【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
「王子様じゃないわよね。誰だアンタ」
その瞬間に起った反応は激烈だった。
「え……?」
「殿下に何をする! 無礼者!」
「ハリエット、杖を下ろせ」
ハリエットは呆然としているアイザック王子に杖を向け、僕がハリエットの頭をポイント。ワンテンポ遅れてシャルちゃん先生がアイザック王子の周りと王太子殿下の周りにそれぞれ結界を張り、アイザック王子の使用人が僕らに飛びかかろうとしたのでミネットが割り込んで押さえ込んでいる。一触即発とはまさにこのことだ。誰がどう動いても次の瞬間には酷いことになる。
ハリエットに殺気は無いし、きちんと照準は外している。そもそもシャルちゃん先生の結界をかち割ろうと思ったらこの演習向けの装備では到底足りない。……それでも悪ふざけが過ぎるし、その発言はライン越えだ。この状況からハリエットをどこまで庇えるだろう。必死に考える。
「ハリエット」
「アオは気がつかない? この子、女の子よ。少なくとも王子じゃ無い」
「……どういうことだ?」
ミネットがあわあわしつつも押さえ込んでいた使用人の動きが止まる。……まさか、図星か?
「どうして……」
動揺したアイザック王子……アイザック
「ケツがどう見ても女の子でしょ。あと腰」
ハリエットの粗野な物言いでズケズケといわれ、さっと自身の臀部に手を当てるアイザック王子。
「決定的だったのは、アオへの目線の送り方ね。言っとくけどアオにはバリナード公爵家第一公女って先約があるんだから諦めなさい。あと、このクソボケ朴念仁はそっとやちょっとじゃなびかないし、リコッタ閣下を怒らせるとたぶん国王陛下のお身体に障るわよ」
「……そういうつもりは、ありませんでしたけど」
「そう。ならいいわ」
それがほんとうに決定打なのかというのは突っ込みたいし、最後の一言には文句をつけたいが、今はパス。それよりもアイザック王子がほぼ性別詐称を認めるような発言をしたのが気になるし、王太子殿下は驚いた様子をみせていない。
つまり王太子殿下は分っていて見逃していた。
「で、胸を押えていたサポーターっての? とりあえずその布っきれには正面に結び目がなかったから誰かがつけるのを手伝っている。そっちの使用人さんもグルでしょ。……おっと暴れない暴れない。そのミネット・シャトン副官室長は我が騎士団イチの接近戦能力の持ち主よ。非魔導依存戦闘じゃ私も勝てない」
ミネットは僕の護衛役も兼ねているのもあって、かなり気合いをいれて格闘周りの修練を積んでいる。飛び道具はともかく、ナイフや剣の距離でのタイマンなら基本負けなしだ。
「残念だけど、いまのあなたじゃアオどころか私にも指一本触れられないし、王子を何者かに騙らせたとなれば重罪だ。動けば命の保証はできないわよ」
「……王太子殿下。ご説明いただけますか」
僕が話題を振る。王太子殿下は小さく息を吐いた。
「……説明するが、その前にイェイツ殿、杖を下ろしてくれ。
ハリエットがゆっくりとカービンを下ろす。僕はセーフティを掛けたところまで見届けてからハリエットとアイザック王子の間に割り込んでからカービンを下ろす。ここならハリエットの気が変わっても構え直す前に制圧できる。
「ジュナもそこまでだ。イザベルに尽くしてくれている君をここで失うわけにはいかない」
「……申し訳ございません」
「父上……」
「お前のミスでは無いよイザベル。いつかはくるとわかっていた清算の時が来ただけだ」
少なくとも王太子殿下とは面識があり、かつかなり親身に対応していることが分かる。
「王太子殿下」
僕が先を促す。
「……彼女はイザベル・リンスター。私と今は無き妻アイリーンとの間にできた、唯一の子どもだ」
王太子殿下の説明はこうだ。
王太子殿下の正妻であったアイリーン王太子妃は、エセックス公という古くからの公爵家の出身であり、男子を産むことを熱望されていた。それでもなかなか子宝に恵まれないまま、側室たちが子を成していく。焦ったエセックス公爵家はあの手この手で子どもをなせるように支援したらしい。それが実ってか、王太子殿下が新大陸の総督として赴任する直前、ようやく子どもを身籠もった。
身重な王太子妃をハイリスクな航海に連れて行くことができなかった王太子殿下は彼女を王国に置いて任地へ向かう。赴任からしばらくして届いた手紙を通じて王太子妃が男児を出産したこと、そして出産時の出血でアイリーン王太子妃が亡くなったことを知らされる。
「だが……アイリーンが生んだのは報せと異なり女の子だった。エセックス公爵家は私が新大陸に掛かりきりであることを好機とみたか、浅ましくも男児を産んだことにし、第四王子として育てることを強行したのだ」
国母を送り出した家という名誉は、とても甘い響きがあるらしい。そして、それを盤石とするためには将来の国父を生んだ家という後押しが必要だった。
「……王太子殿下がその偽報告に気がついたのは?」
「五年前のことだ。ちょうど君が王都で大暴れしてくれたので帰国が許されて初めて面会ができた……親として情けない。この子が七歳になるまで、初めて会うまでアイザックが娘だと知らなかったのだ」
「なぜそれがそこまで見逃されたのです?」
「正しいところはわからん。だが、おそらくフレディが情報を止めていたと考えている」
「元第二王子……ですか。なるほど」
死人に口なしとはまさにこのこと。おそらく第二王子だけでどうこうできる内容ではない。国内には国王陛下がずっといたのだから、少なくとも国王陛下は知っていたはずだ。それでもフレデリック元第二王子に原因を求めるのは、そこに落ち着けてしまったほうが後腐れ無いからに他ならない。
それよりも重要なのは、アイザック王子が実は女の子だとわかった後も、そのままアイザック王子として生かされている点だ。既に王国内で彼女は第四王子アイザック・リンスター=ヴェッテンとして認知されていた。今更それが女性だったとあきらかにするよりも、彼女が男性であるとして動かした方が王宮としても都合が良いのだろう。
「腹立つわね、ほんと、ほんっっっとうに腹が立つ。貴族って軒並みこうなわけ?」
恐れ多くも王太子殿下にそう吐き捨てるハリエットだが、誰もそれを止められなかった。
「エセックス公爵家がクソなのはわかった。手紙だけじゃ王太子殿下が気がつきようも無かったってのもね、『しかたない』って言ってあげるわよ。……でもね王太子殿下、あなたは私達第五〇騎士団のこともイザベルちゃんのことも馬鹿にしてるでしょ」
「馬鹿になど」
「してないって? それじゃあただの嘘つきよ。イザベルちゃんを見なさい……顔を上げてちゃんと見ろチャールズ・リンスター=ヴェッテンっ!」
ハリエットが文字どおり怒鳴りつける。ハリエットのこういうときの瞬発力は僕が彼女と出会った頃から変わっていない。
「大人に向けてもう身体が変わり始めてる。声だってもう子どものそれじゃなくなりつつある。そんな中でアンタは娘に胸を布で無理矢理潰させて、男を演じさせて戦場に娘を送るって言ってんだ。エセックス公爵家よりよっぽどクソよ。なに『私は立派な父親です』みたいな顔してんだ。馬鹿にするのもいい加減にしろっ!」
「ハリエット」
「止めるな!」
「いや、止める。評価や実態がどうであれ、王太子殿下はイザベルさんにとっては御父様だ。自身の扱いのせいで親を詰られて心穏やかでいられる子どもなんていないよ。きっとね」
ハリエットがハッとしたようにアイザック王子――――イザベルを見る。俯いて必死に涙を堪えているのがわかる。
「ですが、我々第五〇騎士団の位置づけを見誤っているというイェイツ集団長の意見には同意します。……王太子殿下の狙いは、戦乱の中でアイザック王子殿下の身分だけを殺すこと。そうですね?」
イザベルが驚いた表情で王太子殿下を見る。その動きで宙をまった涙の雫がキラリと光った。
「たしかに我々は前線にでることを期待されています。どこからかイザベルさんと似た背格好の死体を調達し、魔導術で焼き潰せば身元不明の惨殺死体を用意可能でしょう。それを使って表向きアイザック王子を死んだことにし、イザベルさんをエセックス公爵家から逃がすことが可能です。もちろんあなたは二度と娘に会えなくなる」
「……そうだ」
「どうして……父上」
「そうするほかに、お前がきちんと生き残ることなどできないからだ」
ぐっと黙り込むイザベル。
「イェイツ殿の言うとおりだ。私は父親失格だ。……いつか清算せなければならないとわかっていたが、変えることができずにいた。その誹りは当然だ。完全無欠に正しい」
イザベルに王太子殿下の声はどこまで届いているだろう。
「それでも、私はイザベルに幸せになってほしい。アイリーンが残してくれた娘だ、父親らしいことはなにもできなくても、親なんだよ。アイザックという人生を着せられ、性別すら明かせないなか、娘を王宮に縛りつけてなんになる?」
「だから、ボクを捨てるのですか……」
「それがお前の幸せに繋がるからだ」
ハリエットが顔を逸らした。なんともグロテスクな愛情だ。
「そのためにもイザベルを一度前線に送らねばならない。確実に彼女を生き延びさせ、そしてなにより、彼女の為にしっかり怒ってくれる人間を探したとき……アオ君、君の騎士団しか思いつかなかった」
僕も、何も答えられない。
「難しい任務になると思う。だが、受け入れてほしい。私にできることなら何でもする。本当になんだってする。地位も、名誉も、アオ君が望むならどんなものだって用意しよう。だから――――――」
「殿下、少し落ち着きましょうか――――――それ以上続けるなら、今度は僕がぶち切れる」
王太子殿下が言葉を飲み込むのが見えた。
「僕は親になったことが無いので王太子殿下のお気持ちを理解することができません。だからこれは子どもから見た言葉です。あなたが娘さんの幸せを本当に心の底から願っているのは理解できます。殿下の考える幸せがこの王宮では果たしようがないこともまた、事実でしょうね」
ほっとしたような顔をする王太子殿下。理解はできるが、それは理解できるだけだ。
「ですが殿下、イザベルさんは王太子殿下ではありません。あなたの考える幸せが、イザベルさんの考える幸せだとどうして言い切れるのです?」
「しかし……」
「このことをきちんと親子で話し合いましたか? 娘さんの考える幸せについて質問したことは? その幸せに向けて協力できることがないか一緒に悩みましたか?」
「……」
「聞いてないならそれはエゴだ。親という身分に甘えて対話を拒んだ意見の押しつけだ。子どもの幸せを思っての事であったとしても、選択肢を奪い従わせるっていうのは対等な人間として扱っていないでしょう。……少なくとも、あなたは娘さんを軽んじている。子どもはあなたの奴隷ではないのです」
「そういうつもりは……なかった」
「もうひとつ。これは単なる八つ当たりですが、親が、それも国父となるであろう王太子殿下が軽々と子を捨てるような事を口にするものではありませんよ。その先にどれだけの理不尽が待ち構えているか、本気で考えたことがないからそんなことを口にできるのです」
「しかし……ここに縛りつけておくよりは」
あぁ、だめだ。きっと王太子殿下は、親であるということに盲目となっている。
「比較の話ならそうかもしれませんね。ですが王太子殿下、寄る辺をなくした人間の生活は、それはもう苦労が絶えません。
僕もハリエットを笑えないなと思うが、ここで王太子殿下に判断を間違わせる訳にはいかない。
「殿下、野犬に怯えながら傷口に湧いたウジ虫をつまみだした経験はおありですか? しかたなく廃棄したという理由付けのため、純粋な善意のもとに土足で一度踏みつけられたパンの味をご存じですか? 暖房代わりに抱きしめていた名前も知らない赤ん坊が翌朝硬くなっていて、せめて死体だけでも女神様の御許にと教会に死体を投げ込むやるせなさは?」
「……いや」
「女の子のホームレスの末路はいつだって悲惨です。ギャングから反抗的だからといちゃもんをつけられ足の腱を切られて好き放題されるんです。そうすれば逃げられませんからね。飽きたらそのまま城壁の外に投げ捨てれば勝手に腹ぺこの野犬が処理してくれる。生きたまま内臓を引き出され泣き叫ぶのを見かけたとしても、犬を追い払って助けようなんてしてはいけません。次のターゲットにされるだけだからです。僕もハリエットもそうやって何人も見殺しにして生き残ってきた……なに顔を青くしているんですか王太子殿下。
お灸はこれぐらいでいいか。
「……子どもを捨てるというのはそういうことであり、そうなったとしても手出しできなくなるということです。本当に見捨てるのであれば、せめてそれを余興代わりとして子羊のローストを頬張れるぐらいに腹を決めてから口にすることです」
「……すまない」
「謝罪は不要ですよ。ただの八つ当たりですので。こちらこそ申し開きのしようもございません。ですが、親に切り捨てられたという意味で、イザベルさんの先輩となることは御免被ります」
ハリエットのことは笑えない。それでも、このまま王太子殿下とイザベルを放置はできない。
「王太子殿下。先ほど申し上げたとおり、アイザック王子を騎士団で受け入れることに異論はありません。フィッツロイ子爵領でよければ僕の権限で彼女の新しい身分を用意します。教育だって僕の母であるレナ・ポーレットに話を通せばどうとでもなりますし、バードン部長は教育方面に顔が利きます。騎士団の仕事が合わなくなっても、コリンに頼めばそこそこ安定した仕事にありつけるはずです。……ですがね、王太子殿下。それはこの方が選ぶことです。あなたが決める事じゃない」
そう口にして、王太子殿下と真正面から向き合う。
「この方が望まないのであれば、王太子殿下の命令であろうと陛下の命令であろうと、それがたとえ女神ディアナの思し召しであろうと第五〇騎士団はその全てをかけて拒絶する。自らの意志で団員の座を勝ち取らんとしないものに与える椅子は、ひとつとして存在しない。そんな甘ったれた組織ではないし、そんな組織に甘んじることを許すつもりはない」
イザベルの方を向いて笑いかける。
「ですから、ぜひともお返事はあなたから。僕はあなたの実力は騎士団にふさわしいと判断している。あなたが望むのであれば、それがどんな形であれ受け入れるつもりでいます。いつでもお呼び出しください。僕かハリエットが直ちに駆けつけます」
「それは……」
「アイザック王子としてでも、イザベルさんとしてでも構いません。他の身分をこしらえてくれと言われればなんとかしましょう。我々は他でもないあなたを戦友として歓迎する用意がある。ご安心ください、うちの騎士団は愉快な経歴の持ち主ばかりです。王族がひとり入ったところで自慢にもなりません」
ですから、と続ける。
「あなたのこととこれからのことを、王太子殿下とよくご相談ください。その上で改めてお話を聞かせてくださいね。いつでもご連絡をお待ちしておりますから」
「団長……っ! ありが……とぅ、ございます……!」
涙でぐちゃぐちゃのイザベルの肩をポンポンとたたく。
「王太子殿下。野暮用を思い出したので、我々はこれにて失礼したく存じます。此度の無礼については、時と場を改めて」
そうして、礼をする。
「もちろんだ。……ありがとう。やはり君を頼って良かったと思う」
それで、その場はお開きになった。
†
「ハリエットちゃん、そこに正座。アオ君も逃げずに正座!」
「はい」
「はい」
「本当に寿命が縮んだんだからね! 三日ぐらい!」
「かなり余裕じゃないですかシャルちゃん先生」
「アオ君しゃーらっぷ! 王太子殿下が冷静で大人な対応してくださったからよいものの! 普通なら全員
「ありました」
「ど・こ・に!」
「そうでもしないと言い逃れされるじゃないですか」
「言い逃れさせればいいでしょーがっ! そもそも気がついてるぞってほのめかせればよかったし、それはアオ君の命を削った模擬戦で十分だったでしょ?」
「……なんのことです?」
「え? アオ君わかってやってたんじゃないの!?」
「いや、本当にわからないんですけど、何の話です? そもそも僕は言われるまであの子が女の子だなんて」
「女性の使用人付けてるし、声の高さも振舞いも女の子じゃないですか! アオ君だってイザベルさんをこけさせて上半身を確認してたでしょう? 殿下の前で態々あんな痴態をさらさせたのってそういう意図じゃなかったんですか? 王太子殿下の面前で子どもをボコボコにしたんですよ!?」
「こけさせたのは武装解除以上の意味は無いですよ……」
「あのね、アオ君。模擬戦なんだから適当に実力計ったら引くの!
「だってシャルちゃん先生も結界張ってたし、イザベルさんもうちの操典読んでたそうなので対策済みなものだと……」
「んなわけありますか! アオ君が突っ込んだから慌てて介入したんですよこっちは! そもそも王太子殿下の御機嫌をとってこいって公爵閣下にいわれてるんじゃなかったの?」
「ああでもしないとイザベルさんと王太子殿下の意思統一ができてないままこちらにボールが飛んできましたからね。必要な摩擦です」
「もっと穏便にやるの普通は! ……わかりました。本部に帰ったらリコッタちゃん召喚の儀です。ふたりまとめて怒られてきなさい」
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