【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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ポーレット子爵

 ハリエットがやってきて三日が過ぎた。事故だらけの初日はどうなることかと思ったが、二日目からは全員が十分警戒して訓練に当たったせいか、順調に学習が進んだ。

 

(要は属性に合わせた魔力へ変換できる量に限界があるんだ。それに合わせて魔力を流してあげれば、身体も無事、と……)

 

 とりあえず僕はこの三日間で安定してつむじ風を起こせるようになり、リコッタも水をきれいに出せるようになった。だから何だというわけではないのだが、魔導術が安定して使えるというだけで、かなりの自信になっている。

 

 ……もっとも、リコッタの前ではその自信も砕け散ってしまう。魔力飽和体質というとんでもない魔力量を誇るリコッタが魔力変換の必要がない封魔結晶を使わず、魔導術だけで回復量と消費量の釣り合いを取ろうとすると、毎日トン単位で真水を生成する必要があるという。僕の風の魔導と組み合わせて『ミニ洗濯機』なんてやったところでお遊びにしかならないあたり、格の違いを感じる。リコッタが楽しそうだからいいけれど。

 

(魔法周りの才能は血筋の要素が強いとは聞くけど、これは残酷だなぁ……)

 

 リコッタの両親はどちらも魔導師ではないものの、父方の血筋に魔導師が多いらしい。隔世遺伝というやつかもしれないとのこと。

 

「そーいえば、アオ」

「ん?」 

 

 地面に描いた陣を箒で消していたハリエットが声をかけてくれる。お片付けに参加できない僕はこのタイミングが毎度いたたまれないのだが、ハリエットやリコッタは気にかけてくれている。かなりありがたい。

 

「今日だっけ、ポーレット子爵殿にお会いするの」

 

 僕は質問に頷いて答えた。

 

「夕方に面会だって」

「そっかー。どんな人かは聞いてるの?」

「詳しくは何も。……リコ様はお会いになったことがありますか?」

 

 リコッタは首を横に振る。

 

「たぶんない……はずです……?」

 

 となると、以前から公爵家ぐるみの交流があったわけではないのか。きっと悪いことにはならないのだろうが、それはそれとして不安はある。

 

「まあ、会ってみれば、わかること……か」

 

 起ってもいないことで心配するのはやめておくことにした。

 

 

 

   †

 

 

 

 そうして、あっという間に面会の時間である。上質な服を着せられて、顔も拭いてもらえた。普通の子どもと違うのは、腕が通るはずの袖がだらりと垂れていることと、車椅子に乗せられていることだけだ。付いてきたそうなリコッタとハリエットには釘を刺し、面会の場所まではメイドさんに車椅子を押してもらう。

 

 案内されたのは、同じ階の初めて入る部屋だった。札などは掛かっていない。緊張で心臓がうるさくなってきた。

 

 押してきてくれたメイドさんが扉をノックする。

 

「入れ」

 

 聞こえたのは公爵閣下の声だった。閣下直々に僕を紹介という体らしい。緊張のボルテージが上がる。

 

「失礼いたします」

 

 メイドさんがドアを開けてくれる。ツバを飲み込んで、喉がカラカラになっていることを自覚した。車椅子が動き出し、室内に通される。

 

 重厚な造りの家具がそろえられた応接間だった。そこで待っていたのは公爵閣下と女性が一人。この女性がレナ・ポーレット子爵なのだろう。

 

(……若っ!?)

 

 旦那さんを無くしていると聞いたので、てっきりそこそこのお年の方だと思い込んでいたが、見た目高校生でも通じそうな若さの女性だった。プラチナブロンドの髪を濃紺の細いリボンで後ろでお団子にまとめている。真っ白な薄手のブラウスに白い肌、印象が『真っ白』なその女性だが、翠の垂れ目が印象的だった。優秀な魔導師だといっていたが、あまり魔力を感じない。どこかはかなげな、優しそうな女性だ。

 

「来たか。アオ君」

 

 公爵閣下が話題を切り出している。僕が背筋を伸ばす間にも車椅子は進み、公爵閣下の右隣に収まった。案内してくれたメイドさんの退出を待ってから、公爵閣下が口を開く。

 

「レナ、この子がアオ君だ」

「アオです。……よろしくお願いします」

「はじめまして。レナ・ポーレットといいます。よろしくね、アオさん」

 

 見た目に違わず、優しい声だ。落ち着いた声というよりは、かわいい声といった風合いである。貴族様というより、町の酒場の看板娘といったほうが似合うくらい、貴族の圧というか、近寄りがたさがない。

 

「アオ君は孤児だが、縁もない私やリコのために命懸けで頑張ってくれた勇敢な少年で……とても、聡明だ」

「閣下が手放しでお褒めになるなんて、珍しいですね?」

 

 ポーレット子爵は公爵閣下とかなり親しいように思える。プライベートでも親しくないと、いくら子爵といえども公爵相手に軽口はたたけない。

 

「そうか? 誰に対しても良い時には良いというようにしているのだが」

「だとすれば、閣下は高みを見すぎているように思えます」

 

 ……すでに胃が痛い。テーブルの下、会話の奥底で二人が何を思っているかわからないところがある。僕の進退なのに、僕に決定権は回ってこない。

 

「レナは手厳しいな。だが、アオ君はすごいぞ。いつかきっと君のことを助けてくれるだろう。知性、度胸も一級品。魔導術は練習が必要だが、そこそこいいところまでいくはずだ」

 

 そこで肩を叩かれる。公爵閣下の節ばった手だった。

 

「なにより、優しい」

「あ、ありがとうございます……」

 

 少しでも糸口が欲しくて相槌を打つ。そうして顔を上げると、ポーレット子爵と目が合った。ふわりと優しく微笑んで、公爵閣下の方に、目線を向ける。

 

「……閣下、少しばかりアオさんと二人でお話してもよいでしょうか。きっと悪いようには致しませんから」

「もちろんだとも。お互いの親睦を深めるといい」

 

 公爵閣下は笑って席を立つ。僕の肩をもう一度叩いて去って行く。

 

「ふぅ……」

 

 ため息をついたのは、僕ではなく、ポーレット子爵だった。

 

「緊張しちゃうよね。トマス閣下はなんでも一人で決めようとされるんだもの」

「ぽーりぇ……ごほん、ポーレット卿は、公爵閣下と仲がよろしいのですか?」

 

 声がひっくり返ってしまったが、ポーレット子爵は口元をかくして控えめに笑った。

 

「夫がトマス閣下の学友で、宰相の一人として招聘されていたので、そのせいだと思います。私自身はそこまで親しくないので、いつも緊張してしまって。はふぅ……」

 

 ため息をつき直すポーレット子爵。

 

「ごめんなさい。私あがり症で。……慣れないんですよね、こういう外交みたいなお仕事。地元の鉱山の皆さんの前で挨拶するのですら頭の中が『わーっ』となってしまって」

「ポーレット卿は公爵閣下と対等にお話されていたようにお見受けしましたが……」

 

 ポーレット子爵は首を横に振った。

 

「毎回心臓がバクバクなんですよ……あと、アオさんも私に『卿』なんて肩肘張らなくていいですよ。子爵の位は私の夫のもので、私が偉いわけじゃないんです。だから、力抜いて、ねっ?」

 

 ポーレット子爵はテーブルの上で指を組む。

 

「では、どうか僕のことも、アオと呼び捨てください」

「そうですか? ……では、アオ。質問してもいいですか?」

「なんなりと」

 

 そう答えると、ポーレット子爵の組まれた指に少し力が入ったのが見えた。

 

「アオは、どんな大人になりたいですか?」

 

 意表を突かれた質問だった。ここで、こんな質問がいきなり飛び込むと思わず、目を丸くしてしまう。

 

「それは……どのような観点でお答えすればいいのか……」

 

 分からないことは、聞くしかない。そう質問する間にも、ポーレット子爵は椅子を引いていた。

 

「……まだ六歳ですから、答えられなくて当たり前です。もし正確に役割はこれだと迷い無く言える人がいたなら、それはきっともう人間ではなくて神様でしょう。だけど、ね、アオ」

 

 そっとそばにやってきて、僕の前で膝をつく。

 

「周りの求める答えが、アオの答えじゃなくてもいいんです」

 

 耳朶にポーレット子爵の声が滑り込む。理性が警報を鳴らす。

 

 是ハ、毒ダ。オ前ヲ弱クスル毒ダ。

 

「あなたのことは、トマス閣下からの信書とアオが来てくれる前に少し聞きました。……きっとあなたは底抜けに優しくて、頭の良い子。そして、よく大人を見ている子」

 

 僕の空っぽになった袖を持つポーレット子爵。その手の動きを目で追って、視線が合った。綺麗な翠の瞳が真っ直ぐに僕を見る。

 

「私はまだ、あなたのことをよく知らない。あまりに経験が違いすぎて、あなたのことを真の意味で理解しきることは、きっとこの先もないでしょう。それでもね、アオ。それでもなんですよ」

 

 ポーレット子爵は僕に言葉を尽くしてくれる。

 

「あなたが子どもでいられないくらい、たくさんの大変な経験をしてきたことはわかります。そしてそれはきっと、あなたの瞳に映る大人から一切の信頼を奪ってしまった。だからきっと、大人になるしかなかったのだと思います」

 

 ポーレット子爵の瞳に映る僕は、酸欠の金魚みたいに何かを口にしようとしては噤むのを繰り返していた。

 

 そんな僕を見て、ポーレット子爵は何を思うのだろう。

 

「だけどそれは、あなたが大人にならないといけないこととイコールじゃない。いまアオは、トマス閣下の顔色で物事を判断されているように見えます。違いますか?」

 

 答えを返せなかった。ポーレット子爵はふっと表情を和らげる。

 

「これ、トマス閣下の悪い癖なんですよ。豪胆で、おおらかな人なので、本人は立場の差を考えずにアクションを起こしてしまうし、それを周囲にも求めてしまうお方です。アオみたいな子にそんなアプローチをしたら絶対断れないじゃないですか。でも、それに気が付かないふりをして進めてしまう。それはトマス閣下が間違っています」

 

 空っぽの袖を少し振る。しゃらりと布が擦れる音がした。

 

 これは毒だ。甘い毒。選択肢を奪われかねない、甘い誘惑。

 

 ポーレット子爵は完全な善意で言っているだろう。そして、僕のことを真剣に考えてくれているのもわかる。選択肢をこちらに用意しているようにも見える。

 

 だが、僕の力以上のものを得るということは、与えた誰かの都合で奪われるということだ。それに抗う強さを、僕は未だ持たない。これが当たり前になってからそれを奪われた時、僕は生きていけるだろうか。それに足る力を、得られるだろうか。

 

 そして何より、僕はその判断を強いた誰かを、恨まずにいられるだろうか。

 

 ここでやっと理解した。

 

 僕は、ポーレット子爵を恐れているのではない。手を伸ばしてくれた誰かを恨むことなくいられるか、リコッタやハリエット、ポーレット子爵を恨まずにいられるか。その問いに即答できない自分を恐れている。

 

 僕は、誰かを恨むのが怖いのだ。

 

「アオがきちんと大人になるために、一度撤退しませんか? 男爵になるとか、リコッタ様との婚約だとか……戦争だとか、そのあたりは落ち着いてから追って考えましょう。あなたがあなた自身に向き合う時間と環境を、子どもでいられるだけの猶予を、私は守りたいと考えています」

 

 袖が握り込まれている。ポーレット子爵がなぜここまで僕に入れ込んでくれるのか、わからない。

 

「ポーレット家の子になるかどうかは、今決めなくていいです。もし魔導学院だったり、商人だったりとの繋がりが欲しいなら、私がわかりそうな人と繋げます。私、まわりを頼ってばっかりなので、顔見知りだけは多いんですよ」

 

 だから大丈夫! と強く笑ってみせるポーレット子爵。とても、強い人だと思った。

 

「ポーレットさんは」

「はい」

「……どうして、公爵閣下のお話を受けたのですか?」

「子どもを守るのが、大人の務めですから。……それに、私はまだ新米でダメダメですが、それでも領主の端くれとして胸を張れる自分でいたい。旦那様から守るよう言われた土地を大好きでいたい。そのために、私の手の届く範囲だけでも、理想を掲げていたい。だから、アオさんとこうして話しているのも私のため。徹頭徹尾、私のエゴです」

 

 そう言い切れるポーレット子爵は誠実だ。きっとそれは、強固な意志が必要な宣言だ。

 

「……わかりました。では、僕を信じてくれたポーレットさんを信じます。いまは、それでもいいですか」

「はい。うれしいです。その信頼に応えられるよう、頑張りますね。アオ」

 

 袖がブンブンと揺れる。握手のつもりらしい。なんというか、包容力のすごい人だった。




初めて未亡人を書きました。すげぇ難しい。

一気にお気に入り数が伸びてて戦々恐々としております。これがランキングパゥワー……!
皆様に楽しんでもらえるよう精進しますのでよろしくお願いします

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