【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
人には人の人生があるとはよく言うけれど、ボクには『ボクの人生』がない。少なくともアイザック・リンスター=ヴェッテンという人生は王国のものであって、ボクの人生ではない。
ボクにはアイザックという名前と、イザベルという名前がある。イザベルは女の子としての名前。七歳になる直前、遠くでお仕事していた父上がつけてくれた名前。たいせつな名前だ。でもそれはボクにとってたいせつなだけで、重要ではない。
ボクには第四王子という肩書がある。これは会うことなく死んでしまったお母様のため、命に代えても守るべきものだと教えてもらった。イザベルという名前よりこちらの肩書のほうが重要だ。……これは母様のお父様である、エセックス公から教えてもらった。ボクはエセックス公より偉いらしいけど、逆らえない。ボクにとって父上が大切なように、お母様の大切な父上のはずだ。だから、守りたいと思う。
なのに、父上はわかってくれない。それはきっと、ボクが女の子なのに、王子のせい。たぶん、ボクが男の子になれなかったせい。
エセックス公も優しいけれど、男の子の方がよかったと考えている。これは「たぶん」とか考えるまでもなく、ボクが男の子になれなかったせい。
お母様が生きていてくれればよかった。そうしたら弟をきっと産んでくれた。そしたらボクは
でも、それも父上はわかってくれない。女の子であれという。アイザック・リンスター=ヴェッテンという人は、父上にとってはいらないものなのだ。
最近は胸が痛くなってきた。布で縛り上げて平らにしているんだから当たり前なんだけど、乳房が無ければ父上はボクを必要としてくれたはず。ボクのことを大切にしてくれる使用人のジュナは毎回謝りながら布を縛ってくれる。だけどアイザック王子を手放したら、どこにボクの居場所があると言うんだ。ボクが愛されるのはアイザック王子だからなのに。
ボクは男の子になれない。父上が望むような、そしてお母様の名誉を守れるようなアイザック王子にはなれないのだ。
だから、ボクは死ぬことにした。
どうやったら死ねるだろう。王子が自殺は迷惑がかかる。そうだ、戦争に行こう。そうすればアイザック・リンスター=ヴェッテンとしてちゃんと死ねる。
目指すのは騎士団がいいだろうか。徴兵された人たちも入る軍隊だと王子は偉すぎて、戦場にすら入らずに後ろで指示出しをすることになる。よし、騎士団にしよう。志願者で少数精鋭だから前線に近づける。
騎士団に入るなら、武道に秀でるか、魔導術を鍛えるかだ。王子は代々どちらの訓練もするけれど、魔導術の方が得意だ。魔導騎士団を目指すことにするけれど、そうなるとまた戦場が遠くなる。おそらく父上も父上のお父さんである国王陛下も慣例に基づいて、ボクを特級魔導師だらけの銀十字騎士団に入れようとするはずだ。そうなると、戦場がまた遠くなる。だからボクからどこに入りたいか探してお願いする必要がある。
そうして、見つけた。――――――第五〇騎士団、通称『銀翼騎士団』。
元々王国騎士団には銀から始まる名を与えることが通例だし、実際に銀翼の名前が用意されていた。それでも50なんて数字があてがわれたのは、騎士団設置準備室長が名称の下賜を拒否したからだ。飛空魔導部隊は今後も出てくるのだから、さっさと数字管理にしてしまえばいいというのが彼の主張で、実際そうなった。下賜の拒否なんて前代未聞だし、当然ソレを押し通すのも前例がない。でも、通してしまった。通してしまえる程の才能を抱えていた。
その『彼』がオーストレスのフィッツロイ子爵にしてエルジック男爵、『義腕』のアオ・ポーレット、初代第五〇騎士団団長だ。
まだ13歳の若い子爵で、特級魔導師である鉄血のレナ・ポーレットの嫡男であり養子だという。……六歳までの経歴は不明だが、ファイフ公爵領のスラムである『悪人街』にいたとされている。その才覚をトマス・バリナード公爵が認めてポーレット家の跡取りとして推薦。レナ・ポーレットがそれを受け入れたと記録にある。それが彼のたしかな記録の始まりだ。
その記録の始まりからすぐに一気に政治と軍事の中枢へと切り込んでいく。今や農民を中心に広く受入れられている水利組合の原型となった『オーストレス広域水利連絡会』の発起人になったことを皮切りに、フォリオ家による封魔結晶密売事件の解決、リコッタ・バリナード毒殺未遂事件の捜査摘発、ホームレスむけのシェルター及び公共衛生技術修練所開設に火薬の原料となる硝石工場の設置。ここまでを七歳で終えている。この働きと『王都一夜戦争』と呼ばれたフレデリック第二王子とアルフォンス第三王子の反逆を押え込んだことで『義腕』の称号を授かる。
そこからも活躍が止まらない。王立魔導研究所オーストレス分室分室長就任後、仮称飛空魔導騎士団設置準備室室長を兼任。飛空魔導師の基礎理論を確立したことが認められ、一級魔導師に任ぜられると同事に、騎士団長へ。
父上が重用するのもよく分る。あぁ、ボクがこんな人だったなら、女でもきちんと王子になれたのだろうか。13歳なら同い年。ボクもこうなれたかもしれないと思うと、胸が重くなる。
そんな彼が王宮に持ち込んだのは見慣れない形の杖とそれを中心に据えた操典で、軍勢の中で魔導師ができることを最大化することを考えたものだった。
集団の魔導術。操典を眺めて浮かんだ言葉はそれだった。そうか、そんな世界があってもいいのか。ここなら、ボクは王子じゃなくてもいいのかもしれない。そんなことを考えてはいけないのに、王子として死なないといけないのに、そんなことを思ってしまうくらい衝撃的だった。王子としてじゃなくても、きちんと役割を果たせるかもしれない。そんな場所があるのかもしれない。
だから、一度会ってみたいと思って相談しようとしたら、なんと父上の方からアオ・ポーレットの部隊で名誉団長をやらないかと提案してくれた。二つ返事でお願いをする。なんなら名誉団長じゃなくてもいい。従者でもなんでもやるから、『義腕』の彼が作った部隊を見てみたい。そんなことを思った。
実際会ってみた『義腕』の彼はボクよりも小柄で、魔力の揺らぎが全くない人だった。
――――――あ、勝てない。
一目でわかる。この人はブレがない。淀みがない。魔力だけじゃなく、振る舞いや思考に迷いが見えない。ボクよりも小さく、幼くも見える彼に圧倒されてしまう。
そんな『義腕』の彼と杖を交えて、確信を深くする。この人は必要を理解する人だ。不要であれば切り捨てられる人だ。なんということだろう。この人ならきちんとボクを殺してくれる。この人についていけば、父上に迷惑をかけることもない。僥倖だ。
それなのに、『義腕』の彼は、そして彼が信頼しているらしい『ハリエット』と呼ばれていた魔導師は、ボクが男の子のなりそこないだと見抜いてしまった。
――――イザベルちゃんを見なさい……顔を上げてちゃんと見ろチャールズ・リンスター=ヴェッテンっ!
――――親が、それも国父となるであろう王太子殿下が軽々と子を捨てるような事を口にするものではありませんよ。
やめてよ。二人とも。アイザック王子でないボクなんて、価値がないんだ。そんな価値、あっちゃいけないんだ。だから、だから。
アイザックでなくてもいいなんて、思わせないでよ。
『義腕』の彼は、ボクが抱えていた意地すら笑い飛ばしてしまう。だめだ、本当に勝てない。
『義腕』の彼は必要を理解する人だ。必要であれば無茶をとおすことにためらいがない。力を力としてふるうことに躊躇がない。
――――この方が望まないのであれば、王太子殿下の命令であろうと陛下の命令であろうと、それがたとえ女神ディアナの思し召しであろうと第五〇騎士団はその全てをかけて拒絶する。
『義腕』の彼が、アオ団長が王太子に対して部隊の進退をかけるほどの無茶で、ボクを守った。『アイザック王子』ではないボクを、まだ会ったばかりのボクを、それでもいいと認めてくれた!
あぁ、女神ディアナ。なぜですか、なぜ今更になってボクを生かそうとするのですか。なぜ、死ねと仰ってくださらないのですか。母の名誉を守れず、父を苦しめたボクに生きろと、生きるに足る世界だと思わせるのですか。
女神ディアナ、この国の護り神よ。なぜ、なぜ! なぜっ!
どうして、ボクの胸をこんなにも高鳴らせるのですか!
その答えを置かないまま『義腕』の彼は出て行ってしまう。本当は行かせたくなかった。今すぐにでも追いかけたかった。あなたなら、ボクをきちんと使ってくれる。それでも「父上と相談してから答えろ」というのが、彼がボクに出した最初の命令だ。
残されたボクと父上はお互いに謝って、お互いに許すという変な空気になったけれど、それでも『義腕』の彼の元に行く方向で話をつけた。丁寧にお返事のお手紙を書いて、届けてもらうことにする。
1週間も経たずに回答の封書が届いた。中にはさらに封筒が二枚。一枚は『アイザック王子』へ。もう一枚は『あなたへ』。アイザック王子へのものは、箔押しまでされた公用便箋だった。装飾の多い言葉で、王子の着任がどれだけ名誉なことかとか、栄光がどうだとか、国の弥栄がどうとか、そんなことだった。
わかりやすく上っ面だけの言葉。これはアイザック王子宛てといいつつも、おそらくは父上に見せることを想定しているんだとわかった。
もう一枚の『あなたへ』は上質な紙だとわかるものの、装飾のないシンプルなもの。便箋には一筆だけが黒いインキで刻まれていた。
「あぁ……! あぁ……っ!」
それだけだった。たった一行の事務連絡。初めて受け取ったボク宛の手紙だ。アイザック王子でもなく、そのなり損ないでもなく、ボクにあてた手紙だ。やっとボクにも現実ができた。この飾り気のない文章がどれだけボクを救ってくれたか、きっと誰もわからないだろう。それでもいいのだ、それがいいのだ。
――――――だから、ボクは、バリナード公爵領に向かう馬車の中でも、その手紙を胸ポケットに入れている。
「……ご主人様」
「なんだい、ジュナ」
王族の印を外したお忍びの馬車の中、王子の付き人ではなくなるからと言ったのに『置いていくなら勝手について行きます』と本当に辞表を叩き出そうとしたジュナに声をかけられる。窓の外はまだ薄明とも言える状態。山の稜線だけはなんとか追える時間。航海薄明と名付けられていると最近知った。そして魔鳥の作戦行動制限が解除される時間でもある。
まもなくシェフィードの市街地。そこには出頭を命ぜられた第五〇騎士団本部が置かれている。
「……本当に、よろしいのですね? ここから先は聞く限り、地獄です」
「そうだね。ボクは父上にもジュナにも甘やかされてきたから大変かも」
「そういうつもりは……いえ、そういうつもりでもありますが」
ジュナは本当に良くしてくれていると思う。比較的歳も近いので姉のように思っていた。その彼女もついてきてくれるといい、彼女も騎士団に間借りさせてもらえるようになった。……まぁ、その分彼女も騎士団の業務で振り回されることになるんだけど。
「……今は、死にたいと思っていませんか?」
「うん。たぶんね」
「たぶん……って」
「たぶんだよ。でも、せっかく団長が認めてくれたチャンスだ。見放されるまでは、頑張ってみようと思う」
ジュナは真っ直ぐで、それがありがたかった。数年前に一度呟いてしまったそれを今も気に掛けている。
「あれ……?」
馬車が減速して、扉をたたかれる。
「どうも、ジュナさん」
「……! フォルマル薬事商会の」
「えぇ。ご無沙汰しております。早朝から申し訳ありません、馬車にお邪魔しても?」
ジュナがボクを見る。この声は聞き覚えがある。父上が時々話していた『コリン』だろう。うなずいて答える。
さっと馬車に飛び乗ってきたのは長身にまん丸な眼鏡をかけた男だった。甘いマスクというのはこんな人のことを言うのだろう。
「初めまして、殿下……とここで呼ぶのはやめておきましょう。直接お会いするのは初めてですね。コリン・フォルマルです。イザベル・
向かいに座りつつ、コリンはそんなことを言う。ジュナが『フォルマル薬事商会』の所属だと明かしてくれた人、そして名字が同じだし、『コリン・フォルマル』という名前は聞き覚えがある。
この人が『フォルマル薬事商会』の会長、コリン・フォルマル。
その人が、ボクを聞き覚えのない名字で呼んだ。
「それが、ボクの新しい名字、ですか?」
「さすがにリンスターの家名を名乗られると王族だと明かすようなものですからね。念のためご用意しました。書類上はフィッツロイ子爵領で家令長をしていたジャン・ホランドの養子ということになります」
「その方には……?」
「当然同意を取っています。御安心ください、口は硬いですよ。なにせエルジック卿アオ・ポーレットに領主のイロハを叩き込んだ男です。まぁどこかで会うこともあるでしょう。それより本題に入りましょう。あまり時間をかけたくない」
コリンは遠慮無くそんなことを言ってくる。
「お二人は信用できると思っていますし、どうせ第五〇騎士団本部で明かすことになると思うので、先行してご挨拶に伺いました」
「挨拶……ですか?」
「アオ・ポーレットは心配性な男でして。……あなたはここで選ぶことができます。このまま、進むか、戻るか、逃げるか。戻るならここでそう言ってくだされば、僕が事務処理を行い、今回の旅路はなかったことにできます」
「……逃げる、とは?」
「それを選ぶとあなたは表向き騎士団にも王宮にもいくことなく、
「……」
「言っておきますが、第五〇騎士団は軍事と情報の最先端です。少なくともその実験場として運用されているし、団長自身がそれを許している。そんな場所です……並の人間ではふるい落とされる」
「イザベル様がそこにいくだけの人間ではない、と?」
ジュナが真っ先に噛みついた。ボクが止める間もなかった。
「そうは申しません。ですがそれだけの覚悟を問われる場所であるというのは、ご理解いただかなくてはならない。……イザベルさんは第五〇騎士団の編成完了報告はお聞きになりましたか?」
「はい」
「結構。ではわかっているでしょう。我々の部隊に栄光はない。名誉もない。あるのは我々の行動を縛る規則の山と、その果てに顔も名前も知らない誰かの幸福があると信じるが故の祈りだけです」
「我々……? フォルマル様は第五〇騎士団に籍をおかれていないはずですが……」
ジュナの疑問をコリンが鼻で笑った。雰囲気が、がらりと変わる。
「まあ、あなたがたには明かしても良いでしょう。イザベルさんは自分の意志でこちらに踏み込んだんだから、これぐらいの覚悟はしているはずです。……籍を置いてるんですよ。
声にテンションが掛かる。張り詰めた空気を一瞬で纏った。数秒前まで商人の顔だったのに、これは、この空気は、軍人のそれだ。
「第五〇騎士団本部運用二部部長。それが俺の本業だ。ついでにバリナード公爵領軍政局調査部特設調査隊隊長でもある。あなたの情報はとても役に立った、ジュナ・サーストン。公爵領を代表し礼をいいます」
ジュナはコリンになんらかの情報を渡していたらしい。協力者になっていたということだろう。どおりでこれまで襲撃や妨害がなかったはずだ。フォルマル薬事商会の護衛がどこかからついていた。そして、おそらくそれはバリナード公爵軍の正式なバックアップを受けている。
「ですが、ここから先はお客様待遇をしていられない」
「お客様待遇、ですか?」
「えぇ。あなた方はアオ・ポーレットに近づこうとしている。万が一にも彼を殺そうとしたり、裏切ろうとしないことです。その瞬間、『イザベル・ホランド』を支える地盤がそのままあなた達を捕える牢獄に切り替わる」
「……本気で言っているのですか」
「ジュナ」
ボクはジュナを止める。口の端で笑って『いいですよ』とコリンは許す。
「本気ですよ。俺にはアオ・ポーレットに一生をかけても返せないほどのデカい借りがある。少なくともそのためならフォルマル薬事商会を潰せる。そもそもフォルマル薬事商会そのものが『アオ・ポーレットのための情報収集機関』として立ち上げたものだから、彼の役に立てない組織ならカネの無駄だ。そんなんなら潰してしまえ。吹き飛ばして更地にしたほうがいい」
今や王国で知らない人はいないフォルマル薬事商会。常備薬と医者を当たり前にした立役者。その人気と輸送力、情報収集能力はすさまじく、もはやその商会抜きでは少領の領主たちは統治がおぼつかなくなるのは確実だ。
彼は『義腕』の彼のためだけに、そんな商会を作り上げてしまったのだ。狂信者という言葉が浮かんでくる。
「……父がボクをアオ団長のところに送り込もうとしたとき、父はアオ団長になんでも望むものを用意すると言いました。……もし、そこでアオ団長が王位継承権を望んだとしたら、コリンさんはどうしましたか?」
「彼が王位を望むなら王にしますよ。まあ、望まないでしょうがね」
笑い飛ばせない。彼はもう
コリン・フォルマルが本気になれば、西部地域の諸侯はそちらについてしまう。求心力を失った王権ほど脆いものはない。揺らいだ信仰が戻ることはないのだから、王権を信じろと言ったところで打算が入る。打算が入った瞬間に、商人が全部をさらってしまう。
「……正気の沙汰ではありませんね、フォルマル会長」
「正気と正義ほどくだらないものはないでしょうに。正義の定義に対する完全回答を出せるほど人間は成熟できなかった。正気でも病気になるし、正義がなくても人を癒やせる。翻って正義を掲げていても戦争なら人を殺せば殺すだけ勲章がもらえる」
心底くだらないと吐き捨てるコリン。ここまで暴力的な商人だというのは知らなかった。
「イザベル・ホランド、そしてジュナ・サーストン。あなたがたが飛び込む世界はそんな世界だ。そして今から向き合うことになる男は、アオ・ポーレットはそんな狂気の世界を笑いながら突き進んでいる。書類と公印で戦場を変え、魔法と剣で国を変える男だ。
だから問う。とコリンは続ける。
「分水嶺はここだ。この先は最低な人生が確約されている。あなたが得るのは『それでも選んだ』という自己満足だけだろう。第五〇騎士団に団員として踏み込んだら最後、何も知らなかったアイザック王子には戻れない。これまでの人生も最低だったかもしれないが、これから君は自ら進んで最低になる。その覚悟があるか?」
「あります。そのために、ここに来たんです。ボクの生き方は、ボクの死に方は、ボクが選ぶ」
自分でもビックリするぐらいの即答で答えを出してしまった。それを聞いて、コリンの口の端がつり上がるのが見えた。
「良い答えです。あなたの覚悟には値をつけてもよさそうだ。……地獄へようこそ、戦友さん。それじゃ、派手にいこう」
そうして、馬車はバリナード公爵領のシェフィードに到達した。新市街を区切る門を越え、しばらく進むと、川向こうに城門が見える。この向こうが旧市街。そしてこの城門のすぐ裏に第五〇騎士団の本部にして、オーストレスのフィッツロイ子爵の公邸がある。
馬車が公邸の前にとまった。ドアが開く。
『義腕』の彼がそこで待っていた。隣には彼より少しばかり背の低いピンクブロンドの髪をした女の子が立っている。おそらくハリエットから忠告された第一公女、リコッタ・バリナード公女閣下だろう。
「――――――。」
コリンに『分水嶺』と言われた意味を悟る。この馬車を降りればもう『アイザック王子』には戻れない。何も知らずにいられたアイザック王子には戻れない。安易に死ねば救えると思えた王子には戻れない。だからきちんとここで殺してあげないといけない。ここから、きちんと選ぶんだ。
きっとボクは幸福な王子だった。
そんなことを考えながら、馬車を飛び降りる。
もう、戻らない。
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