異世界革命もの   作:mbclmbo

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冬の日の火遊び(3/3)

 雪は、止んでいた。

 

 異端の審問は、あまりにも静かだった。

 告発、確認、焼却――すべてが“手続き”として処理された。

 

 クラリスが壇上に立たされるとき、誰も声を上げなかった。

 村人たちは、まるで“それが当然であるかのように”、首を垂れていた。

 憐れみの目すらない。恐怖と沈黙、ただそれだけ。

 

「レオンハルト・クラリス。禁書の筆写と教育、無資格での文字教授、および神意に基づかぬ言説の流布。神の名において、汝に裁きを下す」

 

 審問官の声は、鐘の音よりも冷たかった。

 

 クラリスは、逃げなかった。

 手錠も縄も必要なかった。

 彼女はまっすぐに歩き、処刑柱の前で立ち止まり、静かに目を閉じた。

 

「姉さん……!」

 

 俺は叫んだ。気がつけば走っていた。

 だが父が――あの、穏やかな父が、俺の腕を強く引き止めた。

 

「やめろ……ユリウス、やめてくれ……っ。おまえまで燃やされたら……!」

 

「放せよッ!! なんで止めるんだよ!! 姉さんが殺されるんだぞ!!」

 

「それでも……神の決定なんだ……神の、秩序なんだ……!」

 

「は?」

 

 吐き気がした。

 

 なんなんだそれは。

 姉さんは、子どもに本を教えただけだぞ。

 祈るように物語を紡いで、人の心を温めただけじゃないか。

 誰も傷つけてない。誰の金も奪ってない。誰の地位も脅かしてない。

 

 それを“殺す”のが、秩序?

 

「ユリウス……見るな……見るんじゃない……!」

 

 父の声が遠くで響く。

 

 俺の視線の先で、クラリスの足元に火がともされた。

 乾いた薪が音を立て、炎がゆっくりと立ち上る。

 

 赤いマントが燃える。

 髪が揺れ、目を閉じたまま、クラリスは――笑っていた。

 

「私は……間違ってなんかいない」

 

 それが最期の言葉だった。

 炎の中でも、声は震えていなかった。

 誰よりも誇り高く、誰よりもまっすぐで、

 誰よりも“人間らしい”死に方だった。

 

 ああ、神様。

 あなたは見ているか?

 

 この国は、狂っている。

 貴族が神の声を騙り、知識を独占し、民はただ震えて頭を垂れるだけ。

 “正しさ”が焼かれ、“無知”が守られる。

 そして皆、それを「当然」として受け入れている。

 

 この地獄が“神の御心”だと?

 

 笑わせるな。

 

◇ ◇ ◇

 

 

焼却のあと、父と母は審問官に頭を下げ、深々と礼をした。

 

「ご慈悲に感謝いたします……。娘の罪は、我らの罪……。深く、悔い改めてまいります……」

 

その姿を見て、俺は――純粋に、何をしているのかわからなかった。

 

娘を焼かれて、焼いた相手に頭を下げる。

 

何かの儀式か?

芝居か?

それとも、俺の知らない“神のための演技”でもしているのか?

 

我が家の家族仲は、そんなに悪くなかったはずだ。

流石に、姉を父と母が燃やしたかったわけじゃない。

そんな馬鹿なことは、ないはずだろう?

 

なら――なぜ、笑う?

 

「ありがとう……ありがとう、神よ……」

 

そう呟く母の声が、ひどく遠く聞こえた。

感謝の言葉とともに、微笑む口元。

その目には、もう何も映っていない。

 

心が、乾いていた。

 

世界のどこにも怒りの対象がなかった。

責める相手も、裁くべき悪も、すでにこの国の空気に溶けていた。

 

皆がそうやって、生きている。

生き残るために、自分を壊して、慣れて、祈って、笑って――そうして今日を越える。

 

人間は、ここまで空虚になれるのか。

 

もはや怒りも湧かない。

この世界の構造そのものが、そう在るべきものとして組まれているのだとしたら。

なら俺が異物なんだろう。

俺が、間違っているのだろう。

 

火の中で崩れ落ちた髪飾りを拾い上げたとき、ようやくその実感が、静かに心の底に沈んだ。

 

……教えただけだ。

読み方を、言葉を、書き方を。

それだけで、姉は焼かれた。

誰よりも優しくて、誰よりも賢くて、誰よりも“正しかった”人間が。

 

ただ、ただ文字を教えただけの人が火刑に処される。

正しく、この世界は“異世界”なのだと、俺は実感した。

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