボスがガキなら、統制取れてないのも納得だわ。

下の連中がやりたい放題やってる感じ。

 

20:名無しの区民

いや、むしろ逆じゃね?

ガキだからこそ、ブレーキぶっ壊れてて容赦ないのかも。

 

21:名無しの区民

どっちにしろ、池袋はもう限界だわ。

阿弥陀羅と怪異の二重苦。引っ越したい。

 

22:名無しの区民

引っ越すって言っても、どこへ行くんだよ。

どこも似たようなもんだろ。

 

23:名無しの区民

新宿は? 救世会ってのが仕切ってるんだろ?

あそこはまだマシって聞くけど。

 

24:名無しの区民

>>23

救世会な。確かに阿弥陀羅よりは話が通じるらしいけど、結局は宗教団体だからな。

勧誘がしつこいって話もあるし、入ったら入ったで都庁攻略とかやらされるらしいぞ。

 

25:名無しの区民

都庁攻略とか無理ゲーだろ……。

あそこに近づくだけで発狂するって噂じゃん。

 

26:名無しの区民

渋谷は? Sってグループがいるんだっけ。

 

27:名無しの区民

渋谷は情報が少なすぎる。

なんか閉鎖的で、余所者は受け入れない雰囲気らしいぞ。

若者中心のグループって話だが。

 

28:名無しの区民

詰んでるな、東京。

 

29:名無しの区民

もっと東の方はどうなんだ?

文京区とか、台東区とか。

 

30:名無しの区民

文京区は大学関係者が立てこもってるって聞いたな。

知識はあるんだろうけど、戦力的にどうなんだか。

 

31:名無しの区民

いっそ千代田区とかは?

日本の中心だし、何かあるんじゃね?

 

32:名無しの区民

>>31

千代田区か……。

あそこは逆に不気味なくらい静からしいぞ。

 

33:名無しの区民

皇居があるからか?

 

34:名無しの区民

そうかもしれん。

聞いた話だと、皇居周辺は完全に立ち入り禁止になってるらしい。

バリケードとかじゃなくて、なんか見えない壁みたいなのがあるとか。

 

35:名無しの区民

見えない壁? 結界ってことか。

 

36:名無しの区民

誰が張ってるんだ? 自衛隊? それとも……。

 

37:専門家

>>36

皇居の防衛は元々強固だからな。

東京がこうなる前から、霊的な防御は完璧だった。

 

38:名無しの区民

>>37

お、専門家ニキ来た。詳しく。

 

39:専門家

まず、江戸城、つまり今の皇居は風水的に最高の立地にある。

富士山からの龍脈が流れ込む「龍穴」の上に建てられているんだ。

さらに、都市設計自体が巨大な結界として機能している。

 

40:名無しの区民

都市設計?

 

41:専門家

そうだ。例えば、鬼門(北東)には上野の寛永寺、裏鬼門(南西)には芝の増上寺が配置されている。

これは基本中の基本だが、それだけじゃない。

平将門公の首塚をはじめとする怨霊封じの史跡が、皇居を取り囲むように点在しているだろ?

あれも結界の一部だ。

 

42:名無しの区民

将門の首塚って、あの有名な心霊スポットの?

 

43:専門家

そうだ。あれは将門公の強大な霊力を利用して、江戸を守護するための装置でもある。

さらに言えば、山手線もそうだ。あの環状線は、皇居を中心とした巨大な「太極図」を描いているという説もある。

鉄というのは呪術的に大きな力を持っているらしくてな。鉄道を使って悪い気を遮断し、常に人が動き続けることで、エネルギーを循環させ、穢れを祓っているんだ。

 

44:名無しの区民

すげえ……都市伝説みたいだけど、説得力あるな。

 

45:専門家

だから、そこらの怪異や異常領域程度じゃ、皇居の防御は破れない。

逆に言えば、あそこだけがこの東京で唯一の「聖域」ってことだ。

まあ、だからこそ一般人は入れないんだろうがな。

 

46:名無しの区民

なるほどな。勉強になったわ。

でも入れないんじゃ意味ないな。

 

47:名無しの区民

結局、俺たちはこの掃き溜めみたいな池袋で生きていくしかないのか。

 

48:名無しの区民

阿弥陀羅に怯えながらな。

 

49:名無しの区民

はあ……。とりあえず今日はもう寝るわ。

明日の分の水、確保しとかないと。

 

50:名無しの区民

おう、おやすみ。

みんな、死ぬなよ。




ルールっていうのはまあGUN弱点とかそういう感じのノリで

空白行について。現在、句点「。」で終わる文章一つにつき空白行が一つありますが、これは読みづらいですか?

  • ①問題ない
  • ②少し詰めて欲しい
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