【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
辞令交付式といっても、内容はシンプルである。着任する相手に対して紙切れを渡すだけだ。もっとも、初の辞令になることもあり、騎士団員身分証として制服につけるバッチも合わせて交付する。
シンプルなはずだが、予定通り乱入してきたトマス閣下の謁見付きとなったことで式次第が変わる。まぁ、変わることを知らなかったのはイザベルたちだけなのだが、それでも急な予定変更にきちんと追従してきたので、想定以上だ。
「イザベル・ホランド。貴殿に第五〇騎士団運用一部厚生課勤務を命じる。併せて教育集団飛空魔導師養成初等課程の受講を命じる。聖星歴242年7月1日。第五〇騎士団団長、アオ・ポーレット」
王宮でこのあたりの所作は慣れているのだろう。かちっと決まった動きで受け取るイザベル。このあたりの安定感は随一だと思うが、どこか服装がうまく決まっていない。おそらくは自力で着替え、調整するように指導が入ったのだろう。彼女はこれまで貴族としてこのあたりは使用人におまかせだったろうから、大変苦戦したはずだ。
「ジュナ・サーストン。貴殿に第五〇騎士団副官室勤務を命じる。併せて教育集団輜重専修課程の受講を命じる。聖星歴242年7月1日。第五〇騎士団団長、アオ・ポーレット」
翻ってジュナさんはイザベルとは真逆である。服装は文字通り寸分の隙も無く着こなせているものの、所作が相当ぎこちない。それでもミネットが数時間でかなり頑張ったのだろう。基本的な動作は辛うじて及第点といったところ。メイドと騎士としての振るまいは異なるから当然だ。
そんなこんなで、凸凹コンビが騎士団に増えた。
今日のところの入団はこの二人だけ。来週には飛空魔導師養成初等課程で学ぶ魔導師、すなわちイザベルの同期になる者達が4名ほどやってくる予定になっている。この面々が半年の短縮課程でどこまで育ってくれるか、騎士団としても挑戦となる。
「それで、本当にただ覗きに来たんですか公爵閣下」
「悪いか?」
「うちの新人を威圧しないでください。僕も最近知りましたが、トマス閣下も相当にやんちゃして名が売れているそうじゃないですか。『双剣』のトマス・バリナード閣下」
そう口にするが、公爵閣下にはまったく効いていない。
「娘の婚約者の活躍を見ることができてうれしいぞ」
バンと強く肩を叩かれる。耳元に顔を寄せてくるトマス閣下。
――――――エセックス公が動くぞ、名誉団長がらみだ。
口の端だけでそう吹き込んでくる公爵閣下。
「全く親馬鹿なんですから。……
「つれない奴だな。わかった。
もう一度肩を叩いて去って行く公爵閣下。ため息をつく。
「ミネット」
呼びかけるとミネットがうなずいた。ミネットの耳なら、公爵閣下の非正規発言を聞き逃さなかったはずだ。
「この後は挨拶回りですよね?
「頼んだ」
マハマの名前を出したことでミネットがきちんと聞き届けてくれたことを確認する。裏取りが必要だ。
エセックス公爵家はイザベルの母親を輩出している。王国南方をおさえており、良港を複数抱えている都合上、新大陸との交易により経済面でも強力だ。
堂々と来る分には応対するという回答はきっとトマス閣下も捉えてくれたし、そのうち面会依頼が来るのだろう。コリンやマハマからの情報支援と、トマス閣下のコネ、あとはリコッタ仕込みの交渉術で何とかしていくしかない。
先触れとして駆けていたミネットを見送ってふりかえる。
「さて、辞令交付式といっても単純にこれだけだ。挨拶などは正直必要ないだろう。とりあえず関係する幹部クラスだけ紹介しておこう。ついてきてくれ」
そういってイザベルとジュナさんを連れ出す。
「ホランドさんと呼ぶべきなんだろうけど、関係者でホランドが頻発するからイザベルでいいかい?」
「もちろんです、団長!」
「……サーストンさんは嫌そうだけど」
「団長殿のいうことですから、従うまでです」
信用しすぎないというのはいいことだ。肩をすくめて返す。
「あの、ホランドさんって……」
「君の養父という扱いとなるジャンさんはもちろん、その息子さんが二人。あと、この後に会うアーノルド・ストラングウェイズ運用三部長の御父上がホランド伯爵で懇意にさせていただいている。ということでホランドさんと呼ぶと誰が誰だかわからなくなるんだ」
「なる……ほど……ホランド伯ってもしかして『盾』のホランドですか?」
「そうそう。王都でもやっぱり名が売れてるんだねぇ」
そんな会話をしつつ、二階の執務エリアに向かう。
「ちなみにサーストン姓の方もオーストレスにはいるけど、知り合いだったりします? 年配のメイドなんだけど」
「ん゛っ!?」
凄い音がしたぞジュナさん。大丈夫か。
「その方のお名前を伺っても……?」
「ヴェラさんだね。ヴェラ・サーストン。ポーレット伯爵家のメイド長をおまかせしてる」
「……私の叔母です」
「なるほど。だからか。足運びにちょっと見覚えがあったのか」
「叔母様……いまポーレット家にお仕えしていたのですか。そうですか……。武者修行のごとく様々な名家を渡り歩いてメイドをしていた人ではありますが、そうですか……」
「そうなの? もう六年以上になるんだけど」
「六年!? あの渡り鳥が、六年!?」
身内に渡り鳥扱いされているメイドを思い出す。僕にとってはきちんと影に徹してくれる優秀なメイドさんで、記憶に残らないメイドさんだ。
「……オーストレスのポーレット家ってあれですか? 鳥籠みたいな場所だったりするんですか?」
「ジュナ!」
怒った物言いになるイザベル。僕は声を上げて笑ってしまった。
「いいよいいよ。まぁ、居心地のよい環境にしようとは思って頑張ってるよ。僕も母上もね」
そう会話をしつつ『運用部執務室』の看板をかけた部屋に入る。インクの匂いと紙を繰る音に満ちた部屋だ。
「ここが執務室。この大部屋で運用部所属の本部員の皆さんに事務仕事をしてもらってる。看板が掛かってるからわかると思うけど、手前から一部、二部、三部で並んでる。といっても、一部はオーストレスの教育拠点があるから、そちらにデスクがある人も多いから、けっこうがらんとしてるでしょ?」
「あ、アオ君アオ君!」
窓際のデスクに山積みになった書類の影から小さいモミジの手が揺れているのだけが見えた。その席の頭上にには『運用一部長』の札がかけてある。
「シャルちゃん先生、また書類溜めたんですか」
「溜めたんじゃなくて、溜まるの! オーストレスとピストンしてるとどうしてもね。あ、お二人連れてるということは、ジュナちゃんとイザベルちゃんの着任日だね」
「はい、それで挨拶回りに」
「はいはい、待ってました!」
書類の向こうで耳が揺れたりふさふさのリスの尻尾が揺れたりしている。椅子から飛び降りたときの動きだな、あれ。
「改めまして、着任歓迎します。運用一部長のシャルロット・バードンです。教育集団長を兼ねていて教育訓練の統括もしていますから、教育訓練ではよく顔を合わせることになると思います。よろしくね」
シャルちゃん先生は相手をきちんと生徒として捉えてしまえば、すなわち教育という自身のフィールドに相手を巻込んでしまうと途端に肝が据わる。王宮の応接室ではあれだけガチガチだったのに、同じ王族相手でもフランクに会話できてしまうのは、シャルちゃん先生の凄いところだ。
「よろしくお願いします! バードン部長!」
「ご指導ご鞭撻のほどお願いいたします」
「うん。教育訓練そのものはジュナさんとイザベルさんで別課程って聞いてるんだけど二人とも認識合ってる?」
二人がうなずいたのを確認して僕を見るシャルちゃん先生。
「はい。ジュナさんは輜重課程に、イザベルさんは飛空魔導師初等課程になります」
「おっけー。イザベルちゃんたちの代は基本的にアイリスちゃんにおまかせになると思うけど、わたしもちょくちょく一緒に飛ぶことになるから、よろしくね」
「アイリスさん……というと?」
イザベルが首をかしげる。
「アイリス・ミルちゃんは第五〇二飛空隊隊長でハリエット飛空集団長の右腕として頑張ってる子だよ。イザベルちゃんやアオ君と同い年だから仲良くね」
「は、はい……!」
どちらかと言うと索敵や捜索を得意としているのがアイリスなので、イザベルは彼女の活躍をあまり知らなかったらしい。
「団長」
ミネットからの声が掛かる。振り返るとマハマとアーノルドを捕まえてきてくれていた。アーノルドがきちっと制服の前ボタンを留めているのは珍しい。おそらくミネットから小言を言われたんだろう。
「お、その二人が?」
「そうだ。こちらがイザベル・ホランドさんで、こちらがジュナ・サーストンさん。イザベルさんは厚生課、ジュナさんは副官室配属だ」
「となると、俺が顔をよく合わせることになるのはジュナさんの方だな。運用三部のアーノルド・ストラングウェイズだ。作戦のことは俺に聞け」
「あ……『地獄』の三部の……」
「ははは! 『生きては帰れぬ』が隣にいるぞ」
「一応死者も傷病離脱者もゼロなんですけどね、運用二部は。……ジョン・ボドウェ・スクワント・マハマです。運用二部次長をしてます。どうぞマハマと呼んでください」
「ということは……コリンさんの……」
イザベルの声にマハマは優しく微笑む。
「おや、ご存じでしたか」
「コリンが馬車で脅したみたいでね。マハマからも釘を刺しておいてくれないか?」
「あの眼鏡が僕の言うことを聞くと思います? 団長からどうぞ」
「つれないなあ」
マハマは最近ちゃんと図太くなった。魔導術の才能は無かったと本人は笑っているがそれを補って余りある言語能力と調整力を誇る。個人的にはさっさと気象集団長との兼任をやめさせたいところだが、人材育成が間に合っていない。
「……分りましたよ。言うだけ言っておきますよ。コリンさんと会う用事が丁度ありましたので」
「頼むね。……シャルちゃん先生、厚生課への引継はおまかせしても良いですか?」
「もちろん。じゃ、イザベルちゃんはこっちねー」
「ミネット」
「はい。おまかせください。ジュナさんはこちらへ。この後の動きを説明しますんで」
そんな形で本当に顔だけ合わせて解散になる……のだが。
「アオ」
「わかってるよ、マハマ。アーノルドも頼む」
「おう」
二人の声がすとんと
「さすがの俺でもエセックス公爵領にはパイプなんてねぇぞ」
「わかってる。だから繋ぎに行くんだ。トマス公爵閣下から情報が下りてきた時点でかなり温度感が高い。ひと月以内でコンタクトがある。アーノルド、演習計画を組む可能性が高いから構えていてくれ。バリナード公爵領側で演習になるなら既存プランで良いけど、向こうに出向くならゼロから組むことになる」
「了解」
「マハマはアーノルドへの情報支援。沿線の地理情報と街道の確認」
「わかった。気象集団を動かすけど、いいよね?」
「慎重にね」
そう答えるとアーノルドが意外そうな顔をした。
「支隊は頼らないのか?」
「あくまで演習の下準備だからきちんと正式に騎士団に紐付く気象集団でやるよ」
「公然の秘密はあくまで秘密ってわけだ」
「そういうこと。それにこちらの動きを漏らさないことはもうできないからね。だったらちゃんと目立って諜報活動をしたほうがお互い安全だよ」
マハマはそう口にして僕の肩を叩く。
「それで、どこまでやる?」
「正直なところ、国内の足の引っ張り合いは本格的な戦争に投入される前に片付けておかないとマズい。南のエセックス公が動くのであれば、そのタイミングでいろいろと認識合わせを済ませておきたい」
「あくまで認識合わせ、だな?」
「デモンストレーションなんてくだらないけどね。人が死ぬよりよっぽどいい」
足を止める。一歩進んだ二人が僕を振り返った。
「頼んだ」
「おう」
「任せて」
本当に僕は友人に恵まれたと思う。
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