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なお、今回は後書きにコメントを移しました。
「爆弾は見つかっています。早く、通行を止めてください!」
『水道の蛇口を閉めるようなわけにはいかないんです。強行突破する車両もありますし』
オペレーターと首都高職員の通信が飛び交う。
渋い顔をした楠木は、モニターを見上げた。隣で控えていた、いかにも秘書官然とした少女が口を開く。
「司令、なぜ事前に通行止めをしなかったのでしょうか?」
「政府上層部の事なかれ主義者たちの横槍だ。何もなかったときの言い訳にでも窮したんだろう。──ま、人流・物流、双方に日本全体への悪影響が生じる。気持ちは、分からなくもないがな」
「今回の敵は、なぜレインボーブリッジなどという目立つ場所で……?」
「いくらDAが“国内専門”とはいえ、もう少し国際情勢を学ぶんだな」
「はっ! 申し訳ありません!」
秘書官と思しき少女は、その物言いに敬礼したまま体を固まらせた。
楠木は、憮然とした表情のまま続ける。
「“ベラシア”は地下資源に恵まれた国だ。今回の秘密協定が結ばれた場合、日本を最恵国待遇で、“有事の際”にも最優先で融通してくれるそうだ」
「……!?」
「我が国にも、敵対国もあれば非友好国もある。今回、裏には“ベラシア”国内の政治力学だけではない動きがあるということだ。経済的にも、国際評価的にも、日本を蹴落としたい連中はいる」
だから今回、ある意味DAを踏み台にした内調の動きにも、納得はできないが理解はできる。──自分がその立場なら……
楠木は、モニターに映し出されるレインボーブリッジの空撮映像を睨みつけた。
時はさかのぼる。たきな達が東京臨海副都心青海地区の要人搬送拠点に到着して、まだ間もない頃──
黒のウィッグに豪奢なドレスワンピースという出で立ちで姫の影武者役を任されていたクルミは、しかし、普段と変わらぬ様子でノートPCのキーボードを叩いていた。そのリズムは徐々に加速し、気がつけば人間離れした速度に──
「クルミ〜、何してんの?」
呑気な千束の声がかかった、次の瞬間──
──パン!
「よし、首都高のセキュリティ突破っと。予備回線も全部掌握。映像、交通ログ、温度センサー、振動センサー、全部こっちの目に繋がった。では、データダウンロードっと……」
「な〜に、やっちゃってくれてんの、この子は」
「は? 爆弾の設置位置の把握だろ?」
「そんなの『ラジアータ』がとっくに──」
「ハッ……らじあーた〜? ボクにハッキングされる程度のAIだろ? じゃ、どんなデータを元に設置位置の予測を立ててるんだ、ってことだよ」
「……?」
「建設時のデータ? 補強工事の時のデータ? 一年前か、一ヶ月前か……ボクのは全部盛り、それこそ昨日の点検報告書までぶち込むぞ!」
「昨日の……」
「報告書……?」
「──!」
千束とミズキは、顔を見合わせた。
「今回の爆弾、本当に橋を落とす気があるのか。姫様の、高速で走行する車の裏で爆発できるのか──」
「じゃあ?」
「むしろ、人の目の届かないところ。そここそが本命だろ? あと、余計なもの取り付けたことで、橋の振動に異常が出てるかもしんない。温度プロフィールも普段と違うかもしんない……」
「クルミ、あんた天才!?」
「あったりまえだろ〜♪」
どや顔のクルミ。
この後、サーバーにダウンロードしたデータを、クルミお手製のプログラムで即座にシミュレーション。車列が拠点を出る前には、解析結果を出力済み。
そのデータは、恭也の端末に送られた。
「クルミちゃんか……」
恭也は、送られてきたデータを『ラジアータ』のデータと照らし合わせる。重複する箇所もあるが、そうでないポイントも相当数。
直感的に、発見されにくい箇所が多い。そう感じた。
「春川、内調から最新の爆弾設置予測位置が送られてきた。こちらを優先できないか?」
振り向いたフキは、一瞬、思案顔を見せるも──
「橋梁班全員にデータを送ってくれ。三分の二はそちらに回す!」
フキの脳裏に、数ヶ月前の千束の言葉が掠めた。
『だいたい、状況判断ができなかった現場リーダーにも責任あるんじゃないですかねー』
(私だって、自分の頭で判断できるんだよ。時間がないのは、分かってる……)
『第八班、不審な箱を発見しました!』
『第三班、ジャミングを開始します』
『第十一班、解体作業に入る』
次々と発見される爆弾。
遠隔操作での爆発を妨害、あるいは取り外し、あるいは解体──
リコリスたちによるあらゆる作業が、レインボーブリッジの各所でほぼ同時に始まった。
発見された爆弾の数は、総計三十二基。
そのすべてが、姫の車列が橋にかかるその前に、機能を停止した。
だが、その解体作業中の、ほぼ同時刻──
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
レインボーブリッジに、南側から接近する一隻のバラ積み貨物船。その挙動には、明らかな不審の影があった。
「──止まりなさいッ!」
海上保安庁の巡視艇が、拡声器で警告を発する。
だが、不審船は応じない。それどころか──速度を上げた。
しばらくして、巡視艇は諦めたかのようにその場を離れる。
と、入れ替わるように──
『こちら海上班。不審船へ接近、これより接舷します!』
リコリスの別動隊を乗せた小型高速艇が、不審船へ取り付こうとしていた。
高速艇が、不審船の船腹へ横付けされる。
スピードをぴたりと合わせると、リコリスたちが次々と甲板へよじ登っていった。人数、およそ二十名。
が──登り切った先で、彼女たちが見たものは。
甲板にずらりと並ぶ複数の大きなハッチが、ぐわりと開いていく。
そして、その口から現れたのは──大型ドローンの群れ。爆弾を懸架した無人ヘリ、それが二十機以上。
──パン、パン、パン!
拳銃が火を噴く。だが、撃ち出された銃弾は空を切り、急上昇するドローン群には届かない。
そのままドローンは編隊を組み、レインボーブリッジを目指し飛び去った。
『不審船より大型ドローン、二十四機を確認。レインボーブリッジに向けて離陸。海上班、取り逃がしました!』
その通信が入ったのは、千束たちの車両が、ちょうど台場側の主塔を通過しようとしていたときだった。
「──ミズキさん、あそこ! 停めて!」
声が落ちると同時に、車は路肩へ急停車する。
ちょうど橋の中央径間、主ケーブルが最も下に垂れるあたり。
まだ通行止めが完全でないため、一般車が隣をビュンビュン飛ばしていく中、ハザードを点けた車両から千束とたきなが素早く降車。
「……たきな、行けそう?」
たきなは、こくりと頷く。
身体にはまだ痛みが残る──が、それを言い訳にする気など、毛頭ない。任務遂行、それが全てだ。
その答えに満足げに頷いた千束は、空を仰ぐ。迫るドローン、その配置を瞬時に読み取ると、
「じゃ、たきなは左! 私は右! ──行くよっ!」
そう告げるや否や、防護柵を踏み台にしてケーブルへ跳躍。手すり代わりに張られたロープを越え、ケーブル上を芝浦側へ駆け出す。
たきなもそれに続く。跳躍、ロープ越え──そして、台場側へ向けて疾走。
──気を遣わせてしまった。
機体数が若干少なかった台場側を譲られたのだろう。
射撃だけを見れば、彼女より自分のほうが上のはず。それでも、今は──
──いや。私は、私の持ち場を全うするだけ。
たきなは走る。
直径76センチの円筒形、その極端に不安定な足場を、橋の主ケーブル上を。
千束たちが主ケーブルに飛び乗っていた、そのころ──
『こちら海上班。不審船上に武装兵多数を確認。交戦中……押されています! 至急、応援を!』
フキの携帯端末が、その通信を受信した。
反射的に、桁下をのぞき込む。
不審船の甲板上。軍用兵器を携えた武装兵と、リコリス別動隊の交戦。その一部の兵器は、橋にダメージを与えることさえ可能な代物だった。
「高町! あとを任せる! ──千束もいる! ドローンは頼む!」
言い捨て、フキは踵を返して駆け出す。桁上の歩道を全速で。
サクラがその後に続いた。
不審船が、ちょうど真下に差しかかるだろう、その場所。歩道の防護ネットに飛びついたフキは、そのまま状況を再確認。
やはり、押されている。
「チッ……加勢に行く! 桁下に船が入ったら、即降下!」
「フキさん、マジすか!? ここから甲板まで、30メートルはありますよ!?」
「橋梁班、手の空いてるやつは全員、不審船制圧に回れ! 準備急げッ!」
手際よく、ワイヤーで即席の降下装置を組むフキ。防護ネットを軽々と越え、鉄骨に装置を取り付ける。
「サクラ、行くぞ!」
「ひえ~~っ!」
──パン、パン。
降下しながらも、フキは拳銃を撃つ。
牽制にはなるはずだ。いや、牽制どころか──
兵士の一人、携行ミサイルらしきものを抱えていた男の眉間を、見事に撃ち抜いた。
そのまま甲板上に着地し、即座に援護を開始。
橋梁班から駆けつけた応援は十名にも満たなかったが、彼女たちの参戦が戦況を一変させた。
たきなの射撃は、ドローンの要所を正確に撃ち抜いていく。墜落、爆発、次々と数を減らしていくドローン。
一方の千束もまた、たきなに劣らぬ働きぶりだった。
射撃の精度は、たきなに一歩譲る。けれど、それを力業でねじ伏せるのが千束。
狙うはプロペラ──そこに全力を込めて引き金を引く。
主ケーブルという極限に不安定な足場上で、命綱なしの高速射撃。
その動きは、まさにサーカスのように──常軌を逸していた。
「……大したものだな」
恭也は、その様子を路面から見上げていた。
己の出る幕は、なさそうだと、そう感じていた。
大型ドローン、全機撃墜。
不審船、制圧完了。
爆弾全基の解体も、まもなく完了。
状況が、ようやく整い始める。
たきなは、路面へとケーブル上を戻り始める。
まもなく、姫の車列がレインボーブリッジ上を通過するはずだ。
──?
だが、ふと。たきなは、何かがおかしいと感じた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
姫を乗せた車が、まだミズキとクルミを乗せたまま、路肩に停車している車両の脇を通過した、まさにその直後。
──ガシャン!
防弾のはずのフロントガラスが、無惨にも粉砕される。
車は急停止。車内では、警護官が即座に、伏せる姫を庇うように覆い被さっていた。
(どこ……どこから狙撃してる──)
たきなは反射的に周囲を索敵する。狙撃に適した高所は、視認できる範囲にはない。あるとしても、遠すぎる。
──!
断続的に明滅していた、それに──違和感。
(……航空障害灯!)
芝浦側主塔。その側面にある航空障害灯の整備用ハッチが、半壊しているのが見えた。
二発目の狙撃。壊れたハッチ、その隙間から覗く銃口。
たきなは即座に射撃。連射。撃ち込む。
狙撃は止まった──が。
(……ここからじゃ、遠すぎる。どうやって制圧する?)
そのとき。視界の端に動き──
芝浦側の主塔へ、走っていく──恭也の姿。
(恭也さん……!)
距離は遠い。なのに、たきなは心の底から──安堵していた。
主塔のハッチは分厚く、重い鋼鉄製。それでも、恭也は一切の躊躇を見せない。
(──奥義 雷徹)
小太刀の斬撃がクロスする。衝撃をその内側へと透過させる、破壊力重視の技。
一撃でロックが砕け、ハッチが開いた。
恭也は身を滑らせるように、主塔内部へ突入する。
暗い主塔内。唯一の光源は、背後のハッチから差し込む僅かな光。それだけを頼りに、設置されたタラップを駆け上がる。
あと、一階分──そこが航空障害灯の設置フロアのはずだった。
登り切ろうとした、その瞬間──
──チュイン! カン、カン、カンッ!
サプレッサー付きの拳銃と思しき射撃。そして、何度も跳ね返る跳弾。
殺気に反応して、恭也は身を捻る。ギリギリの回避。視界確保と安全確保。
少し、身を乗り出して様子を──
──チュイン! カン、カン、カンッ!
(……恐ろしく正確だ。跳弾すら、計算に入れている……)
しかし──
(──奥義 神速)
一閃。
銃撃を見切り、狙撃者との間合いを一気に詰める。わずかに開いた間隙に踏み込み、小太刀の柄で銃を構えた手を撃ち抜く!
──カシャァン!
吹き飛ぶ拳銃。さらに一歩踏み込んだ蹴撃が、狙撃者の胸元を抉るように撃ち抜き──
壁へと叩きつけた。
呻き声と共に倒れ込む狙撃者。
ハッチから差し込む薄明かりの中で確認できたその顔は、東欧系の壮年の男──
確保。
恭也は、深く、静かに一息を吐いた。
恭也が主塔に突入する、その様子を視認して、たきなは完全に安心しきっていた。
(……あの人なら、大丈夫)
彼女は橋の主ケーブルから跳躍し、路面上へ降り立つ。
──千束は?
見上げれば、まだ主塔の頂上付近。ケーブル上に留まっていた。
おそらく先ほどの狙撃に対応しようと、塔頂からのアプローチを試みたのだろう。
クスッ、と微笑が漏れる。
……だが、次の瞬間。悪寒が、全身を駆け抜けた。
漆黒のマント。
路面を滑るように、その姿が現れる。目指す先は──まだ姫が乗っているはずの車両。
(……シュピーゲルッ!)
即座に、たきなの身体が動いた。
銃を構えたまま、駆け出していた。
◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆ ◆
路面を駆ける少女の瞳が、虚空を貫く黒影を捉えた。
乾いた銃声が路面にこだまする。たきなが放った9mmパラベラム弾は、仮面の男──シュピーゲルの足元に着弾し、火花を散らす。
だが──。
男は瞬時にターン。その標的をたきなに変えた。
たきなの銃口が、即座にその動きに反応する。引き金を絞る。連続する銃声が橋梁上に響いた。
──だが、それでは遅かった。
シュピーゲルは一発目を紙一重で避け、二発目をマントの翻りで逸らすと、すでに反撃に移っていた。
「──っ!」
鋭く放たれたナイフがたきなの首元へ飛ぶ。
とっさに躱した。
だが──
「──ぐっ……!」
身体を大きく捻ったためか、腹の鈍痛が激痛へと変わった。
意識の焦点が霞み、視界が歪む。
いつの間にかレインボーブリッジは完全に通行止めになっていた。交通の音は消え、吹き抜ける風の音と、自らの鼓動だけが耳を満たす。
うずくまる、たきな──
迫る、シュピーゲル──
逃げ場はない。
「たきなちゃん──っ!」
一瞬遅れて割り込んだ声。それと同時に銀閃。
地を蹴り、疾風のごとく飛び込んだのは──恭也だった。
二振の小太刀が交差する。その瞬間、空気が一変する。
(奥義──神速ッ!)
視界が無色に塗り替わり、恭也の身体が、音を置き去りにして疾駆する。
シュピーゲルの刃が振り下ろされる直前、小太刀がその軌道を逸らす。至近の斬撃を捌き、足払いを浴びせ、間合いを広げた。
「……はぁっ!」
手負いの狼を追い詰めるような連撃。だが──。
(やはり、攻めきれないか……)
シュピーゲルは防御一辺倒ながらも、完璧にそれを成立させていた。技の間合いを読み、肘の角度一つで刃を逸らし、跳ねるように退いては反撃の機を狙う。
わずか4秒。モノクロの世界が色を取り戻すと同時に、シュピーゲルは再び間合いを詰めてくる。
(くっ……もう一度、いけるか……!?)
恭也は呼吸を整えると、再度、集中を高め──
(──神速!)
今日、三回目の世界が白黒に染まった。
周囲が再び無音に包まれる。
恭也の刃が弾け、流れるように連撃を仕掛ける。けれどもシュピーゲルもまた、その太刀筋に見切りを付け、回避に専念している。防戦一方でありながら、その身体からは一切の焦りが感じられなかった。
時間が、限界へと向かっていく。
今度こそ決める。踏み込みと同時、二刀の連撃、虎乱。仮面の男は半歩後退で躱す。
そのとき、右膝の奥に、違和感が膨らんだ。
構わずに、一刀を納刀。
(──奥義 虎切!)
神速と、抜刀の奥義の重ね掛け──速度に特化したはずの、そのとっておきの攻撃すら……
時間切れ。神速が解けた瞬間、現実が一気に色を取り戻す──と同時に、恭也の右膝が崩れた。
「ぐっ……!」
地に膝をつく恭也。その肩越し、シュピーゲルの刃が無音で迫る。
「恭ちゃん──っ!」
その瞬間。横合いからの銃撃が刃の軌道を逸らす。千束だった。
主ケーブル上から一気に路肩の柵を飛び越え、まるで舞うような身のこなしで彼女が合流する。
「よっと。遅れてごめんね、恭ちゃん!」
「助かった……千束ちゃん、やれるか」
「もちろん。二人で行こう!」
──御神流の剣が閃き、千束の銃撃が的確に援護する。
恭也が打ち込む斬撃に、千束が間隙なく牽制を重ねる。まるで息をするように自然な連携。敵の動きすら先読みするかのような、洗練された二人の戦闘。
「……ぁ……」
動けない。立てない。ただ、見つめるだけの自分。
たきなは歯を食いしばる。
(私……なんで。なんで、また見てるだけ……)
千束の放った銃弾が、シュピーゲルの足をかすめる。続けざまに恭也が斬りかかるが──その足が、再び止まった。
(……右膝……また!?)
敵はそれを見逃さなかった。
刃は、本来、囮になる動きとなるはずだった、横から迫る千束に向きを変える。
「千束ちゃんっ!」
恭也が咄嗟に千束を突き飛ばす。次の瞬間、シュピーゲルのナイフが恭也の背を裂いた。
「ッッ──!」
血飛沫。滲んだ赤に、空が霞む。
「恭也さんっ!」
たきなが絶叫した。
千束の表情が強張る。
──生じた大きな、致命的な隙。シュピーゲルは再び跳躍し、“姫”の車へと向かって走り出した。
だが、背を切られた恭也は、それでも一歩も引かなかった。
(もう、これで……終わりにする!)
(──奥義 射抜)
意識の中で叫び、小太刀を構える。踏み込みと共に、突進。
御神流最大長射程の突進系刺突技。おそらく、この技でなければ、シュピーゲルには届かなかったことだろう。
刃が、閃く。多重に、重ねた突きが連なる。
けれども、命中したように見えたその技さえも……
シュピーゲルのマントが風を裂き、突如として身体を後方へ退く動きに転じた。跳ねるように着地すると、そのままバク宙。シュピーゲルの影は、グレーの防護柵を越え、海へと吸い込まれていった。
静寂。波音だけが橋上に響く。
「……恭也さんが、斬られたのに!」
たきなが、千束を睨みつけながら叫んだ。その前で、彼女が恭也を支えていた。
「どうして千束は、隣にいられるの……?」
千束が目を見開く。
「……たきな……?」
「私が、恭也さんの隣にいたかったのに……」
たきなの声が震えた。
千束は言葉を返さなかった。ただ、静かに、恭也に向き直る。
「恭ちゃん……。さっき、一瞬動けなかった。あれって、まさか……?」
恭也はしばらく沈黙した。やがて、声を絞り出すように答える。
「昔な、修行中に無理をしたんだ。右膝の奥……そこに爆弾を抱えている。神速を使うたびに、限界が近づく。今日はもう、動けそうにない」
「……そんな、そんなのって……!」
たきなの肩が震える。
(恭也さんだって、傷だらけで……限界で……それでも、私たちを……)
超人だと思っていた。どんな強敵にも、冷静に立ち向かえる──そう信じていた彼が、実は痛みに堪えながら戦っていたのだと、初めて知った。
千束がそっと、たきなに目を向ける。
「恭ちゃんだって、人間だよ。傷だってあるし、無理もする。たきなが……守れなかったからって、自分を責めないで」
「……責めてない!」
たきなの声はかすれていた。
「……責めてなんかない。ただ、悔しいだけ」
全身の力が抜ける。膝から崩れ落ちる。
自分の想いすら、いまは罪に思えた。
(私、あなたの隣に立つ資格なんて、最初から──なかった……)
千束も、ただその姿を見つめていた。何も、言葉が見つからずに。
橋の上、重い鉛色の空から雨がぽつりぽつりと降り出した。そんな中、三人を照らすのは、航空障害灯の断続的な白、それだけだった。
(第7話 了)
ライブ感重視の通り、よく読むと時系列がかなり適当ですね。
今回レインボーブリッジを舞台にしたのは、作中の千束&たきなの大暴れシーンをやりたかったから。でも、やってみると小説映えはしないシーンでした。反省です。
あと、御神流奥義の大盤振る舞い。ノリで増えたものもあります。