恋のダービーステークス   作:カニ漁船

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2週目。じぇんちるさん。


ジェンティルドンナは許せない

 某県のとある温泉街。そこに1人の男と1人のウマ娘の姿があった。

 

「まさか温泉旅行のペアチケットが当たるなんてね。なんにせよ、チケットが腐らなくてよかったよ」

「えぇ、使わずにいるのはもったいないくらいの観光地ですわ」

 

 高村と、ジェンティルドンナである。2人は温泉街を歩いており、さながら観光客のようにお店を見物したりしていた。

 

 

 事の始まりは数日前。高村が温泉旅行のペアチケットを当てたことから始まる。

 

「おめでとうござま~す! 特賞、温泉旅行のペアチケットで~す!」

「……どうしよう」

 

 新しい参考書を買った際たまたまやっていた福引のチケットをもらい、偶然にも特賞の温泉旅行のペアチケットを当ててしまい。

 

「あら、こんなところで会うなんて奇遇ですわね。何をしていらっしゃったのかしら?」

「あ、ジェンティル」

 

 これまた偶然、新しい鉄球を買いに来ていたジェンティルドンナと鉢合わせ。

 

「温泉旅行のペアチケットを当てちゃって。でも誘う相手もいないし、どうしようかなって迷っていたところなんだ」

「……ふぅん。誘う相手ならいるじゃない。ここに」

「え?」

「貴方からの誘いならば、私は断りませんわ。それで、そのチケットはどうなさるおつもり?」

 

 その結果として、2人は温泉旅行へと足を運ぶことになった。決め手となったのは学園理事長秋川やよいの悲痛な叫び。

 

「懇ッ願ッ! いい加減君は有休を消化してくれ! 君のは有休と言えないものばかりだッ!」

「……ちゃんと取ってますよ」

「そうですか。では有休消化と言いながら練習場でお見かけしたのはどういうことか、説明してくれますよね?」

 

 有休を消化しない高村に業を煮やして、駿川たづなが無理やりにでも休ませた。様々な偶然が積み重なって、2人の温泉旅行が実現したのである。本当に、たまたま、星のめぐりが良かったのだ。

 

 

 久しぶりに羽を休めている高村。ちなみにここに仕事道具を持ち込もうとしていたが、察知したジェンティルドンナによって全て処分された。今頃学園のトレーナー室へと運び込まれていることだろう。

 

「いい加減、貴方は休むことを覚えなさい。将来苦労するわよ」

「休むって言われたって、何もすることが思い浮かばないし……だったら仕事をしていた方が」

「それがダメだと言っているのよ。前に私が言っていたこと、勿論覚えていますわよね?」

 

 ずいっ、と顔を寄せて凄むジェンティルドンナ。いつもの威圧感は微塵も感じず、愛嬌さを感じさせる圧に高村もたじたじだ。

 

「……なにかだけの人生に彩は生まれない。常に広い視野を持って行動すべし」

「よろしい。これもまた貴方の視野を広げるため、ひいては休むことを知らない貴方のためよ。しっかりと、身体を休めなさい」

「分かったよ」

 

 満足そうにうなずいた後、高村の隣を機嫌良さそうに歩くジェンティルドンナ。

 だが、ふと立ち止まって。手を差し出した。

 

「まずは淑女の扱い方について、教える必要があるかしら?」

 

 不敵に笑い、高村を見据える。目にはどこか期待が籠っており、この先の行動を興味深そうに観察している。

 

 ジェンティルドンナが伸ばした手を高村は。

 

「分かった。これで満足かな?」

 

 取った。確かめるように手を握り、答えは合っているかと問いかける。ジェンティルドンナは──満足げだ。

 

「よろしい。では参りましょうか、羽休めに」

「うん。下調べはしてきたから任せて」

「エスコートの準備も万端のようね。では、貴方に全てを委ねましょう」

 

 歩く。温泉街を回る彼らの姿は、確固たる信頼で結ばれたパートナーのように見えた。

 

 

 ちなみに手を繋いで歩いている最中、ジェンティルドンナの心は。

 

(ウフフ、私が差し出した手を、迷うことなく取った……しっかりと淑女の扱い方を心得ているようね)

 

 超絶ウキウキ気分だった。手を繋いでさえいなければ、高村さえいなければその場でスキップを刻んでそうなほどの高揚感を覚えていた。表に出さないように、空いている手の方で自らの太ももをつねって己を律しようとしているくらいには。

 

 それも仕方ないだろう。意中の相手と手を繋ぐ、それだけでも嬉しいというのに、自分の意図をすぐさま察して手を繋いでくれたのだから、ジェンティルドンナからすれば嬉しいことこの上ない。当然とは思っていても、やられると嬉しいものである。

 

(えぇ、この温泉のことはリサーチ済み。今まで遅れていた分をここで取り戻しましょうか)

 

 頭によぎるのはサクラバクシンオーの一件。彼女の告白の件は聞かされており、出遅れたと気づかされた時は苛立ちを覚えたが。もはやそんなことは些事だ。

 

「おっと、気を付けてジェンティル。段差だ」

「大丈夫ですわ。貴方がしっかりと、しっかりと握っているものね?」

「……あまりからかわないでくれると嬉しいかな」

 

 この愛おしくも大切な時間を過ごすことができているのだから。

 

 この温泉旅行を忘れないものにする。確固たる信念がジェンティルドンナにはある。好きな相手との思い出を大切なものにするために。

 

(後は温泉ですわ。部屋は同じ部屋、つまり一緒に寝ることができる。ふふ、ウフフ!)

 

 ついでにちょっと邪な感情も覗かせながら。

 

 

 

 

 

 

 日が出ている間歩き回り、没しそうになった頃。高村たちは温泉旅館へと戻る。

 

「さて、丁度いい時間になったし……この辺りで温泉にでも入ろうか」

「いいですわね。それでは、行きましょうか」

 

 着替えと温泉道具を取り出して向かおうとする高村、が。その手を引かれる。

 

「……何? ジェンティル」

 

 手を引いている主、ジェンティルドンナへと不思議そうに目を向けると、不敵な笑みが目に入った。

 

「貴方、ここの温泉のことについて調べたかしら?」

「それなりには。混浴とかあるらしいね、ここ」

「そうですわね。ここの温泉はどうも混浴風呂があるらしいですわね」

 

 それがどうしたと言わんばかりに目を向けるが、驚きの提案を出される。

 

「入りますわよ、混浴風呂」

「はいっ!?」

「聞こえなかったのかしら? 混浴風呂に入ると言ったのよ」

 

 ジェンティルドンナから混浴風呂に入る提案をされた。思わず高村も似つかわしくない大声を出してしまう。

 

 言葉の真意を探ろうとする。何故そんな提案をしてきたのか、その意味を。

 

(なにか体に不調が? いやわざわざお風呂じゃなくてもここで確かめればいい話だ。じゃあどうして? もしかして混浴風呂に興味がある? だとしても)

 

 頭をフル回転させ、ジェンティルドンナの意図を探ろうとする、が。

 ふと、彼女の身体が目に入った。ジェンティルドンナの、豊満な肢体が。

 

(……ッ!)

「煩悩退散ッ!」

「……なんでいきなり自分の顔を殴りましたの? 貴方」

 

 邪な感情が芽生える。つい最近までは考えもしなかったことが、なんの疑問もなくいいよと答えていたであろうことに疑問を持ち始めた。

 その答えはただ1つ、サクラバクシンオーの告白だ。

 

(いや、そんなことはない。今のジェンティルの言葉だってきっと、僕を信頼しての言葉に違いない)

 

 あの言葉が大きな影響を与えていた。とどのつまり、自分なんて好かれていないからなんとも感じていなかったが、好かれている相手が出てきたので意識するようになってしまったのである。子供から、大人になったのだ。

 

(……さすがに苦しいだろ、僕。信頼してるからってなんで混浴風呂に入ろうなんて提案をしてくるんだ? 絶対にありえないだろ)

 

 これも成長。情緒が子供の状態から大人になったのである。

 

 答えを待っているジェンティルドンナ。高村が出した答えはというと。

 

「……止めておいた方がいいよ。自分をもっと大切にした方がいい」

「……あら」

「混浴風呂が悪いとは言わないけど、効能は他と変わらないっぽいし、他の温泉に入った方がいいんじゃないかな、うん。サウナとかもあるし、無理に入らなくてもいいと思うよ」

 

 逃げた。しどろもどろに理屈にもなってない理屈を並べて逃げた。へたれたのである。

 

 ジェンティルドンナはというと──にやりと笑った。

 

(少なくとも意識している、ということね? 一瞬、私の身体へと視線を向けましたもの)

 

 本当に一瞬だが、高村がジェンティルドンナへと視線を向けた際、いつもとは違う感情を感じた。なんで分かるかというと女の勘である。

 それはそれとして、混浴を断った理由がよく分かった。その真意が自分にとって好ましいものであるのも。

 

 ふぅと溜息を吐き、ジェンティルドンナは納得する。

 

「それはそれは。仕方ありませんわね。まぁいいでしょう」

「そ、そう。別に混浴風呂に入らなくても」

「貴方にだけなら、好きなだけ見せてもよろしくてよ?」

 

 ほっと一息ついて油断した隙を突き、一気に距離を詰め。耳元で囁いた。魅惑のささやきを。

 驚いて離れる高村。面白おかしそうに笑うジェンティルドンナ。高村の顔は少しだけ、赤くなっていた。何が何だか分からないという表情を浮かべている。その表情に、ジェンティルドンナはさらに笑みを深めた。

 

「ウフフ、今回“は”諦めましょう。ですが、次はどうなっていることやら」

「……次もないと思うよ、うん」

「そうだといいですわね? 私はよろしくありませんが」

 

 踵を返し、お風呂へと歩いていくジェンティルドンナ。胸をなでおろし、高村もその後ろをついていった。

 

 

 お風呂に入り、食事に舌鼓を打った後。就寝の時間となる。

 の、だが。

 

「……ジェンティル。どうして布団を隣同士にするのかな?」

「愚問ですわね。私がそうしたい以外の理由が必要かしら?」

 

 ジェンティルドンナはぴったりと布団をくっつけていた。一部の隙間もなく、しっかりと、ぴったりとくっつけていた。

 

「いやいや。部屋が1つだけなのは我慢したけど、さすがにここまで近いのは」

「あらあら? 何か不都合なことでもあるのかしら? まさか、変な想像を働かせているの?」

「あくまでも節度を持つべきだと」

「私は変なことをされても一向に構いませんわ」

 

 これには高村も抗議の声。なおその抗議の声は一蹴された。堂々と、恥ずかし気もなく言い放つジェンティルドンナを前にして、高村の声は小さくなった。

 

 最終的に、一歩も譲らないジェンティルドンナ+彼女の怪力に敵うはずもなく。2人はくっついた布団で寝ることを余儀なくされる。

 まぁ近づかなければいい、自分の布団から出なければいいかと高を括っていたのだが。

 

「……んぅ」

(なんでジェンティルの方から寄ってくるのかな?)

 

 高村が動かずともジェンティルドンナが動かないとは限らない。思いっきり高村の布団に入ってきて領域を侵していた。布団というセキュリティは穴だらけのようである。

 ジェンティルドンナに抱き着かれたらどうなるか?

 

(……寿限無寿限無)

 

 脳内で寿限無を唱え始める高村の完成である。ちなみに寿限無が終わったら円周率を数え始めるフェーズに移行した。

 

 なお、そんなことをやろうが現実は変わらない。ジェンティルドンナに抱き着かれて、彼女の身体が惜しげもなく当てられている。その度に自分を落ち着けようと必死だった。

 

 そして体を当てているジェンティルドンナ。彼女は寝ているのか?

 

(さぁ、反応しなさい。そしてあわよくば私を抱き着き返しなさい)

 

 狸寝入りこいてるだけだった。ばっちり起きており、身体を当てているのは確信犯である。迷いを捨て去った貴婦人はあまりにも躊躇がなかった。

 

 2人の攻防は続く。片方は意識しないよう必死に、片方は意識させるよう脇目も振らず。激しい攻防が繰り広げられている。

 高村が逃げようと端の方に移動しようとすれば、ジェンティルドンナも同じように移動する。寝返りを打っているかのように自然に、あまりにもスムーズに移動する。

 一度トイレに行こうと立ち上がり、気づかれないように布団を離そうとすれば。ジェンティルドンナは持ち前の怪力で布団を動かせないように抵抗する。

 諦めて布団に入り、どうにか寝ようとすれば。ジェンティルドンナは腕に抱き着いてあまつさえ甘噛みのセットプレイを仕掛ける。

 

(クソ、旅行でジェンティルがおかしくなっている……!)

 

 高村が困惑するほどに、ジェンティルドンナは積極的になっていた。おかしくなった原因には欠片も気づいていないが、旅行という熱で浮かされているのだと判断した。

 

 どうにか寝ようと心を落ち着かせる高村。しかし、ジェンティルドンナの攻勢に落ち着いていられるはずもなく。

 

(諦めるほかないのか……って、うん?)

 

 諦めようとしていた矢先のことである。

 

「すぅ、すぅ」

「……イダダダダダッ!? う、腕が、腕がッ!?」

 

 先ほどまでの狸寝入りとは違い、本格的に寝入ってしまったジェンティルドンナ。どうも最後まで意識が持たなかったようである。

 今度はその万力を、トレーナーに対して振るい始めた。腕をしっかりとホールドし、逃すまいと抱きしめている。

 

 感触を堪能する、余裕なんてものはない。先程まではセーブされていた力が、ほぼセーブされていない状態で高村へと襲い掛かっているのだから。幸いにも鉄球を圧縮する平常時の力程ではないが、それでもウマ娘の怪力が襲い掛かっていた。

 

(ど、どうにかして逃げないとっ!?)

「うぷっ!?」

 

 逃げようと体をよじらせた矢先のことである。一瞬拘束が緩んだかと思えば、即座にジェンティルドンナの胸に顔をうずめさせられた。抱き枕のように抱き着かれたのである。

 むにゅ、っとジェンティルドンナの体に包み込まれる高村。男からすれば羨ましくて仕方がない、呪詛を吐き出したくなるような光景が広がっており、ジェンティルドンナに抱き枕にされるなどまさしく桃源郷のような気持ちに至れるだろう。

 ただ悲しきかな。

 

「すぅ、すぅ」

「んー! んー!?」

 

 そんなものを堪能する余裕なんてものはない。ジェンティルドンナの怪力によって逃げることもできなければ、顔が胸に押し付けられている現状呼吸すらキツい有様だ。文字通り、生きるか死ぬかの瀬戸際に立っている。

 

(こ、こんなところで死ぬわけにはいかない……! 待っているみんながいるんだ、なんとしても生き残る!)

 

 やたらとカッコいいセリフを脳内で思い浮かべているが、実際の状況は男からすればうらやまけしからん状況。ジェンティルドンナに抱き枕にされて、彼女の体を堪能できる状態だ。一歩間違えたら物理的にあの世に行きかねないが。

 

 最後の攻防は意味合いが変わる。意識するかさせるかではなく、生きるか死ぬかの攻防となっていた。

 

 

 そして翌朝。

 

「ふわ……あら?」

「……」

「貴方にしては珍しく、寝坊しているのね。このまま寝かせておいて差し上げましょうか」

 

 くすっと笑うジェンティルドンナだが彼女は知らない。抱き枕にされて柔らかさに溺れつつも、自らが生きるために必死に足搔いていた高村の時間を。

 その後高村は朝食の時間に起こされた。起き上がった彼は一言。

 

「……凄かった」

 

 なんかもういろいろと思い出してぼそりと呟いた。




これは偶然だ誰が何と言おうが偶然だたとえ近くにジェンティルの家のものがいたとしても福引の受付がジェンティルの家のものだったとしてもこれは偶然なんだ。
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