異世界革命もの   作:mbclmbo

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冬の日の火遊び(1/3)

 

ゆっくりと、階段を登っていく。

この地位、この旗、この瞬間を――私が手にしたものは、すべて彼らの膨大な犠牲の上に築かれていた。

積み重ねられた死体の山。その頂に、私は立っている。

 

視界が開ける。

灰色の旗がはためき、割れるような歓声が空を揺らした。

私は拳を高く掲げた。それだけで、群衆の歓声はさらに大きくなる。

まるでこの国そのものが、私の咆哮を待っているかのようだった。

 

「諸君――この場に集った、我が同志たちよ!」

 

一瞬、空気が震えた。

熱を帯びながらも整然とした沈黙。全ての耳が、私の言葉に注がれていた。

 

「我々は勝利した。あの邪悪なる帝国政府を打倒し、革命を成し遂げた!」

「だが――」

「……私は問いたい。本当に、それで終わっていいのか?」

 

ざわめきが走る。

再び戦が始まるのではないかという畏れ。

だが、それをかき消すように、私は言葉を重ねた。

 

「西方の諸国では、いまだ王侯貴族が人民の上にあぐらをかいている。いまだ、“身分”という名の牢獄が、人間を鎖で縛りつけている!」

 

拳を握りしめる。

私の胸にも、あの寒村で燃え尽きた姉の残像が蘇っていた。

 

「打倒したあの帝国と何が違う! 彼らにとって、“身分の違う者”は、人間ですらないのだ!」

 

怒りが会場を包みこむ。

それは単なる激情ではない。

長きにわたり踏みつけられてきた民の、痛覚からくる怒りだった。

 

「我々は知っている。“違う”というだけで、殺され、奪われ、踏みにじられる理不尽を。あれを“秩序”と呼ぶならば――」

 

私は、声を振り絞った。

 

「その秩序を、我らは否定する!」

 

沈黙が降りる。

だがそれは恐怖の沈黙ではない。

希望を、次の言葉を待つ、**祈りのような沈黙**だった。

 

「まだだ!世界は、まだ革命されていない。」

 

私は今日、この時、世界に宣言する。

 

「我々は、**世界を革命する。**」

「イシュバルツから西へ。西から東へ。そして、すべての旧き世界を越えて。」

「至るところにある旧体制を、灰に還す。」

 

灰の旗が、風に舞う。

 

「そして、その灰の上に歌うのだ。我らが首都を、自由を、我らが偉大なる灰の証を。」

 

「「首都を! ――自由を! 我らが偉大なる灰の証を!」」

 

熱狂に包まれた中で、世界革命という最後の革命が始まった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 冬だった。雪が、すべてを覆っていた。

 

 それは、この世界で最も静かな季節。木々は白い外套をまとい、屋根は凍てついた重みをかぶって沈黙していた。遠くの森で鳥が鳴くこともなく、風すらも遠慮がちに吹いていた。

 

 それでも、この村にはひときわ明るい灯があった。

 

「はいっ、もう一回構えて! ちゃんと腰を落として――そう、それそれ!」

 

 声が響く。笑い声と、木剣が風を切る音。雪に覆われた小さな鍛冶屋の裏庭に、赤いマントが舞う。クラリス・レオンハルト。俺の姉。村一番の才女であり、剣術の達人であり、そして誰よりも、優しかった人だ。

 

 剣の教え方も、物語の語り方も、すべてが生き生きとしていた。

 

「姉さん、ほんとに、これで強くなれるの?」

 

「当然! 剣は筋肉じゃないの。理屈と胆力と、ちょっとした工夫。つまり、頭!」

 

 姉は笑った。その笑顔は、凍てついた空よりも眩しくて、胸が締めつけられるようだった。……なぜだろう。まるで、既視感のようなものがあった。

 

 目を閉じれば浮かんでくる、どこか別の場所。高層ビル、車の騒音、パソコンのモニター、妙に明るい電灯の下――そう、思い出せないけれど、“あの世界”の記憶だ。きっと俺は、何かの事故で死んだ。あるいは、焼けた部屋で誰かを庇ったのか。断片的な映像しか残っていない。でも、確かに言えるのは――俺はここに“転生”した。別の命として、生まれ変わったということ。

 

 けれど、そんなことは今どうでもよかった。この世界がどれだけ理不尽だろうと、少なくともこの瞬間、姉と過ごすこの日々は、本物だったから。

 

 訓練の後は、いつものように鍛冶小屋の奥へ戻る。火床の残り火に薪をくべながら、姉が綴じた手製の本を取り出した。手描きの絵と物語が交互に綴られた、それはまさに世界に一冊だけの書物だった。

 

「今日のお話はね、『雪の中の火の鳥』よ」

 

 表紙には、赤い羽根を広げた鳥が描かれている。吹雪の中で震える子どもに、翼でそっと覆いかぶさる姿。姉の絵は拙いけれど、どこかあたたかい。

 

「火の鳥はね、寒さに凍える子どもを包んで、春を呼ぶの。決して神様じゃないわ。もっと……人に近いもの。小さな希望、って感じかな」

 

「でも、そんなの帝都じゃ禁書なんだろ? なんで……?」

 

「ふふ、いい質問。神の意志じゃない精霊は、全部“異端”なの。たとえそれが誰かを助ける存在でも、“教義にないもの”は“脅威”だって考えるのよ。だからこれは、こっそり読むもの」

 

 おかしい。誰かを救う物語が、どうして罪になる?

 

 けれどクラリスは、そんな世界を呪わずに、ただ淡々と語った。

 

 彼女にとって、この村の子どもたちに物語を教えること、読み書きを伝えることが、生きる意味そのものだった。

 

 鍛冶の仕事が終わったあとの夜、彼女はこっそりと村の子どもたちを小屋に集めて、文字を教えていた。やり方は慎重だった。灯りは布で覆い、声は囁き、筆跡は紙に残さず記憶で伝える。まるでそれ自体が魔法の儀式のように、知識は火のように慎ましく扱われていた。

 

「いつか、もっとたくさんの本を読んでみたいな」

 

「姉さん、帝都に行きたい?」

 

「うん……行けるものなら。でも、帝都に入るには許可証がいるし、女の子だと、学院にも入れないことが多いのよ。私たちの家は貴族じゃないから、ね」

 

 姉の目が、わずかに遠くを見つめるようになった。

 

「それでも、私、世界を見てみたいな。広くて、違う考え方がいっぱいある場所。……ねえユリウス、思ったことない? この村の外って、どうなってるんだろうって」

 

 俺はそのとき、答えられなかった。

 

 なぜなら、俺には“外”の記憶があったから。前世の世界、あまりにも広く、雑多で、喧騒に満ちた社会。法と金と電気と理性に支配された世界。

 

 けれど、今ここにあるのは、小さな鍛冶屋のぬくもりと、クラリスの笑顔だった。

 

「……きっと、外の世界も、姉さんがいるなら、いい場所になると思う」

 

 その言葉に、姉は驚いたように瞬きをして、そして、笑った。

 

 それは、あの日の雪よりも白く、火の鳥よりもあたたかい光だった。

 

 村人たちも、姉を慕っていた。パン屋のロドルフじいさんは、余ったパンをよく俺たちにくれたし、薬草婆のミレイユは「クラリスちゃんだけは特別」と言って、貴重な乾燥カモミールを分けてくれた。

 

 村には貧しさがあった。寒さも、飢えも、差別もあった。

 

 でも、それでも、俺は信じていた。この日々が、永遠ではなくても、しばらくは続くだろうと。

 

 それが――間違いだったなんて、思いもしなかった。

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