「トレーナーさん、大好きですッッ!!」
「ぶっ!?」
トレセン学園のとある朝。トレーナー室の一室にて、盛大な告白が繰り広げられていた。周りは何事かと好奇の目を向けるが。
「あ、バクシンオーさんか。ならやりかねないね」
「そうだよね~。ま、いつものことでしょ」
「今日ご飯何食べる~?」
発生源がトレセン学園が誇る? 学級委員長サクラバクシンオーであり、その相手がトレーナーである高村聖であると分かると一気に興味をなくした。日常の風景かのように思われている。実際には日常でも何でもなく、この告白自体今日が初めてのことである。
告白した本人はどこか誇らしげ。自信満々のドヤ顔を披露しており、断られるとは微塵も思っていないような出で立ち。凄まじい自信である。
対する告白された方。高村は目を白黒させて必死に現状を確認していた。今自分が言われた言葉を頭の中で反芻し、頬をつねって現実であることを確認する。
「……痛い」
「やや? 寝不足ですかトレーナーさん? それはいけませんッ! ここは一つ、委員長がお膝を貸しましょう! ささ、遠慮せずともどうぞッ!」
「寝不足じゃなくて、頬をつねった原因は君にあるんだけどねバクシンオー」
ジト目で睨む高村だが、微塵も気にしないサクラバクシンオー。おおよそ告白があった後とは思えない空気が流れている。
やはりさっきの言葉は気のせいだったのだろう。そう思い、イスに深く腰掛ける高村だったが。
「ところでトレーナーッ! 告白の返事はいかがでしょうか!」
「……」
夢ではないことを目の前にいるサクラバクシンオーから教えられてしまった。先程の言葉は嘘でも何でもなく、現実に起こった出来事であると突きつけられる。それはもう深いため息を吐く高村だった。
2人の付き合いはかなり長い。今でこそ世界一のトレーナーとして名を馳せている高村だが、当然彼にも新人だった時代がある。その新人時代、最初にスカウトして担当したのがサクラバクシンオーだ。
模範的な委員長として全ての距離を走りたいと希望するサクラバクシンオー。誰もが渋る中、ただ一人手を上げてスカウトに成功した高村。ここから彼らのトゥインクル・シリーズが始まった。
その結果起こったのが、史上最速でのSMILE区分制覇である。純スプリンターと呼ばれたウマ娘で無敗の三冠を勝ち取り、さらにはスプリンターズステークス三連覇にドリームトロフィーのスプリント部門負け無しなど、圧倒的強さを誇る完全無敵の委員長が誕生したのだ。
また、サクラバクシンオーの在り方は高村にも影響を与える。今の彼がいるのは、サクラバクシンオーがいるからに他ならない。運命によって導かれた2人といっても過言ではない。
今でこそ世界にその名を轟かせるミーティア。その旅路は、サクラバクシンオーから始まったと言っても過言ではない。あらゆる伝説はこの2人から始まったのだ。
で、この2人は付き合いが長い。一番長くの時間を一緒にしてきたわけだ。辛いことも苦しいこともあったかどうかは定かではないが、どんな時でも支えてきたのである。
その結果。
「私はトレーナーさんが大好きですッ! 付き合いたい、結婚したいと考えていますッ! まずは子供の名前を考えましょうかッ!」
「待って、待って待って。早い早い、いくらなんでも早すぎるよ。とりあえず、急に何言ってんの?」
「好きという気持ちを言語化したらこうなりましたッ!」
「こうなっちゃったかぁ」
始業前の朝にトレーナーに告白するウマ娘が爆誕したわけである。さすがはスプリンター手が早い。
◇
ひとまず部屋の中に案内する高村。アレ以上外で話そうもんならヤバいことになると察した彼は、多少は防音できるトレーナー室へと招き入れたのである。
ソファに向かい合い、頭を抱えながらサクラバクシンオーへと視線を向ける高村。真意を聞く、よりは事のいきさつについて尋ねることにした。
「それにしても急だね。今までそんな素振りはなかったのに」
告白自体今日が初めて。これまでお出かけと称して*1出掛けたことはあったものの、愛の告白のような素振りは少しもなかった。だからこそ油断していたのだが、純粋に疑問を感じる。
どうして告白することになったのか。その経緯を知りたくなった。高村の頬は僅かに赤くなっているが、本人は隠すことも忘れて気になったことを聞いている。
サクラバクシンオーは、これまた自信に満ちた表情で答える。
「私はかねてより考えていました。トレーナーさんとお出かけする度に心臓がどきどきするのはどうしてでしょうか? と」
「……ん?」
「本当はトレーナーさんと手を繋ぐだけでドキドキしていました。恋人繋ぎをした日は、それはもう心臓が破裂しそうなほどにドキドキしましたッ! 私の心臓の音がトレーナーさんに聞こえてしまわないかと、聞こえたら聞こえたでまぁいいかなと思っていましたッ!」
声高に、何も恥ずかしいことはないとばかりに続ける。若干頬が赤くなっているのは、ちょっとは恥ずかしい気持ちがあるからだろうか。
それでも止まらない。マシンガンのように自分の思いを口にするサクラバクシンオー。高村は、普段の彼からは信じられないほどに顔を赤くしていた。
「これはもう確信しました。私はトレーナーさんのことが大好きなのだとッ! 一生を添い遂げるパートナーでいたいとッ! そう考えたわけですねッ!」
「待って、待ってほしい。いくらなんでも情報量がおお」
「トレーナーさんのゾンビといわれる目も好きですッ! 私達のために毎日一生懸命考えてくれる心優しさが好きですッ! 私達のワガママを聞いてくれる器量の広さが好きですッ! もう何もかもが大好きで愛して」
「待って待って、本当に待って! それ以上は良いからっ!」
先に音を上げたのは高村だった。顔を背け、手で制し、それ以上口を開かないようにとお願いする。
「まだまだトレーナーさんのいいところを伝え足りないのですがッ!」
「いや、うん。気持ちは十分伝わったから」
不満げな表情をしつつも、トレーナーのためにと口を閉じるサクラバクシンオー。その間も、高村の心臓はうるさいくらいに鳴っていた。
バレないように深呼吸をして整理する。今言われたことを、サクラバクシンオーの真意を。
(いくら僕が恋愛経験0のバカだとしてもこれは分かる。サクラバクシンオーの言葉に嘘はないと)
ここまで来て嘘を言っているはずもない。嘘を言う利益もない上に、サクラバクシンオーの口から出てくる言葉は全て真に迫っていた。なにより、長い付き合いゆえに理解できる。言葉全てが真実であると。
なんで、どうして自分なんかが。と頭に浮かぶがそれは隅に置いておく。今高村の頭にあるのは、理事長秘書である駿川たづなの言葉だった。
(まさか、たづなさんの言葉が本当だったとは……僕に縁なんてないと思っていたのに)
恋愛面で好きになられているなど思いもしなかった。自分と担当ウマ娘は先生と生徒であり、それ以上の関係はないと考えていた。
だが、現実はこれだ。こうなると、他メンバーのことも否応なしに頭に浮かぶ。
(……いや、まだセーフなはずだ。うん、バクシンオーだけの可能性は捨てきれない)
絶対にありえない可能性を考えつつも、どう返事したものかと考える。目の前にいるサクラバクシンオーはウキウキ気分で体を揺らしており、高村の言葉を待っていた。
当然、高村はサクラバクシンオーのことを憎からず思っている。自分の人生に多大な影響を与え、前世でも推しであったウマ娘。好きか嫌いかで言われたら勿論好きだし、気持ちに偽りはない。
しかし、高村の気持ちはLOVEではない、LIKEだ。あくまで抱くのは恋愛面での好きではない。
(推しと恋愛したいとか、そんなこと思いもしないしなぁ)
さらには、高村にとってバクシンオーはあくまで推し。アイドルを推すような感覚に近い。恋愛面で好きになるなど考えもしなかったのだ。
相手もそうだと思っていたところにこれである。まさか恋愛的に好意を抱かれているとは思わなかった。だから今、こうして困っているのだが。
きっぱりと付き合えない、トレーナーと担当ウマ娘はそうなるべきではない。そう口にすることは簡単だ。だが。
(バクシンオーが本気なのに、僕は世間一般の常識で答えていいのか? いや、ダメだろ普通に。失礼に当たる)
そこは超がつくほどの生真面目人間高村。一般常識の観点で告白を断るのを良しとせず、バクシンオーの言葉に真剣に向き合った方がいいと結論付ける。そういうところが信頼されている所以なのかもしれない。
(現状を確認。もしここで告白をOKした場合、僕は世間から厳しい目を向けられる。それは別に構わないけど、バクシンオーにもそういう目を向けられる可能性を否定できない)
問題点はそこだけではないが、ブツブツと今の状況を冷静に考える。そして、考えれば考えるほど、高村の顔は青ざめていった。
(たづなさんからも厳しい目を向けられるし、他のトレーナー陣からも凄い目で見られそうだ。築き上げたものがなくなっても別にいいけど、周りに危害が及んだら……!)
サクラバクシンオーはなにも言葉を発さないトレーナーの言葉を待ち続けている。それはもう行儀よく待ち続けていた。
(かといって、断ったらバクシンオーが悲しむ。悲しい表情を見るのは好きじゃないし、理由もなしに断るのはダメだ。これだけ本気で想ってくれているのに)
考える。どうすればこの状況を打開することができるのかと。起死回生の一手はないかと必死に考える。
どれだけの時間が流れたか。現実の時間にして10分もかかっていないが、高村の感覚では1時間以上の時が経っていたような気さえもした。
考えに考え抜いた結果、高村の出した答えは。
「その、だね、バクシンオー。返事なんだけど」
「はいッ! なんでしょうかッ!!」
言いにくそうに口をつぐむが、覚悟を決めて突き進む。
「あいにくと、僕に恋愛経験というものがなくてね。これまでの君とのお出かけも、君の気分を上げるぐらいの感覚だったんだ」
「はいッ! 委員長は丸っとお見通しですよッ!」
「えっ? ……ま、まぁ。そんなわけでね。君の一生懸命な言葉に対して、僕はあいまいな感情のままで返事をするのはどうかと思っている」
口にする。高村が出した答えは。
「だから、その、待ってくれないかな? いつかきっと返事をするから」
答えを先延ばしにすることである。無難といえば無難な答えをはじき出した。ヘタレと言われようが、これが高村の限界である。
その言葉を聞いたサクラバクシンオーは一瞬目を白黒させる。やっぱりダメだったかと、情けないと思われたかと不安になる高村だが。
(……えっ?)
一瞬、ほんの一瞬。サクラバクシンオーの口角が三日月のように吊り上がったように見えた。普段の彼女からは想像もできない蠱惑的な笑み。ファンに見せるような、普段の彼女からは想像もできないような妖しい表情。思わず引き込まれてしまうような顔を、サクラバクシンオーが浮かべていたように見えたのだ。
しかし、次の瞬間にはいつもの笑顔に戻る。ニコニコ笑顔のサクラバクシンオーの姿があった。
「分かりましたッ! では、いつかお返事をいただく、ということで!」
「う、うん。ごめんね、こんな情けないトレーナーで」
「いえいえ、トレーナーさんは情けなくなんてありませんともッ! いつだって私達を導いてくれた名トレーナーですッ! いよ、稀代の天才! 神童!」
囃し立てるサクラバクシンオー。ソファから立ち上がり、スタスタと歩いて扉へと手をかける。
「では、本日はこれにて! またお昼ごろにお会いしましょうッ!」
「あ、お昼に来るんだね。別にいいけど」
「はいッ! ではトレーナーさんッ!
部屋から退出するサクラバクシンオー。嵐が去り、ソファへと沈み込む高村。頭の中は今後のことでいっぱいだった。
「……とりあえず仕事するか」
最終的に仕事に逃げる高村。サクラバクシンオーの言葉を深く考えようとせず、仕事に没頭することにした。
一方退出したサクラバクシンオー。彼女は扉の前で──妖しく笑う。
「言質は取りましたよ、トレーナーさん。私の告白の件、しっかりと考えてくれると」
実は彼女にとって告白の成否は関係なかった。というよりは、答えを先延ばしにされるだろうと予想していた。その予想が、今回ぴたりと的中したわけである。
なぜか? それは高村聖のことをよく知っているからである。
「トレーナーさんはお優しいですからね。私が本気の言葉をぶつければ、間違いなく真剣に考えようとする。告白を忘れて逃げるなんてことしないと思っていましたよ」
これらは全て計算ずく。立っているのは普段の彼女からは想像もつかないほど、緻密な計算を立てていた最速無敵の驀進王。
「これは他のみなさんにも共有しなければなりません。みなさんも同じ気持ちですからね、私一人だけこの情報を知っているのはフェアじゃないですから」
他のみなさん、というのはミーティアのメンバー+α。スキップを刻みそうなほど上機嫌に、サクラバクシンオーはトレーナー室を後にする。
「正妻はこのサクラバクシンオーです」
唇に指をあて、艶やかな声で呟く。恋のダービーが、本格的に始まろうとしていた。
言質取られちゃった♡