【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
リコッタから死ぬほど怒られた。
「……」
「……」
「いい加減しゃんとしてくれ団長様。飛空集団長はともかくお前がへこんでると実務に差し障る」
アーノルドが青筋を立ててそう言う。アーノルドとの身長差は広がる一方で、僕が椅子に掛けているのもあり、見上げると首が痛くなりそうだ。
バリナード城の城下町であるシェフィードに置かれた団本部にはフィッツロイ子爵領の教育拠点に張り付くこととなる運用一部の人員を除いた事務方の執務室が揃っている。団長執務室もここにあり、僕は訓練や会談のタイミング以外はここで決裁や方針策定を行うことになる。
会議スペースで突っ伏しているのはハリエット。僕と同じようにリコッタに絞られた後である。リコッタは理詰めと私情を適度に織り交ぜて攻めてくるので非情に交わしにくい詰め方になることもあり、彼女の説教はいろいろと精神的に来るものがある。
「ごめん。で、なんだっけ」
「輜重集団による街道拡幅整備のレポートについてだ。土属性魔導師の集中投下は思ったより結果が芳しくない。直後に雨が降ったのもあるが、盛り土との境界部分の強度が手作業と比べて著しく低下する。このままじゃ使えんぞ」
運用三部からの報告をパラパラとめくる。書き損じの裏紙を手元に引き出しつつ、計算式をなめる。
「土属性魔導師の投下をしないなら……一単位あたり15人日は余計に工数を積まないとだめか」
「そうだな。このペースで刻むにはそうするほか無い。可能なら後5人日はほしい」
「20人日追加。ソレを維持できるほどの工員を自前で確保するのは平時編制では難しいを通り越して無理だ。……外部からの動員が可能なところまで工程を分解してマニュアル化かな」
「それができれば苦労しねぇよ」
「だよなぁ……」
「お隣さんから動員するか?」
「それができれば苦労しないよ」
さきほどのアーノルドと同じ言葉を返す。団本部は僕の屋敷を改装して使っている都合上、隣に木造の建物が建っている。僕がグレイフォート学院の初等部だったころに立ち上げた公衆衛生技術修練所、通称『エルジック・スクール』だ。
最近は硝石採取人だけではなく、大工や石工を目指すコースも開設した。ここで学んで都市部の住宅建築の他に、農業地帯の村々の維持保守整備をする人員の育成を期待してのことだ。就職先の斡旋に協力してくださる職人達からは『まぁトンカチの使い方から教えなきゃいけないよかマシだな』と最低限の需要は満たせている。
「転圧用のローラー引いてくれとかそういう単純労働ならともかく、きちんと指示を理解してその通り動いてもらうにはある程度の前提知識がいる。そのあたりをきっちりと理解してもらうには半年の指導コースだと厳しい。スクールには両手の指よりも多い数を数えた経験が無い人だって来るんだ。その人に強度計算を踏まえた施工指示を順守しろといったところで事故が起る」
「そこの指導からだと……一年がかりか」
「最低でもそうだね。そして、そのための予算を騎士団だけで負担するのは不可能だ」
「……ま、だからうちの親父に金を出してもらって、ホランド伯領の公共事業として街道整備してんだもんな」
「そういうこと」
第五〇騎士団は『飛空』魔導騎士団であるのだが、現状はその補給のための兵站をどう確保するかに奔走せざるを得ず、騎士団というより土木屋としての専門集団になりつつある。僕の主戦場もそこだ。数トン単位の生き餌を前線基地まで毎日輸送し続けるための拠点をつくり、維持するための書類の山を造り、捌くこと。それが僕の仕事である。
「魔導師側の技術改良を急ぎたいが、オーストレス分室側での研究は?」
「優先課題が既に山になってる。王宮からの依頼もあってタスクの組み替えは相当厳しい。母上もずっとバタバタしてるしね……」
ポーレットさんは領主としての仕事の傍ら、特級魔導師として研究を続けてくれている。第五〇騎士団が若くて手を動かしてくれる魔導師を抱えていることもあり、相互に仕事を依頼しながら、ビジネスとしても良い関係を築けていると思う。
「……計算尺付き削岩機といわれたアオもさすがにお疲れか?」
「なにその呼び名」
なんだか列島改造論でも持ち出しそうなあだ名が飛び出したぞ。誰が言ってるんだそれは。
「もとを辿るとラピィあたりだな」
「いらんこというなって後で言っとくよ」
「いいじゃねぇか。トップなんて恐れられてナンボだぞ」
「それは恐れられているというより馬鹿にされているだと思うんだけど」
「そうともいう」
そんなタイミングで執務室のドアが開いた。
「アオ? ……取り込み中だった?」
「マハマ。いや僕が上手いこと集中できてないだけだ。なんだろう?」
顔を出したのはマハマだ。来客の予定もないのにきっちりと騎士団の制服を着ているのは真面目な彼らしい。
「そうじゃないかと思ってお茶の誘いに。優先度4以上の内容は捌ききってるでしょ? 少しソコまで行きませんか」
「コーヒーショップか。いいね。ハリエット、起きようか。コーヒーでも飲んで仕切り直そう」
そう声をかけられのっそりと起き上がるハリエット。
「コーヒーじゃなくてチョコレートがいい……」
「はいはい」
「リコッタ様も驚いてたわよ……あんな苦いのを常飲するなんてアオは舌がおかしくなったんじゃないかって」
「まあ、目が覚めるしね」
そんなことを言いながら歩き出す。一応四一式カービンはトランクに突っ込んで携帯する。僕が廊下に出たタイミングでミネットが合流。
「コーヒーショップですか?」
「よくわかったね」
「マハマさんとの会話が聞えてましたから。ご一緒します。最近冷やしたコーヒーができたと聞いて飲んでみたかったんです」
「ミネットは猫舌だもんね」
笑っているがミネットは完全武装だ。護衛役ということなんだろう。僕もそれには触れずに歩くことにした。リコッタの説教が効いているのか寝不足なのか、ハリエットはどこかふらふらしている。アーノルドがさりげなくサポートに入っている。いい男になったなアーノルド。時々馬鹿をやってリコッタから氷漬けにされてるけど。
そうしてやってきたのは真新しい看板がかかった喫茶店。酒場こそたくさんあったが、喫茶店はなかなか見当たらない。コーヒーやチョコレートは生薬として新大陸から輸入されているのもあって高級な製品だ。それを市民向けの店として出せているのは一定以上の都市だけだ。
そして、このシェフィードのコーヒーショップは特別だ。
「こんにちは、ロイさん」
「アオ坊ちゃま。ようこそ、そろそろ来るころかと」
「マハマが連絡を入れてましたか?」
「いえ、ここ数日いらしてなかったので」
店長のロイさんはオーストレスに出入りしていた商人で、飲食店を営みたいということで、僕も少しだけ支援していた。アルコールの絡まないゆっくりとした店ならではの需要もあるだろうし、実際ロイさんの店は潰れない程度に繁盛している。
「奥が空いてますよ」
「ありがとうございます。なら今日は甘えさせてもらいます」
「なんの、レナ様から受けたご恩に比べれば、これくらい。それに、あの方がいらしてますよ」
「あの方?」
なんだか嫌な予感がして覗き込むと、たしかにいる。
「フォルマル薬事商会の会長様がこんなところで油売ってていいのかい?」
「うちの取引先にいることがそんなに不自然ですか? 『ロイ・コーヒーショップ』はうちのお得意様です」
「本業は薬屋だものな」
「そこを疑われるのは悲しいですよ、エルジック卿」
「このお坊ちゃんは誰なの? コリン」
奥で三人ほど女性に絡まれていた甘いマスクの青年は気にした様子も無く笑った。
「オーストレスのフィッツロイ子爵、そしてエルジック男爵であられるアオ・ポーレット殿、僕が最も信頼しているビジネスパートナーであり、僕が初めて担当したお客様ですよ」
コリンにやたらとしだれ掛かっている女性に一応礼儀として軽く礼をする。
「まだ子どもじゃないの」
残りの女性陣も鼻で笑っている。あきらかにミネットがムッとした気配。とりあえず堪えての意図でミネットに向けて軽く合図する。
「……そうですか。あなたにはそう見えますか、ノームさん」
いきなりコリンの空気が緩んだものから張ったものに変わる。
「エルジック卿、連れが大変なご無礼を働いたこと、伏してお詫び申し上げます」
僕の目の前で膝をつくコリン。このタイミングで女性陣が慌てだす。
「気にしないよ。実際僕はまだ成人前だから、子どもという指摘は正しい」
「ですが、子爵でありわが商会の恩人である御身に対しあるまじき暴言でありました。なにか詫びの一つでもさせてください。……おい」
店の暗がりにいた大男が女性陣を追い出しにかかる。
「ちょっとあんたたち! なにをっ!? フォルマル様っ!」
「この程度の品位を保てないお方と付き合う気はありませんよ。お父上には後で私から連絡を入れておきます。お父上への言い訳を考えておくと良いでしょう。貴女達とわたしは『これっきり』ですから私への言い訳は不要です」
騒がしい一時がさり、息なり静かになる。
「……よかったのかい?」
「ちょうどよかったので利用させてもらいました。女をつければ恩を売れると勘違いしている商人崩れが送り込んできた女性よりあなたと話したほうがよっぽど愉しいですから」
僕を理由に女性陣を追い出したかったらしい。上手いこと利用されたようだ。
「……マハマ。さてはコリンから連絡受けてたな?」
「もちろん答えは『はい』だね。イヴァンさんにたまたまお会いしまして」
イヴァンはコリンの右腕として今も彼の補佐に入っている。彼に僕自身はなかなか会えていないが、マハマが関係を維持してくれている。
「モテ男は大変だね、コリン」
「浮いた噂を適度に流しておかないと面倒なんですよ。面倒だからと女性をあしらい続けてたら女装させた五歳かそこらの少年を差し出されそうになりました」
「……そら面倒だ。で、どうしたの?」
「もちろんお断りです。ただ、その子からもうお父上のところにいたくないと泣かれたので信用できる家に預けました。……なのでそれ以来女性とのコミュニケーションを適度にとってます。仕事としてね」
さぁ、奥へ。と案内される。コリンは大変そうだ。
ここの奥には個室がある。なんならその個室こそがこの『ロイ・コーヒーショップ』の本領である。
「保険業務は軌道に乗ったみたいだね」
「順調すぎて怖いほどです。海運や貿易に関する情報がここに一気に集まるようになった。フォルマル薬事商会と保険引受人と繋がれる場として重宝していますし、おなじようなコーヒーショップを王都にも出そうと考えています」
「ロイさんもまさかこんなことになるなんておもってなかったろうなぁ」
「市場情報を共有するような場を作ったらと提案したのはあなたですよエルジック卿」
コリンだけは僕をエルジック卿と呼んでくれる。ポーレット伯爵家の長男であるという事を示すだけの儀礼称号は、フィッツロイ子爵の地位を得たことで使われることがなくなった。それでも僕はエルジック男爵の呼び名は気に入っていた。
「こちらへどうぞ」
普段は機密性の高い保険引受業務に利用されている個室にぞろぞろと入る。すぐにコーヒーが出てきた。僕とコリンが話している間にマハマが注文を済ませてくれていたらしい。ちゃんとハリエットには砂糖たっぷりのホットチョコレートである。
「さて、イザベルさんと無事お会いされたそうで」
「……耳が早いな」
「それが僕の価値ですので」
コリンは僕をみてそう言う。彼は金縁のコーヒーカップが信じられないほどよく似合う。
「そのためなら王太子殿下も脅すのかい?」
「えぇ。フォルマル薬事商会はそのための商会です。……僕の名誉と尊厳を回復し、情報とカネで世界と戦うビジョンをみせてくれたのはあなただ、アオ・ポーレット殿。商会はそのために使うと決めている。だから僕は、トマス閣下の賭けに乗った」
「賭けにトマス閣下を巻き込んだじゃないのかい?」
そう聞くと、コリンは無言で微笑んだ。
「……それで、そろそろ見解をおしえてくれ」
「それはフォルマル薬事商会会長として? それとも、『支隊』としてですか?」
僕が子爵へ陞爵したころ、コリンは公爵閣下となんらかの契約を締結していた。この契約の詳細は僕にも秘匿されていたが、僕の第五〇騎士団設立の裏でひっそりと別部隊として結実し、動き出している。
公爵領軍政局調査部特設調査隊、通称『支隊』。コリンの始めた常備薬の販売で構築した物流・情報ネットワークを公爵領の諜報網に組み込んだ。コリンはそこのケースオフィサーとして情報収集を統括していた。
そしてこの支隊こそが第五〇騎士団本部 運用二部の正体であり、公爵領軍政局と一体運用されている情報部門である。
「どちらの肩書だとしても、出てくる内容は一緒じゃないのかい?」
「……それでおなじ情報が出てくるのはあなただけですよ」
そう言いつつもコリンはきちんと仕事の顔になった。
「アーノルドさんやマハマさんにイザベルさんのお話は?」
「通してる」
「お家騒動で大変だった王族さんがうちに来るかもって話だろ? ざっくりとは聞いてるぞ」
アーノルドがとんでもなくざっくりと整理してくれる。マハマもうなずいて答えている。
「なら話が早い。おそらく明日明後日にもイザベルさんからアオさん向けのお手紙が届きます」
「……それが出てくるってことは王太子殿下とのコンセンサスはとれてるってことでいいんだね?」
「えぇ。彼女は『ただのイザベル』として騎士団に加わりたいそうです。これが彼女の希望」
「そうか」
あの場であれだけ脅せばそうなるかとは思う。コリンが既に裏取りに入っていることは王太子殿下の耳にも入ったはずだし、その動きはそのまま王太子殿下への圧力となっただろう。
「一方で王家としては『アイザック王子』がいきなり行方不明になることは避けたい。なのでアイザック・リンスター=ヴェッテン第四王子殿下の名誉団長職就任は既定路線として維持。それとは別にイザベルさんの席を用意する」
「……つまり元鞘か」
「えぇ。焼死体のねつ造が無期限延期となり、第五〇騎士団への当初の依頼通りになった形です。あとジュナ・サーストン……彼女の付き人が来るはずです。団に入れるかどうかはおまかせしますが、まぁ入れたところで害は無いでしょう」
考える。さて、イザベルの合流方針が出たいま、彼女をどこに配置するべきか。
「魔導師としてはどうなんだ?」
アーノルドが聞いてくる。
「発散系魔導師としての適正はあると思うけど、最前線でバリバリというタイプではないかもね。現在四級で直近で三級試験を受けるそうだ。合流前には三級をとってくるらしい」
「そうなればとりあえずバードン教官の初期導入訓練次第か」
「あとは飛空戦術に耐えられるだけの適正があるかだね」
魔鳥を使った飛空戦術というのは、魔法以前に『迷子とならずに飛べるか』が勝負であるし、それをクリアした先に『集団でフォーメーションを維持したまま、動いている対象にむけて魔法を叩き込めるか』がある。ある程度カービンに仕込んだ魔導陣や計算尺で簡素化できているものの、コンピュータのないこの世界においては、暗算できる範囲の大雑把な計算を基に微調整を勘で行うほかない。
元々魔導術は魔法を解析して理解できるように再構成したものであるから、魔導師は皆ある程度の計算はできるし、抽象的な概念を扱うことを得意としている。それでもそれをしながら三次元空間を飛び回る魔鳥の上で彼我の位置を特定し、魔鳥に指示を出しながら味方と連携して飛べというのはそう易々とできることではない。文字通り『適正』というものが存在する世界で、できない人はほんとうにできない。
「魔導師としての適正があれば飛空魔導師を目指してもらえるとして、なかったらどうすんだ?」
「その時考えるさ。少なくとも頭は悪くなさそうに見えた。訓練をしてもらいつつ、空き時間でミネットかマハマの鞄持ちとして仕事を見てもらうのがいいかなと思うんだけど」
そう言ってミネットを見ると、彼女は小さく首を横に振った。
「マハマさんの運用二部だと
「そこまでだっけ?」
マハマが首をかしげているが、アーノルドとミネットが同事にため息。
「アオもお前も書類を読む速度が尋常じゃなく速いってことを理解しろ。そもそもだマハマ、フォルマル薬事商会のアシストがあるとはいえ、気象集団と支隊から毎日とんでもない数の情報が上がってくるだろ。なんであんな少人数でパンクしてねぇんだ」
「なんでって……できるから? それに幹部日報は毎日発行しないといけないし。アオや僕は把握しておかないといけない値がいくつもあるし……まあ、やれるからやってる」
「意味がわからねぇ……ともかく、初手から運用二部は反対だ。副官室もかなり厳しいと思うぞ」
「うーん。それとなく王宮に彼女の無事を知らせるにもいいかなと思ったんだけど」
そうなるとほぼ一択だ。
「シャルちゃん先生に引き受けてもらおう。なんとなく温度感はわかってくれてると思うし。どちらにしろ最初は教育訓練もあるから、まとめて先生に投げちゃおうか」
「バードン部長が引き受けてくださるならそれがいいと思います。……ジュナさんがくるなら、副官室と分担しましょう。どちらにしてもラインは確保しておいたほうが良いですし、コリンさんの口ぶりだと、コリンさんとジュナさんはコンタクトがあるのでしょう?」
ミネットがそう言うと、図星だったらしくコリンは肩をすくめた。
「ならその方向でいこうか。ミネット、調整頼んだ。ただしジュナさんの能力については未知数だから、不適と判断したら早めにアラートを上げてくれ」
「承りました。ご主人さまからの命、しっかりと果たしてみせましょう」
「その言い方だと団の外でもサポートしてくれるように聞えるけど……」
ミネットは団長としての僕とフィッツロイ子爵としての僕を明確に呼び分けている。ご主人さまと呼ぶのはフィッツロイ子爵としての僕に対してのそれだ。
「そちらの方がメインになると思いますよ。少なくともイザベルさんはちゃんとした集団生活なんて初めてでしょうし、なによりプライベートのご主人さまに突撃されるといろいろと大変です。リコッタ様と正面衝突したらどうするんですか」
「あー……」
やたらときらきらしたまま突撃してきたイザベルの様子を思い出す。
「あの熱量のまま来るとは思えないけど……」
「甘いです。甘いですよご主人さま。アレは恋する乙女の視線です」
「えぇ……」
ハリエットまでうんうんとうなずいている。
「恋に恋してるだけだと思うけどなぁ」
「あのさあアオ。今のイザベルちゃんの立ち位置ってリコッタ閣下にとっては最悪に近いって分ってる?」
「……どういう意味?」
ハリエットが呆れたように口を挟む。
「イザベルちゃんは王族、それも次期国王になることが内定している王太子殿下の娘さんよね」
「うん」
「本来なら嫁ぐ先にそれなりの格が求められるからポッと出の子爵、それもホームレス上がりなんてアウト・オブ・眼中になるはずだけどさ、イザベルちゃんはその制限が効かない。だってそもそも『イザベル』って王族は存在しないことになっているから」
「……うん」
「つまり王太子殿下の力を借りれば権力ゴリ押しであんたの正妻の座だって射程に入る」
「え? そんなことする?」
「しかねないって状況そのものがリコッタ閣下にとっちゃ最悪って話をしてるの」
そんな子かなぁと思っているとコリンは納得顔で、アーノルドやマハマは呆れ顔で僕を見ていた。
「また粉かけたのかお前」
「アーノルドの中で僕はそんな風に見えてるのかい? マハマもなんでうなずいてるの?」
「エルジック卿、なにかソレっぽいこと言いました?」
「いや……とりあえずイザベルさんの転進先として騎士団を確保しつつ王太子殿下と話し合えって言っただけだけど」
「ご主人さま。『騎士団はアイザック王子としてでもイザベル・リンスターとしてでも、あなたを受け入れる用意がある』『いつでも連絡を待っている』というのは話し合えという枠を超えています」
「……ミネットさんパターンをまた踏んだのか。アオ、お前は仲間にできるとわかった奴に対して急激に距離を詰める癖をなんとかしろ」
アーノルドの酷い言い草を前に、僕はそれ以上に酷い顔をしていただろう。マハマがニッコリ笑う。
「それをやられてここまでついてきた僕が言えた口じゃないけどさ。アオはアレだね、相手のコンプレックスに上手くつけ込んで締め上げるよね」
「僕マハマに何かしたっけ?」
「新大陸の僕を真っ先に庇ってくれたのは誰だった?」
「さぁてね」
「あと父さん含めて一族囲い込んだでしょ」
「それはコリンの入れ知恵。僕のせいじゃない」
「なんのことやら」
「ここで裏切ってくれるな共犯者。一緒に片棒を担いでくれたじゃないか」
「リスクをカネでなんとかしろとは言いましたよ」
圧倒的に僕の旗色が悪い。この六年の間でここにいる面々には僕の手の内はほぼ全てバレている。口八丁で丸め込めなくなってかなりたつが、まあ、友人だからよしとするほかない。
「ともかく、多分イザベルさんにアオの言葉はさぞ効いたと思うよ。外部の人間から手放しで『イザベル・リンスター』っていう人間を肯定されたのはじめてでしょ?」
「そんなアプローチしたつもりないんだけど」
「尚更悪いです」
ミネットがじとっとした目でこちらを見てくる。これは逆転も無理かもしれない。
「……そうだね。うん。気をつけるよ」
「手遅れみたいですけどね」
コリンにまで言われる。少なくともお前にだけは言われたくないぞこの色男。仕事としてどれだけの貴族を誑かしているのか想像するだに恐ろしい。
「わかったわかった。改善する。本部が魔窟扱いされているのもなんとかしないといけないし」
丁度飲み頃になったコーヒーをあおる。ともかく、なんとかしていこう。
さすがに『別班』という名称は避けました。
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