リコリス △ ハート^3   作:多聞町

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 前回より本作の敵役が登場。
 安易なネーミングですが、ほぼ適当です。その割に作中では超重要な役柄。
 また、フキとサクラも登場。ファンDとそのパートナーは出演予定無しです。



第6話 リコリスの花、虹橋に咲き乱れ

 リコリコメンバーにあてがわれたホテルの一室。

 朝の光が、遮光カーテンの隙間から細く差し込む。簡素な造りの部屋には、仮設ながらも急ごしらえの作戦会議が組まれていた。白いテーブルの上には、ノートPC、タブレット、数枚の地図、そしてプリントアウトされた報告書の束。

 

「……間違いない。こいつは“シュピーゲル”だ」

 

 恭也の声が静かに部屋を満たす。背筋を伸ばした彼の前に広げられた資料の一枚に、仮面の男のぼやけた後ろ姿が映っていた。

 黒ずくめの装束、マントの内側にだけ走る血のような赤。そして、沈黙を好む殺意。

 

「姿、戦闘スタイル、そして身体能力。昨夜の実態から総合的に判断して、確定だ」

 

 クルミが隣で頷く。彼女の操作するタブレットには、裏世界の闇に埋もれた記録が何件も走っていた。

 数年前、中央アジアの小国で要人暗殺。西欧では国防大臣の首元を刃で裂き、逃走した。

 共通しているのは、目撃者の証言がほぼ残っていないことと、銃器を一切使っていない点だった。

 

「名前はコードネーム、“シュピーゲル”。実名、国籍、年齢、性別、すべて不明。十五年ほど前から活動を開始しているようだが、裏社会じゃ既に伝説みたいなもんだよ」

 

「“シュピーゲル”って、“鏡”って意味だよな?」

 

「そうだ。奴は、変装も得意で、対象を生き写しにするそうだ。そこから来ている」

 

「御神流の剣士を……二人も殺してるっていう話は、本当なの?」

 

 クルミの問いに続き、千束の声が室内に響いた。

 その眼差しには、好奇心よりも警戒の色が濃かった。膝に手を置き、前傾姿勢のまま、じっと恭也の顔を見つめている。

 

「本当だ。六年前。場所は横浜。俺の知る限り、当時現役の手練れだった御神流の剣士二人が、同日にやられている。おそらく遭遇戦じゃない。計画的な待ち伏せだったはずだ」

 

「六年前……横浜……これか? 爆弾テロが起きてる。それも、盛大に」

 

 クルミが素早くPCで検索。画面を恭也に見せた。

 彼は言葉は発さず、頷いた。

 

 たきなは、ソファの背凭れに寄りかかりながら、無言で恭也の言動を見ていた。

 昨夜、自分たちが相対したあの漆黒の影。異様な静けさと、無機質な殺意。銃声の中でも冷静に間合いを計り、風のように間合いを詰め、あまつさえ自分の動きどころか、恭也と千束の連携にさえ対処してきた。

 

(あれが、そんなに……)

 

「じゃあ、恭ちゃんは? 因縁とか……復讐心とか、あるの?」

 

 千束が問うた。わずかに顔を傾けながら、いつも通りの軽さを残した声色で。

 だが、その瞳は真剣だった。ミカと一緒にいた頃から、何度も命のやり取りを潜り抜けてきた者の視線だ。

 

「ない」

 

 即答だった。

 

「俺には、奴と直接の因縁は無い。奴に殺された二人とも、共に任務に当たったこともないからな。当時、俺はまだ中学生だったし……ただな」

 

 恭也は視線を床に落とし、右手で資料をひとつ抜き取る。

 それは、昨夜の現場で採取された、靴の接地パターン。御神流の初動を完全に見切ったかのような動き──それは偶然ではなかったという証拠だった。

 

「奴は御神流の動きそのものに、いや、“奥義”にすら、ある程度の“対応”ができる。つまり、型と技を読んで動いてきてる。今後、同じ条件でやり合うなら、俺一人で相手をする」

 

「えっ?」

 

 思わずたきなの声が漏れる。

 言葉の意味がわからないわけではなかった。だが、それを口にする彼の声があまりにも静かで、強く、そして遠かったから。

 

「冗談言わないでよ。たきなだって……私たちみんな、あいつの前に立ってたんだよ?」

 

 千束が間を割って叫ぶように言った。

 だが恭也は、それを制するように小さく首を振る。

 

「命のやり取りで、未知の剣技にさえ対応できる奴が相手なら──今の段階で共に戦わせるわけにはいかない。お前たちは、俺の動きを見てからでいい。……これは俺の領分だ」

 

 言葉に温度がないわけではなかった。むしろ、誰よりも冷静に事態を見ているがゆえに、その静けさがひどく遠く感じられた。

 

(……まただ)

 

 たきなの胸の奥が、ぎゅう、と強く締め付けられた。

 前もそうだった。敵に対して、真っ先に前に出るのは恭也だった。

 昨夜、同等の連携ができた千束でさえ……まず自分が戦う姿を見せてからでなければ、戦場へと入れなかった。

 それは、きっと──

 後ろを守るためだけじゃない。仲間を本当の意味では巻き込まないためだ。自分の命で、仲間の命を測っている。

 

(なのに……どうして。どうして、私は何も言えない)

 

 立ち上がった千束が何かを言おうとしたとき、たきなは目を伏せた。

 胸の内で小さく息をつきながら、ただ、自分の指先を見つめることしかできなかった。

 

 

 

 

 夜。昨夜とはまた別のホテル。リコリコメンバーにあてがわれた部屋。

 二日目の警護を終えた千束たちは、内調のメンバーと交代後、休憩に入っていた。

 

 室内には、気だるげな静けさが漂っている。

 その静寂を破るような電話の振動音に、ミカが顔を上げた。

 携帯端末に表示された発信者を確認し、彼はすぐさま応答ボタンを押す。その指先が、ごく僅かに緊張していた。

 

「……私だ。何かあったのか」

 

 応答直後、相手の声にわずかに眉をひそめる。

 

「……なんだって? 姫の動きが、もう……?」

 

 抑えた声での短いやり取り。

 受話器越しの報告に、彼の顔が徐々に険しくなる。

 

 数分後、室内にいたメンバー全員に、ミカが状況を端的に伝える。

 

「緊急の連絡があった。……“姫”の動きが、敵に筒抜けだそうだ」

 

 その場が一瞬、凍りついた。

 ミズキがグラスをテーブルに置く音だけが、不自然に大きく響く。

 

「明日、“姫”は昼前に霞が関に向けて移動する。目的地までは首都高上を移動の予定だ。レインボーブリッジ経由のルートになる。そのタイミングを狙った襲撃がある可能性が高いとのことだ」

 

「……本気で、橋の上で、仕掛けるつもり……?」

 

 千束の声に、浮かれた調子は一切なかった。視線は真っ直ぐにミカを捉えている。

 

「その可能性は否定できない。政府側は事の重大さを鑑み、DA本部と内調の共同作戦とする方針だ」

 

「大規模作戦、ってわけね……それにしても、時間がない」

 

 ミズキの目が、自然と恭也へ向けられる。

 彼は既に、次の展開を読み切っていたかのように、静かに腕を組んでいた。

 

「それで……私達の配置は?」

 

 千束が問いかける。

 ミカは一瞬、視線をたきなに向け──すぐに答えを口にした。

 

「たきな、君はまだ万全とは言えない。明日は千束、ミズキと共に車両警護を担当してくれ。“姫”の直掩任務だ。クルミも同行する」

 

「……わかりました」

 

 頷くしかなかった。

 身体が完調でないことは自覚している。判断としては妥当──それでも。

 

(……違う。私が、やりたいのは……)

 

 声に出すことはできなかった。

 彼の名前を、その場で呼ぶ勇気はなかった。

 

 ミカが続ける。

 

「高町くんは、DA東京支部の春川フキとの合流を依頼された。共に橋上の配置へ」

 

「へぇ……フキとねぇ」

 

 ミズキの茶化すような声が、妙に耳についた。

 

(……フキ……?)

 

 無意識に握った拳に、力がこもる。頭では理解している。必要な配置。最も戦闘能力が高く、臨機応変に動ける彼が、主戦の援護に回るのは当然だ。

 

 けれど。

 

(なんで、私じゃないの……)

 

 自問は誰にも聞こえなかったはずだった。けれど、千束が隣でちらりとたきなを見た。

 だけど、言葉はない。ただそのまま、そっと視線を落とすだけだった。

 

 言葉がなくて、たきなは助かった。言われていたら、きっとどう答えていいか分からなかった。

 

(恭也さんと、一緒に行動できるって、思ってたのに……)

 

 期待していたのだ。彼の隣に立ちたかった。足並みを揃え、共に戦いたかった。その姿を、見てほしかった。

 

 それがフキ。たきなが命令違反の廉でリコリコに転属させられる前、東京支部でバディを組んでいたファーストリコリス。

 千束のような、一種超常的な能力は持たないものの、自分もよく知る、実力者。そして──女だ。

 

(彼女と、二人きりで……?)

 

 心臓が一度、ぐっと締め付けられた。嫉妬──そんな言葉を頭に浮かべたくはなかった。でも、それ以外にこの感情を説明する語彙が見つからない。

 

 彼のことを信頼している。それは確かだ。だけど、それでも──。

 

(あの人が、恭也さんをどう見るのかなんて、分からない)

 

 昨夜の、千束と恭也の、見惚れるような連携が思い出される。

 

 ──あれがフキなら……

 

 それでもフキなら、同等の連携をしてしまいそうで……

 

(……いやだ)

 

 心の奥で、知らず囁いていた。

 

 ──彼の隣にいるのは、自分であってほしい。

 

 その矛盾が、たきなを押し潰しかけていた。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 東京湾岸の空は、今にも雨が落ちてきそうな鉛色に沈んでいた。

 

 その下で、東京臨海副都心青海地区にある政府関連施設の駐車場に、一台の黒塗りのセダンが静かに停車していた。

 

 車内にいるのは、たきな、千束、ミズキ、そして黒のウィッグをかぶり上質なドレスワンピースで身を包むクルミ。急遽、姫の影武者として変装を施されたのだ。

 外部からの視線を完全に遮断するスモークガラス越しに、緊張と沈黙が流れていた。

 

「ボクを影武者に、なんて本気かよ……? 一応、これでもお前らに匿ってもらってる身分だぞ?」

 

「まあまあ……、なにかあっても、ちゃんと守るからさ~」

 

「姫の影武者なんて、クルミぐらいしかできないもんね。身長的に」

 

 ぼやくクルミに、とりなす千束と軽い口調で返すミズキ。

 

 たきなは何も言わず、窓の外の鈍い空を見つめていた。

 何かが起きる──そんな予感だけが、胸の奥を淡くざわつかせていた。

 

 そして、そんなたきなの雰囲気が伝染したのか……

 

「でもまあ、やっぱり、こういう待機って……性に合わないな」

 

 運転席に座るミズキが、重いため息を吐きながら呟いた。

 

 

 

 

 たきな達が待機している駐車場から北北西に2km強。鋼鉄製のケーブルに吊られた橋梁上では、DA東京支部から派遣されたリコリスの本隊が配置されていた。

 さらに、別動隊が小型高速艇に乗り込み、第六台場東側の海面上に待機。橋の下から支援可能な位置にスタンバイしている。

 

 完璧な配置。……のはずだった。

 

 襲撃は、まだ可能性の段階であるため、交通規制は歩道部を除き、行われていない。

 その、今はリコリス以外、無人の歩道。台場北側主塔の迂回部。車道からは見えづらい、その位置に橋梁配置班のリーダー、春川フキはいた。もちろん、橋梁班の指揮のためである。

 そんな彼女の傍らには、バディである乙女サクラが待機している。

 

 そこへ、彼女たちの今回のサポート役──高町恭也が現れた、

 

 フキは、ニヤッと笑う。

 

「久しぶりだな、高町」

 

 フキの声には、懐かしさと、わずかな警戒が混じっていた。

 

「半年ぶり、くらいか」

 

 恭也は感情の波を見せず、穏やかに応じた。

 言葉は少ないが、互いの存在を確認するには十分だった。

 

「……フキさん、この人と知り合いなんですか?」

 

 二人のやり取りに、サクラが怪訝な顔を向ける。

 

「まーな。少し前に、ちょっとだけ組んだことがある」

 

「へー……って、それってすごくないですか? この人、内調でしょ? そんな人と任務行ったって……」

 

 

 

 

 フキの脳裏に、過去の記憶が甦る。

 

 あのとき──香港。

 

 DAからの非公式任務。内調が極秘に掴んだ情報により、敵性勢力が香港に潜伏していると判明。なぜか、フキを名指しでの協力依頼だった。だがリコリスに正規の出国手段はない。そのことを指摘すると、内調から迷いなく差し出されたのは身分証とパスポート、そして航空券だった。

 

「これで、君は“公式”に国外任務に就ける」

 

 そのときすでに、内調は彼女が国外へ行くことを織り込み済みだったのだ。

 

 香港の街に降り立ったフキは、迎えに来ていた男と落ち合った。

 

 高町恭也──それが彼の名。

 

 コードネームも所属も明かされなかったが、その眼差しと気配だけで、只者ではないと悟らされた。

 

 敵性勢力のアジトは、その立地環境が複雑だった。

 カップルを偽装して侵入、夜陰に紛れての強襲。

 

 銃撃、格闘、逃走。

 フキが壁一枚隔てた敵の背後をとろうとした瞬間──恭也は単身で突入し、五秒とかからず制圧していた。

 

(あのときの、動き……)

 

 フキは、その光景を目に焼き付けたまま帰国した。

 任務終了後、何事もなかったかのように、彼は無言で去っていった。

 

 

 

 

「……変わってないな」

 

「そっちもな」

 

 わずかな沈黙。だが、互いの距離感は、すでに分かりきっている。

 

 そのとき、彼らのイヤーピースに、かすかな通信が届いた。

 

『──こちら楠木。最新情報を共有する。今回の襲撃は、ここ最近頻発した爆弾テロおよび軍用兵器の密売・使用、これらと一連の流れと見て間違いないことが判明した。すべては、この会合を狙った布石だったと考えられる』

 

 沈痛な声色。それが、事態の重さを物語っていた。

 

『……我々DAは、内調の情報操作の一環に組み込まれていた。その意図はともかく、事実として情報は確かだった。後手に回った責任は私にある』

 

 フキは眉をしかめた。

 

 言外に楠木の悔しさがにじんでいる。

 

「……つまり、私たちは最初から踊らされてたってわけっすか?」

 

 サクラの問いに、恭也は静かに首を振った。

 

「いや。俺は最初から、こうだろうと踏んで動いてた」

 

 彼の瞳に、一切の迷いはない。

 

「やっぱり……あんたは、最初から分かってたってことなんだな」

 

 フキの口元に、どこか安堵を含んだ微笑が浮かぶ。

 

 嵐の前の静けさ。

 戦端が開かれるまで、あとわずか。

 

 

 

 

 ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆

 

 

 

 

 端末に『ラジアータ』が解析した、爆弾の設置位置予想図が届く。

 フキの声が、インカム越しに響いた。

 

『第五班、第六班は上層を。第七班は下層に入って。橋桁の裏側、センサーで探って。時間がない、急いで』

 

 緊張が、まるで潮のように満ちていた。レインボーブリッジ。その巨大な人工構造物は、今や国家の命運を乗せた舞台だった。

 

 その上層道路、歩道、下層道路、作業用通路、すべてにリコリス達が分散していた。警戒、警護、そして爆弾の捜索。目に見えぬ危機は、いつ牙を剥くか分からない。

 

『信号解析チーム、そっちはどう?』

『反応無し。起爆信号らしき波長も今のところ感知してない』

 

 フキの問いに、応答が返る。だが、それは希望ではなかった。発見できていない、という事実が、かえって焦燥を煽る。

 

 

 

 

 その頃、東京臨海副都心青海地区にある会場──指定された要人搬送拠点では、既に準備が整いつつあった。

 

「姫、準備が整いました」

 

「はい。ありがとうございます」

 

 警護官の声に、柔らかに微笑みながら姫が立ち上がる。だが、彼女の纏う空気には、明らかな緊張があった。

 

 たきなは、その様子を見ながら、無意識に唇を噛んでいた。

 

(……自分は、ちゃんと守れるのか)

 

 傷はまだ完全に癒えていない。立ち回りにも制限がある。もし再び、あのシュピーゲルが姿を見せたら──

 

 ホルスターの銃を無意識に押さえていた。体調を考え、ベストは補強されている。だが、やはり戦闘には無理が……

 

「たきな、大丈夫?」

 

 千束が声をかけてくる。無邪気な笑み。だが、その目は鋭い。

 

「……大丈夫」

 

「ふーん? でもさ、今日、恭ちゃんはフキと一緒なんだよね〜?」

 

 たきなの心が、少し揺れた。

 

「それが何か?」

 

「ううん。なんでもないけど〜。あの二人、上手くやれてるのかね~?」

 

 千束の言葉に、胸がズキリとした。

 

(……どうして、千束だけじゃなくて、フキのことまで)

 

 昨夜のどす黒い感情が蘇る。それを見つめる自分自身が、何よりも恐ろしかった。

 

(嫉妬してる……? 私が?)

 

 自分の心の底に巣食う、どうしようもなく幼稚で、独占的で、醜いもの。

 

 そんなもの、千束に対して感じるだけで十分だったのに。

 

 千束とフキ。二人の間に挟まれて、恭也はどこか遠くに行ってしまう気がした。どれだけ努力しても、届かない場所へ。

 

(でも……私だって……!)

 

「姫が乗車します。リコリコの皆さん、よろしくお願いします」

 

「はいっ。じゃ、出発するわよ」

 

 意識を現実に引き戻したのは、ミズキの声だった。四人は車へと向かう。

 

 

 

 

 レインボーブリッジの巨大で複雑な構造。

 ズームアップして、各部個別の構造を見ても、やはり複雑。

 専門の職員が見ようとも、やはり死角は多い。

 

 四角い、小さな箱が取り付けられている。

 橋の付属品とはとても思えない、異質な存在感の箱。それが、いくつも……

 

 

 

 

 海上保安庁の東京湾海上交通センター。

 今、そこは静かに、だが騒然とする気配を放っていた。

 

「羽田空港沖より台場方面へ向け、リベリア船籍の貨物船が航行中。事前の申請計画と異なります。進路異常、応答なし。現時点で国交省から接舷許可は下りていません」

 

「不審船と断定せよ。直ちに巡視艇を差し向け、場合によっては排除措置も許可する」

 

「本庁に詳細を連絡しろ!」

 

 レインボーブリッジに向け、不審な貨物船が近づいていた。

 

 

 

 

 橋の一角の暗闇の中、ほの暗いヘッドランプが灯った。

 

 ゴルフバッグに偽装したバッグから、ライフル銃を丁寧に取り出す、怪しい影。

 

 標的は、もちろん──

 

 

 

 

 そして。

 

 最も注意の薄い、橋桁の最下段──その鉄骨の影に、ひとつの黒い影。

 

 全身黒装束。外は漆黒、内側が真紅のマントが、風にたなびく。

 

 ──シュピーゲル。

 

 その存在に気づく者は、まだ誰もいない。

 

 

 

 

 その頃──レインボーブリッジの上空を映す航空写真が、作戦本部のモニターに映し出されていた。湾岸警察、DA本部、内調の回線が一時的にリンクされ、情報共有がなされる。

 台場と芝浦を結ぶ巨大な吊橋。日本経済を支えるその一角。そのため、不確定情報では自動車交通を完全封鎖するわけにはいかない。ただ、いつでも通行止めをする準備は整っていた。

 歩道は封鎖中。警備関係者の姿こそ無いが、橋の各所にリコリスの影が散っていた。風に揺れる彼女たちの髪、鋭く走る視線。どこかに仕掛けられているはずの爆発物を捜索。

 

『それっぽい物影、見つけた。座標送る』

 

『了解、確認する』

 

 無線のやりとりが、切迫していた。

 最初に見つかった爆弾は、橋の主塔付近に取り付けられた小型のもので、時限式と見られている。処理班が手を出すまでの時間稼ぎとして、作業用ドローンを使っての先行確認が始まっていた。

 

 

 

 

 そして──

 東京臨海副都心青海地区の要人搬送拠点。

 今まさに、たきな達を乗せた車が発進しようとしていた。

 

 影武者のクルミを囮として、姫が乗車する車に数分先行。

 

「たきな、車内の確認終わった?」

 

「はい。問題ありません」

 

 千束の確認に、たきなは淡々と応じたが、その声音には熱がこもっていなかった。

 

(あの人の隣に、立ちたかった。わたしの願いは、それだけだったのに)

 

 胸の奥で疼く想いを抱えたまま、彼女は静かに後部座席へと乗り込んだ。

 黒い車列がゆっくりと、レインボーブリッジへと走り出す。

 

 そして、その先には──国家の命運を賭けた、戦いの火蓋が切って落とされようとしていた。

 

 

(第6話 了)





 今回はレインボーブリッジ編の前編。
 後編は24時間後に更新予定です。
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