恋のダービーステークス   作:カニ漁船

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クロノジェネシス引いたりイクイノックスが顕彰馬になったりしましたが私は元気です。というわけで本作のオリジナルウマ娘ちゃんの登場。


イクイノックスは側にいたい

 いつものように仕事をしている高村トレーナー。PCと睨めっこしながら資料を作成していた。

 

「……」

 

 トレーニングはおろか学園も休み、彼以外誰もいないはずの空間。ただ、ここにいるのは一人ではない。もう一人いる。

 唐突に、ぬるりと。高村トレーナーの背後に歩み寄っていた。

 

「トレーナーさん? もう3時間14分19秒もPCと睨めっこしていますよ。そろそろご休憩をなさってはいかがでしょうか?」

「……いつも言ってるけど、背後に回るのは止めてくれないかな? イクイ。心臓に悪いから」

「ふふ、申し訳ありません。ですが、これも中々楽しいので」

 

 くすくすと笑う彼女、イクイノックス。彼女はひとしきり笑った後、頬を膨らませる。可愛らしくも思えるが、若干の怒気を孕んでいた。

 

「それに、1時間11分54秒前にも同じように警告しました。ですが、トレーナーさんはもう少しと言って聞きませんでしたね?」

「まぁ、それは、その」

「今度こそは休んでもらいますよ。お仕事が大事なのは分かりますが、身体を休めるのも大事ですから」

 

 自分が悪いことが分かっているのか、高村は強く言い返さない。たじろいでいる間にも、イクイノックスはどんどん詰め寄っていく。

 旗色が良くないことを悟り、やがて観念したように両手を上げる。

 

「分かった、分かった。休むからそんなに詰め寄らないで」

「はい、それでいいんです。お茶の用意もしてあるので、ごゆっくりお休みください」

 

 優雅に微笑んで、ソファへ座るように促す。抵抗することなく、高村はソファへと座りに行った。

 

 当然の権利であるかのように隣に座るイクイノックス。なんなら逃がさないとばかりに尻尾を腕に絡め、仕事には戻らせないぞとばかりに縛り付けている。

 

「……さすがにここまで来て逃げないから。尻尾を腕に絡ませるのは止めてくれるかな?」

「お嫌でしたか? でしたら仕方ありません、止めておきます」

 

 腕に絡ませるのを止める、が。今度は腰に絡ませてきた。腕がダメなら腰理論である。

 場所の問題ではない、この場面を誰かに見られたら誤解されかねない。そんな考えが高村の頭をよぎる。

 しかし、幸せそうにお菓子をつまんでいるイクイノックスのを顔を見たら躊躇した。

 

 さらには、前にも同じような場面があったことを思い出す。

 

(ダメって言ったら、またイクイがしょんぼりするだろうし……そうなると、僕が我慢するしかないか)

 

 たづなさんから言われたことはどこへやら。担当を悲しませるくらいなら自分が怒られた方がマシと判断するトレーナーの鑑。

 結局、腰に絡まる尻尾には触れることなく、イクイノックスとゆっくりすることを決めた。

 

 2人きりの状況。時間だけがただ過ぎていく空間で、イクイノックスは至福で満たされていた。

 

(トレーナーさんと2人きり。何ものにも代え難い時間。心が安らぎます)

 

 意中の相手と過ごすこの時間が、彼女にとって心安らぐ時。表情に出さないよう必死に表情を取り繕っている。

 

 ただ、ちょっとした疑問があるのも事実。高村はツッコむべきか無視するべきか迷っていたが、覚悟を決めたように口を開く。

 

「ところでイクイ。今日は学園も休みな上に僕がここにいることは誰にも伝えてないはずだけど……なんでいるの?」

「はて、なにか問題があるのでしょうか?」

「問題というかなんというか。なんで僕がいるのを知ってるのかを聞いてるんだよね」

 

 ここにいることは誰にも言ってない。人柄を知っていればここに来ることは誰でも予想できるだろうが、それでもかなり難しいことだ。

 しかし、イクイノックスはここにいることを確信しているかのように入ってきた。いつもと変わらない調子で、中にいる高村へ一声かけてから入ってきたのだ。

 

「僕が入った後、ほぼ寸分狂わぬタイミングで入ってきたよね。なんで分かったの?」

「たまたま扉を開けて入っていくのを見かけましたので」

「だとしても、そもそも休みの学園に来る用事はなくない? それもトレーナー室に」

 

 次から次へと疑問が飛び出る。なんでここにいるのが分かったのか、どうして休みにも関わらずここにきているのか。不思議で仕方なかった。

 

 それらの問いに、イクイノックスはただ一言。

 

「分かりますよ、トレーナーさんの事ならなんでも」

「分かっちゃうかぁ」

「はい。休みでもトレーナーさんが仕事をすること、来るとしたらこの時間だろうなってこと、私が来ても拒まないだろうこと……すべて計算済みです」

 

 ふふ、と笑うがやっていることは可愛くない。このウマ娘、トレーナーの行動を逐一把握している可能性すらある。

 

「この前はドゥラさんとお出かけしてましたし、その前はアイさんとのお出かけでしたね? 楽しかったですか?」

「まぁ楽しかったけど……怒ってる?」

「いえ、特には。みなさんと仲がよろしいようで、私はとても嬉しいです。これがキタサン先輩ならなおよしでしたが」

 

 前言撤回。全て把握していた。ただ、怒っている様子はなく、むしろ好ましく思っているような反応をしている。

 一体どうして、なぜ。頭によぎる疑問。高村の導き出した選択は。

 

「……ほどほどにね。僕なんか見ても楽しくないだろうし」

「そんなことはありません。楽しいですよ……好ましく思う相手を知るというのは」

「あぁ、うん。そうなんだ」

 

 適当にいなしておくことだった。ついでに好ましくの部分はスルーした。

 

(多分だけど友情とかそっち系の意味だろうね、うん)

 

 担当とトレーナーとして良い関係を築けている。そう思っているからこそ、自分が異性として好かれているなど微塵も思わない。勘違いはしないぞと固く誓っていた。勘違いではないのだが。

 

 きっとイクイノックスにも他意はないだろう。そう信じた高村に繰り出されたのは。

 

「あぁ、勿論好ましくというのは異性という意味ですが」

「ブッ!?」

「大丈夫ですか? はい、ハンカチです」

 

 見事なまでのカウンターパンチである。高村のいなしに対して放たれる高威力のカウンター、これには飲んでいたコーヒーを吹き出すほどの衝撃である。

 差し出されたハンカチを手で押し返し、自らのポケットからハンカチを取り出す。一呼吸おいてから、ジト目でイクイノックスを睨む。

 

「……あんまりそういうことは言わないようにね。誤解を招きかねないから」

「私は誤解されてもいいのですが」

「イクイは良くても僕は良くないんだよね。ただでさえイクイはファン人気が高いんだから」

 

 余談だがイクイノックス、ファン人気に関してはミーティア随一を誇る。メンバー全員かなりのファン数を誇っているが、その中でもトップクラスに人気が高いのがイクイノックスだ。

 容姿端麗に真面目な気質、王道な走りから華のある勝ち方まで何でもこなせる天才肌。10近いレース場のレースレコードを塗り替えた実績は伊達ではない。SMILE区分最速制覇の実績も所持している。

 そんな彼女に異性として好かれているなどと言われたらファンにどんなことをされるか。想像しただけで高村の背筋は凍りつく。

 

(タコ殴りにされても文句は言えないぞ、僕)

 

 そもそもの話、理事長秘書にあれだけ言われたのにこれはまずい。聞かなかったことにしてスルーするのが安定だ。そう信じて高村は聞かなかったことにする。

 

 イクイノックスは頬を膨らませるが、すぐさま取り繕う。

 

「まぁ、構いません。今はその認識で大丈夫ですから……今は、ね」

「っ、なんか背筋が寒くなってきた」

「風邪ですか? それはいけません、大事になる前に帰りましょう」

 

 間違いなく風邪ではないが、いっその事風邪ということにして帰りたい高村だった。なお、仕事が待っているのでその択はない。どこまでも仕事人間である。

 

 

 尻尾が腰に巻き付けられている関係上、立ち上がることすらできない2人。

 いっそのことこのままゆっくりしようかと諦めていたところ、イクイノックスが口を開く。

 

「私は、この時間が好きです。トレーナーさんと何気なく過ごす、この時間が」

「……」

「それと同じくらい、ミーティアのみなさんと賑やかに過ごすのも好きです。私にとってかけがえのない時間、いつまでも変わらない至福の時」

 

 ほう、とため息を吐いて幸せを噛みしめているイクイノックス。今の言葉は、嘘偽りのない気持ちだった。

 腰に巻いていた尻尾を解いて、高村の方を向く。赤い双眸が高村を捉えていた。

 

「トレーナーさんはどうでしょうか? この時間を、楽しいと思っておりますか?」

 

 丁寧に、少しの不安を感じながらの質問。高村は、迷うことなく。

 

「楽しいよ。あんまり表情には出ないけど、ミーティアでの時間は僕にとって一番楽しいからね」

 

 望んでいた言葉。きっとそう言ってくれると思っていたが、実際に言葉にされて安堵する。

 

「そうですか。それは良かったです」

「僕としては、みんなも楽しく思ってくれているようで嬉しいけどね」

「ふふ、楽しいだけではありませんが……まぁいいでしょう」

 

 怪しく笑うイクイノックスはスルー。触れない方がいいだろうと防衛本能が働いていた。

 

 さぁ仕事をしよう、と立ち上がる高村だったが、急に強い力で引っ張られる。

 

「えっ?」

 

 ソファに倒れこむ形になった高村。頭を柔らかい感触が包み込む。

 一体どんな状況になっているのか。思わず天井を見上げた先に見えてきたのは──イクイノックスの顔。

 

「もう少しお休みになってください。まだ13分43秒しか経っていませんよ」

 

 慈しむように微笑む彼女の顔が高村の視界を埋めつくす。そして、彼は即座に状況を理解した。

 

(柔らかいこの感触は、イクイの膝!?)

 

 自分は膝枕をされているのだろうと、すぐに気づいた。理由を尋ねようとするが、イクイノックスはただ一言だけ。

 

「頑張っているトレーナーさんへのご褒美です。勿論、ご褒美でなくても構いませんよ。トレーナーさんが望むのであれば私はいつでも……フフフ」

 

 労うための膝枕、自分たちのために頑張ってくれているからの恩返しと答えた。若干の独占欲を感じたものの、そんなことが気にならないほどに今の状況をまずいと感じている。

 

 すぐに飛び上がろうとするが、ウマ娘の力には勝てない。すぐさま押さえつけられて無理やり寝かされる。

 

「トレーナーさんはいつも働きすぎですから。それに今日は本来お休み、もっと休むべきです」

「そ、そうはいっても」

「大丈夫ですよ。このまま身を委ねてください……すぐに眠くなりますから」

 

 囁くような声。否応なしに眠気を刺激され、安眠へ誘われそうになる。

 すぐにでも動かなきゃいけない。どうにかして抜け出そうとするがイクイノックスの優しい声色が脳を刺激し、振りほどくための力が抜ける。元々ウマ娘の力には勝てないのに、余計に勝てない状況へと持ち込まれる。

 頭を撫でられ、気持ちを落ち着かせるように優しく触られる高村。気づけば彼は、抵抗することを止めていた。

 イクイノックスに全てを委ねる。彼女の膝はアスリートらしく引き締まっているが、程よい柔らかさもある気持ちよさ。

 

「うっ……」

「えぇ。そのまま、そのままゆっくりと私に身を委ねてください……ゆっくりと、ゆぅっくりと……」

 

 気づけば抗うことを忘れる。イクイノックスが作り出す心地良さに溺れてしまう。瞼が負けてしまうのは、時間の問題だった。

 

 それでも意地で起きる高村。膝枕をされ、イクイノックスの歌声を聞きながら彼は、どうにか起き続ける。

 

「強情ですね。寝ても構いませんのに」

「……そういうわけにはいかないからね」

 

 このままでは元に戻れなくなる、溺れてしまいそうになる。そうならないためにも意識を保ち続ける。全ては自らの沽券のために。

 

 抗い続ける姿を見て、イクイノックスは聖母のように微笑み。

 

「これからもどうか、ずっとお側にいさせてくださいね?」

 

 耳元へと近づいて、囁くようにお願いをした。




うおっ、すっげぇ独占欲。(秒単位で把握しているとか)とんでもねぇな。
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