アグネスタキオンはある日気づいた。それはもう気持ちよく。
「もしかして私は、トレーナー君に要介護者としてしか見られていないのでは?」
「今更、気づきましたか」
「気づいただけ大金星だろこれもう」
「ポッケちゃん、言わないであげて! またタキオンちゃん寝込んじゃうよ!」
自らの愛する人に、自分は介護されるだけのウマ娘としてしか見られていない事実に。アグネスタキオンはようやく気付いたのである。
自分が置かれている状況、立場。そのどれもが他の恋敵にとって大きく遅れている。このままでは恋人はおろか養子の立場になってしまうと、つい最近ようやく気付いた。
手はわなわなと震え、恐ろしいことに気づいてしまったとばかりに声を震わせている。なお、飲み物を嗜んでいるカフェとポッケの視線は冷ややかなものだった。当然だろとか今まで気づかなかったのかコイツ、と視線で訴えかけている。
もっとも、そんな視線は無視して頭を抱えるアグネスタキオン。自分が遅れているという状況に、焦りを覚えていた。
「ま、まずい、ひじょーにまずい! ただでさえ委員長君には絶大なアドバンテージがあるというのに、このままでは私の完璧な計画が狂ってしまう!」
「どこに完璧さがあったよお前の計画。媚薬に頼る時点で穴しかなかっただろうが」
「どどど、どうすればいいんだ私は~!?」
今の立ち位置では恋人になるなど夢のまた夢。どうあがいても不可能な現実に嘆くアグネスタキオン。おいおい泣きそうな彼女の姿に、さすがに同情心が芽生え始める3人。
(自業自得とはいえ、あの鈍感そーなトレーナーだしなぁ。タキオン以外にも同じような奴はいるっつーか)
(それこそ、最近、留学してきた、ヴェニュスパークさんが、そうかと。猛アタックが、全く、効いて、いません)
(う~ん……)
どうしたものか。全員そろって頭を抱えることに……は、ならなかった。
きっかけは、ダンツフレームの一言。
「やっぱり、タキオンちゃんに対する意識を変えてもらうしかないと思う。そのためには、タキオンちゃん自身が変わらないと」
今更どうしようもないのだから、今からできることをやろう作戦である。シンプルかつ分かりやすく、なおかつ複雑な手順を必要としない作戦に、タキオンたちも目から鱗が落ちた。
「確かにそうだよな。なんにせよ、まずは意識貰わなきゃ話になんねー。告白……は、この際無視するとして、だ。なにかデケェアクションを起こさねぇと、って話だよな?」
「うん。それに、ちょっとの事でもいいと思うんだ。ほら、たまにはタキオンちゃんが料理を作ってあげるとか。その程度の事でも、高村トレーナーは喜んでくれると思う」
「問題は、タキオンさんが、料理ができるのか、という問題、ですが」
「舐めないで欲しいねぇ。あんなのレシピがあれば誰でも作れる。私は作らないだけだ」
「威張んな要介護者! ……んじゃま、最初にやるべきことは決まったな」
作戦を決行。とにかく、アグネスタキオンに対する意識を変えてもらおう作戦始動である。
◇
日付は変わって次の日。早速行動に移すアグネスタキオン。
「やぁやぁ親愛なるモルモット君! 今日は君にご褒美を……」
「……タキオン?」
朝一番にトレーナー室へと足を運び、弁当の小包を持って渡そうとする。昨日の作戦通りに、高村に弁当を手渡そうとしていた。ちなみに、廊下の陰からカフェ達は見守っている。
(おい、もうちょっと詰めろってカフェ! 見えねぇだろ!)
(これが、限界、なんです。文句は、ダンツさんに、言って、ください)
(なんで私だけなの!?)
傍から見れば奇怪な光景だが、行く末が心配だったので見物に来た3人。無事に渡すことができるのかハラハラドキドキしていた。
トレーナー室の前までは来れた。しかし、その先が繋がらない。
「あー、えっと……その、だね」
「実験でもしに来たの? それなら、どの実験をするのか教えてもらえるとありがたいんだけど」
「い、いや、ち、違くて、だ」
口調はしどろもどろ、頬は赤く紅潮し、普段の態度からは全く想像ができないほど茹で上がっている。弁当を見えないように必死に隠し、視線もさ迷わせて高村に合わせようとしない。
(いけ! 頑張れタキオン! おめーならいける!)
(あんな、タキオンさん、初めて、見ました)
(頑張ってタキオンちゃん! もうちょっと!)
物陰から応援する3人。周りから何事かと視線を向けられてもお構いなしに、アグネスタキオンが弁当を渡せるようにと拳を握る。
あと少し、もう少し。もう少しだというのに。
「……な、なんでもないねぇ! ちょっと用事を思い出したから失礼するよそれじゃあまた放課後に会おうじゃないかハハハ!」
「あ、ちょっと待ってタキオ」
猛ダッシュで逃げてしまった。カフェ達は見るからに落胆する。
「ダメ、でしたか」
「弁当渡すだけでこれとか重症レベルだろもう。どうすんだよ?」
「だ、大丈夫! まだまだこれからだもの!」
タキオンが去っていった方向へと走る3人。すでに先行きが不安しかない道のりでも、なんだかんだ友達付き合いの良いメンバーである。
弁当が渡せなくとも、出来ることはたくさんある。次なる作戦へと移るアグネスタキオン。
「や、やぁ。さっきぶりだねトレーナー君」
「うん。さっきは何だったの?」
「気にしなくていい。ち、ちょっと野暮用を思い出しただけさ」
数分もしないうちにトレーナー室に戻り、弁当とは違うブツを手渡そうとする。そのブツとは──映画のペアチケット。公開日は数日後だ。
弁当よりも難易度が上がっているかのように見えるが、これにもちゃんとした理由があった。発案者であるジャングルポケットは語る。
「うだうだ考えるよりも、ド直球で誘えばいいんだよ。あの人ぜってー断らねぇんだから」
「一理、ありますが、それで、上手くいくかは」
「頑張って、頑張って。タキオンちゃん!」
どうせお出かけに誘えば断らないのだから、映画を見に行くくらいわけないだろう、とのことである。自信満々に送り出しているが、カフェは白け顔だ。
またも物陰から見守る3人。結果のほどはというと。
「こここ、今度の休日はひ、ひま、ひひ、暇、かな!?」
「何でそんなに挙動不審なの? 仕事がちょっとあるくらいで、まぁ暇と言えば暇かな」
「ほほほほほほ、ほほ~う! なな、ならちょちょちょ、ちょうど」
先ほど同様しどろもどろになる。ろれつが上手く回っておらず、明らかな挙動不審な態度にトレーナーも怪訝な顔を浮かべていた。
なんとか頑張れと、エールを送る3人だが。
「……やっぱり無理だぁぁぁ!」
「……なんなんだろう? なにが無理なんだろうか、タキオン」
結局逃げ帰ってしまった。ペアチケット作戦失敗である。
「弁当渡せないんじゃそりゃ無理だよな。なんとなく察しはついてた」
「じゃあなんで提案したの! 真面目に考えてあげようよ!」
「いやこれでも割と真面目に、つってもなぁ。今まではどうしてたんだよ? アイツ」
「前は、普通に、お出かけ、していたのに。自覚すると、こうなる、とは」
〈コシヌケ! クソザコ! ギャハハ!〉
カフェにしか見えないお友達も大爆笑。カフェの頭上で手を叩いて大笑いをしている。
その後も意識してもらうため、贈り物を送ろうとするアグネスタキオン。諦めずにトライし続けて、あの手この手で渡そうと頑張っていた。
だが、上手くいかない。
(と、トレーナー君の顔を改めてみると……かなりのイケメンではなかろうか?)
今まで意識してこなかったこと、目を向けていなかったことに目が向く。
(もし断られでもしたらどうしよう? そうなったら私は生きていけないぞ!?)
考えもしなかったこと……誘っても断られてしまう可能性を考えて、誘う言葉が尻込みしてしまう。
(ただでさえ、普段が普段だ。ワガママが通ってきたのも、仕方がないから、で……)
結果、挑戦が10に到達しようかというところで。
「まぁ、うん。次の機会に頑張るとしよう。なぁに、まだ時間はあるわけだし、今日じゃなくても」
「ダメに決まってんだろタキオン! ここに来て、いも引いてんじゃねぇぞ!」
諦めようかと口にした。もっとも、ジャングルポケットら3人がそれを許さないが。
「だ、だって! 断られたら私は生きていけないぞ!」
「あの人がんなことするタマかよ! 担当ウマ娘のためなら何でもするような人だぞ!?」
「同感、です。間違いなく、断りません」
「で、でもぉ」
弱腰になるタキオンを励まし続ける。一歩の勇気を踏み出せるようにと盛り上げ続ける。
(普段の傍若無人っぷりが嘘みてーに鳴りを潜めやがって。不覚にもちょっとかわいいと思っちまう自分がいる!)
(ワガママっぷりを、発揮するだけで、よろしいのに。何故、こうも弱気、なのでしょうか?)
「頑張ろうよタキオンちゃん! タキオンちゃんならいけるよ!」
弱腰のタキオンを励まし続ける。普段の我儘はどうしたと、いつも通り振り回すくらいの気概でいけと叱咤する。
しかし、そう簡単にはいかない。意識1つ変わっただけで、アグネスタキオンは完全にへたれてしまったのだ。
いつも通りに振り回せばよかった。相手の事情なんてお構いなしに、実験と称して付き合わせればよかった。
でも、それはできない。好きな人に迷惑なんじゃないか? という意識が邪魔をする。嫌われたくない、これ以上幻滅されたくないという思いが、アグネスタキオンに躊躇の感情を芽生えさせた。
原因は、サクラバクシンオーの告白による影響。これ以上取り返しがつかなくなることだけは勘弁したかったのだ。
(委員長君はトレーナー君が最初にスカウトしたウマ娘かつ、一番思い入れの深いウマ娘だ。そんな相手がライバルなのだからねぇ)
「ふふ、ふふふ……貝になりたい。何も考えない貝になりたいねぇ」
「畜生コイツ変なことまで言い始めやがった! 目ェ覚ませタキオン! 貝だって考えることぐらいあるぞ!」
「そういう、問題、ですかね?」
その結果、何も行動できないクソザコ恋愛ウマ娘が爆誕する。もはやどうすることもできそうになかった。
そんな時である。扉の部屋を開けて、誰かが入ってきた。
「ごめん、マンハッタンカフェ。タキオンはいるかな? もしかしたらここにいるんじゃないかと思ってきたんだけど」
高村だ。意中の相手が、突然城内に入り込んできた。旧理科準備室という、アグネスタキオンの根城に。
反射的にカーテンを盾にして隠れるアグネスタキオン。そんなことをしても足が丸見えなので何の意味もなさない上、高村からは奇怪なものを見る目で見られていた。
「……何してるの? タキオンは」
「お気に、なさらず。恋する乙女の、恥ずかしさ、というやつ、です」
「分かったような、分からないような」
首を傾げるものの、考えても仕方ないと判断してか深く追及はしない。カーテンにくるまっているタキオンの下へと歩を進め、真っ直ぐに、ただ真っ直ぐにカーテンを見つめていた。丁度、カーテンを隔ててタキオンと視線が重なる位置に。
「タキオン、今日はずっと調子が良くなさそうだったけど、何かあったの?」
「……君が悪いわけじゃない。ただちょっと、そういう日だっただけだ」
どういう日だ、とジャングルポケット達は心の中でツッコミを入れるが、会話は終わらない。高村は頬を掻き、なおアグネスタキオンへと視線を注ぐ。
「何があったのかは詳しく聞かないけど、ちょっとタキオンにお願いがあってきたんだ。お出かけの誘いなんだけど」
お出かけ、という言葉が聞こえた瞬間、カーテンを勢いよく開けてアグネスタキオンが現れた。その目には期待が籠っており、さっきまでのヘタレっぷりが嘘のような態度である。
「実はさ、タキオンの研究に役立ちそうな個展があるみたいなんだ。こういうのは僕一人でいっても仕方ないし、タキオンの説明があったら倍楽しいだろうし。よかったらどうかなって」
「ほ、ほほ~う? 別のメンバーは誘わなくてもいいのかい? 委員長君とか、アイ君とか」
「う~ん……他のメンバーは誘ったら来るだろうけど、退屈するだろうし。それに、こういう論理的な公演とか技術の発表会なんかはタキオンといた方が楽しいし。暇なら丁度いいかなって」
「ほほう、ほほう! 私といるのが楽しいと来たか! いやはや、トレーナー君は分かってるねぇ!」
明らかに機嫌良さそうに揺れる耳と尻尾。呆然とした目で見るジャングルポケット達、祝福するように手を叩くダンツフレーム。
「今週末の予定なんだけど、どう? アレなら日程を合わせるけど」
「問題ない、少しも、微塵も問題ないとも! あぁそうだ、お昼に関しては私に任せたまえ。これでも料理はできる質でね、たまには私が君を労ってやろうじゃあないか」
「そう? タキオンの料理って珍しいね。楽しみだよ」
「楽しみにしてくれたまえ! 腕によりをかけて作ろうじゃあないか!」
1つ決まれば、後はポンポンと軽く決まっていく。さっきまでの苦労を返して欲しいと思わなくもないジャングルポケット達だった。
結果として、2人のデートが決まる。高村が帰った後のアグネスタキオンはホクホク顔だった。
「つってもアレだな。おめーの立ち位置あんま変わってねーんだから、あんまり」
「問題ないとも! このデートでなんとかしてみせるさ!」
「……期待、しないで、待っています」
「そこは期待してあげようよカフェちゃん」
幸せそうなら良いか、と思わなくもない3人だった。
余談だが、高村。様子のおかしいアグネスタキオンと接して。
「……なんというか、珍しいタキオンを見た気がする。いつもはもっと振り回す感じだった気がするんだけど」
顎に手をやり、ワガママを控えたアグネスタキオンの様子に、少しだけときめきのようなものを感じていた。
「……タキオンらしいかと言われたら、ちょっとアレだけど。悪くないね、うん」
高村聖。基本チームメンバーが恋愛押せ押せなウマ娘しかいないせいで、アグネスタキオンのしおらしい態度が逆にクリティカルヒットした男である。