3ヶ月も掛かっちまったよ!
ヴェニュスパークが彼に出会ったのはデビュー前のこと。師匠であるモンジューに紹介されてのことだ。
「『初めまして。僕は高村聖、君のコーチングを担当することになったトレーナーだよ』」
手を差し出してきた男、高村聖に対しての第一印象は、死んだ目をした男が来たな、ということ。正直初見は怖かった。
(師匠から教えられてなかったらヤバかったです。本当にゾンビみたいな目をしています)
「『あなたが師匠の言っていた高村さんですね? 私はヴェニュスパークです、ご指導お願いします!』」
「『改めて、よろしく頼む高村トレーナー。貴方の手腕はこちらにも届いている、間近で見るのが楽しみだ』」
たとえ怖くとも手腕は本物。日本勢として初となる凱旋門賞制覇をアグネスタキオンで果たし、世界から新進気鋭の神童トレーナーとして名を轟かせている日本の名トレーナー。その力を借りれるのは、とてもありがたいことだった。
そして始まるコーチングだが。素晴らしい、というのがヴェニュスパークの感想である。事実、ヴェニュスパークは彼が指導した結果フランスのティアラ四冠に加えて凱旋門賞連覇の偉業を成し遂げている。さらには取ったG1の数も10を超えているという、まさしくフランスの女神と呼ぶに相応しい戦績だ。
素晴らしい実績を叩き出したヴェニュスパーク。当然、地元の人からは愛され、称賛の声を浴びている。
だが、彼女はファンからの称賛よりも欲しいものがあった。
「『師匠、師匠~! どうしたら聖はフランスに来てくれますか~!』」
「……『またその話題か、ヴェニュスパーク。彼は日本のトレーナーだからフランスに来てくれることはないと毎度言っているだろう』」
「え~!? 『こっちで暮らしてくれたら、きっと聖も気に入ってくれるのに!』」
高村聖である。思わずモンジューも溜息を吐いてしまうほどに、ヴェニュスパークというウマ娘は高村に懐いてしまっていた。
それも仕方ないのかもしれない。なにせ高村聖という男は自分が担当するとなったウマ娘に一直線なのだから。それはコーチングという立場のヴェニュスパークにも同じことである。
「『ちょっと調子悪そうだね。今日は軽めの調整にしようか』」
「『ケガを甘く見たらダメだよ。ケガをしたらその分立て直す時間が必要になるからね』」
「『水分補給もしっかりとね。VR空間とはいえ、喉は渇くしパフォーマンスも落ちちゃうから』」
献身的に尽くし、強くなるために、ヴェニュスパークの目標のためにと全力を尽くしていた。敵に塩を送る行為なのに、本来であればライバルの立場なのに。高村はヴェニュスパークの事を担当ウマ娘のように大切にしていたのである。
無論、これだけではない。ヴェニュスパークが高村を信頼し懐くことになったきっかけは、とある現場を目撃したから。
「『お願いします。どうかヴェニュスパークが強くなるために、力を貸していただけないでしょうか?』」
それは欧州の有力ウマ娘に対して頭を下げる姿。VRでトレーニングを観察していた彼女らに対し、臆することなく頭を下げてお願いしていたのだ。
その理由が、ヴェニュスパークが強くなるためだという。要は自分のために身を粉にして働いている場面を見てしまったのだ。
(そこまで一生懸命になる必要、ないと思うのに)
ヴェニュスパークからすれば理解ができなかった。自分の担当ウマ娘ではない、ましてや他国のウマ娘。外交云々は抜きにしても、少しくらい手を抜いてもおかしくはない。
さらに、この時高村は2人の担当ウマ娘がトゥインクル・シリーズを走っていた。本来であればヴェニュスパークの面倒を見ている暇などないのである。
だというのに、一生懸命に尽くしている。他の担当ウマ娘と変わらない扱いはおろか、まるでマンツーマンかのように尽くしてくれるのだ。
そのことについて、高村に尋ねたことがある。
「『どうして高村は、そこまで私のために頑張ってくれるんですか? 報酬が凄いんですか?』」
「『報酬、ね。別にないわけじゃないけど』」
高村はいつもの死んだ目で、ヴェニュスパークの目を真っ直ぐに見つめながら、揺るぎのない表情で。
「『僕は僕にできることをしたいんだ。相手が誰であろうと関係ないよ、というのを踏まえた上で』」
「『ふむふむ』」
「『君も大切な(教え子の)ウマ娘だからね。できる限りのことをしてあげたいんだ』」
「へあっ!?」
クリティカルヒットだった。わずかな微笑みと一緒に繰り出された言葉は、ヴェニュスパークの心を一気に掴んだ。
(ふ、ふーん? そ、そういうことですか)
大事な言葉が抜け落ちているような気がしないでもないが、ヴェニュスパークの心を掴むには十分。自分に献身的に尽くしてくれるトレーナーが、自分のことを大切なウマ娘とも言えばそうもなろう。特に深い意味はないとはいえ、だ。
「『聖は私が大切なんですね! 分かりました!』」
「『なんで急に下の名前に? まぁいいけど……そうだね。君も大切な(教え子の)ウマ娘だよ。まぁコーチングの身だから、担当とはちょっと違う』」
「『これからも末永くよろしくお願いします聖! 私、頑張りますね!』」
「? 『うん、一緒に頑張ろうか』」
この日以来高村に懐くようになるヴェニュスパーク。加えて、この先もさらに献身的に尽くしてくれる態度を見て、さらに好感度が上がっていた。
ヴェニュスパークは高村聖が好きである。LIKEではない、LOVEである。サクラバクシンオー達の例に漏れず、彼女もまたLOVEである。
その理由は言わずもがな、献身的に尽くしてくれる態度を見てきたからだ。
「『聖は絶対ぜ~ったい、私のことが好きです! 好きじゃないにしても、私が好きにさせてみせます!』」
「『何度も言っているが、彼は担当ウマ娘に対しては同じようなことをするだろう? なにもお前だけじゃ』」
「『だとしても! 私はもう聖のことが大好きなので! この気持ちを諦めるつもりはありません!』」
自分のために尽くしてきてくれた異性。高村聖は献身的に尽くしすぎてしまった。多少のワガママは許してくれる上に、ヴェニュスパークが望むことは大抵やってくれるのだ。それも、歳の近いトレーナーが。
甲斐甲斐しく世話を焼かれ、挙句の果てにはヴェニュスパークが住んでいる家に泊ってくれた。さらには今でもVRウマレーターを介してトレーニングをしてくれる、ヴェニュスパークのためならばと身を粉にして働いてくれる。
その結果、ものの見事に粉砕されてしまった。遠い国に住んでいるのに、ヴェニュスパークのためならばフランスに来ても構わないほどの気概を見せる男トレーナー。もはやヴェニュスパークの男性観はボロボロである。
声高に力説するヴェニュスパークに対し、モンジューは呆れた表情。どこで育て方を間違えた? と言わんばかりの顔である。
「『ですが、やはりここで壁となるのは聖が担当しているウマ娘達……! グギギ、羨ましいことこの上ないです! 聖の全部は私のなのに!』」
「『淑女らしからぬ言動だな。もう少し慎みを』」
「『慎みで聖の城壁を突破できるんですか? そんなもの、私はとうに捨てました!』」
レディにあるまじき言葉を口にするが、ヴェニュスパークは止まらない。彼女が望むことはただ1つ。
「『聖をフランスに! フランスで私と一緒に暮らすんです! そしてそして、ラブラブ甘々な生活を送るんです~!』」
高村聖をフランスへと勧誘し、彼と一緒にフランスで暮らすことだ。もはや付き合うとか彼女になるとかそういう過程すらすっ飛ばし、籍を入れる算段すらも立てている。ちなみに、モンジューはヴェニュスパークのいうラブラブ甘々生活を想像して吹き出していた。あまりにも似つかわしくない絵面が頭に出てきたから。
「『想像したら少し面白いが、そうはいかないだろう。そもそも教え子と生徒』」
「『教え子と生徒だからなんですか? それくらい、軽く飛び越えます! なんせ私、ロンシャンの女神なので!』」
「『たとえ女神だとしても無理だろう。それに警察のお世話になるのは彼の方だ』」
いつものことなのか、あしらい方が手慣れているモンジュー。夕ご飯の支度をしながらも、可愛い弟子の愚痴を聞いてやっていた。
そんな折のことである。
「『そんなに会いたいのであれば、留学という手が……あっ』」
思わず口を滑らせてしまった、そんな反応をするモンジュー。聞こえていないよな? といった具合にヴェニュスパークの方を見るが。
「『留学? 留学ってどういうことですか? 師匠』」
ばっちりしっかり聞かれていた。時すでに遅し、可愛い弟子は留学という言葉に興味を持ってしまったのである。
(やってしまった。気を付けていたというのに、慣れ過ぎてつい口を滑らせてしまった!)
留学。それはヴェニュスパークが日本へ留学することを意味する。実のところ制度自体は前々からあり、たまにフランスのウマ娘が日本のトレセン学園へと留学している事例も存在しているのだ。
だが、ごく少数。ヴェニュスパークが初耳なことからも分かるように、そもそも興味を持たなければ留学という制度自体知らないことが多い。
口にしないようにしていた。理由はただ一つ、この制度を知れば確実に。
「『留学……日本に留学!? ということは、聖に毎日会える!』」
「『確かにそうだが、留学には手続きが』」
「『問題ありません、聖に毎日会えるなら我慢します! あ、もしかしてもしかして……ホームステイで聖の家に泊まれたりするんじゃないでしょうか!?』」
まさに目の前でキャーキャー喜んでいる弟子が、日本へ留学すると言って聞かなくなるからだ。こうなるから黙っていたというのに、本当にやらかしてしまったと自責の念に駆られるモンジュー。
(トレーナーとも口に出さないようにしていたというのに……日本では、一生の不覚、だったか。なんにせよ、起こってしまったことは仕方あるまい)
「『興味があるというならば、私の方からトレーナーの方に言っておこう。もうこの際どうしようもないのだから』」
「『はい師匠! 楽しみだな~、楽しみだな~』」
「『ただし』」
ルンルン気分のヴェニュスパークに対し、ピシャリと気を引き締めているモンジュー。姿勢を正すヴェニュスパークに告げられた言葉は、あまりにも厳しい条件。
「『掃除を身につけてからだ。お前はただでさえズボラな面が目立つ。そのズボラをどうにかするつもりがないならば、留学の件はなしだ』」
「うぐっ!? 『ただで留学させてもらえるわけありませんよね……ですが、それくらいなんとかします!』」
「『本当だな? ならば、もう1人監視役として留学生をつける。それがお前が留学するための最低条件だ。これが飲めないならば、お前の留学は認めない』」
なお、ヴェニュスパークにとってだが。モンジューはこの機会にヴェニュスパークのズボラを直そうと考えたのだ。留学の条件につけることで。
ついでに、思惑はもう一つ。
(高村聖がフランス側に来てくれれば、我々の未来も明るいからな。億が一、彼がこちらに来るようであれば、ミーティアのメンバーもフランスに来る。そうなれば)
「『フランスが天下を取れるな、フフっ』」
「『師匠がなにか悪だくみしてます。それはそれとして聖~、待っててくださいね~!』」
ヴェニュスパークが高村聖を連れてきた場合、利の方が圧倒的に多い。ここもちゃんと考えていたかつての欧州最強である。
かくして、ヴェニュスパークの留学はとんとん拍子で進んでいき。1ヶ月も経たないうちに。
「え、えー……今日から留学生がこのクラスに来ました。お名前は」
「ハイ! ヴェニュスパーク、イイマス! ヒジリ、アイ、キマシタ! ヨロシクデス!」
「はい。というわけなので、みなさんどうぞよろしく……またミーティア絡みかぁ」
ヴェニュスパークは日本へと留学してきた。ついでのように高村が率いるミーティアに所属することになる。
「ヒジリー!」
「……まさか留学までしてくるなんてね。まぁ、これからよろしく」
「ヒジリ、ヒジリ! 『ホームステイ先はヒジリのお家に』」
「『ダメですからね~? ちゃんと、こちらが用意した寮の部屋に住んでもらいます』」
なお、外部からはまたミーティアか、といつものことのようにあしらわれていた。高村はもはやそういうものとしてヴェニュスパークの抱き着き攻撃を軽く躱していた。
「聖君、大丈夫なの? ヴェニュスパークちゃんかなり積極的だけど」
「妹みたいで可愛いと思いますけど、まずいですかね?」
「……うん、俺からは何も言わないよ」
そんな話もあったそうな。
フランスモンニ。モンニと言えば1/4フィギュアが出ますね。