ある日のこと。
「あれ、キタちゃん?」
「あ、ダイヤちゃん! それに、クラちゃんも!」
「はぁい、キタサン。こんなところで奇遇ね」
日課のために外にいると、ダイヤちゃんとクラちゃんに会いました。
場所はショッピングモール。2人は買い物に来ていたみたいで、両手に紙袋を持っています。
「ダイヤちゃん達はお買い物してたんだね。何を買ったの?」
「私達は洋服よ。新作が出たって聞いたから、ダイヤと一緒に」
「それに、クラちゃんの市場調査も兼ねてるの。フフ、良いデータが取れたんだって!」
嬉しそうに報告するダイヤちゃんと、照れくさそうにするクラちゃん。
うんうん、2人が嬉しそうでワッショイです!
おっといけない。目的を忘れないようにしないと。
「ところでキタちゃんは何をしているの? お買い物……じゃないみたいだけど」
「そうね。ウインドウショッピングでもしてるの? 特に目的はないなら、私達と一緒に遊ばない?」
クラちゃんからのありがたいお誘い。2人と遊びに行くのも悪くない。
だけど、今は重要な任務の最中。キタサンブラック、ここは心を鬼にして断らないと!
「ごめんねダイヤちゃん、クラちゃん。あたし、やるべきことがあるから!」
「そうなんだ。それっていったい……」
ダイヤちゃんが何か聞こうとしたけど、あたしが視線を向けている方向が気になるのか、そっちに目を向けました。
あたしの視線の先には──トレーナーさんがいます。
大切な大切な、あたしのトレーナーさんが。
「アレって、高村トレーナーだよね? もしかして、声をかけようとしてたの?」
「大方、偶然を装って会いに来たけど恥ずかしくて声がかけられない、ってところかしら。フフ、キタサンも乙女ね」
あはは、ウインクしてクラちゃんが揶揄ってくるけど、ちょっと違うかな。
「なら、私が声をかけてあげる! おーい、高村さーん!」
「ダメ! ダイヤちゃん! 声をかけたらダメだよ!」
「えっ」
ま、まずい。ダイヤちゃんが声をかけようとしている!
急いでダイヤちゃんの口を閉じて、視界に映らないように隠れないと!
ちょうどよく柱があったおかげで、どうにかトレーナーさんにバレずに済みました。
トレーナーさんはきょろきょろしていますけど、あたし達には気づいていないみたい。
よし、一安心です。
「むぐ、むぐ~っ!?」
「ちょっとキタサン、ダイヤが苦しそうよ。放してあげて」
「わ、わー!? ごめんダイヤちゃん! 慌てていたとはいえ、苦しかったよね!?」
そ、そうだ。ダイヤちゃんの口を塞いでいたんだった! 急いで放さないと!
手を放して、よし。こっちも大丈夫だね。
「ごめんねダイヤちゃん。急に口を塞いじゃって」
「う、ううん、大丈夫。それにしても、どうして? 高村さんに会いに来たんじゃ」
「そんなに恥ずかしいの? 別に一緒にお出かけぐらい普通じゃ」
「お出かけじゃないからだよ」
まだデートに誘おうと勘違いしているクラちゃんに、あたしの目的をちゃんと話さないと。
とりあえず一から、なんて思っていたところ!
「う~ん、どうしようかな? この辺にあるはずなんだけど」
トレーナーさんの困った声! これはお助けしなければ!
「高村さん困ってるみたいだね。キタちゃんはっ、てキタちゃん!? どこに」
「トレーナーさん! このお助け大将にお任せください!」
「キタサンならもう高村トレーナーのところに向かったわよ。スプリンター並の速さでね」
何かをお探しの様子のトレーナーさん。
困っている表情は見過ごせない。
だからこそ!
「あれ、キタサン。こんなところで奇遇だね。どうした」
「トレーナーさんがお困りみたいなので! なにか力になれることはありませんか? あたしがお助けしますよ!」
「いや、休日に悪い」
「大丈夫です! 丁度暇していたところだったので! むしろお助けさせてください!」
悩んでいるトレーナーさんですけど、あたしの好意を無下にできないのか。
最終的には。
「……まぁ、それなら頼むよ。これなんだけど」
「お任せを! 頑張って見つけちゃいますよ~!」
あたしに任せてくれました。
お助け大将キタサンブラック、出陣です!
目的の品物自体はすぐに見つかりました。
「これですよね? トレーナーさん。見つけました!」
「早いねキタサン。助かったよ」
「いえいえ、これくらいお安い御用です! また困った時はお助けしますね!」
「できればその機会は」
「それじゃあトレーナーさん、また!」
見つかったので即退散。ダイヤちゃんのところに戻ろう。
戻ってきたあたしを待っていたのは。
「えっと、キタちゃん? 本当に何をしているの?」
「え? なにが?」
「なんでそんな不思議そうな表情ができるのよ。こっちがしたいわよその表情」
呆れたクラちゃんと、困惑しているダイヤちゃん。
なにがなんだか分かってないみたいな顔。
う~ん、どうして……あ、そうか。
(まだ2人に説明してなかったか! これは失敗だ)
言わなかったら分からないよね。これはあたしが悪い。
よし、ならあたしの目的を2人に話そう。
大丈夫、2人なら理解を示してくれるはずだから!
「実はね、トレーナーさんが困っているところを助けてるんだ!」
「それはなんとなく分かるけど……なんで声をかけないの? 後ろから尾けてるみたいだし」
「まるでストーカーね」
す、ストーカー!? どこにいるんですかそんな人!
あたしのトレーナーさんを困らせるなんて、そんなの許せません!
「ストーカー!? どこ、どこにいるのクラちゃん! トレーナーさんはあたしがお助けしないと!」
「落ち着きなさい。あなたのことを言ってるのよキタサン」
……え? あたしが、ストーカー?
あはは、変なことを言うクラちゃんだなぁ。あたしがストーカーだなんて。
「あたしがストーカー? 違うよクラちゃん。あたしはただ、トレーナーさんが困っている瞬間を見逃さないようにしているだけ。断じてストーカーさんじゃないよ!」
「いや、尾行している姿は誰がどう見ても」
「ダイヤちゃんまで変なこと言うなぁ。トレーナーさんをお助けするためだよ? ストーカーじゃないよ?」
ストーカーは相手を苦しめることをする。
プライバシーを侵害して、困らせるようなことをする人のことだ。
その点あたしは違う。
トレーナーさんのプライバシーはしっかり守るし、困っているところをお助けするために動いてる。
そう、これはストーカーじゃないんだよ!
「トレーナーさんがいつどこで困るかなんて分からない。だからこうして見張ってるの!」
「そ、そう……ところでキタサン、目が」
「それに、トレーナーさんは素敵な人だから。そそそ、その、おお、女の人に! 声をかけられるかもしれないし! そういう時は、あたしでしっかり見定めないと!」
「あの、キタちゃん?」
もし、もし。トレーナーさんを騙すような悪い女性だったら。
「トレーナーさんに迷惑をかけるような人だったら、あたしがお助けしないと。トレーナーさんは優しいから断れないだろうし、着いていっちゃうかもしれないもん。そういう時にあたしがお助けするんだ。トレーナーさんを困らせないでください! って。その瞬間を見逃さないためにも、見張るのは大事なことなんだよ。クラちゃんとダイヤちゃんなら分かってくれるよね?」
あたしがお助けしないといけません!
断れないトレーナーさんのためにも、あたしがしっかりと断らないと!
きっと2人も分かってくれる。だからこうして話した。
なのに、なんでだろう? 2人とも凄く引き攣った顔をしているのは。
「そ、そうだね。ナンパとか美人局とか、高村さんならありえなくないもんね、キタちゃん」
「そう! そうだよダイヤちゃん! トレーナーさんは素敵な人なんだから誰から声をかけられてもおかしくないもんだからねあたしがお助けするんだそうした方がトレーナーさんも安心できるしあたしも安心できるまさにWin-winの関係なんだよ!」
なんだ、あたしの気のせいか。
2人とも分かってくれたみたい。あたしがトレーナーさんをお助けする理由が。
2人なら話せばわかると思ってたよ!
「……どうしようクラちゃん。キタちゃんが怖い」
「奇遇ねダイヤ。私もレース以外で初めてキタサンに恐怖を覚えたわ」
「喋ってる時のキタちゃん、表情がピクリとも動かないし。真顔で詰めてくるから凄く怖いっ」
良かった良かった、分かってくれたみたいで!
よし、2人が分かってくれたところで、戻らないと。
「それじゃ、あたしはトレーナーさんのお助けに戻るから! また今度遊ぼうね、ダイヤちゃんクラちゃん!」
「あ、うん。それじゃあねキタちゃん」
「警察の人のお世話にならないように気を付けるのよ」
よ~し、待っててくださいトレーナーさん!
あたしがお助けしますよ~!
◇
去っていくキタちゃんの背中を、クラちゃんと一緒に見守る。
……うん。
「なんでキタちゃんあぁなっちゃんだろう? 前までは普通だったよね?」
「そうね。少し前までは普通の恋する乙女だったわ。あんな感じじゃなかったのは確かね」
少なくとも、あんなストーカー紛いのことをするような子じゃなかった気がするんだけど。
一体何があったんだろう?
もしかして、バクシンオーさんの告白が関係しているのかな?
「キタちゃんも今のままだとダメって思って、変わろうとしているのかな?」
「あ~、確かに。バクシンオーさんの告白の件があったんだもの。キタサンも、焦っているのかもしれないわね」
高村トレーナーはこの前、バクシンオーさんに告白されていました。
学園の廊下で、堂々と。目撃者も多くいた。
学園中に広まっている噂。当然、キタちゃん達だって知っている。
知っているからこそ、最近はかなり攻勢に出てるって話だ。
理事長秘書のたづなさんがウロの大樹に叫んでた姿を見た人もいるみたいですし。
だからキタちゃんも、現状じゃダメだって変わろうとしているのかもしれません。
……いや、でも。その変化はなんというか。
「ダメな方に進化してないかな? キタちゃん」
「積極性は認めるけど、さすがにどうなのかしら。というか、キタサンはなんで高村トレーナーの居場所が分かったのかしら?」
「……いや、さすがにないよね?」
ダメじゃないかなぁ、キタちゃん。
とはいえ、本人は至って真面目。本気で好きと分かっているからこそ、応援もしたい。
キタちゃんは大事な友達。幼馴染で、小さい頃からずっと一緒だった。
力にはなりたい、けどぉ。
「あの姿を見ちゃったら、ちょっと躊躇いが」
「それが正常よ、ダイヤ」
高村さん、大丈夫でしょうか? 本当に。
いい加減腹を括らないと、大変なことになるような気が。
もはやお買い物の雰囲気どころじゃなくなった。
「……帰ろうか、クラちゃん」
「そうね、ダイヤ。でもせめて、キタサンがなにかやらかさないかだけ見ていきましょう」
私達の意見は一致する。
キタちゃんの行く末を見守るために、キタちゃんの後を尾けることにしました。
結論から言うと、何もなかった。
「キタちゃん、本当にお助けしているだけだったね」
「そうね。ま、キタサンのことだからお助けする以上の意味はないと分かってたけど」
高村さんが困っていたら、どこからともなく現れてお助けするだけ。
本当に、たったそれだけのことしかしていなかった。
微笑ましい。微笑ましいんだけど……。
「これでストーカー紛いのことしてなければ……」
「やめなさいダイヤ。私もそう思っていたところだから」
尾行してなければもっと良かったと思うよ、キタちゃん。
そろそろ日も落ちてきたし、寮に戻らないと。
キタちゃんもバレちゃうだろうしっ?
「今日はいろいろと助けてもらったし、ご飯でも食べに行く?」
「え、えぇ!? い、いえいえお構いなく! あたしはただトレーナーさんをお助けしたかっただけで」
「そのお助けで、今日はいろいろと助けられたからね。僕からのお礼だよ」
お、おぉ! これは!
「それで、どうかな? キタサン。勿論キタサンが嫌なら無理にとは言わない」
「い、行きます! ぜひとも行かせてください! トレーナーさんとお食事!」
「それならよかった。じゃあこの前教えてもらったお店に行こうか」
キタちゃん、トレーナーさんと一緒に食事に行けるね!
やったやった!
「良かったねキタちゃん! 高村さんと食事できるなんて!」
「それもただの食事じゃないわ。もうすぐ日もくれる時間帯、ロケーションもばっちりよ!」
クラちゃんの言う通り、もうすぐ暗くなってくる時間帯。
これは……来たね!
なら、私たちにできることはただ一つ。
「帰ろうか、クラちゃん」
「そうね。ウマ娘に蹴られて地獄に落ちたくないもの」
邪魔者は去るのみ、です。
キタちゃん、楽しんでくるんだよ。
「帰ってきたキタちゃんにいろいろと話を聞くのが楽しみだな~。そういえばクラちゃん。倉科さんはどうなの?」
「あぁ、私の方のトレーナー? 出会いが欲しいみたいだけど、グランさんが牽制しているから無理ね」
「クラちゃんは狙ってたりしないの? 倉科さんのこと」
「う~ん……トレーナーはどっちかというとパートナーって感じだから、そっち方面は考えたことがないわ。それに、グランさんが猛アタックしてるから」
「そっちも凄いって聞くもんね。ヴィルシーナさんの親御さんみたいな視線も」
クラちゃんと仲良く話しながら帰りました。
ちなみに、キタちゃんは門限ギリギリに帰ってきて。
「聞いて聞いてダイヤちゃん! あの後トレーナーさんと一緒にご飯を食べてね!」
「ふふ。良かったねキタちゃん」
とても嬉しそうに、今日のことを報告してくれました。
子が子なら親も親。つまり祖父も……?