「リコリス」機能してる?
鉄の匂いが鼻をついた。
壁面がひび割れ、天井から剥き出しの配線が垂れ下がっている。かつては集合住宅だったのだろう古びた建物。数年前に廃墟となり、今では野良猫と風ぐらいしか通らない場所だった。
「たきな、右! カバーするよ!」
その廃墟に、今、千束の声が弾け、銃声が響いた。
乾いた破裂音。続いて怒声と靴音が廊下にこだまする。
今度は薄暗い廊下を、千束とたきなは左右に別れながら進んでいった。
「三番通路、制圧完了! そっちは?」
「突入まで五秒」
返答と同時に、たきなは角を曲がりざまスライディングしながら室内へ突入した。室内の男たちは慌てて銃を構えたが、もう遅かった。
——パン、パン。
二発の銃声が正確に腕と太ももを狙い撃ち、即座に相手を無力化する。転げた男が呻き声をあげるより早く、彼女は腰を低く保ちながら壁際へ移動し、室内の安全確認を済ませた。
「二名確保、制圧完了」
「はいはーい、こっちも終了〜」
別室から聞こえた千束の声はどこか呑気だったが、その足音は俊敏で、気配の取り方も抜かりなかった。
廊下で二人は合流し、小さく頷きあう。今のところ、反撃はなかった。だが、この空気の重さは──まだ終わっていない、と告げていた。
アジト内の掃討が終わり、彼女たちは建物の一階、かつて管理人室だった部屋を調べていた。
壁には雑に貼り付けられた地図とメモ。床には工具と、組み立て途中の金属ケース。そして──四角い黒い箱。タイマーと、導線がむき出しの爆薬が五つ置かれていた。
「見つけたね。しかもキレイに五個」
千束が腰を落とし、箱のひとつを手に取る。
「でも、変じゃない?」
「何が?」
「この部屋のレイアウト。棚に空きがあった。元は八つ置ける設計だったみたい」
言われて、たきなはもう一度棚を見た。確かに、形状からして二列四個がぴったりはまる形に見える。
「……じゃあ、三つは?」
「ねー。どこいっちゃったんだろー?」
軽口を叩きながらも、千束の目は鋭かった。たきなも胸の奥に不快な冷たさを感じはじめていた。
(爆弾が三つ、行方不明)
それだけで、事件の質は十分に変わる。見つけた五つより、見つかっていない三つのほうが、ずっと恐ろしい。
拘束された構成員の一人が椅子に縛られて呻いていた。
「な、なんだよ……俺たち、ただの運び屋だ……詳しいことは……っ」
足元に蹲っていた千束が、ふっと笑って顔を上げる。
「ねぇ、嘘つくときってさ、鼻の下の汗腺、すっごく開くの。知ってた?」
「っ……!」
「今、すっごくわかりやすく汗かいてるよ〜?」
彼女の声は明るいが、眼差しには一切の慈悲がなかった。
「リーダーは? 指示を出してた男。どこにいるの~?」
「し、知らないって! ホントに!」
その時、もう一人の構成員がぽつりと漏らした。
「……あいつ、一人だけ早く逃げた。爆弾ケース三つ持ってたよ……どっか、届けに行ったんじゃ……」
「おいっ! バカ、何言ってんだ!」
口を塞がれそうになった男を無視し、たきなは通信機をタップした。
「たきな、聞いた?」
「はい。爆弾三つを持ったリーダーが先に脱出。追跡不可能な時間差です」
「そっかー。やっぱ持ってかれてたかー」
千束が伸びをして、ふうっと息を吐いた。
破壊活動用に仕立てられた手製の爆弾。大きさ自体は小さいが、使い方次第で公共交通機関、あるいは官庁ビルを狙うには十分だ。
狙いは何か。どこに向かったのか。誰に命じられたのか──不確定なピースがじわじわと胸の奥を侵食してくる。
「千束、今後どうしますか?」
たきなが息を整えて尋ねた。
千束は肩をすくめて、わざとらしく首をかしげる。
「んー、もちろん追っかけるよ?」
それからふっと真面目な顔になってたきなを見た。
「……三つの爆弾。どこに行ったのか、それを知らずにいられるほど、うちら暇じゃないでしょ?」
「……はい」
答えた声には自然と力が込められていた。
(見失った。けれど、終わってはいない)
敵の正体も、目的もまだ見えない。けれど、この手に残った感触が、今日の“仕事”が未完であることを何よりも雄弁に物語っていた。
乾いた電子音とともに、数秒前まで動いていた検索プログラムが処理を終え、画面に「NO MATCH」と表示された。
「……あちゃー、やっぱ引っかかんないか」
ディスプレイの前でクルミが腕を組む。猫耳のようなフードの影に、やや不機嫌そうな瞳が揺れた。彼女の背後には、ワイングラスを片手にしたミズキが立っている。
「そう簡単に尻尾を出すような奴じゃないってことかしらね。今回の敵は」
「ネットの足跡も、GPSの類も完全にカット。匿名通報の発信源すらルーティングで三重跳び……手慣れてるね、ほんと」
「となると、やっぱり残された男たちの証言を掘るしかないわね。あのアジト、仕切ってたのは三十代後半の男だったって話だけど──」
「3日前に姿を消して、それっきり。手がかりゼロ、ってとこ」
カウンターの内側では、ミカが資料の束をめくっていた。静かに、重く。背筋を伸ばしたその姿は、喫茶リコリコのマスターというより、DA時代の鬼教官そのものだ。
「逃げ足の速さだけは一人前のようだな。だが、足跡を完全に消せる者など、いない」
「それ、頼もしいけど……でもさあミカ、ホントに本部に任せないでいいの? 結構本格的なんじゃない? 今回の背後組織」
「……今はまだ、その時ではない。あちらはあちらで動いている」
ミズキの問いに言葉少なに答えるミカの表情を、クルミは無言で見やった。沈黙が数秒だけ流れ、その後は再びカチャカチャとキーボードを叩く音だけが店内に響いた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
午後の陽光が、店内の観葉植物に柔らかな影を落としている。カウンターの定位置──入口近くの端の席に、恭也は今日も腰を下ろしていた。
文庫本のページをめくる指先が静かに動き、もう片方の手には香り立つブレンドコーヒー。薄く立つ湯気とともに、彼の姿だけがこの空間で時間の流れから切り離されているように見える。
そして──その彼を、テーブル席の隅からじっと見つめる少女が一人。
「……じー……」
「いやいや、たきなちゃん。観察はほどほどにしなってば」
千束が肘でつつくと、たきなは微かに頬を赤らめながら視線を逸らした。
「別に……怪しいから、観察してるだけ」
「その割に視線が熱いんだよなぁ」
と、クルミが口を挟む。カフェオレを片手に、いたずらっぽい笑み。
「しかもさ、最近毎日その調子じゃん。あの“ちょっと怪しい大学生さん”が来るたび、いっつも。そろそろ恋の病を疑ってもいいんじゃない?」
「違う」
即答。だが、声にわずかな揺れがあったのを、千束とクルミは見逃さない。
「じゃあ、なんでそんなに気になるの?」
「……戦いの経験がある動き。隠そうとしてるけど、所作が抜けてない。使ってる端末も軍用暗号を通してる可能性がある。喋る言葉も、癖がある。……でも、それだけ」
「それだけ、なのに?」
「それだけなのに、決定的な証拠がない。気になるけど、確信が持てない……」
たきなの言葉はそこまでだった。腕を組み、視線を落とす。
「ふーん……つまり、気になって仕方ないわけね。ね、ミズキ?」
「ええ、恋ね」
「ちがっ──!」
ばしん、とテーブルを叩いた音が響いた。
恭也がちらりとこちらを見たが、すぐに目を戻して本へと視線を落とす。
「……静かに」
ぼそりと呟いたたきなに、千束とクルミは声を押し殺して笑った。
数日が過ぎたある日、朝の支度中にミズキが声をかけてきた。
「たきなー、ちょっとお願いあるんだけど」
「なんですか」
「消耗品の買い出し。お店のストック、色々切れてて。千束と私は別件の打ち合わせがあるから、悪いけどひとりで行ってくれる?」
「わかりました」
荷物リストをスマホに送ってもらい、たきなは制服のままリコリコを出た。初夏の陽射しに、目を細める。
時刻は午前十時過ぎ。人通りはまだまばらで、街の空気はどこかのんびりしていた。
たきなは通りを歩きながら、ふと数日前の任務を思い出す。
あのアジトで見つかった爆弾は五つ。だが、本来は八つあったと思われた。つまり三つが、未だに行方不明のまま──。
(リーダーが持って逃げた……のか? それとも……)
押収した『設計資料』を基に、爆弾魔が製作したものにしては、実物の構造は粗かった。回路、火薬量も設計通りではなかったように思える。だが、だからといって油断していい代物ではない。もし民間地に仕掛けられたら、被害は甚大だ。
歩きながら、無意識に周囲の建物の死角やゴミ収集所の裏、マンホールの縁にまで目を向ける自分がいる。リコリスとしての訓練が染み付いているから──そう言い訳をしてみる。
けれど、もう一つの“気になる存在”も、やはり意識の中でちらついた。
(高町さんは……何者なんだろう)
喫茶店で文庫を読む大学生にしては、彼の存在は整いすぎている。無駄がなく、隙がなく、それでいて人当たりは柔らかい。──まるで訓練された誰かのように。
この一ヶ月、彼を観察し続けてきたけれど、得られたものは“違和感”ばかりだった。
(もっと何かあるはずなのに……)
そう思うのは、職業病か。それとも、女の勘──などと考えた自分に驚いて、たきなは頭を振った。
「……集中しよう、今は買い物」
リストを開き、たきなは商店街の方へと足を向けた。
轟音が、鼓膜を容赦なく震わせた。
たきなが店の帰り道に選んだのは、幹線道路から一本外れた裏通り。比較的人通りは少ないが、代わりに古びたビルや倉庫が多く、視界は悪い。そんな場所で突然、背後、かなり離れた方角から乾いた衝撃音とともに白煙が立ち昇った。
咄嗟に足が止まり、爆心地の方角を振り向く。
「……っ!」
音の距離からして三百メートルは離れている。だが、一瞬でたきなは判断する。これは──偶然の事故ではない。
カバンから素早く通信機と携帯端末を取り出し、DAの臨時報告チャネルに自動ログを残すと、彼女は周囲の混乱をかき分けて駆け出した。群衆は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑い、サイレンが遠くで響き始める。
だが、たきなの瞳には爆心地以外、何も映っていなかった。
瞬発的な行動というより、もはや本能に近い。脳裏に浮かんでいたのは、先日のアジトで回収し損ねた三発の爆弾。そのうちの一つかもしれないという、予感めいた何かだった。
爆心地付近の通りへ入ると、衝撃波で割れた窓ガラスや散乱した瓦礫が視界に飛び込んできた。ビルの一階部分に沿って駐車していた軽トラックが吹き飛ばされ、道路に横転している。火の手は上がっていないが、破壊の規模は相応に大きい。幸い、人的被害は目立たない──が、油断はできない。
いつでもカバンから銃を取り出せるように構えながら、たきなは周囲を見渡した。
(破片の一部でも……どこかに……)
周囲には通報を受けて駆けつけたらしき警官たちと、避難誘導に当たる防災職員が散見された。だが、爆発の核心にはまだ誰も近づけていないようだった。
たきなは、人目を避けるようにしてビルの陰へ回り込む。蹴散らされた植え込みの中、瓦礫の影に、金属光沢の何かが見えた。
しゃがみ込み、それを拾い上げる。手の中に収まったのは、パイプの断片のような部品だった。
(間違いない……この形状……このマーキング……)
たきなは唇を噛む。ほんの数日前、アジトの制圧時に確認した起爆装置の設計と一致する。角度と強度の差異はあれど、製造元の特殊な刻印が決定的だった。
視界の端に揺らぎがあった。
そちらを向くと、爆心地から少し離れた地点で、不自然に背を低くして歩く男の姿があった。キャップを深く被り、ジャケットの裾を引きずるようにしている。周囲に溶け込むには、あまりに挙動が浮いている。
(怪しい……!)
たきなは直感で即座に判断する。
男は群衆がまだばらけていない狭間を縫うように、人気の少ない路地へと曲がっていった。迷わず追う。
男のブーツの踵が、舗装の甘いアスファルトを打つ度に音が跳ね上がる。
男が角を曲がったのを確認して、たきなは距離を詰めた。路地の出口は、古びた商業ビルの裏手。すぐに抜けられるような構造ではない。追い詰めるには好都合だ。
が、その角を曲がった瞬間。
「……!」
たきなは、足を止めてしまった。
視界の先──
男の行く手に、見覚えのある背中が立ちはだかっていた。
高町恭也。
肩幅の広い背中に、涼しげな黒のシャツ。両腕は自然体で下げられており、腰には見慣れぬ二本の小太刀が。
たきなは咄嗟に身を隠した。何が起こっているのか、目の前の光景が一瞬で飲み込めなかったからだ。
「逃げる気なら、もう少し後ろも気にするべきだったな」
恭也の声は静かだった。
だが、そこには大学生らしからぬ“冷ややかさ”があった。
男が何かを叫んだ。ナイフらしきものを抜いて突進する。だが次の瞬間──
恭也の姿が、風のように動いた。
──シュンッ!
一歩、二歩、たきなの目にはその移動すら霞んで見えた。
そして、小太刀の峰が、容疑者の右腕に斜めから振り下ろされる。ガキィン! という金属音とともに、ナイフが宙を舞う。続けて二の太刀。今度は肩口から足元までをなぎ払うような一閃。
男の膝が崩れる。呻き声をあげて崩れ落ちた。
(……早い)
見惚れるほどに、無駄のない動きだった。
倒れた男の腹部に、恭也の膝がぐっと押し当てられる。完全に動きを封じたまま、彼は落ち着いた仕草で内ポケットからスマートフォンを取り出す。どこかへ通話を始めたが、その声は遠くて聞こえない。
たきなは、初めて見た。
高町恭也が“戦っている”姿を。
(……何者……?)
たきなの胸の中で、疑念が形を持ちはじめていた。
彼の動きはただの自己防衛には見えなかった。訓練された動き。殺気も焦りもない、完全な制圧の一連。
プロだ。
そんな言葉が脳裏を過る。
そのとき──恭也の視線が、ふと上がった。
たきなが身を潜めていた塀の陰、僅かな物陰から覗くその瞳と、彼の目が合った。
……一瞬、沈黙が流れた。
そして、彼は微かに眉を下げて、ため息をつく。
「……たきなちゃん。そこにいたのか」
呆れとも、諦めともつかない声でそう言うと、彼はスマートフォンをしまい込んだ。そして、男を縛り上げると、歩み寄ってくる。
「誤魔化せる状況じゃないな。あとで、ちゃんと説明するよ」
穏やかな声に、逆にたきなの胸がざわめいた。
問いただすべきことは山ほどあるはずなのに、言葉が出てこない。
ただ、目の前の男を──見つめることしかできなかった。
(やっぱり……この人は……)
予感が、確信に近づいていくのを、たきなは自覚していた。
引き渡しは、驚くほどあっさり終わった。
捕縛位置からは少し離れた、人気の少ない高架下。スーツ姿の男が黒塗りのセダンから現れ、恭也に向かって小さく一礼した。
「高町さん、ご苦労様でした」
無表情に、しかし形式的な敬意を持ってその男は告げる。
恭也は頷き、縛ったままの男をそのまま渡すと、まるで打ち合わせでもしていたかのように、男たちは手際よく車に引きずり込み、何事もなかったように立ち去っていった。
たきなは、それを黙って見届けていた。
恭也が何者なのか、それが少しずつ、しかし確かな形で輪郭を持ちはじめていた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
リコリコに戻る道中、二人の間に言葉はほとんどなかった。
街中での爆発、犯人の追跡、恭也の登場と取り押さえ、そして正体不明の組織らしき引き渡しの儀式──情報量が多すぎて、たきなの脳内はやや飽和状態だった。
「……喋らないのかい?」
ようやく口を開いたのは恭也の方だった。
たきなは小さく首を横に振る。
「……何を聞けばいいか、分からないだけです」
「そう。じゃあ、リコリコに着いたらみんなにも話すよ。隠しても仕方ないことだからね」
たきなはちらと彼を見やる。その横顔は穏やかで、むしろこんな状況の方が居心地がいいとでも言いたげだった。
がちゃりと扉を開けると、既に夜の仕込みも終えたリコリコには、いつものメンバーが揃っていた。カウンター奥ではミカがグラスを拭き、テーブルではクルミがタブレットをいじり、ミズキがうたた寝し、千束がだらしなく足を投げ出していた。
そして、二人を見た瞬間──
「おかえりー、って……あらぁ? たきなと恭ちゃんが一緒に帰ってきたー?」
「いやそれ、デート帰りの空気じゃないか? たきな、もしかして告った?」
「言ってないッ」
反射的に言葉を返しながら、たきなは思わず恭也をちらと見る。その視線を見逃さず、千束がにやにやと笑った。
「ま、そういう話は後回しにして」
ミカが一つ咳払いをして、場を整えるようにカウンターから出てくる。
雰囲気を察してか、あるいは既に連絡がいっていたのか……
「高町くん。君の正体、もうバラしても構わないのかい?」
「ああ、問題ない。というか……もう隠し通せる状況じゃないからね」
恭也は肩を竦めると、グラスの水を一口飲み、落ち着いた声で続けた。
「俺は高町恭也、内閣情報調査室──いわゆる『内調』に籍を置く、対テロ専門の外部協力員だ。御神流という剣術の師範代で、その腕を見込まれて雇われている。今回の任務は、東京湾岸地区での爆発物関連情報の追跡と、DAおよび民間協力者との連携準備」
一瞬、場の空気が止まった。
「……え?」
クルミがまず声を出す。
「内調って……あの?」
「そう。その“あの”だ」
「マジで!?」と叫んだのはミズキだった。
「やだー、国家機密じゃん! てか、そんな人が普通にカフェでコーヒー飲んでたわけ!?」
「君たちが思ってるほど、国家機密って厳重に囲われてるわけでもないよ。少なくとも、表の顔がないと動きにくいからね」
苦笑しつつ答える恭也の表情は、相変わらず柔らかい。が、たきなにはその奥に、どこか冷えたものを感じていた。
「近々、君たちの組織──DAとも正式に共同作戦を組む可能性がある。今回の事件、単なる爆弾犯の単独行動とは思えない節があるからね」
「えっと、それって……つまり……」
千束が眉を寄せて恭也を見る。
ミカがゆっくりと頷いた。
「その通りだ。既に情報の共有は始まっている。今回の事件、君たちが思っているよりも──根が深い」
翌日、内調経由で新たな情報が入った。昨日、恭也が捕縛した男の素性が判明した。件の廃アジトから逃走していた男たちのリーダー格。通称“クラフト”と呼ばれていた元爆薬技師で、裏社会で爆弾の設計や売買に関与していた人物だった。
その男の口から、残る二つの爆弾の在処が明かされ、速やかに回収が行われた。
「それで……よく見れば分かるが、爆弾は設計段階のスペックほどの精度はない」
検証報告を見せながら、ミカが言う。
「材料も、仕込みも雑だ。恐らく、クラフト一人で複製したか、あるいは第三者に急ごしらえさせたものだろう」
「じゃあ、そんなに大規模なテロ計画じゃなかったってこと?」
ミズキのその問いに、情報を持ってきた恭也が首を横に振りながら割り込む。
「いや、おそらく新規製作者の教育段階の試作品か、あるいはコストダウンの試行だろう。どちらにせよ、数を揃えるのを狙っているのか……今回はその試作品の検証、といったところかもしれない」
ミカはその答えに、渋い顔を崩さず同意する。
「いずれにせよだ。クラフトの背後に、そうさせた何者かがいる。その組織が、材料を用意し、クラフトに作らせた。──問題は、その“誰か”だ」
たきなは、また視線を送っていた。
コーヒーカップを傾けながら、何事もなかったかのように一冊の文庫を読んでいる恭也に。
正体が明らかになっても、それでも尚、その佇まいは以前と何も変わらない。
でも、自分の中にある違和感は、むしろ強まっていた。目が離せない。気になって仕方がない。
(結局、私は……何に惹かれてるの?)
事件は、形式上は一旦の収束を迎えた。だが、たきなは心の奥で確信していた。
──この事件は、まだ何も終わっていない。
(第2話 了)