【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
空はいいと思ったところで人は地面から離れては生きられない。そして飛空魔導騎士団の戦場の大部分は名前に反して地上にある。
「待たせてすまない」
王宮の応接間に入ってくる壮年の男性を前に僕等は片膝をついて礼の姿勢をとる。やってきたのはチャールズ・リンスター=ヴェッテン王太子殿下。筋肉質な体つきが、白い軍装にもあっている。髪色と金刺繍の色がほぼ同じで、いつものことながらなんだかきらきらとした印象を受ける。
「いえ殿下、フィッツロイ子爵アオ・ポーレット、召集に応じ馳せ参じました」
「急に呼び立ててしまいすまなかった。掛けてくれ。バードン殿とイェイツ殿もだ」
「では、お言葉に甘えて」
すぐに会談が始まる。午餐会でも使えそうな広い部屋に白いテーブルクロスが掛った大机を挟んで向き合う。……が、シャルちゃん先生がおもしろい程に緊張していて目に見えて震えている。たぶんいまシャルちゃん先生にコップを渡したら水がばしゃばしゃ零れる。それを見た王太子殿下も笑いを堪えていた。
「……すいません殿下。バードン部長はあがり症なもので」
「いや、構わないよ。というよりもバードン殿の反応が普通なんだ。非公表、非公式の会談とはいえ、王宮で謁見の間に次いで権威ある第一応接間へ通されて対等に王族と話せといわれて緊張しない人はそう多くない。アオ君やイェイツ殿の落ち着きようが異常なんだ」
それにコクコクコクコクと凄い勢いで頷くシャルちゃん先生。この六年で僕の方が背が高くなったこともあり、個人的にはマスコット感が強くなったシャルちゃん先生だが、これでも王国屈指の防御型魔導師である。
「君達は年齢詐称でもしてないだろうな」
「ご冗談を」
あからさまに目をそらさないでくれハリエット。
「イェイツ殿の噂も最近よく聞くようになった。銀翼の突撃姫、ハリエット・イェイツ殿?」
「……王宮の皆様方まで届いているとは、後先考えず暴れるものではありませんね」
ハリエットはそういっているが、片眉がひくついている。本人はあまりその呼び名を気に入っていない。堪えろの意味をかねて彼女の足を軽く小突く。机の下だからみえないだろうし、見なかったことにしてくれるぐらいには軍務卿の王太子殿下とはコミュニケーションをとってきた。
「訓練でも酒場の喧嘩でも負けなしと聞いているよ。勘違い野郎が山ほど追ってくるのをシバきまわしているとか?」
「……情報の出所はフォルマル薬事商会ですか」
「コリン君とは懇意にさせてもらっているけど、違うと言わないといけない契約だ」
王太子殿下は肩をすくめる。コリンは身長が一気に伸びてどこにいても恥ずかしくない好青年に育ったが、彼の羽振りのよさもあって、どこに行っても協力者候補という名前の美女集団が山のようにつきまとう。いろいろ王宮の中にも協力者を仕込んだんだろう。
「……コリン君から脅迫されたよ。君達を軽んじたら商流ごと商会を吹き飛ばすそうだ。アオ君は彼にどれだけデカい貸しを作ったんだい?」
「僕の盟友が大変なご無礼を……」
コリンは次期国王すら脅しているらしい。本当に何をしてるんだお前。
「いや、彼はそれが許されるほどの成果をこの国にもたらし続けている。西方の諸侯が軒並みに骨抜きになるのが分かったよ。傑物というのは彼のことを言うのだろうな……彼が王国側の人員でほんとうに良かった。彼の常備薬と巡回医師の手配が市民からの信頼を集め、諸侯の統治を助けていることは疑いようがない」
彼のフォルマル薬事商会はすでに王国を代表する商会になった。彼等のアドバンテージは圧倒的な情報収集能力とそれにものを言わせた対応速度にある。
契約地域で水害があったと聞けば、その日の内に救援キャラバンが編成され、翌朝には到着して朝から温かい炊き出しを提供し、商会で直接雇用している医師や医療魔導師が医療支援に入るほどの即応性を確保した。地元の騎士伯や男爵はともかく、子爵以上の貴族よりも先に現地入りすることもあり、市民からの信頼がすさまじい。おかげでもはや彼が営業に行かなくとも、勝手に情報と金が集まる状況になっている。見よう見まねで似たような商売を始めた商会もあるにはあるが、コリンのところほど広範囲にネットワークを構築したところは他になく実質的な独占状態となった。
「コリン君の会社の人間が村々の不満や困りごとを取りまとめてくれ、政策に役立てることができる……領主が信頼を金で買う時代だ。それをあたりまえにしたコリン君を王宮のヘマで飛ばした日には西部全域が漏れなく敵に回るよ。その時は本当に王国もおわりだ」
「本当に大変なご無礼を、申し訳ございません」
「その彼の情報を王宮も買っている以上、言いっこなしさ」
王太子殿下は笑う。
「そんな危ない彼の手綱を握る君も大概な活躍をしていると聞いている。騎士団対抗の訓練でも暴れ回っているそうだね。アルデバラン伯お抱えのツバメ部隊を三分以内でコテンパンにしたと聞いたが本当かい?」
「……かなり誇張されています。我々が攻撃の号令を掛けてから指揮官騎乗を想定した車列を破砕するまでが三分二十八秒でしたのでその数値と取り違えています。ツバメ部隊としては五分程度の認識かと」
「ほとんど変わらないだろう。演習としては三日間を想定していたんだぞ。……姿もみえないところから荷馬車を破砕されたと報告を受けたけど?」
「牽制目的で放ったイェイツ集団長の魔導投射です。投射から弾着まで1分以上ありましたし、地上観測班からも、イェイツ集団長からも、
「で、騎兵隊が何もできないまま護衛対象だけをきれいに破砕されて、公式演習としては前例のない速さで演習が終了。ツバメ部隊は自らの靴を泥で濡らすことすら叶わないまま敗残兵の烙印を押され、きれいな制服で帰郷したわけだ。彼等のプライドはボロボロだな」
「矜恃を誇るだけの演習に意味なんて無いでしょう」
素直に答えると大笑いする王太子殿下。
「対魔鳥部隊戦術の検討という目的が果たせなかった以上、君達としては不満も当然にあるか……だが、注意してくれ。男爵から一代で伯爵まで成り上がったアルデバランの爺さんは『あんなものに王立のお墨付きを与えるとは何事だ』と大層お怒りだったそうだよ。……まったく嘆かわしい。王国最高練度を自認する騎兵隊を一瞬で壊滅させる戦術が現れたんだ。王国にできて、帝国にできないはずがない。フレーミングを変えて五〇を排除したところで我が国の窒息が早まるだけだというのに」
王太子殿下はそう言いつつも楽しそうだ。この様子だと既に手を打っているんだろう。元第二王子や、まだ北で謹慎が解けない第三王子と違って帝国を侮っていない。これだけで僕は王太子殿下を好ましく思っていた。
「対空防御という概念がない状態で近接航空支援攻撃を受ければ当然の結果です。対空戦術についての意見共有を打診しているのですが無視されてしまっていまして……」
「キミから言っても嫌みにしか聞こえまいさ。フォスター公のケツを蹴飛ばしておこう。フォスター公から言われてなお渋るようなら爺さんからツバメ部隊を取り上げさせるさ。……名誉に拘泥してガチガチなお遍歴の認識を変える最後のチャンスだ。敵に名誉ごと粉砕されるよりは、味方に刺された方がまだ治りも早かろう」
だからこれからも頼むよと続ける王太子殿下。
「キミの石頭の使い所だな」
「好きで石頭になったわけじゃないんですけどね」
「でもそれでかち割れる可能性がある。軍務卿として私が支援するに足る理由だ」
僕はきちんと演技だとわかるようにわざとらしくため息をついた。
「……あまり長生きはできそうにありませんね」
「長生きしてくれないと困るぞ。君が墜ちた瞬間に『鉄血』のポーレット伯はもちろん、『双剣』のバリナード公、なにより父上すら唸らせた君の許嫁が敵になる。『王都一夜戦争』の再来はゴメンだし、今回はそこに『薬屋』コリンが乗ってくるんだ。僕もまだ愚鈍と呼ばれたくないぞ」
王族の間では第二王子排斥事件のことを『王都一夜戦争』と呼んでいたらしい。まあ、通りを一つ吹飛ばして堀を埋めたらそうも呼ばれるか。
「とはいえ、飛空部隊の運用には既存の地上部隊との連携が不可欠です。空だけで戦争は完結しません」
「わかっているさ。わかっている。だからお遍歴には変わってもらうしかないんだ。……そのためにも、君の部隊に協力を要請したい」
「伺いましょう」
さて、本題に着地した。気を引き締める。
「第五〇騎士団の地位を盤石にするためにも、名誉団長職を新設してほしい。軍務卿の権限で議会の追認はかけさせる。名誉団長職分の報償として、微々たる額だが予算も水増ししよう」
「名誉団長……でありますか?」
考え得る限り、一番面倒な話題が飛び出して来た。
「あくまで体裁上だ。キミの実権は侵さないと約束するし、約束させる。本人も『ひとりの従卒として奉仕できれば本望』だそうだ」
「ま、待ってください!」
「どうした。本人の魔導師適正も並以上にはある。来月にも三級は通る見込みだぞ」
「ですから一度お待ちください王太子殿下!」
その言い草はまずい。とてもマズい。
他の騎士団を黙らせるだけの政治的な権力をちらつかせられることができる人員だ。各領の騎士団を一括で黙らせられる程の権力を持つ人は数える程しかいない。
それだけならまだいい。相手にする空間は地上の会議室だけだからだ。
問題はその後に続いた言葉だ。『ひとりの従卒として奉仕できれば本望』という言葉が飛び出す以上は現場に顔を出す気満々であるし、普通なら『ひとりの従卒』なんて言葉選びにはならない。最初から幹部待遇で入ることが当たり前の身分の人員じゃないとおかしい。
それを、軍務卿権限で、このタイミングで突っ込める。しかも既に根回しを終えている。――――――そんな人員、王太子殿下のご子息のうちの誰かしかいないのだ。
扉がノックされる。
「はいりたまえ」
「失礼します」
応接室に、子どもが――――それでも僕よりは背が高い――――が入ってくる。失礼しますという声は、声変わり前だろうか。男子にしては高い。魔力のオーラがとても強く、これはたしかに魔導師向きだ。おそらく家庭教師役らしいメイドが部屋の入口に控えるように立った。
「初めてお目にかかります。ボクはリンスター大公家が四男、アイザック・リンスター=ヴェッテンです。お会いできる日を心待ちにしておりました。『義腕』のアオ・ポーレット殿」
入ってきたアイザック王子はなんというか、ほんとうにファンタジーの絵本から出てきたような人だった、色素の薄い白い肌に透き通る金髪。きらきらした蒼い瞳が僕を見て輝いている。このきらきら具合はまだ幼くて魔力制御が甘かったリコッタを思い出す。
僕は立ち上がってそちらに寄り、握手。ジタバタしてもしかたないので、せめて動じていないようにみせるしかない。
「こちらこそ光栄に存じます。アイザック王子殿下」
「どうかボクのことはアイクとお呼びください、フィッツロイ卿」
「では、アイク殿下。こちらも呼び捨てていただいて構いませんよ」
「とんでもない! 卿のご活躍は父からも陛下からも伺っております!」
「……相当脚色が入ってそうですね、どのように僕の話をしているんですか、王太子殿下?」
「脚色もなにもないだろう。飛空魔導騎士団長にして自身も一級魔導師、国王から『義腕』の称号を授けられるほどの傑出した才覚をもち、軍、政どちらでもで活躍する若鳥。……評価しないほうがどうかしている」
そう言って笑う王太子殿下が立ち上がる。
「アイザックも来年には一四歳。そろそろ戦功を積むにはいい年だ。アオ君と同い年だな」
「それで、アイザック殿下を五〇の名誉団長にとのお話ですね?」
「そうだ。まだ若い騎士団に若い団長。話題作りとしてもよいし、戦果も十分以上に期待できる。……そしてライエン地方を奪還できた暁には、ライエン大公としてアイザックを据えたいと思っている」
心拍数が一気に上がる。
「それは、王国側から攻勢に出るという意図でよろしいですか?」
僕の声に棘が混じった事にアイザック王子が怯んだ気配。
「そう怖い顔をしないでくれ、フィッツロイ卿。だが……一年以内だ。一年以内に攻勢がある。向こうからな」
「……陛下の容体はそれほどに悪いのですか?」
「侍医長から覚悟しておけといわれたよ。寝床から身体を起こしていられる時間が日に日に短くなっている。もう父も63だ。いつ天に戻ってもおかしくない。そして、僕をよく思わない連中がアルフォンスを北から担ぎだそうとしている」
「……せめてリコッタが成人してからにしてほしいところでしたがね、あの幼女趣味の王子殿」
「安心していい。彼は未だにうなされているそうだよ。君とセットで覚えられているだろうからリコッタ君には近づきもしないさ」
だといいんだけど、というのは心の中だけにとどめておく。
「だから、情けないことに国内の政治的混乱は避けられそうもない。そして帝国はその混乱を見逃すほど甘い相手ではない」
カウントダウンは残酷に進んでいたわけだ。第二王子と第三王子が失脚した分、スムーズに王権の移譲が行われる可能性に賭けていたが、そう上手くは進んでくれないらしい。
「だからその攻勢までに第五〇騎士団の戦力化、そしてアイザック殿下の箔付けが必要である、と?」
「団長!」
ほぼ悲鳴に近い声を出し僕を止めに入ったのはシャルちゃん先生。良いタイミングだと思う。
「……失礼しました」
「いや、その怒りは正しい。君が誰よりもシビアに王室を見ていることも、誰よりも誠実にこの国を憂いていることも、僕は痛いほど理解している。だから君に頼むんだ。アオ・ポーレット君」
王太子は一度言葉を切った。彼は一度目を閉じ、開き直す。
「第五〇騎士団の編成完了式典の君の挨拶は文字どおり効いた。頭を真後ろからぶん殴られた気分だった。我々王族こそ覚悟を決めなければならなかった。君があの時みせた覚悟は、私こそが決めるべきものだったし、第五〇騎士団にそれを語らせて気がつくようでは帝国に勝ちようがない。それが分らないほど私は幼稚ではないよ」
だけどね、と声色が張る。
「それでも私は王太子だ。この国を背負う義務がある。そして、そのためになんでも使うと決めた」
「それが、ご子息であってもですか?」
「そうだ。アイザックは王維継承権こそ低いが、私が一番期待している子でもある。この子に世界をきちんと見せてあげられるのは君の第五〇騎士団の他になく、この子を王宮に閉じ込めていても未来はない。だから、アイザックの父親として、君にお願いしたい。どうか、この子に世界を、空をみせてやってほしい」
王太子殿下は可能なかぎり対等に僕らに接しようとしている。それにはこちらも敬意を払うべきだろう。
「世界を見せろと来ましたか……命令と言われたら承服できないと返すつもりでしたが、お願いといわれてしまっては仕方ありませんね」
ほっとしたような王太子殿下の顔、それよりもうれしそうなアイザック王子の顔。
「よろしくお願いします! 団長!」
「殿下は騎士団の実務にも入られるのですか?」
「許されるのであれば是非に! 名も無き一従者としてで構いません。靴磨きでも汲み出しでも何でもやります!」
いや、さすがにさせられないよそんなのとは言えない。
「彼を王族だからと特別扱いはしないでくれ。その程度で潰れるような子じゃないし、身内びいきが多分にあるが、魔導師としてもかなり上を目指せるはずだ」
「……承知しました。アイク殿下、この後ご用事は?」
「ありません! アオ殿がいらっしゃると聞いて全部空けてきました!」
距離を詰めてきてハイテンションなまま僕の手をとる美少年。アイザック王子はどことなく犬っぽいというか、距離の詰め方が大型犬みたい。金髪なのも相まってか彼の印象は『やんちゃなゴールデンレトリバー』だ。
「なるほど……王太子殿下」
「魔法戦ができる訓練場なら確保させてある。君が渋るようなら一槍だけでもと頼み込むつもりだったからな」
「……用意周到なことです。ハリエット」
「ミネットのところに走ればいい?」
「頼む。T装備も合わせて頼む」
「あい分かった。王太子殿下、アイザック殿下、中座させていただくことをお許しください」
「もちろん構わないとも。表にフォスがいる。訓練場までの案内は彼に頼むといい」
「ご配慮痛み入ります」
ハリエットがそう口にして飛び出していく。
「殿下、是非とも動きやすい格好にお着替えください。一槍、手合わせ願いたく存じます」
「喜んで胸をお借りします!」
この場で決めるしか無かったが、あとでアーノルドあたりに文句言われそうだなと諦めて僕も準備をすることにした。
久々の魔導模擬戦である。腕が鈍ってないといいけど。
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