異世界革命もの   作:mbclmbo

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冬の日の火遊び(2/3)

 その冬は、例年よりも雪が早かった。

 

 十一月の終わり、村の外れにある凍った沼地が、例年より一月も早く閉じたとき、誰かがぽつりと呟いた。

 

「こりゃあ、来るかもな」

 

 来る、とは何を意味していたのか。俺にはまだわからなかった。

 

 ただ、村の大人たちが焚き火を囲んで、言葉少なに顔を見合わせていた。誰も明言はしなかったが、“なにか”が近づいているのを察していた。

 

 それは、最初は音もなく、色もなく、影だけがやってきた。

 

 昼過ぎ。雪原の地平線に、黒い点が見えた。

 

 馬車だった。帝都の紋章を掲げた、黒塗りの厳重な幌馬車。ついで、騎馬が二十。槍を携えた重装の兵士と、黒衣の司祭たちが列をなして村へ入ってきた。

 

 村人たちが次々に道を譲り、帽子を脱いで頭を垂れた。

 

 俺とクラリスは、鍛冶屋の屋根の上からそれを見下ろしていた。姉は、俺の肩をそっと押して、伏せさせた。

 

「ユリウス、目を合わせちゃダメ。あれは……“教会”の人」

 

「司祭……?」

 

「ううん、“審問官”。」

 

 その言葉の響きは、雪よりも冷たかった。

 

 幌馬車の後方から現れたのは、黒鉄の仮面をつけた男。司祭の装束の上に、黒い長衣。肩には聖氷教の双翼紋。まるで彫像のような無表情のまま、男は馬から降り、教会の扉を開けた。

 

「異端審問である」

 

 静かな声だったが、全員が聞こえた。

 

 村に、音がなくなった。

 

 薪を割っていた男は斧を落とし、子どもを抱いていた女はその場にひざまずいた。誰もが顔を伏せ、凍ったように動きを止める。

 

 俺だけが、わけが分からず呆然としていた。

 

 姉がそっと囁いた。

 

「定期巡察っていって、帝国中の村を回って、“信仰の純粋性”を調べるのよ。嘘でも疑われたら、火あぶり。……だから、みんな怖いの」

 

「でも、クラリス姉さんは、何も悪いことしてないじゃん」

 

 そう言った俺に、姉は言葉を返さなかった。ただ、俺の頭を抱くように撫でた。

 

 その指が、少しだけ震えていたのを、俺は見逃さなかった。

 

◇ ◇ ◇

 

 その夜、村の中央にある教会から、鐘が鳴った。

 

 通常なら、夕べの祈りの合図。けれどその音は妙に重く、濁っていた。

 

 鐘楼から吐き出された冷たい金属音は、村全体に重苦しい空気を運んできた。家々の戸は閉まり、窓からは灯が消えた。どの家も、祈るように沈黙した。

 

 けれど、うちの鍛冶屋だけは、いつも通りだった。

 

 いつも通りの鍋、いつも通りの薪の香り、いつも通りのクラリス。

 

 だが、その“いつも”は、微かにズレていた。

 

「姉さん……さっきから、手震えてるよ?」

 

「……ばれた?」

 

 姉は笑った。けれどその笑顔は、どこか引きつっていた。

 

「ユリウス。明日から、もう……子どもたちに本を読ませちゃダメよ。あの本も、見せないで」

 

「なんで? 火の鳥の話、みんな好きだったのに」

 

「“好き”と“許される”は、違うの」

 

 火の鳥の本は、炉の奥深くに仕舞われた。木製の箱に入れられ、さらに布でぐるぐるに包まれた。

 

 その一連の動作は、とても自然だったけれど、どこか……お別れのように見えた。

 

「ユリウス。もし、私がいなくなったら……」

 

「やだ、縁起でもない!」

 

「もしの話よ。ね? そのときは、あなたが、火の鳥になって。誰かを守ってあげて」

 

 冗談みたいな言葉だった。でも、姉の目は、冗談じゃなかった。

 

 それを“前世”の感覚が、告げていた。

 

 この世界では、言葉が通じるよりも先に、“空気”が全てを語る。

 

 家の外では、雪が強くなっていた。吹きすさぶ風が、夜空の星を隠していく。

 

 不吉の幕が、すこしずつ、降り始めていた。

 

◇ ◇ ◇

 

 翌朝。

 

 村の広場に、帝都の審問官が集会を開いた。民の信仰を問う、“誓約の祈り”が執り行われるというのだ。

 

 すべての村人は順に呼ばれ、神の前で清き信仰を誓うことになる。少しでも動揺すれば、口ごもれば、それだけで「疑惑」として記録される。

 

 クラリスの名前は、五番目に呼ばれた。

 

 俺は鍛冶屋の戸の隙間から、その光景を見ていた。

 

 姉は、真っ直ぐに歩いていった。背筋を伸ばして、冷たい石畳の上を音もなく進んでいった。

 

 祈祷台の前で膝をつき、手を組み、誓いの言葉を口にする。

 

 その姿は美しくて、誰よりも“神の民”に見えた。

 

 けれど、司祭の目は動かなかった。仮面の奥の瞳が何を見ているのか、誰にも分からない。ただその口が、ひとつの質問を投げかけた。

 

「レオンハルト・クラリス。貴女はこの村において、文字を教え、言葉を綴り、禁書に触れたという訴えが出ている。事実か?」

 

 姉は――少しだけ、口元を歪めて、答えなかった。

 

 ……その瞬間だった。

 

 俺の中で、なにかが、かすかに崩れた。

 

 

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