【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
「イザベル・ホランド、出頭命令に基づき馳せ参じました」
僕の前に降りてきた彼女はそのまま地面に膝をつき、そう口にした。ジュナさんというらしい使用人も慌ててそれに続いている。馬車に同乗していたコリンをちらりとみる。コリン、いったい彼女に何を吹き込んだんだ。
「頭を上げてください。第五〇騎士団ではそういった過剰な振る舞いは必要ありません。着任を歓迎します、ホランドさん。サーストンさん」
まずはそう言って立ってもらう。どこか気恥ずかしげな彼女を前にこちらも改めて礼をする。
「改めまして、第五〇騎士団団長をしているオーストレスのフィッツロイ子爵アオ・ポーレットです。今日からお二人の指揮官となります。こちらはバリナード公爵家第一公女のリコッタ・バリナード、僕の婚約者です」
「リコッタでございます。どうかお見知りおきを」
スカートをつまんで礼をするリコッタ。
「ありがとうございます。リコッタ様も、お世話になります」
「朝早くからお呼び立てして申し訳ありませんでした。こちらへどうぞ。長旅でお疲れでしょうが、今日はかなり忙しくなります。コリン、彼女たちの荷物を頼めるかい?」
「寄宿舎の方にお渡しすればよいですか?」
「頼む。アイリスがそっちにいるはずだから彼女に引き継いで」
「了解しました。それでは後ほど」
「うん、後で」
必要事項だけさっさと連携すると、馬車ごと去るコリン。
「コリンに何を言われたかわかりませんが、あまり気にしないでください。後で良く言っておきます」
「……何を言われたか分らないのにですか?」
「少なくとも王太子殿下を脅したらしいことは知ってますからね。そろそろ釘を刺さないとクーデターでも起こして王権を乗っ取れとか言ってきそうで怖いんですよ」
冗談半分で口にするとジュナさんが真顔になった。……おいおい、本当に脅したんじゃないだろうな。後でしっかりとヒアリングしておかないと怖い。
「えっと、
「ははは。そんなこともあります。後ほどお預かりしますね」
祖父からというワードが怖いが、挨拶の品もあるらしい。このあたりは本当にしっかりしているというか、なんというか。
「……? なんでわたくしにも?」
リコッタはピンときていないらしい。
「リコ様。陛下にとって僕等は天敵ですよ」
その言い草にジュナさんがぎょっとしたような顔をするのが見えた。
「少なくとも僕等で元第二王子を追い込み、第三王子を失脚させたのは事実ですからね。また暴れられてはたまらないということでしょう……って、なんでうれしそうなんですかリコ様」
「ようやく母上に近付けたかなと思って……」
「エリザベート様は本当に何をやらかしたんですか……」
辺境への追放みたいなノリで送り込まれたらしいことはわかったが、その結果がこれだから本当に酷いと思う。リコッタもパワー系になりそうで戦々恐々である。
「でも、アオ様に必要ならわたくしはいくらでも頑張れるんですよ?」
「必要だからリコッタ様を選んだわけでは無いですよ」
「……えへへ」
とりあえず静かにさせないといけないので、そんなことを口走っておく。後ろに初対面のイザベルとジュナさんがいるのを忘れてはいないか。……忘れてはいないみたいだ。リコッタは振り返ってイザベルを見ている。なんというか、うん。可愛いけども、今はやめてほしい。
公邸の入口で控えていたミネットを手を上げて呼ぶ。
「ミネット、二人をお願いしてもいいかい? 辞令交付式はヒトマルマルマルに予定通り」
「承知しました、団長。それまでには最低限人前にだせるようにしておきます」
「頼んだ」
そのやり取りにジュナさんはムッとした気配。この人、感情が凄く顔にでる。いい人だけども現状だと交渉ごとには向いてなさそうだ。とりあえずの配属は副官室だが、外勤は控えてもらう方向で調整した方がいいかもしれない。
「では、長旅でお疲れでしょうが、さっそくお二人には騎士団の制服に着替えていただきます。こちらへ」
本部内の更衣室へさくっとつれて行くミネットを僕等で見送る。
「……ふぁ」
「リコ様も朝早くからお付き合いさせてしまい申し訳ありませんでした」
あくびを見られて恥ずかしそうなリコ様が首を横に振る。
「いいえ、王族の血を引く方を迎えるのですもの。フィッツロイ子爵の婚約者としても出迎えないわけにはいかないでしょう? それにちゃんと一度ご挨拶はしておかないと。……ですが」
ニコニコしつつも、ずいと距離を詰めてくるリコッタ。
「アオ様はああいうお胸のおおきい方がお好みなのですか?」
「僕の一番はリコッタ様ですし、そこを疑われるのはさすがに心外です」
「なら、許しますけど」
ちょっと上を向いてつんとした物言いをするリコッタ。あぁもう可愛いなぁという感想がでてくる。
「最近のアオ様、お返事を最初から準備していませんか? 言い返す速度が前よりかなり速くなった気がします」
「なんのことやら」
「あっ、やっぱり準備されてますね!? だったら前言撤回です! リコッタはそんなに『ちょろいおんな』じゃないんですからね!」
リコッタの怒り方は出会ったころから変わっていない。ふくれて、拗ねる。感情が高ぶると一人称が『リコッタ』になるのも変わらない。一方で僕の対処法もあまり改善できていない。とりあえず頭を撫でて、時間が解決するのを待つ。それはそれとして誰だよチョロい女なんてフレーズをリコッタ様に教えた奴。
「ともかく、朝ごはんにしましょう。ンシアさんが用意してくださってます」
「そうですね。……えへへ、これから毎日一緒に朝食を食べられるんですものね」
リコッタの機嫌がV字回復する。ちょろい。
そう、今日は七月一日。王国の年度切り替えのタイミングであり、リコッタは昨日付けでグレイフォート学院の中等部を卒業したので、この公邸住まいになるのである。……お城にもどるべきでは? と以前口にしたら文字通り全方位から睨まれたので、この公邸にいてくれることになった。
そしてこれは僕にとっても一大事。……今日からリコッタの身の回りの世話や警備の担当が公爵家からフィッツロイ子爵家、つまり僕と僕の連座でポーレットさんに切り替わることを意味する。
これは本当に一大事業だ。
リコッタ付きのメイド隊から転属というか、僕が引き抜けたのはヴィクトリアさんとビオネッタさんの2人だけ。警備と使用人の増員が必要だ。それも信頼できる人でなければならない。ンシアさんとコリンに頭を下げ倒して信頼できる人につないでもらった結果、百戦錬磨のマダムたちを中心に15人ほどが使用人や庭師、護衛として加わってくれた。
……が、問題発生。結論からいうと、想定以上にお金がかかることになった。高付加価値な人員を雇ったのだから人件費が嵩むのは当たり前である。ンシアさんからは『この布陣であれば国王陛下をお招きしての晩餐会でも対応可能です』と太鼓判を押され、コリンからも『この警備体制であれば遠方から魔導で吹飛ばす方が早いぐらいには安全』と言われるほどだ。そりゃあお金はかかる。ランニングコストとしてはカツカツだが、何とかしていくしかない。
それよりも問題は直近の設備投資費用だった。
騎士団本部が動き出す以上、このフィッツロイ子爵のシェフィード公邸も政治の場として本格的に稼働する。公邸応接間はかなりの頻度で使うことになるし、晩餐会もあるだろう。そこに向けて厨房の改良やパーティ料理が得意な料理人との契約なども必要になるし、何よりリコッタの生活空間を確保しなければならない。
そんなこんなで屋敷の大改造があり、これまた目玉が飛び出るかと思う金額が出ていった。
フィッツロイ子爵領は王立魔導研究所や騎士団の教育拠点の設置により王宮からかなりの額の補助金を引き出している。当たり前だがそれらは全て
だから僕が日々動かしている金額は大きいのだが、僕が本当に自由にできるお金はせいぜい食後のコーヒーとお茶菓子をグレードアップできるぐらいのものだ。これまではそれで困ってなかったというか、それより先に時間に困っていたので気にしてこなかった。が、今回でフィッツロイ子爵のしての僕の財布は素寒貧というのも生ぬるい状況だ。
リコッタの安全にかかわる問題だけに、背に腹は代えられない。何よりきちんと見栄を張ってやせ我慢できるのも一つの特権だ。ようやく貴族らしいことができるぞと息巻いていた。
……のが、いまからだいたい二ヶ月前のこと。それを聞きつけたらしいポーレットさんが僕に雷を落としに来たのもその頃だ。
『なんで親を頼ってくれないの! というより第一公女閣下を迎えるのに高々13歳の財布でなんとかなるレベルに収まるわけないじゃないですか! 金ならあるんですからさっさと頼る! 鉱山オーナーの金庫を舐めるなー!』
いや、きちんと自分の稼ぎで迎え入れないといけないんです。僕の見栄なんです。と白状するまでポーレットさんは止まらず『そんなところまでセディに似なくていいんです』と膨れられた結果、ポーレット伯爵から貸付を受けることで決着。『きちんと踏み倒しなさい』という未来永劫聞くことがないであろうひと言とともに無利子無担保無期限の出世払いで貸付を受ける珍事が発生したのである。ポーレットさんは借金を一体なんだと思っているんだ。
そんなこんなで受け入れ体制が整って、リコッタを公邸に呼ぶことができたのである。
「あと他に今日の来客は……」
「サプライズで辞令交付式に登場すると公言しているトマス閣下ぐらいです」
「……とと様、公言したら意味ないのでは……?」
「僕もそう思います」
まあ、イザベルに伝えるな位の意図なんだろう。これはあれだな。リコッタへの援護射撃と僕への釘刺しの一環なんだろう。……そんなにイザベルを警戒する必要があるのか、僕は未だによくわからない。
僕等は階段をのぼってダイニングルームを目指す。慣れた階段だが、2人で上るのは慣れない。
「ともかく、今日のリコ様の公務の予定はこれでおわりです。あとはノンビリしていても大丈夫ですよ」
「……アオ様は?」
「いつも通りです」
「それは、いつも通りの激務ということなのでしょう? わたくしを頼ってくださいまし。騎士団側は明かせないものがたくさんあるのでしょうが、フィッツロイ子爵としてのお仕事であれば、わたくしもお手伝いできるはずです。特に面会依頼などはこちらでできることも多いでしょう」
「ありがとうございます。では、今後は子爵領の渉外まわりはリコ様にお渡しできますね」
「おまかせくださいませ。このリコッタ、必ずやお役に立って見せましょう」
演技臭くそう言うリコッタに笑いかける。
「……いつまでたってもイチャイチャが実務全振りなのはどうにかならないんですか二人とも」
「あ、ハリエット。おはよう」
「おはようございます、ハリエット。おはやいんですね」
階段を上りきったところで待っていたハリエット。
「イザベルちゃんの様子を拝んでおこうと思いまして。……ま、キチンと弁えているようでよかった」
「さては魔導で盗み聞きしてたな?」
ハリエットは肩をすくめるだけだった。
「あの感じなら大丈夫でしょ。きちんと覚悟を決めた顔をしてたし、あとは一度その覚悟を叩き潰してみてどうなるか、かしらね」
「叩き潰すのは既定路線なんだね」
「そりゃ当然。ちゃんとした絶望は必要よ。特にこういう仕事だとね。……アオ」
「なに」
「わかってると思うけど、あんたは人間よ。できることに限りがある」
「……なんの話だい?」
いきなり話題が飛んだようで、僕はハリエットの意図を見失う。
「――――――予言は、まだ続いているの?」
「確認のしようがないよ。それでも、王にはならないようにしなきゃね」
そう答えておく。六年前の冬、オーストレスで対峙した特級の封魔結晶、砕いたはずの土の王。その予言はまだ続いているのかもしれない。
「アオは優しいからね。……近々間違い無く戦争が始まる。上手くいったとして
「そうなる前に騎士団の存続危機だよ。少なくとも僕らの稼働率は100パーセントに近くなる。予備騎はない。機能不全になる方が先だ。まずは教育体制の拡充と、飛空魔導師部隊を僕らの他にもつくっていかないといけない」
「回答になってないわ」
じっと僕を見てくるハリエット。
「……それでも、彼女は部下になった。ならば、彼女を守るのも団長の務めだと思ってるよ」
「そ。わかったわ」
ハリエットはどこか寂しそうに笑った。
「朝御飯前から失礼しました、閣下。アオ、閣下を泣かせたら承知しないわよ」
「わかってるよ。ハリエット、わかってる」
ひらひらと手を振って去って行くハリエット。リコッタは首をかしげている。
「ハリエットはなにか思うところがあるのでしょうか……」
「かもしれませんね」
ようやく朝御飯だ。すこしばかりフォークが重く感じるかもしれない。それでも、それは覚悟の上で彼女を部隊として受入れると決めたのだから、飲み込まなければいけない。
心配そうに瞳を揺らしたリコッタだが、目が合うとその揺らぎを彼女は綺麗に隠してしまう。
それが申し訳なかった。
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