【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
王宮の訓練場はだだっ広い倉庫のような構造になっていて、中央部分が開けている。床は硬い土で土埃が立たない程度に整えられていた。僕は飛空魔導師としての制服のまま、アイザック王子は着替えて生成り地のシンプルな薄手の服装に着替えていた。長袖長ズボンの格好だが、若干だぼっとしているのは成長期だからだろうか。
ここには僕らの他に王太子殿下、そしてアイザック王子との面会のときからいた付き人らしい女性もついてきている。
「団長、それが……」
「はい、四一式
合流したミネットから、預けていた杖を預かる。騎士団の技官になったコルト姉さんとその弟子……というには扱いが酷いので下僕と言った方がイメージも近いが、ともかく製造担当になったツァスタバ君やマテバ君を初めとした魔道具技師の努力の結晶がこれだ。
「これがポーレティアン・カービン……! 現物は初めて拝見しました!」
やたらと目をキラキラさせているアイザック王子。やっぱりこの子は大型犬っぽいというか、距離の詰め方が素早いというか、中性的な見た目も相まって、どう声をかけて良いか一瞬迷う。
その間にも僕の手の中にあるカービンを覗き込むアイザック王子。
「魔力チャンバやリムの形が三九式とちょっと違うんですね」
たしかに飛空魔導師用に全長を切り詰めたカービンモデルは出回ってないからその反応は正しいのだが、そんなにキラキラしなくてもと思ってしまう。これの源流である三九式は王立騎士団の魔導師チームを中心に配備が進んでいるので、このスタイルそのものは知っているはずだ。
「お詳しいですね」
「もちろんです! 魔導研究所オーストレス分室編纂の魔導部隊士官操典を父上から借りて拝読したとき、本当に衝撃を受けたんです。魔導術の操典はどれも、『個人がどうやって相手を吹き飛ばすか』と『周りにどうやって秘密を知られないか』ばかり。魔導師同士だけじゃなくて歩兵や他の騎士団との連携を前提にした戦術や魔法の数々を見て、魔導師がひとりにならなくてよい戦場があるんだと驚いたんです! ポーレティアン・スタイルがなぜ集団の魔導術と言われるかがわかりました!」
凄い熱量で語られて圧倒される。……この子、魔導オタクか?
「だからいろいろと父上にもせがんで兵向けの操典や訓練報告書も読ませてもらいました。王室に提供いただいた三九式試作モデルも一度だけ触らせてもらったりもしました。レナ・ポーレット殿の『四重圧縮描画の積層化による高速度投射に関する報告』も、アオ殿の『低輝度描画法による隠匿とその発展』も拝読させていただいてます!」
ガバッと顔を近づけてハッスルしているアイザック王子。僕のそのレポートは騎士団長としての『権威付け』のために受けた一級魔導師認定考査に向けて
それはそれとして、アイザック王子はポーレットさんに絶対会わせてはいけないタイプの魔導師だ。二人揃って三徹してぶっ倒れるタイプだ。
「あの、魔導杖、持ってみてもいいですか?」
「そういうことであればしばしお待ちいただけますか。ミネット」
「こちらを」
ミネットがさっと差し出したのは小ぶりなトランクだ。受け取って軽く振る。
「致命的な魔力を込める前に自壊するように作った訓練モデルです」
「ほー、そんなものを持ってきていたのか」
王太子殿下が興味深そうに口にする。
「バードン部長とイェイツ集団長を指名されていたので他部隊向けのデモンストレーションがあるかと思い、一丁だけですが持ち込んでいました」
「君が普段使っているのはそれだけ危険なのかね?」
「正しく使えば安全ですが、誤れば当然致命的な結果をもたらします。特に魔導師の武装はこれ一つで戦場をひっくり返せる代物であり、この四一式飛空魔導杖はそれを意図して設計、開発を行っています。高圧縮魔導カートリッジを装填した状態で暴発させれば、おそらく王宮の半分は吹き飛ばせるでしょうね」
そう言いながら床に置いたトランクのバックルを外していく。
「こちらをお預けしましょう、殿下」
「本当によいのですか!?」
「はい、ですがその代わりと言っては何ですが、魔導師としての活躍を希望されるのであれば、ひとつお心にとどめておいていただきたい事柄がございます」
「なんでしょうか……?」
「魔導師の攻撃には全て、名札がついているということです」
あくまでフラットに話す。それでもこの会話の応対がアイザック王子を前線に出せるかどうかの試金石となる。
「飛空戦闘にあっては攻撃した瞬間に位置と攻撃者が露呈します。それはすなわち『誰がいつどこで攻撃をし、誰を殺したのかを隠すことができない』ということです」
それを聞いてもアイザック王子はうろたえなかった。僕は真っ直ぐ彼の眼を見る。
「第五〇騎士団の任務の都合上、味方の最前線を大きく飛び越えて行動することは避けられませんし、一撃で敵の部隊を壊滅せしめることも可能でしょう。第五〇騎士団の活躍は戦場があるかぎり記憶され続け、当然敵からは戦友を地面に漉き込んで惨殺した宿敵として記憶されます。……そんな人員が敵の支配領域に墜落したら、どうなると思います?」
トランクを開き、中の小銃型の杖を取り出す。
「まず生存は見込めません。墜落死するという意味ではないですよ。敵に見つかったら、生きては帰れない。そういうことです」
「たくさんの恨みを買うからでしょうか」
「はい。どれだけ魔導師に戦略的価値があろうとも、そんなことは命の保証には繋がらない。見つけた時には死んでいたと報告すれば良いだけだからです。おそらく可能な限り苦痛を最大化するような方法で殺そうとするでしょう。死んでも終わりませんよ。死体も損壊され、晒されるでしょう。その死に際も改竄されいいように利用される。尊厳という尊厳は破壊し尽くされる」
訓練用の魔導杖に軽く魔力をとおす。その抵抗感からきちんと陣が生きているかを確認する。
「つまり戦場に出る限り、僕等は最低な死に方をする。そして騎士団の団長たる僕は、そして名誉団長たらんとする者は、それに無関心でいることなど許されないのです。僕らがそうあれと命ずるのです。僕らの命令が戦友を殺す。それを理解してなお、飛べと命じなければならない」
使い捨てても惜しくない低品質の封魔結晶の欠片を仕込んだ魔導カートリッジを弾倉に突っ込み。閉じる。金属質な音が響いた。
「僕らはそうせねば任務を完遂できない状況に追い込まれたなら、そこに控えるハリエットやミネットに死んでこいと命令を下さねばならない……いまの僕にその覚悟があるか、自分でも自信がありません。それでも命じ、彼女たちを殺すのでしょう。それが『長』という役職なのです」
だから、と続ける。
「忘れるな。皆もあなたを忘れない。共に死地を見た仲間として、また、死んでこいと命令した上官として、あなたを忘れる事は無い」
そうして、彼の前に魔導杖を差し出した。
「……進むも戻るも等しく重たい決断です。ここで杖をとらなかったからといって、誰もあなたを責めることはない。その決断を汚すことなどないとお約束いたしましょう。……それでも志願されるというのであれば、きっと僕らは戦友となれる」
アイザック王子は僕と、杖を交互に見てから、深呼吸。杖に手を乗せ、ぐっと引き寄せた。その力強さを感じて、僕は手を放す。アイザック王子は数歩よろけた。
「ようこそ
†
「お待たせしました、お願いいたしますっ!」
アイザック王子は目新しい四一式カービンに釣られること無く、きちんと自前の魔道具に持ち直していた。ミーハーな振る舞いで警戒していたが、魔導師としてきちんとしている。僕がチラリとシャルちゃん先生を見ると、シャルちゃん先生はこくりと頷いている。何かあればシャルちゃん先生がアイザック王子の防護に入ってくれるはずだ。
「はい、いつでもどうぞ」
僕は四一式カービンの照準を足元に向けたローレディの姿勢で待機。アイザック王子の初撃の発動までこちらは攻撃しないよう打ち合わせ済なので、王子のアクションを待つ。
「――――――
アイザック王子の空間描画が走る。発動属性は風……だがたぶんこちらはフェイク。火属性の術式が隠れているから飛ばしてくるのは火か。空間描画は陣さえ描画できてしまえば発動までラグが短い。速攻をかけるなら悪い選択肢ではないものの、敵から見える位置で陣を描いてしまうと、当然それは読み取られる。
王子が魔法を発動すると同事にこちらも動き出す。想定通りの炎の柱が振るわれる。ハリエットやシャルちゃん先生もいるから、建物への延焼は気にしなくてもいいだろう。耐熱防護は最小限にして前へ飛ぶ。射点で足を止めている魔導師への対処は、接近するに限る。躱すのに必要な運動量も減るからだ。
「偽装術式とはなかなか高度な事をなさる!」
そう言いつつこちらも四一式カービンを握り込む。術式回路セレクト。僕の背後に本当に一瞬だけ術式が光ったはずだが、それが隠匿される。王子がそれに気がついたのか防御にまわった。柱状に伸びていた炎が彼自身を包むような半球形に変わる。接近させないためのものだろうが、その術式の展開方法はあまり良いとは言えないだろう。僕の動きすら炎で見えなくした。
シャルちゃん先生の魔力が閃いたから炎の内側にシャルちゃん先生の防護結界が張られた。過保護と思うが相手は王族。必要な処理だろう。僕も前に出る。
引き金を絞る。飛び出したのは風の弾丸。魔力で炎を練っているとはいえども燃焼の仕組みそのものは変わらない。特定座標の酸素を一気に消費させて鎮火させる。
「……風の魔導で炎を消された!?」
驚いた様子の王子ににやりと笑ってみせる。一気に距離を詰める。
「っ!」
距離をとらんと向こうが飛び退く。同じ魔導陣を描こうとしたので、こちらから先手をとる。
「
相手の術式に意味の無い記号を注入する。相手の術式が弾ける。意味を消失しただけだから組み直されれば妨害の効果は消えるが、その隙さえ稼げれば問題ない。
「あっ!?」
「殿下っ!」
相手の足を払い、地面にひっくり返す。聞き覚えの無い声がする。おそらくずっと黙っていた彼の使用人だ。近づいてくる足音があるが、止まる。おそらくはミネットが静止をかけた。
そのままカービンを相手の耳の横の地面に向けて構えた。僕の影が王子の顔に掛っている。服がめくれ上がって、荒い息で胸が大きく上下しているのがちらりと見えた。さらしのようなもので胸を押えているのはおそらく呼吸のサポートのためか。腹式呼吸を覚えさせた方がいいかもしれないと指導内容として頭の中でメモをしておく。
「対魔導師戦において目視可能距離での戦闘となった場合、一度使用した魔導術は二度と通用しないものと心得なさい。今のように外部から術式を
構えを解き、手を伸ばす。手を取ろうとしたアイザック王子は、慌てて自身の服を整えていた。
「ですが、殿下の術式は発動速度も精度も一級品。きちんと鍛錬を積まない限り到達しえない精度です。正しい努力をされていることがよく伝わりました」
「ありがとうございます……」
「あと、初撃をわざと外したでしょう?」
「……そこまで分かってしまいますか」
「僕と視線が合いませんでしたからね」
「失礼しました。少しでも長く手合わせしたくて……」
「そうでしたか。では息が戻られてからもう少しお付き合いください」
助け起こして、礼を交わす。
「いやはや、さすが第五〇騎士団を束ねる団長だ。訓練での活躍はイェイツ君やアーノルド君の情報ばかりが飛び出すからな。さて団長殿はどんなものかと思ったが、アイザックが文字どおり手も足も出ないとは……どうだったアイザック」
「叶うはずが無いとわかってはいましたが、ボクは魔法に長けているという幼稚な自惚れがあったことを痛感しました」
そりゃあ団長の仕事はデスクワークなんだから活躍なんて無いだろうというのは王太子殿下もわかっているはずだ。それでもその聞き方をして、アイザック王子にそんな感想を言わせてしまうのはどうなんだと思う。彼を地面に引き倒した後から使用人の女性がずっと僕を睨んできているのもあって居心地が悪い。
「……殿下は十分にお強いと思いますが」
「皆ボクに気を遣ってきちんと相手をしてくださる方が少ないんです。でもあなたはボクをしっかり打ちのめしてくださった。それはボクがこれまで望んでもできなかったことです」
そりゃあそうだろう。僕だって彼が名誉団長として騎士団の関係者になると言われたからこうしただけで、そうでなければ接待として適当に苦戦を演じただろうと思う。
「父上。やはりボクはフィッツロイ子爵の元で一から学び直したいと思います」
「そうか。……アオ君、どうだろう。受け入れてくれるな?」
「騎士団として預かる事そのものには異論ありません。ですが王子殿下ご本人には申し上げたとおり、飛空魔導師として前線に出ることまでは保証しかねます。騎士団本部付きとして騎士団運営のイロハを見てもらいつつ、訓練をつんでもらおうかと」
「何度でも言うが、王族だからといって手加減は不要だぞ」
「ご安心ください王太子殿下。我が騎士団で本部付きというのはかなり過酷な部類の配置となります」
「……そうなのか?」
僕の答えを聞いた王太子殿下がハリエットに視線を向ける。
「はい、王太子殿下。ポーレット団長の下につく者として、私からも保証いたします」
「即答だな」
「騎士団でも特にタフで優秀な人員を選りすぐって配置しているのが本部です。人員交換や助っ人で私の配下の人員を送り出したこともありますが、当日中に実力不足で突き返されたのが2人、一週間で根を上げて送り返されたのが3人です。まぁ常人では耐えられません」
「そこまでか」
「そこまでです」
王太子殿下が驚いている。たしかに事務方の手がどうしても足りずに、飛空魔導師の子達のうち頭の回転が早い子に何人か出張してもらって事務方の穴埋めをしたことがあった。あの時のことだろう。
「戻ってきた者達も『二度と訓練がキツいとか言わないから飛空集団に戻してくれ』『新兵訓練の方がはるかにマシ』『本部付きか敵陣に突っ込むかを選べるなら間違い無く敵陣に突っ込む』『長男じゃなければ耐えられなかった』など口々にもう本部は嫌だと懇願してきました。……御安心ください。半月もそこで揉まれれば、どんなノロマでもどこに出しても恥ずかしくない戦士の顔つきになります」
「……ハリエット、それ僕も初耳なんだけど」
「そりゃその団本部で地獄の先頭を突っ走ってるアンタに声かけても意味ないでしょ。飲み会でなんて言われてるか聞いたことある?」
「無いけど、なんて?」
「『鬼の一部に地獄の三部、生きては帰れぬ運用二部に太陽拝めぬ副官室』よ」
「あのー……鬼扱いされてるんですけど、ミネットちゃん、そんなに私怖いですか?」
「いえ、バードン教官は十分お優しいと思いますよ……あの、副官室ってそんなに怖がられてるんですか?」
シャルちゃん先生とミネットが顔を見合わせながらそんなことを言っている。
「……アオ君、お手柔らかに頼むぞ」
「承知しました」
とりあえずそう返す。アイザック王子が震えているので、騎士団はそんなに怖いところじゃないよ。アットホームな職場だよというのは後でフォローしよう。
「あの……ボクはそうなるとどこに……?」
「そうですね。とりあえずマハマの補佐として入ってもらうのがいいかな。もしくはミネットか」
「それは鬼か地獄かどこだ?」
王太子殿下が割り込んでくる。苦笑いでハリエットが返す。
「気象集団長と地誌室長を兼ねるマハマ次長付の場合は『生きては帰れぬ』で、シャトン副官室長付の場合は『太陽拝めぬ』です」
「いま一番人手が欲しいのは『地獄』の運用三部を束ねるアーノルドだろうけど……筋肉ダルマの巣窟に押し込むといろいろと潰されそうだしなぁ……」
「殿下に騎馬伝令はさせられないでしょ。三部は論外よ」
「伝令でもなんでも……! 乗馬ぐらいはボクだって!」
ハリエットのあまりに残酷な言い分を前に、そう力むアイザック王子。ミネットが首をかしげた。
「殿下は夜間天測できますか? 天測頼りで騎馬により翌朝までに単独で15リーグ踏破する自信がおありですか?」
「そ、それは……無理です。迷子になっちゃいます……」
「迷子以前に追い剥ぎの格好のエサになりますよ」
「もしかしてその運用三部のみなさんは……?」
「できますよー。伝令役を担う団員さんは、みんなそれができるように教育しますから。私達運用一部が」
シャルちゃん先生がそう言って胸を張る。
「運用一部の教育部門ともかく、出納や労務はある程度定型業務もありますし、二部や三部ほど殺伐としないので、入門にはいいかもしれませんよ?」
「本当にどんなことになっているんだ第五〇騎士団……」
王太子殿下に本気で心配されている。これは早速働き方改革を進めないといけないかもしれない。……発足二か月で働き方改革は我ながらどうかと思うが、実態がそうであるならば手を打たねばならない。
そんなことを考えていると、ハリエットがすっと片手を上げた。
「ところでアイザック王子殿下。配属その他諸々を検討するにあたって、ひとつばかり明らかにしておきたいのですが」
「なんでしょう、イェイツ殿」
「なに、そう難しいことではありません。ちょっとした確認です。応接間でお見かけしたときから気になっていたのですが――――――」
ハリエットの声が、わずかに固くなる。彼女の手が動く。僕は反射的に四一式カービンを構えた。僕が魔導放出口を向ける先は……アイザック王子に杖を向けた、ハリエット。
「王子様じゃないわよね。誰だアンタ」
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次回 覆水盆に返らず