黒見セリカは金魚を飼っていた。
去年の夏、お祭りで金魚をすくった。
赤い出目金だった。
家に帰ってすぐに金魚鉢を買って、飼育のために金魚の勉強をした。
セリカは金魚にデメちゃんと名付けた。
セリカに新しい家族が出来た。
楽しい事があった時、辛い事があった時、日常の出来事をデメちゃんに話した。
無論、返事はなかったが何となくすっきりした。
デメちゃんがいる生活は充実していた。
セリカはアビドス高校に入学した。
中学時代の友人は何故アビドス高校になぞ入学したのかと口を揃えて言った。
だがセリカに後悔は無かった。
オルフェノクの噂を聞かされた時、何の冗談かと思った。
人を灰に変える白い怪人。
馬鹿馬鹿しいと、そんなものがいる訳がない。
そう思っていた。
この目で見るまでは。
一度現れてからはオルフェノクはひっきりなしに現れ続けた。
生死を賭けた戦いを連日強いられ、肉体的にも精神的にも疲弊していった。
デメちゃんだけが癒しだった。
家に帰ればデメちゃんがいる。
その事実がセリカの心を支えていた。
その日は帰りが遅くなった。
ただいまと呟いて玄関の明かりをつけた。
デメちゃんがいる2階の寝室から風が吹いてきた。
戸締りはきちんとした筈だ。
いやな予感がした。
愛銃に手をやりながらゆっくりと階段を登っていった。
半開きになったドアに手をかけて物音を立てない様にゆっくりと開いた。
部屋の中でデメちゃんの入っていた金魚鉢が倒されて中身が床に溢れていた。
デメちゃんが力無くぴくぴくと動いていた。
そしてすぐ横のベッドにワイルドキャットオルフェノクが寝転んでいた。
ワイルドキャットオルフェノクはセリカを見つめてふわぁとあくびした。
セリカの脳内で何かが切れる音がした。
「よくもっ!」
愛銃の引き金に指をかけた。
ワイルドキャットオルフェノクはセリカに飛びかかった。
セリカは床に押し倒されて頭を強く打った。
視界が涙で滲んで眼前の仇の姿がよく見えない。
死ぬかもしれないと恐怖心が心に生まれ、心臓が早鐘の様に鳴った。
ワイルドキャットオルフェノクはセリカに鋭い爪を突き立てようとした。
突然、ワイルドキャットオルフェノクは何者かに背後から捕まれセリカから引き剥がされた。
ぼやけた視界にもう一体のオルフェノクの姿が映った。
「…デメちゃん…?」
ゴールドフィッシュオルフェノクはワイルドキャットオルフェノクに襲いかかった。
2体は激しく取っ組み合いあい、部屋の中はひどく散乱した。
ワイルドキャットオルフェノクの腕にゴールドフィッシュオルフェノクの吐いた液体がかかり、ぶしゅぶしゅと音を立てて溶け出した。
「ぎゃぁぁぁ!」
ワイルドキャットオルフェノクは悲鳴をあげながらめちゃくちゃに腕を振り回した。
ゴールドフィッシュオルフェノクの胸にワイルドキャットオルフェノクの爪が突き刺さった。
ワイルドキャットオルフェノクは爪に刺さった臓物を引きずり出した。
ワイルドキャットオルフェノクは開いた窓から外へ逃げ出した。
セリカは追いかけずにゴールドフィッシュオルフェノクに近づいた。
「デメちゃん…だよ…ね」
ゴールドフィッシュオルフェノクはセリカに手を伸ばした。
セリカはその手を取ろうと手を伸ばした。
ゴールドフィッシュオルフェノクの全身に青い炎が灯った。
ずしゃあと音を立てて家族だったものの残骸が床に溢れた。
「ぁ…」
セリカは一晩中灰の山の前で泣いていた。
セリカはこの事を誰にも言わなかった。
アビドスの仲間にも言わずにバイトの傍ら、家族の仇を探し続けていた。
そんな折、シロコがオルフェノクと戦えると言う男を連れてきた。
酷く不愉快だった。
その男がもっと前からいたなら、あの日の全てがどうにかなった様な気がして苦しくなった。
翌日のバイトは身が入らなかった。
柴大将にも心配されて、休憩をいつもより多く入れてもらった。
不甲斐ない自分が情けないとセリカは自らを責めた。
あの男が柴関ラーメンにやってきた。
正直、一番顔を見たくない相手だった。
それでも気丈に振る舞ってみせた。
こいつが帰るまでの我慢だと言い聞かせて。
柴大将が余計な事を言い出した。
しかも男の方も結構乗り気だ。
柴大将からすれば親切のつもりなのだろうが、セリカからすれば要らぬお世話だ。
実際、例の男は大して役に立たなかった。
バイトした事がないのか、あるいはそもそも接客業に向いていないのか、とにかく些細なミスが多かった。
そして、その尻を拭うのは大将とセリカだ。
だが、雇う判断をしたのは柴大将だ。
セリカは不満を胸に抱えていたが、表には出さない様にした。
一度出してしまうと滝の様に溢れ出してしまうと思ったからだ。
結局、セリカとあの男の関係は全く改善する事なくバイトのシフト時間が終了した。
柴大将は初めてにしては上出来などと世辞を言っている。
対する男はヘラヘラしながら頭をかいている。
多分、この男とは当分仲良くできない気がするわ
セリカは顔には出さずにそう思った。
柴大将には散々迷惑をかけてしまった。
一応、フォローしてくれていたがやはりダメダメだっただろうな…
俺は隣を歩くセリカさんの様子をちらりと伺った。
口元をへの字に曲げたままこちらを一瞥もせずに歩いている。
彼女にも迷惑かけてしまった。
すごい気まずいな…
俺はバイクを押しながら頭をかこうとして慌ててやめた。
手を離したら倒れるのは自明の理だ。
柴大将に夜道は危ないから二人で帰りなと言われたので、なし崩し的にこうして帰っている訳だが…
正直、ホーク11に乗って帰りたい。
大型バイクを押しながら歩き続けるのは流石に疲れる。
セリカさんを乗せようにもリアにはファイズギアを積んでいる。
と言うかセリカさんは荷物が無かったとしても果たして乗ってくれるだろうか?
年下の女の子に拒否されたら結構心に来るなぁ。
そんな事を考えていたせいか、翔一は迫り来る白い影に気づかなかった。
セリカの耳がぴくりと動き、反射的に翔一を突き飛ばした。
次の瞬間、セリカの肩を掴んだファルコンオルフェノクが翔一の目の前を通り過ぎていった。
「前にもこんな事あったな…」
ぼやきながらも倒れた愛車のリアシートからアタッシュケースを外した。
ケースの中からファイズドライバーとファイズフォンを取り出して装備する。
ファルコンオルフェノクはセリカを掴んだまま上空を旋回し、翔一に向かってきた。
5・5・5・ENTER
『Standing by』
「変身」
『Complete』
夜闇に真紅の閃光が走った。
流動経路フォトンストリームが赤い輝きを放つラインとなってファイズのシルエットを暗闇に浮かび上がらせている。
1・0・6・ENTER
『Burst mode』
3点バーストの連写モードとなったフォンブラスターで狙いをつけるが、ファルコンルフェノクは機敏な動きで全弾回避した。
ファルコンオルフェノクはセリカを掴んだままファイズの頭上を通り過ぎ、砂漠へと飛び去った。
ファイズはホーク11を起こして跨りエンジンをふかした。
「隼が鷹から逃れられるか、試してみるかね」
ブレーキを外した瞬間、加速によって発生した風がファイズの体にぶち当たってきた。
月夜に照らされた砂漠にエンジン音がこだました。
目を開くと眼下に砂漠が広がっていた。
だが地上まで数十メートル以上の距離がある。
「ひっ…」
体に当たる風が凍った背筋をますます冷やしていく。
あいつ、助けに来てくれるかな…
酷いことしちゃったし…助けに来てくれなかったらどうしよう…
冷静でない思考がセリカの精神を蝕んでいく。
オルフェノクがいつ私を離すか分からない
数分後か…1秒後かも…そうなったら地面に叩きつけられて…生き残れるかな…
いやだ、こわい、たすけて
耳にバイクのエンジン音が届いた。
きた!きてくれた!
砂塵を巻き起こしながら、赤き光を放つ騎士が彼方から近づいてくる。
その姿がセリカの凍えた心に希望を灯した。
真紅の騎士はセリカを連れ去らんとする死神の元へどんどん近づいていく。
『Exceed charge』
その音はセリカの耳にはっきりと届いた。
駿馬から飛び上がった騎士は真紅の円錐となって隼の魔人を貫いた。
セリカは空中に放り出された。
凄まじき速度で地面が近づいてくる。
セリカの体はしっかりと抱きしめられた。
黄色い眼光がセリカの目を真っ直ぐ見据えた。
どすっと衝撃が伝わって周囲を舞い上がった砂煙が包み込んだ。
「大丈夫か?」
「うん…」
「降りれるか?」
「…もうちょっとこのままがいい…だめ?」
「いいさ…」
セリカを抱きかかえたままファイズは歩き出した。
「…全然眠れんかった」
倒れた愛車を起こしてセリカが自宅まで帰るのを見届けた後、アビドス高校まで戻ってきたのだが一睡もできなかった。
「…眠そうだね。昨日何かあった?」
独り言が耳に届いたのか、机に顔を伏せていたホシノが聞いてきた。
「まぁ…色々あってな」
「あまり無理をなさってはダメですよ」
上品に椅子に座っていたノノミがこちらを向いて言った。
「あぁ」
生返事を返しながら伸びをしていると、教室のドアが開いてセリカが入ってきた。
「おはよう。ノノミ先輩、ホシノ先輩」
「おはよ〜」
「おはようございます♪」
セリカは翔一の方を向くと顔を赤くしながら挨拶した。
「お、おはよう…昨日はその…ありがとね」
「…あぁ」
翔一はこの後を予想してブルーになりつつも相槌をうった。
「おやぁ?」
「あらあら…?」
この後、二人に根掘り葉掘り聞かれたがセリカと共に沈黙を貫いた。
アヤネが少し遅れて到着し、やはりセリカとの距離感に気づいたのか、再び問い詰められた。
またしても二人揃って黙秘権を行使し、シロコの登校を待ったがなかなかやって来ない。
「…何かあったか?」
翔一がオルフェノクの出現を疑った時、教室のドアが開いてシロコが現れた。
「遅かったな」
「ん。お客さんを連れてきた」
「お客さん…?」
ドアの影からスーツ姿の男性が現れた。
「やぁ、初めまして。私はシャーレの先生を務めさせてもらっている菊池勇介だよ。よろしくね」
男性は朗らかに笑った。
これ、人によっては金魚の時点で察した人もいるんじゃないかと。
しばらくセリカのターンです。
次回から対策委員会編です。
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