子供の頃、近所の空き地に勝手にキャンプしている男がいた。
その男はバイクを持っていて、そのバイクで日本中を旅してきたのだと言う。
友達と喧嘩したりすると、必ずその男の所に行って話を聞いてもらったり、アドバイスを貰ったりしていた。
「お前な、そう言う時には逃げ出さずに戦え!」
男のアドバイスは適当だったり、幼い翔一には不可能なものだったりした。
それでも男と話している時間は楽しかった。
男は翔一が普段食べる事を禁じられていたカップラーメンをこっそり食べさせてくれた。
「この事はお前の両親には秘密にしろよ」
今思えば、男は如何にも軽薄そうで適当な事ばかり喋っていたが翔一にとっては父親よりも尊敬できる人物だった。
ある日、男は突然ここを出ていくと言った。
翔一が会いに行った時にはキャンプ道具は既にあらかた片付けられていて、男は道具の詰まったリュックサックをバイクに縛り付けている所だった。
行かないでと我儘を言う翔一の頭を撫でながら男は言った。
「良いか、大きくなったら俺様みたいな良い男になれ。ちゅ〜か、お前もデカいバイクに乗ってな。旅をするんだ。もしかしたらそん時にどっかで会えるかもな」
幼い翔一は泣きながら男の背中を見送った。
バイクに乗った男の後ろ姿が見えなくなっても翔一は手を振り続けた。
あれ以来、あの男には会っていない。
懐かしい夢だったな…
翔一はぼろぼろのソファーから身体を起こした。
随分と昔の記憶を見ていた。
見ていたと言うよりは再体験に近い。
あのおっさんどうしてるかな…
案外、今もどっかの空き地でいたいけな少年に適当な事を吹き込んでいるかも知れない。
ぐぅと腹の虫が鳴いた。
時計を見ると11時を僅かに下回った頃だ。
コンビニ飯は昨日食ったからな…
出来れば別のものを食いたいものだ。
彼女達ならどこか良い場所を知っているかも知れない。
そう考えて翔一は与えられた部屋から出た。
人の気配を感じて窓から下を見下ろすと、下の通路のちょうどすぐそばをシロコが通りすがる所だった。
窓を開けて少し大きな声で話しかけた。
「おはよう」
シロコの肩と耳がビクッと跳ねた。
「っ!…ん、おはよう。そこから話しかけるのやめた方が良い」
「え、そうか?」
「びっくりするから」
驚かせてしまった様だ。
他のメンバーだったら、あとで自分の預かり知らない所で悪評を広められていたかも知れない。
女子のネットワークは恐ろしいのだ。
「以後、気をつける。所でこの辺に食事ができる場所はあるか?」
「お昼食べにいくの?」
「あぁ…出来れば金がかからない所で頼む」
「柴関ラーメンかな」
「ラーメンか…」
頭の中で夢に出てきた男の台詞「ちゅ〜か」がリフレインした。
「中華…ちゅーか…ちゅ〜かね…」
「…?」
シロコは怪訝そうな表情で首を傾げている。
「いや、なんでもない。道順を教えてくれ」
シロコは分かりやすく丁寧に説明してくれた。
「せっかくだしお前も行くか?」
「うぅん。私は別の用事があるから…またの機会に」
「あぁ…じゃあまた」
またの機会という事は用事さえなければ乗り気だったと言う事か。
存外、彼女からの印象は悪くないのだろう。
シロコとは初日の一件でそれなりに信頼関係が出来ている気がする。
まだ二日目だが他のメンバーの信頼も少しずつ掴み取っていかなければならない。
特にあの黒髪ツインテールの女の子には気を使わなければ。
「女は怖いからなぁ…」
ロブスターおばさんと呼ばれていた女性の顔を思い出してぶるっと身震いした。
部屋に戻って愛車のキーを持って駐輪場へ向かう。
外へ出ると暖かい日差しが翔一の顔を照らし出した。
今日はいい天気だ。
駐輪場に停車している愛車は日光を反射してキラキラと輝いている。
シートに被った砂を手で払い、スタンドを立ててシートに跨った。
キーを回す事でデジタルメーターが点灯し、スタートボタンを押すとエンジンが回転を始めた。
「さて、行きますか」
シロコの教えてくれた道のりは非常に分かりやすく直ぐに目的地の近くまでたどり着く事ができた。
このだだっ広い砂漠の中で分かりやすく道を教える事ができるとは。
彼女の意外な才能かも知れない。
目的地周辺は一言で言えば荒廃した秋葉原と言った感じだ。
と言っても俺は東京には行った事がないので写真で見たイメージと似ていると言うだけだ。
本当に秋葉原がこんな風なのかは分からない。
かつてはここも栄えていたのだろう。
諸行無常と言うやつだ。だが、嫌いじゃない。
俺は人が多い大都会よりもこういう風化した街が好きなのだ。
砂かぶりの街を走ること数分。
目的地が見えてきた。
ぱっと見た限り、駐車場は無さそうだ。
愛車の速度を落としてクラッチを切り、ギアを下げていく。
路端に停車してエンジンを切った。
いつもの如く跨ったままサイドスタンドを下ろして、両手の指抜きグローブを外した。
「さてと、吉と出るか凶と出るか」
俺は柴関ラーメンの暖簾をくぐった。
「いらっしゃいま…げ」
店に入ると黒髪のツインテールが視界に映った。
残念ながら凶と出た様だ。
「…すいません、間違えました」
「おいおい、兄ちゃん。そりゃないだろ」
誰かが帰ろうとする俺を引き咎めた。
店主かと思ったがどうやら違うらしい。
恐らく常連なのだろう。
犬と人間のハイブリッドの様なおっさんは俺の事を非常識だと説教してくれた。
俺は獣人って本当にいるんだなとか考えていたので、ありがたい説教は全く頭に入ってこなかった。
適当に相槌を打っていたら相手は満足したのか帰って行った。
で、結局俺は柴関ラーメンのカウンター席に座ってメニュー表を眺めている。
時々、セリカさんがちらちらと俺を見てくるのが分かる。
何故彼女だけ呼び捨てでないかと言うと、彼女が現状では最も距離の遠い娘だからだ。
俺は一番安いメニューを注文した。
暫くするととんでもない量のラーメンが眼前に置かれた。
さっきの件の嫌がらせかと思ったがどうやら違う様だ。
「お兄ちゃん、金がないんだろ?さっきメニュー見る目が泳いでたからさ。俺のサービスだよ」
店主のご厚意は嬉しいのだが、これで採算が取れるのだろうか。
「私も反対してるのよ」
初めてセリカさんが俺に対して口を開いてくれた。
「いやぁ、俺の悪い癖でね。ついサービスしたくなっちまうんだ」
店主は朗らかに笑いながらそう言った。
いい人だ。
「いただきます」
次郎系もかくやと言う量だったので完食するのに相当時間がかかった。
正直な所、すこぶる美味かったが俺にはサービス分の量が多すぎた。
なんとも贅沢な不満だが。
「いよっ、兄ちゃん。いい食いっぷりだったな!」
「ははは、ありがとうございます」
俺は照れ臭くなって頭をかいた。
「ところで、兄ちゃん。アンタがアビドスに来てる客人かい?」
「え、なんでそれを?」
俺はセリカさんの方を向いたが彼女も首を横に振っている。
「いや、聞かなくても分かる。お客が来てるってのは確かにセリカちゃんから聞いたんだけどよ。入ってきた時に一悶着あったろ」
「あれは本当にすみません」
俺は慌てて謝罪した。
「責めてるんじゃねぇよ。ただ、ちょっとセリカちゃんも悩んでる様だからさ…何とかしてやりてぇんだ」
そうは言われても俺と彼女の問題は昨日始まったばかりだ。
お互いに解決する方法なんぞあるものだろうか。
「そこでだ、兄ちゃん。今から時間あるかい?」
「えぇ、まぁありますけど…」
「今からここでバイトしねぇか?」
「ちょっ、柴大将!?」
今まで端で沈黙したまま掃除をしていたセリカさんが初めて声を荒げた。
「で、どうだい?バイト代は出すぜ」
柴大将の目論見は同じ仕事をさせる事で相互理解を深めると言うことだろうが…
はっきり言って俺はラーメン屋のバイトなんてした事ないし戦力にならないだろう。
むしろ彼女の仕事を増やしてしまって、逆に距離が遠ざかってしまうのではないだろうか。
ちらりと彼女の顔色を伺うと偶々目が合って、直ぐに目を逸らされた。
今度は柴大将の顔を覗く。
どこに根拠があるのか、大将は自信たっぷりだ。
「…よろしくお願いします」
俺は大将に頭を下げた。
シロコに飯屋を訪ねるシーン
この辺に美味いラーメン屋って書こうとして辞めた。
てか、柴大将の口調難しい…
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