学園のトレーニングルーム。様々な器具が並び、ウマ娘達が練習している中で1人、ジェンティルドンナは鉄球片手に考え事をしていた。
「さて、どうしたものかしら」
表情は真剣そのもの。並々ならぬ思いを感じさせ、ただ事ではない雰囲気を周りは察する。
腹に据えかねたことがあったのか、気に入らないことでもあったのか。とにかく触らぬ神に祟りなしと、部屋のウマ娘達はジェンティルドンナには近寄らないようにしていた。
遠巻きに眺められてもお構いなし。鉄球をこねくり回して、ジェンティルドンナは一人愚痴る。
「どうすればあの朴念仁に意識させることができるのか。次のデートも考えねばなりませんわね」
その呟きはあまりにも意外で、大変乙女チックなものであった。
ジェンティルドンナが思い出しているのは前回のデートのこと。海やプールで遊ぶ用の水着を購入するために連れ出した日のことである。
水着を新調するついでにトレーナーに選んでもらおうと連れ出した。全てはそう、あのトレーナーに意識してもらうために。
(殿方にとって水着姿は意識せざるを得ない。私が釘付けにしてあげるわ)
そう意気込みいざショッピングモールへ。トレーナーと一緒に水着を選ぶことになる。
ジェンティルドンナには自信があった。そう、トレーナーを落とす自信が。
いうまでもないことだが彼女のスタイルは抜群。出るとこは出て引き締まるところは引き締まる、女性にとって理想の身体をしている。これも全てトレーニングの賜物だろう。
豊満な胸を惜しげもなくさらけ出し、引き締まったウエストは意識せざるを得ない。お尻や太ももに目を向ければ、釘付けになること間違いなし。ジェンティルドンナには自信があった。
(いくらトレーナーと言えど、これほどまですれば意識するでしょう? えぇ)
にやりと笑った。トレーナーが自分を愛していることはもはや疑う余地のない事実。理性のタガを外せばトレーナーから告白されることは秒読み。自分が強者らしく告白をOKすれば後はもう約束された未来に突っ走るだけだ。
完璧なプランニング。全てにおいて隙がない。ジェンティルドンナは輝かしい栄光に向かって駆け抜けるだけ……のはずだった。
しかし相手は普通ではなかった。そう、普通じゃなかった。
ジェンティルドンナはそれはもういろんな水着を選んだ。スタンダードな水着、ワンピースタイプの水着、学生が着るには過激すぎんだろ……みたいな水着。もう多種多様の水着を選んだのだ。
それに対するトレーナーの言葉がこちら。
「悪くないけどこっちの方がジェンティルの力強さを表現できると思う」
「似合ってるし綺麗だけど、こっちも悪くないんじゃないかな」
「最新のトレンドを調べてみたけど、こういうのが最近流行ってるみたい。試着してみる?」
なんも意識していない。顔を赤らめるどころか涼しい表情で選評をこなし、顔色一つ変えずにジェンティルドンナの水着選びに付き合っていた。
ビキニタイプで引き締まった腰を見ても反応なし。ワンピースタイプで強調された胸を見ても品評のために一瞥したらそれだけ。さながら店員のように選んでいた。
そう、このトレーナー……ジェンティルドンナの水着を見てもなんも意識しておらず平然としていたのである。
前回のデートの一部始終を思い出して、ジェンティルドンナは鉄球を砕く。音にびっくりしたウマ娘達がさらに遠くへ散り散りになるが気にも留めない。
(えぇ、確かに水着を選んでほしいとは言いました。ですが)
「いくらなんでもあの反応はありえないでしょう? この私が、貴方のために水着を見繕っているというのに」
プライドを傷つけられた気分だった。それほどまでに、意識されていないというのが腹立たしかった。
理屈としては理解できる。トレーナーは大人でジェンティルドンナは学生。ここで反応でもしようものならトレーナーの方がおかしいのだと頭では分かっている。
だがジェンティルドンナからすれば知ったことではない。好きな相手には自分の水着姿で意識してほしいし、思わず飛びついてしまうような反応をしてほしい。
(ですがあれ以上過激となるとさすがに。トレーナーもそれは私に似合わないといってましたわね)
「……うふふ」
過激な水着を試着しようとした際のトレーナーの言葉。
「わざわざ露出を増やさなくても、君は十分魅力的だよ」
好意に気づかない朴念仁の割にこういう言葉はさらっと出てくるのが大変質が悪い。当のジェンティルドンナは思い出して笑みがこぼれるほど気に入っているが。
気を取り直して。ジェンティルドンナは次のデートプランを練る。
(ただ出かけるだけでは意味がありません。それでは彼を意識させることなど不可能に近い)
もはや普通にデートするだけではトレーナーを振り向かせることなど不可能と思っており、いかにして意識させるかに重点を置く。
「それこそ選んでもらった水着でプールに。トレーニングと称すれば必ずついて……ダメね。他の子達もついてくること間違いなしだわ」
冷静になんでトレーニングルームでこんなこと考えてんだよと思わなくもないが、ジェンティルドンナは気にしない。新たに用意した鉄球をこねくり回して、トレーナーを振り向かせるためのプランを練っていた。
もはや言うまでもないが、ジェンティルドンナはトレーナーが好きだ。前面に押し出すことはしないが、その内心ではいかにすれば彼と付き合えるか? を考えるぐらいには好きだ。大好き、愛しているといっても過言ではないだろう。
また、彼女は自分に絶対の自信を持っている。トレーナーもまた自分を愛していると考え、今すぐにでも告白すれば付き合えること間違いなしと妄想するぐらいには自信がある。
だが彼女は自分から告白はしない。あくまで相手の口から告白の言葉が出ることを望んでいる。
「私から言えば確実に付き合える……ですがそれではつまらないでしょう?」
余裕たっぷりにそう語っていたジェンティルドンナ。ただ、真相は別にある。
なぜ自分から告白しないのか。なぜ両想いと思っていながら自分の思いを伝えようとしないのか。なぜトレーナーの口から告白の言葉を吐かせようとしているのか。なんでそんなに自信満々なのかはさておき、彼女の行動には謎が多い。
その理由は単純(シンプル)。ジェンティルドンナは──トレーナーから告白されたいと思っているからだ。自分から言えばつまらないだの確実に付き合えるだの言っているが、その本質はジェンティルドンナの告白されたい願望にある。
なんで告白されたいか? それは自分が強者だと思っており、告白されて当然だと思っているから……では断じてない。意外とロマンを大事にするタイプなのだ、ジェンティルドンナは。
少女らしいことも夢見るし、人並には恋愛ごとにも興味がある。普段の言動と行動からはあまり想像もつかないが、ジェンティルドンナも惹かれるものがあるというわけだ。
(彼から告白されて、私が承諾する。彼からの告白を断る理由などございません。他の方々は……妾ならまぁ許しましょう)
「ですが、本妻は私。私こそが頂点であり彼の寵愛を受ける……うふふ」
もはや自分の勝利を確信しているかのようだが、このウマ娘水着選びにて全然意識されていないことを忘れているのだろうか。
告白されるための道は一日にしてならず。ジェンティルドンナは告白されるためにと全力で道を舗装した。
「トレーナー。今日のお出かけは遠方まで出向きましょう。淑女のエスコート、頼みましたわよ?」
「あら、ただ手を繋いだだけよ? それだけで貴方は狼狽えるのかしら……可愛らしい人」
「お父様が貴方に会いたがっているの。もう何度もあいさつしているもの。勿論、来てくださりますわよね?」
毎月デートは欠かさずに行い、手を繋ぐだけではなく腕を組んだりもした。実家にも何度も招き入れ家族との時間も一緒に過ごした。
「喜びなさい? 私が貴方に食べさせてあげるわ。ほら、口をお開けになって?」
「私の衣装はもう少し煌びやかなものが良いと思うのだけれど、貴方はどう思うかしら?」
ジェンティルドンナの手ずから食事を食べさせたりもしたし、ブライダルシーズンにはウェディング衣装が飾ってあるお店までわざわざ足を運ぶまでの徹底っぷり。
「これで意識せざるを得ないはず。さぁ、告白なさい?」
ここまでの労力を費やすぐらいなら素直に告白すればいいのにと思わなくもないほど手間暇かけていた。これも全て告白されるため、彼と恋人同士になるため。ジェンティルドンナは惜しまず努力した。
その結果は……成功していたら現在進行形で悩んではいないだろう。
(これほど手を尽くしているというのに、何が足りないというの?)
もう何個目かも分からない鉄球が砕ける。すでにトレーニングルームにいたウマ娘達は全員退出していた。それでもかまわずジェンティルドンナは新たな鉄球に手を付ける。
「もう押し倒すほかないのかしら? いいえ、それは淑女としてあるまじき行動、私には似つかわしくない」
物騒なことを考えているが、ジェンティルドンナの考えていたプランはどれもが失敗に終わっている。あの朴念仁を告白させる作戦は、もはや手詰まりの段階まで来ていた。
これまでの軌跡を振り返って彼女は憤る。
「この私がここまでしているというのに、なぜ彼は意識する素振りすらも見せないのかしら……腹立たしいわね」
トレーナーと担当ウマ娘の垣根? そんなもの知ったことではない。ジェンティルドンナにとっては柔な壁、すぐにでも粉砕できる。
それに、普通は許されない禁断の恋というのも堪らない。燃え上がらせるには十分すぎるものだった。
誰もいなくなったトレーニングルームで1人、ジェンティルドンナは妄想する。トレーナーの告白を受け、2人で仲良く過ごす姿を。
「子供は何人が良いかしら? えぇ、私が最強へと育て上げましょう」
先が早すぎる上になんてことを考えているのか。だがジェンティルドンナは止まらない。というか止めるやつがいない。
「厳しくも優しく……特にトレーナーは優しくするでしょうから、私が厳しくしなければ。でも嫌われてしまうかもしれないから、考えものね」
時々艶っぽくと息を吐き、頬を朱に染めて。ジェンティルドンナは先ほどの憤りから一転して、楽しそうな未来設計図を描いていた。その顔は、彼女をよく知る人物からすれば信じられないほど緩んでいたらしい。
「ふふ、うふふ。未来が楽しみね」
なお、この時点においてトレーナーには意識されていない可能性の方が高い。
◇
余談だが、ジェンティルドンナの父親はトレーナーかつ意中の相手である高村聖をどう思っているのか?
ジェンティルドンナの実家は一代で成り上がった資産家。婚約者も大勢いるので許されない可能性もあるのではないか? そう思うかもしれない。
それに対する答えは。
「ジェンティルの婚約者として、ですか。今の婚約者候補筆頭は世界一のトレーナー……無論、それだけではありません」
「世界的に有名になったU.A.F.成功の立役者、今も世界中で注目されて止まないメカウマ娘の開発・協力に携わり、一大コンテンツとなったグランドマスターズも彼の力によるものが大きい」
「たった8人のウマ娘でG1級レースを100勝以上した大天才……そんな筆頭候補と戦う覚悟が、貴殿にはおありですかな?」
大変お気に入りどころか婚約者筆頭と言うぐらいには気に入っている。下手すれば婿入りも秒読み段階だろう。
「おい。ジェンティルのトレーナー、高村聖に贈り物を」
「かしこまりました旦那様。またワインを?」
「あぁ。彼は酒を好むらしいからな。彼のような人材との繋がりは貴重、良き関係を築きたいものだ。願わくばジェンティルの夫として、な」
気に入りすぎているような気がしないでもない。
もう(外堀が)埋まってる!