フォーエバーヤングの恋愛観はバリバリのキャリアウーマンで押せ押せ派と恋愛よわよわギャルと二分されている。
トレセン学園のトレーナー室。いつものように高村が仕事をしていると。
「ね~ひじりん、そろそろワークは止めにしてさ? アタシに構うべきだと思うんだけどな~」
「……相変わらず距離が近いね、ヤン子。離れた方がいいと思うけど」
彼の担当ウマ娘の一人、フォーエバーヤングが後ろからのしかかった。ぎゅむっ、と。それはもう見事なまでにのしかかっている。抗議するような目とセットでだ。明らかにアタシ不機嫌です、と言いたげに。
高村の目の前にあるのは仕事。どれも緊急性の高いものではなく、なんならやらなくても問題ないようなもの。なんでそんなものをやっているのかは疑問が残るが、フォーエバーヤングには関係がない。明らかに困惑した様子の高村を前にして、ニマニマと笑っている。
「え~、なんで?」
「ほら、何かと困るんじゃない? この距離感、ヤン子としてもさ」
「別にアタシは困らないけどな~」
高村としては気が気でない。フォーエバーヤングのナイスバディが、自分の身体に惜しげもなく当てられているのだから。女性特有の柔らかさ、胸に当たる部分が背中に当たっており、嫌でも意識せざるを得ない。
それを分かってか、フォーエバーヤングは止めない。しどろもどろに離れた方がいいと口にする高村を前に、いたずらっ子のように笑うだけだ。
「だってアタシはひじりんのことが好き。好きな人とは少しでも長くタッチしていたいじゃない? だからこれも当たり前のことなんだよ」
「どこがどうなって当たり前になったの……? とりあえず、離れてくれると」
「そ・れ・と・も~? 離れてくれないと困ることが、ひじりんにはあるのかな~?」
押せ押せなこともあってか、高村の方もたじたじだ。なまじ好意を前面に押し出してくるので質が悪い。サクラバクシンオーと一緒である。
元々担当ウマ娘のお願いを拒否することができない男。
(バクシンオーとヤン子は一緒だ。臆面もなく好きって言ってくるし、その上でベタベタしてくるからアレというか)
「ほらほら~、なにか困るの~?」
「……別に困ることはないよ」
「じゃあこのままボディタッチは継続ってことで。ついでに、ワークも休んでくれるとハッピーなんだけどな~?」
されるがままになるのもまた、必然だった。フォーエバーヤングは顔やら肩やらをベタベタと触り、ご満悦そうな笑みを浮かべている。
このままだと仕事にも影響が出るかもしれない。そう考えた高村は。
「……分かったよ。仕事も一息入れて、お茶にしようか。丁度良いのがあるし」
「イエ~イ! ひじりん分かってるぅ。んじゃ、アタシはコーヒーの方を用意するね」
休憩することにした。
ソファに座る高村。フォーエバーヤングはというと。
「ん~、最近のトレンドはこれか~。悪くないけど、アタシにはあんまかな~」
「……」
「てか、このドーナツめちゃウマ! 有名店のやつだし、ひじりんに鬼感謝だね!」
「……ねぇ、ヤン子」
「なになに? どしたん?」
「なんで僕の膝の上でゴロゴロしてるの?」
高村の膝の上で、寝転んでゴロゴロしていた。猫みたいに。ウマ娘が、猫のように膝の上でゴロゴロしている。ドーナツ片手に雑誌を見ながら。高村も怪訝な表情だ。
寝転びながら食べるのはよくない。さすがにボディタッチのことよりも一般的な常識の方が頭に出てきた高村は、フォーエバーヤングを諫める。
(それならドーナツ食べる方に集中してくれるだろうし)
なんて考えを抱きながら。
「行儀が悪いから止めた方がいいと思うけど。どっちかにしたら?」
「ん~、じゃあドーナツ食べるのやめる。ひじりんの膝でゴロゴロ~」
「……そっちを取ったかぁ」
なお、その考えは儚く散った。フォーエバーヤングはドーナツや雑誌よりも、高村の方を取った。フォーエバーヤングからすれば迷う余地のない選択なのだが、そうは思わなかったのが敗因だろう。
トレーナーの様子に、フォーエバーヤングはまたもにんまりと笑う。トレーナーを手玉に取っているのが楽しくて仕方がない。笑顔が止まらない。
「嬉しいっしょ? アタシがゴロゴロしてて」
「嬉しいよりも困惑が勝つかな。ドーナツとか雑誌見てた方が面白いと思うけど」
「むっ、その発言、ヤン子さん的にNGだよ。アタシはこっちの方がハッピーなの」
自分を貶めるような発言に、眉を顰める、が。今この瞬間が楽しいので気にしないことにした。体を丸めて、トレーナーの身体や匂いを堪能している。ついでに自分の匂いを擦りつけていた。
「なんか、猫みたいだねヤン子」
「ふふん。今のアタシはキャットちゃんだよ? ごろにゃ~ん♪」
「はいはい」
お茶菓子であるドーナツをつまむ高村。ふと、そのドーナツに視線を向けるフォーエバーヤング。ドーナツを見て、天啓が舞い降りる。
(っ! 良いこと思いつ~いた!)
「ねぇねぇトレーナー」
「どうしたのヤン子……なんで口を開けてるの?」
「あーん」
大口を開けて、ドーナツを入れろとばかりに口を開ける。いわゆるあーんの構えだ。
たじろぐ相手をよそに、早く食わせろとばかりに大口を開ける。
「ねぇ、早く食べさせてよ。アタシもドーナツ食べたいもん」
「……なら、起き上がって食べれば」
「そんなことしなくてもさ、ひじりんがアタシに食べさせてくれればよくない? ヤッバ、アタシってば天才かも!」
一歩も退かない。早く食わせろ、大人しくあーんしろと催促する。寝転がるのを止めるつもりはない。
なによりも。
(トレーナーからのあーんは超・超・超プレシャス! アタシのテンションも鬼上がりMAX!)
こんな貴重な機会を逃すわけにはいかない。譲るつもりも退く気もない、この機会を逃すわけにはいかない。鋼の意志で寝転がる。
一分、二分。時間にしてはそれほど経っていないが、それだけの時間が流れたように感じる。やがて観念したように、ドーナツを一つ手に取って。
「……ほら、ヤン子。あーん」
「ッ! アーン!」
フォーエバーヤングの口元に、ドーナツを運んだ。今日一番の笑顔でドーナツを頬張り、嬉しそうに頬張る。幸せ気分は有頂天、天元突破してそうな顔だ。
当の高村はというと、わずかに頬が赤みがかっていた。さすがに恥ずかしさのようなものを感じている。
「……なんか、恥ずかしいんだけど」
「そう? アタシはそんなことないけど」
「ヤン子は食べさせられてる側だから……いや、どっちかというとヤン子側の方が恥ずかしいか、これ」
一体何時ぶりになるのか、というよりは今まで数えるほどしかしたことがないあーん。どことなく気恥ずかしさのようなものを感じる。相手の顔を見れないくらいには。
恥ずかしがる高村とは対称的に、ご満悦そうにドーナツを咀嚼するフォーエバーヤング。
そして。
「ほらひじりん。次、次!」
「い、一回で終わりじゃ」
「何言ってんの? アタシが満足するまで食べさせなきゃ。ほらほら~、あーん」
好機とばかりに、もっと食べさせろと雛鳥のように待つ。一回で終わりだと思っていたトレーナーの顔は困惑していた。
(……仕方ない、か)
「……あーん」
「やった♪ ア~ン」
最終的に、一回も二回も変わらないとの考えにより、出来る限り意識しないようにしながらあーんを続行した……箱いっぱいにあったドーナツがなくなるまで。
ドーナツを食べ終われば、静かな時間が流れる。高村は仕事に戻ろうとしても、膝にいるウマ娘が離さないとばかりに動かないのですでに諦めた。
(まぁ、たまにはいいか)
仕事のことを忘れて、一緒にゆっくりする。こんな時間も悪くないと思い始める。
そんな時だった。さっきまで寝転がっていたフォーエバーヤングが唐突に起き上がる。
「んっしょ、と」
「どうしたの? ヤン子。なにかっ」
「よいしょ」
起き上がって、姿勢を変えて。正面から抱き着くように、高村の膝上に乗った。恥ずかしげもなく、それが当然とばかりに。
首に手を回され、逃がさないとばかりに抱き着かれる。拘束が解けたと思えば新しく拘束され、その上フォーエバーヤングの顔が正面ドアップの状態で見つめていた。
今まで以上の困惑、動揺。あまりの出来事に思考停止しそうになるも、甘い匂いがそれを許さない。一歩間違えればお互いの鼻がぶつかりそうな距離感で、相手の笑顔だけが映っている。
「ねぇひじりん。チューしちゃう?」
「んな!?」
「顔真っ赤にしちゃって、キュートだね~。どうする?」
そんな状態でキス宣言など、さすがに鋼の意志×10くらいは搭載していても揺れ動かないわけがなかった。視線は嫌でも口元に集中し、気づいたフォーエバーヤングは笑みを深める。
「アタシはいいよ? ひじりんなら、別に」
「……もっと自分を大切にした方が」
「大切にしてるよ。アタシはね、ひじりんだからいいの」
ぐいっ、と顔を近づけられる。潤んだ瞳、お互いの息がかかる距離感、端正な顔立ち。そのどれもが心を乱すには十分すぎるものであり、誘惑に流されて顔を近づけても文句は言われない。
気づけば揶揄うような笑顔は消えて、真剣な表情で見つめている。少しずつ顔を近づけて、今にもキスしそうなほどの距離感まで接近している。
「ひじりんなら、アタシの全部をあげてもいいよ? それだけアタシはひじりんのことが好き。ライクじゃなくて、ラブ」
「……」
「どう、する?」
ごくりと喉を鳴らす音が聞こえる。潤んだ瞳で見つめられ、理性が崩壊してしまいそうになる。過ちを、決して犯してはいけない領域へと足を踏み入れてしまいそうになる。
徐々に、少しずつ、どんどん近づいて……やがて。
「……な、な~んちゃって! 嘘嘘、ジョークだよひじりん!」
バっと、唐突に離れて。膝上に座っていたフォーエバーヤングは綺麗なジャンプを披露して離れた。一瞬にして扉の前まで移動する。
手をバタバタとさせて、身体の暑さを誤魔化す仕草を見せる。さっきまでとは違って顔は真っ赤であり、余裕綽々だった態度は崩れ去っていた。
「いや~、さすがに、さすがにね!? さすがにジョークだよひじりん! ここじゃまずいからね!?」
「……なんか、凄い必死だね」
「そそそ、そうかな!? 別にそんなことないとヤン子さん思うけどな~! あ、ジョーダン達に呼ばれてるんだった! そ、それじゃ~ね~!」
思わず突っ込むも、適当な言葉で誤魔化して去っていった。嵐のように過ぎ去る姿を見て、頭を抱える。
「……本気でまずかったかもしれない。たづなさんからも言われてるんだから、距離感を間違えないようにしないと」
それでも、さっきの状況を悪くないと思っている自分がいる。それも確かだった高村だった。
◇
去っていったフォーエバーヤングの方はというと。
「あ~……やっちゃったやっちゃったやっちゃった! なんで、なんで後少し勇気を出さなかったアタシ~!? もうちょっとだったのに~!」
誰もいない廊下の隅で、頭を抱えてさっきのことを思い出していた。トレーナーとキスしそうになっていたさっきの状況を。顔を真っ赤にして、自己嫌悪に陥っていた。
「なんで肝心なところで、あと一歩の勇気を出せないかなアタシ~! もうちょっとでひじりんとちゅ、ちゅ、ちゅ~……で、でき……~っ!」
だったり。
「言葉ではすぐ言えるのになぁ。そ、それでも、すすす、好きとか、ラブとか、ち、ちょっと抵抗あるけど……」
とか。
「う~……絶好のチャンスだったのに~! もうちょっと勇気出せアタシ~! は、恥ずかしいんだけど、アタシが一番新参なんだからさ~! もっとチャレンジしないと! あと一歩押せばいけるとこまで来たんだからさ~!」
と。いろいろとぶちまけていた。周りに人がいないことを確認して、己の心情を吐き出している。
言葉では恥ずかしさはあるけど言える。面と向かって、トレーナーのことが好きだと言うことができる。恥ずかしさよりも勝るものがあるから。
ただ、行動となると話が変わる。恥ずかしさの方が勝ってしまい、行動する前に離れてしまう。いつもいつもあと一歩を踏み出すことができない。
このままではいけないと思っている。思っているが、実際に行動に移すと恥ずかしさが勝ってしまう。だから、さっきの場面でもキスすることができなかった。肝心なところでヘタレてしまう、自分の悪い癖だ。
それでも。
「で、でも? トレーナーも悪くないと思ってくれてるみたいだし? そうじゃなきゃ、あんなに顔を赤くしないし。アタシのこと振りほどいたりしないし……えへへ」
さっきのトレーナーの様子を思い出し。憎からず思っているような反応を見せたことが嬉しくて。はにかむように笑った。
サングラスに手をかける。いつかの日にトレーナーにプレゼントして、気づけばいつもつけてくれるようになったお揃いのサングラスを。
「……よし! 次こそはやるぞ! 頑張れアタシ、ファイトだアタシ!」
フォーエバーヤングの道のりは長い。長いが……他のチームメンバーに比べればはるかに進んでいるのが実情である。
しかし待ってほしい。ここで私は新説の普段はバリキャリウーマンで恋愛つよつよだけど肝心なところでヘタレるよわよわギャル説を提唱したいと思います。ではこれにて失礼する。