リコリス △ ハート^3   作:多聞町

4 / 13
今のところ、第3話が一番文字数が少ないですね。
戦闘シーンより、たきなの心情をしつこく書く方がノレるってことですかね。


第4話 触れた指先、知ってしまった鼓動

 リコリコに夏の気配が漂い始めていた。

 

 壁のカレンダーが六月の最終週を指しているにもかかわらず、クーラーの効いた店内では季節の実感は希薄だった。ただ、街行く人々の装いが徐々に軽やかになってきているのを、店の窓越しに見るたきなは、あぁ、もうそんな時期なのだとぼんやりと思う。

 

 けれど、今のたきなの心を占めているのは、夏の気配よりも、もっと別のことで──

 

「……また、違う……」

 

 誰にともなく呟いていた。

 

 入口のベルが鳴った瞬間に、無意識に振り向いた。だが、入ってきたのは近所の常連の中年夫婦で、彼──高町恭也ではなかった。

 

 そんなはずはない、と自分に言い聞かせた。店に来るのはいつも午後三時以降。大学の講義が終わった頃合いだ。午前中に来る可能性なんてほとんどないのに。わかってる。頭では理解している。

 

 ──でも、胸の奥がざわつく。

 

 今朝からずっとそうだった。起きたときから落ち着かなくて、制服に袖を通す手にも力が入らなかった。何かが噛み合っていないような感覚。呼吸も、思考も、ずっとどこか引っかかっている。

 

 それは、数日前の任務のせいだと、たきなにはわかっていた。

 

 接近戦で敵に囲まれ、腕を切られたあの瞬間。視界が赤黒く染まる中で、唐突に一人の男が現れた。

 

 ──恭也さんが。

 

 舞うように、しかし鋼のような斬撃で敵を制圧していった彼の背中を、たきなはただ目で追うことしかできなかった。そして……彼の声を聞いた瞬間、思わず安堵していた自分がいた。

 

 あのときの感覚が忘れられない。胸の奥が、熱を持ったように疼いている。

 

「たっきー、最近さあ……」

 

 カウンター越しから、くすくすと笑うような千束の声が飛んできた。

 

「視線、熱っぽいよ?」

 

「……なにが?」

 

 聞き返す声が、我ながらひどく不機嫌だった。

 

「いやぁ〜? 誰かさんが店に来てないと、明らかに落ち着きなくなってるし。来たら来たで、すっごい目で見てるし。ふふ、いよいよメス堕ちか〜?」

 

「誰が、誰に、何堕ちって?」

 

 眉をぴくりと跳ねさせながらも、思わず耳が熱を帯びた。

 

「ん〜〜、あたしはね、別に何でも応援するけどね?」と千束。

 

「恋愛相談なら乗ってやるぜ?」と、タブレットを操作していたクルミが口を挟んでくる。

 

「そもそも年上男子とか、実はたきな、ツボだったり?」

 

「ありえません。恋愛は任務に支障が出ます」

 

「むしろもう支障出てるように見えるけどね〜?」と千束がにやにや。

 

「……」

 

 たきなは口をつぐむ。口喧嘩をする気力もない。

 

「てかさー! いいよね! 若いってだけで恋愛できて! アタシなんてもう干からび寸前よ!? この前も合コン誘われたけど、男性陣の平均年齢、下手したら二十代前半だったし!」

 

 ワインボトルを握りしめて吠えるのはミズキだった。

 

「……それ、たぶん正体知られてるからじゃ」

 

「誰がスパイかっ!」

 

「いや、誰も言ってないけど」

 

「くぅ〜っ! なんで恭ちゃんの周りには、若くて可愛い女の子しか集まらないのよぉ!」

 

「そこは……まぁ否定しないけど」

 

「うん、あの人は確かにカッコいいよね」とクルミ。

 

「落ち着いてるし、戦いも強いし、実はいい声してるし。たきなが惚れるのも無理ないよね〜?」

 

「だから、惚れてませんってば」

 

 強く否定しようとして、声が裏返りそうになるのを必死で堪える。

 

 だが、そのときだった。

 

 入口のドアが開き、控えめなベルの音が店内に響いた。

 

 ──彼が来た。

 

 たきなの鼓動が、一瞬にして跳ね上がった。

 

 視線を逸らしたかった。見ないふりをしたかった。けれど、気づけば目が吸い寄せられていた。

 

 いつも通りの無表情。どこか儚げで、それでいてどこか影を纏ったような佇まい。その姿を見るだけで、胸の奥のざわめきがすっと収まっていくのを、たきなは感じていた。

 

「あら、恭ちゃん、いらっしゃい」

 

「こんにちは。今日は客、多いな」

 

「そうね〜、ちょっとね。カウンター、空いてるからどうぞ」

 

「ありがとう、ミズキさん」

 

 自然体の会話。常連客としての当たり前のやり取り。

 

 だけど、その一言一言に耳を澄ましてしまう自分が、たきなには恐ろしく思えた。

 

(……なんで、こんなに落ち着くの?)

 

 たきなは自分の胸に問いかける。

 

(ただ来ただけなのに。姿を見ただけで、こんなにも……)

 

 自分の鼓動が、どうしても彼を中心にして波打ってしまうことに、戸惑いを隠せなかった。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 今日の喫茶リコリコは、昼過ぎの穏やかな空気に包まれていた。店内では、井ノ上たきながトレイを手にホールを回っており、その傍にはエプロン姿の高町恭也が控えていた。

 

「じゃあ、こっちのテーブルはお願いします。私は奥の片付けしてきますから」

 

「ああ、了解。たきなちゃんはそっち任せた」

 

 阿吽の呼吸ともいえる連携で作業を進める二人の様子を、カウンター席から千束たちが観察していた。

 

「……なんかもう、完全に店員として馴染んでるよね、恭ちゃん」

 

「見た目も動きも無駄がない。優秀なバイトって感じ」

 

 クルミの評価に、ミズキも頷いた。

 

「初めて来た時は、ただのコーヒー好きの大学生って思ってたけど……いや、今じゃもう準スタッフよね。しかも無給」

 

「ミカさんが腰痛めた時、代打で手伝ってくれたのが始まりだったんでしょ?」

 

「うん。それっきり、来るたびに自然と手伝ってる。……恭ちゃんって、ほんと義理堅いっていうか、そういう人なんだよね~」

 

 千束の目は、どこか含みをもってたきなを見やった。

 

「でさ、最近のたきな。ちょっと様子、変わってきてない?」

 

「ん、変わってるよね。こう……視線の温度が高いというか。妙に集中してる」

 

「しかもさ、恭ちゃんが近くにいると、それだけでちょっと口数増えてない? 前なら“業務効率が”とか言いそうなのに」

 

「そうそう。それに、いつの間にか”高町さん”呼びが、“恭也さん”呼びに変わってるし……あと笑うようになったよね。前は無表情のまま接客してたのに、今じゃ自然に柔らかくなってる」

 

 ミズキはビールをあおりながらぼやく。

 

「いいわねぇ……青春してるって感じ。あたしにも春が来ないかな……」

 

「千束がさ、どーせまたイタズラ心で茶化してるだけでしょって思ってたけど、こうも変化があると、さすがに疑えない」

 

 クルミの言葉に、千束はふふっと笑いながら首をすくめた。

 

「いやぁ、私も最初はからかい半分だったんだけどね。最近のたきな見てると、なんか本気なんじゃって思えてきてさ……あれ、もしかして、これってもしかする?」

 

 と、千束がひょいと立ち上がって、ちょうどカウンターに戻ってきた恭也に声をかけた。

 

「恭ちゃん、ちょっといい?」

 

「ん? なんだい」

 

「いやさ、最近たきながすっごく頑張ってるじゃない? あれってさ、恭ちゃんに……なんか、特別な感情とかあったり、するのかな〜って」

 

 一瞬、静寂が店内を包んだ。

 

 たきなの手が止まり、視線がぴたりと千束に向く。

 

 空気の温度が下がるのを、全員が肌で感じた。

 

「……千束」

 

 低く鋭い声が、ホールの空間を切り裂く。

 

「ッ! ち、違うのたきなっ!? いや、ほら、ちょっとした興味というか、空気的な? ねっ?」

 

「人の気持ちを、軽々しく話題にしないで」

 

「ごめんなさいっ!! ほんとごめんなさいっ!! わざとじゃないの!! 悪意もなかったの!! 空気読めなかっただけなの!!」

 

 千束は慌てて頭を下げ、クルミとミズキが半ば呆れた表情でその様子を眺めていた。

 

「まぁ……今回は千束が悪いよね」

 

「うん。あれは雷落ちても文句言えないやつ」

 

 当のたきなはというと、怒りの矛先をしまい込むように深呼吸をひとつし、無言で再び作業に戻った。

 

 その背中を見ながら、恭也は苦笑しつつ、カウンターに戻った。

 ミカが、グラスを拭く手を止めずに話しかけてくる。

 

「……悪かったね、空気が凍った」

 

「いや、俺は別に。ただ……少しずつ、見えてきた気もする」

 

 そう呟いた恭也の視線は、ホールを静かに歩くたきなの背に向けられていた。

 

 その表情には、何かを察した者の静かな色が宿っていた。

 

 

 

 

 リコリコの昼営業が終わり、穏やかな午後の帳が下り始めていた。

 店内に残っているのは、まだ片付けの終わらぬ椅子とテーブル。それに、カウンターに座る高町恭也──そしてミカだった。

 

「……ふう」

 

 恭也は手にしたカップのコーヒーを一口飲み、静かに息を吐いた。夕刻に差しかかる光は琥珀色で、彼の瞳に反射して柔らかく揺れている。

 

 目を閉じると、先ほどまで給仕に立ち回っていた少女の姿が、ふっと脳裏に蘇った。

 

 ──井ノ上たきな。

 

 彼がこの喫茶店「リコリコ」の常連となってしばらくになるが、あの少女が自分に向ける視線は、最近どこか妙に真っ直ぐすぎた。

 

 礼儀正しく、言葉少なで、しかし仕事には真面目で誠実な少女。

 最初は単に、年下の、危うげな部分もある女の子──それくらいの認識だった。

 だが最近は、少し違う。

 何かを訴えるような、けれど口には出さない瞳。そっと見上げてくるような表情。

 そこに含まれるものを──あえて気づかぬふりをしていた。

 

(……あいつの気持ち、ってやつか)

 

 ぼんやりと考えて、恭也は困ったように眉を寄せる。

 剣の間合いや敵意には即座に気づける。だが、こういう感情の距離は──さっぱりだ。

 自分は、彼女のことをあくまで後輩の一人として──いや、強いて言うなら妹のように接してきたつもりだった。

 それ以上の何かを、向けられることになるとは、思っていなかった。

 

(だからって、どう応えればいいのかなんて……)

 

 重ねた指の節を押しながら、内心で言葉を濁す。

 やたらと真剣な視線。必要以上に近づいてくる距離。

 その一つ一つを思い出していくたび、どうにも落ち着かない気分になってくる。

 

「……ミカさん」

 

 静かに名を呼ぶと、カウンター奥でカップを拭いていたミカが、ふと目を上げた。

 

「どうしたんだい、高町くん。珍しく真剣な顔をして」

 

「いえ。ちょっと、聞きたいことがありまして」

 

「ほう?」

 

 恭也はあえてカップに目を落としたまま、続けた。

 

「……もしも、自分が意図しない形で、誰かの気持ちを──誤解させていたとしたら」

 

「ふむ」

 

「その人をこれ以上、傷つけずに済ませるには、どうするのがいいんでしょうか」

 

 抽象的な表現だった。

 それでもミカは、少し目を細めたあと、カウンター越しに微笑んだ。

 

「随分と優しい物言いだね。でも、それはもう十分君が悩んでいる証拠だと思うよ」

 

「……」

 

「名前を出さずにそうやって聞いてくる時点で、ある程度、答えは見えてるんじゃないかな」

 

「……そうかもしれません」

 

「誰かが君に特別な感情を抱いてる。けど、君はそうじゃない。その場合──」

 

 少し考え込みながら、ミカは言葉を選ぶように続けた。

 

「余計なことを言わずに、でも不自然に避けたりもしない。必要以上に近づかず、かといって遠ざけない。……つまり、“自然体”でいるのが一番さ」

 

「自然体、ですか」

 

「そう。誰かの気持ちに気づいて、それを無視しないようにしながら、でも自分の立ち位置は崩さない。誠実でいるっていうのは、案外難しいけれど──君には、できると思うよ」

 

 ミカの言葉は、穏やかでありながらもどこか鋭く、核心を突いていた。

 恭也は、ふう、と短く息を吐く。

 

「ありがとうございます。……参考にさせてもらいます」

 

「どういたしまして」

 

 カップを置いて立ち上がると、ふと、あの目が思い浮かぶ。

 真剣すぎるほど真っ直ぐで、まるで感情をぶつけてくるような──少女の瞳。

 その無防備な色を思い出してしまった瞬間、恭也は小さく首を振って、その像をかき消す。

 

 そして、少しだけ固くなった顔を戻すように、無理にでも平静を装い、階段の方へと足を向けた。

 

(──さて。どうしたもんかな)

 

 彼の背を、カウンターの奥からミカが見送っていた。

 やれやれ、とでも言いたげに、しかしどこか優しい目をして。

 

 明日もまた、喫茶リコリコは静かに開店する。

 きっと変わらぬ日常のまま──けれど、どこか少しずつ、何かが変わっていく。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 その日は、いつもの朝だった。

 

 リコリコの扉を開けたのは、開店準備を終えたたきなだった。千束とミズキがキッチンで軽口を叩き合い、クルミがカウンター奥でPCをカタカタやっている。日常が静かに流れる中に、ほんの少しだけ、胸の奥に引っかかるものがある。けれど、それが何かをたきなはまだ、はっきり言葉にできずにいた。

 

 そんな中、開店から三十分ほどが経った頃、ドアが鳴る。チリンと軽快な鈴の音。振り向いたたきなの視界に、いつもの男が映る。

 

「こんにちは、高町くん。今日は早いね」

 

 ミカが笑顔で出迎え、恭也は軽く会釈する。

 

「今日は講義が午後からなんです。ミカさんの淹れるブレンドを楽しみにしてまして」

 

 定位置のカウンターへと歩を進める彼を、自然と目で追ってしまう自分がいた。そのことに気づいて、たきなは思わずまばたきをする。

 

 何度目だ、この感覚は。

 

 知らず心がざわつくのは、彼がこの店に現れた瞬間。無意識に肩の力が抜けるのも、彼の姿を視界に捉えた時。そんな自分を、正さなくてはいけない。そんな想いが、頭のどこかをかすめていく。

 

「……っ」

 

 ぎこちない足取りでキッチンへ戻り、カップにブレンドを注ぐ。千束がこっちをちらりと見て、にやりと笑った。

 

「お、今日はたきなが持ってく? 配膳係デビュー?」

 

「いつも通りです。ただの通常業務です」

 

「はいはい。ご苦労さまですー、主任補佐さん」

 

 やや意地悪げな言葉を受け流しつつ、カップとソーサーを手に取る。歩を進め、カウンター席へ向かい──その瞬間だった。

 

「……っ!?」

 

 カップを差し出したたきなの指先が、恭也の指と、ほんの一瞬だけ、触れた。

 

 ぴたり、と時間が止まったような感覚。

 

 その直後。

 

「なに触ってるんですかっ!」

 

 たきなは、思わず声を張り上げていた。

 

 驚愕に目を丸くする恭也。カウンター奥のクルミが「おいおい……」と呟き、キッチンの二人も動きを止める。

 

 店内は、一瞬で静まり返った。

 

 自分でも何を言っているのかわからなかった。反射的に放った言葉に、誰よりも自分自身が戸惑っていた。

 

「……っ……失礼します!」

 

 かすれた声で言い残し、たきなは踵を返してバックヤードへと逃げるように消えた。

 

 その場に取り残された恭也は、持っていた文庫本をそっと伏せた。

 

「ええと……俺、何かしましたか?」

 

「いやー、違うのよねぇ」

 

 ミズキが肩をすくめながら、残されたカップを彼の前に置く。

 

「思春期女子の扱いって難しいわよねぇ、恭ちゃん」

 

「……あれが?」

 

「そー。あれが、なのよ」

 

 横から千束が加勢するように頷く。

 

「たきなさー、最近ちょっと情緒が不安定でね? この前なんて“メス堕ち”って言ったらマジでガチギレされたんだから」

 

「それは……怒って当然では」

 

「えーっ、千束悪くなーい!」

 

 冗談半分に騒ぐ千束とミズキを横目に、恭也は少しだけ視線を伏せる。

 

 ──あの反応は、やはり……。

 

 彼の脳裏に浮かんだのは、先日ミカに向けて交わした会話だった。

 

 

 

 

 一方、バックヤードでは。

 たきなが椅子に座り込み、両手で顔を覆っていた。

 

「なに……してるの、私」

 

 心臓がうるさく脈打つ。ほんの一瞬、触れただけの指先が熱い。思い出すたび、胸が痛いような、くすぐったいような気持ちになる。

 

「私……どうして、あんな」

 

 叫んでしまった言葉。みっともなく、感情をむき出しにしてしまった姿。

 

 ──自分の中に、“女”がいる。

 

 その事実が、たきなを何よりも動揺させていた。

 

 今まで感情より任務を優先し、理性で行動を律してきた。恋愛感情なんて、非合理的で不必要なものだと思っていた。それなのに。

 

「私……恋……してるの……?」

 

 思わず口にしてしまった言葉に、自分で驚く。

 

 認めてしまったら、もう元には戻れない気がして。だから、怖かった。

 

 けれど──。

 否定できなかった。あのとき、助けられて安堵した自分を。

 

 

 

 

 夜。リコリコのテーブル席。

 店が閉まったあと、空のグラスとつまみを前に、三人が輪を囲んでいた。

 

「ねー、あれやっぱりたきな、完全に堕ちてるよね?」

 

「堕ちてるというか……もう底抜けて沈んでるんじゃない?」

 

「クルミちゃん、言い方が容赦ないって」

 

 千束が笑いながらもグラスを傾ける。ミズキはすでにワインを三杯空けていた。

 

「まあ、恭ちゃんのほうも無意識に罪作ってる感じだしね〜。なんとなく気づいてるっぽいけど、あえて何も言わない、みたいな」

 

「天然たらしってやつ?」

 

「どうだろうね~」

 

 そう曖昧に返すと、ミズキはグラスに残っているワインをグイっとあおる。

 

「でもねー、あのたきながねぇ……。うーん、若いっていいわねぇ」

 

「ミズキが言うと完全に酒入ってるってバレバレだけど」

 

「うるさい。これは研究なの。恋愛研究会!」

 

 ワイワイと笑い合うその中心に、当の本人の姿はない。

 

 

 

 

 その頃、たきなは自室のベッドに座り、静かに膝を抱えていた。

 灯りは落とされ、カーテンの隙間から月の光が差し込んでいる。

 

(あのとき、声を聞いた瞬間、すごく安心した。……あれは、信頼? それとも、やっぱり──)

 

 あの夜、そう名付けたはずの感情に疑念が起こる。

 あれは、そう名付けてもよいものだったのか……

 

(指が触れたとき、私は……嬉しかった)

 

 それを認めた瞬間、胸の奥がふわりと温かくなった。

 自分の鼓動が、名前を呼んでいる。高町恭也──と。

 

(……これが、恋)

 

 こんなこと、誰にも言えない。言ったら、どうなるか分からない。

 でも、この気持ちは、もう消せなかった。

 

 顔を伏せる。頬に落ちた涙に、自分でも驚いた。

 だけどその涙は、悲しみではなく、ただ、あたたかさを伝えていた。

 

 

(第4話 了)

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。