「卓球って、面白いの?」
栗色の後髪を揺らしながら、少女は問う。
無知蒙昧……良く言えば、純粋無垢。
そんなあどけない、大空のように澄み渡った青色の瞳に映るのは……同年代の少女。
シェイクハンドのラケットを握りしめていた右手で深紅の前髪を掻き上げる動作をし、スーッと息を吐いた。
「楽しいよ」
「好き?」
再び少女は問う。
そして、再び真紅の前髪を縦に揺らして少女は答える。
「大好き」
*
4月。
それは出会いの季節。
新たな学校、新たな友人、そして……
「ここが……卓球部!」
新たな部活動。
ここは清栄中学校、そして栗色のロングヘアーをたなびかせて『卓球部』と書かれた木造の看板が掲げられた建物を見上げる1人の少女がいた。
「待ってよ、絵見ちゃん〜!」
「遅いよ、サッキー!」
栗色の髪の少女の後ろに、黄色い髪の少女が走ってきた。
その少女は後ろに着くや、肩を切らして膝に手を置く。
「絵見ちゃんが早すぎるんだよ〜……」
「待ちきれなかったんだもん」
「まだ仮入部期間なのに、張り切り過ぎだって」
今は仮入部期間。
新入生には1週間(と言っても平日の5日間だけだが)の仮入部期間が設けられている。
その期間中はどの部活動を見学してもオッケー。
全ての日数を同じ部活動に費やすも良し、様々な部活動を見て回って自分に合ったら部活動を見つけるのも良し。
そして仮入部期間が終えた次の月曜日に──どの部活動へ入部するのかを決定する。
最も、清栄中学校は部活動への参加は強制ではない。
帰宅部を選ぶことも可能だ。(そんな生徒は1割にも満たないが)
「何を言ってるの、今日ここから……
「自分で伝説とか言っちゃったよ……」
黄色い髪の少女は苦笑いを浮かべる。
そんな様子を気にも止めず、栗色の髪の少女──九石 絵見は建物の扉の取手に手をかけた。
そして、木造の扉をゆっくりとスライドさせる。
コン コン コン
小刻みに響く、ピンポン玉の軽快なバウンド音。
キュッ キュッ キュッ
ワックスがけされた床を、シューズで踏み鳴らす音。
そして……
カーン!!
ピンポン玉をラケットで強打する、豪快な音。
「お〜……」
絵見の瞳に映る光景。
それは8年前から、ずっと夢見ていた光景だった。
絵見の腕が震え、握り拳を作る。
「これ、これ、これ……私がしたかったのは!」
「おん? ……なんや、仮入部かいな?」
絵見と、黄色い髪の少女が建物の中に入ると……それに気が付いた、左腕に包帯を巻いてギプスで固定したライトグリーンの短髪の少女が、ステージに腰掛けていた所からジャンプをした。
そして綺麗に着地をし……練習中の部員の後ろを通って2人の前にやってきた。
「はい、仮入部にやってきました!」
「私は一応、付き添いで……」
「なははは! そっかそっか! 大歓迎やで〜!」
ライトグリーンの髪の少女は盛大に口を開けて笑い、包帯を巻いていない方の手でパシパシと二人の背中を叩く。
二人は苦笑いを浮かべ……絵見は建物の中を見回す。
広げられている卓球台の台数は4台。
そしてラリーを続けているのは3組……つまり6人。
残りの1台には、ピンポン玉を自動的に射出するマシーンと大きなネットが設置されており、マシーンから射出されたピンポン玉を一心不乱に打ち返すのが1人。
「見ての通り、ウチの部は人気が無くてな〜。新入部員は喉から手が出るほど欲しいのが実情!」
ステージの上に視線を移すと、棚の中には数々のトロフィーが飾られている。
壁にも、多数の表彰状が掛けられている。
しかし……年度を見れば、どれも古い年度の物ばかり。
新年号に入ってからの表彰状は1つも見当たらない。……いや、1つだけあった。
「ウチも昔は強かったらしいけどな〜、ここ最近はダメダメや。まっ、いわゆる《古豪》っちゅーヤツやな」
ライトグリーンの髪の少女はケラケラと笑う。
そんな様子を見て2人は(大丈夫なのかな、この部……)と内心で思ったが口に出さないでおいた。
『一球入魂』
ステージのど真ん中に、デカデカと巨大な半紙に書かれた四文字。
どのトロフィーよりも、どの表彰状よりも目立っている。
自己主張が激しすぎる。
「ああ、あの掛け軸か〜? アレな、ウチの部長の直筆やねん。メッチャ上手いやろ?」
「まあ、そうです……ね」
「はい」
二人はそう返すしか無かった。
「……なんにせよ、ようこそ我が清栄中学校卓球部へ! ウチは副部長の
ライトグリーンの髪の少女──金子は、二人が着ている体操服の左袖に縫い付けられた苗字を見て、そう言った。
「サザラシ。九石 絵見です」
「
「おぉ〜、すまんすまん。珍しい苗字やな」
「よく言われます」
絵見にとって、苗字を言い間違えられるのは日常茶飯だった。
なので特に気にするようなことでもない。
「二人は経験者かいな? 卓球教室に通ってたりしてたんか?」
「いえ、まったく」
「私もです」
「お〜……未経験者か〜……」
コクコク、と絵見と咲が頷く。
金子は神妙な面持ちで右手の人差し指を額に置き、深く息を吐き──そして朗らかな表情に戻った。
「未経験者でも大歓迎や! ウチがキッチリ教えたる!」
「「ありがとうございます!!」
2人は声を合わせ、同時に頭を深々と下げた。
そして顔を上げ……絵見は、金子の左腕を指差した。
「副部長、その左腕……」
「ああ、これな。去年の試合で折ってもうてな〜」
笑い事のように金子はケラケラと笑い飛ばす。
能天気な人なのか、痩せ我慢なのか……絵見と咲には判断しかねた。
「まっ、もうじきギプス外せるようになるさかい。あんさんらは気にせんといてえ〜よ。新人ちゃんにレクチャーするぐらいは問題あらへん」
「そう……ですか」
「んじゃ、始めよか。予備のラケット持って来るさかい、ちぃと待っててな」
そう言って2人に背を向けて歩き出した、その時。
「あの、副部長。私、ラケット持ってるんで必要ないです」
「おん?」
金子がクルッと首だけ向けた。
そして絵見はカバンに手を突っ込み……シェイクハンドのラケットを取り出した。
「……九石、あんさん……未経験言うたよな?」
「はい」
「なのにラケット持ってるんか?」
「はい」
金子は首だけでなく、体も絵見に向ける。
そして絵見の持つラケットを注視した。
ところどころ、白くなったラバー。
ボロボロでササクレまみれのエッジ。
擦り減って摩耗しきり、黒澄んだグリップ。
「新品やない、明らかに使い込まれてる……誰かから貰ったんか?」
「私のです」
「……未経験者なんよな?」
「はい」
金子は大き首を傾げ、頭上にクエスチョンマークを並べる。
「どういうこっちゃ」