【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
それから二週間ほどがたった頃、非公式ながらもエセックス公からの使者が僕の元にやってきた……のだが、使者としては妙だった。
やってきたのは商人風の格好をした男で、赤毛を丁寧になでつけ、整った顔立ちをしている。貴族にしては質素な格好であるし、移動に使っているのも馬車一台に護衛の騎兵隊数騎と最小限の編成だった。ホスト側として僕とリコッタが応対することになるのだが、異様に緊張しているのが見て取れた。
「はじめまして、フィッツロイ子爵アオ・ポーレット殿。エセックス公爵の使いとして参りました、ニューダンサントル男爵のアゼルスタン・ケントと申します。お目に掛かり光栄に存じます」
「ようこそおいでくださいました、アゼルスタン殿。どうぞ頭をお上げください」
「いえ、そうは参りません」
席を進めるも頑なに膝をついたまま頑なに断る使者のアゼルスタンを前に、僕は困り果ててしまった。エセックス公からの使者ということは、その名代である。つまりこちらとしてはエセックス公爵本人と同じ扱いをしなければならない状況であり、僕らが突っ立ったまま相手に礼をさせ続けるわけにはいかないのである。
「アオ殿は王国騎士団の団長であり、国王陛下からの寵愛の証でもあるその柏葉に礼を欠くことなどあってはならぬことでございます。また、リコッタ・バリナード閣下におかれましても、その才覚はエセックス公爵領でも聞き及ぶほど。祖父オズワルド・ケントよりお二人に礼を欠いてはならぬと厳命されております」
「まあ、過分な評価でございますよアゼルスタン殿。わたくしは父トマスやアオ様のお手伝いをしているだけでございますので」
オズワルド・ケントは現在のエセックス公だ。つまり使者としてやってきたアゼルスタンはエセックス公と血のつながりのある孫ということになる。尚のこと顔を上げてもらわないとまずいし、僕に礼を欠くなという指示の意図も上手く読めない。
「アゼルスタン殿、非公式の訪問とはいえ、貴殿はエセックス公爵閣下の使者であられます。礼を尽くすべきはこちらの方です。どうか、頭を上げておかけください」
「……それでは、お言葉に甘えて」
とりあえず席を勧める。僕らが掛けたタイミングを見計らって、メイド長のヴィクトリアさんが紅茶を出してくれる。妙に緊張しているアゼルスタンを前に、僕は営業用の笑顔を浮べてみせる。
「どうか楽にしてください、アゼルスタン殿。差し出がましいかと思いましたが、人払いを済ませています。魔導的にも盗聴など出来ぬように対策済みです。この場のことは、この場にいる人間以外から漏れることはありません」
「……ご配慮痛み入ります」
そう口にしてから紅茶に口をつけるアゼルスタン。ほっと顔が緩む。
「ニューマリソンですか」
「はい。エセックス公のお膝元の紅茶をお出しするのはいかがなものかと思いましたが、僕の好みにあい、お客様にお出ししても恥ずかしくないお茶を探すと、どうしてもエセックス公にまつわる品になってしまうのです」
「父も喜びます。ニューマリソンの茶畑は父が治めている地域にあります。最近ようやく新大陸の経営も落ち着いてきたところでして、きちんとした茶葉を下ろせるようになりました」
「それはそれは、これからもっとおいしい紅茶が飲めるとなると僕も期待してしまいますね」
「では今度よいものをお持ちします。私個人としても、ぜひともフィッツロイ卿とは良い関係でありたいと思っています」
「……と、いいますと?」
アイスブレイクをもう少し続ける必要があるかと思ったが、想定より早く本題に着地した。
「アイリーン・ケントは僕の叔母にあたり、よくしていただいていましたので」
「アイリーン王太子妃、ですね」
「はい。おかげで……その、イザベルとも面識がありまして。彼女がきちんと生き延びたということをきいて、少々ほっとしております」
「そうでしたか」
本心ではありそうに見える。一方で『私個人として』と前置きをしたということは、それがすべてでもなさそうだ。
「丁度彼女はオーストレスで訓練中です。もしバリナード公爵領への滞在を三日ほど延ばしていただけるなら」
「いえいえ、彼女は私達を振り切ってここにきたのです。会ってその決意を揺るがせるわけにはいきません……と、言えたら良かったのですが」
アゼルスタンはそう言って小さな封書をこちらに差し出した。
「祖父にして現エセックス公、オズワルドより預かって参りました。どうか、ご高覧いただきたく」
「拝見します」
リコッタがさっとペーパーナイフを差し出してくれたのでそれを使って封を切る、箔押しまでされた贅沢な便箋をざっと流し読む。
「合同演習、ですか?」
「はい。リコッタ公女閣下の御父上、バリナード公爵閣下にもお話をさせていただく所存ですが、この度、東のフォスター公、西のバリナード公、そして南を預かる我らエセックス公の三領合同で技術交流を目的に演習をできないかと考えております。それにぜひともフィッツロイ卿の銀翼……失礼、第五〇騎士団も参加していただきたいのです」
フォスター公が絡むこと以外は、マハマから聞き及んでいた通りの内容だった。おそらくそこまでの裏取りができなかったのだろう。それでも移動時間もある中、二週間程度でそこまでの情報を集められたのだから十分優秀だ。
「たしか第五〇騎士団は直近でアルデバラン伯のツバメ部隊と演習済みだとフォスター公から聞いています。その演習の折、アルデバラン伯が相当な礼儀知らずをフィッツロイ卿にはたらいたとか」
「いえ……あぁ、なるほど。だからフォスター公が絡んでくるのですか」
そう言うとアゼルスタンが神妙な顔でうなずいた。
「どこから聞きつけたのかはわかりませんが、フォスター公が一枚噛ませろと言ってきまして……。アルデバラン伯のツバメ部隊は既にリベンジマッチに燃えているそうです」
「第五〇騎士団として、皆さまの胸をお借りできるのであればぜひともお受けしたいところです」
そうは言うものの、すこぶる面倒である。
アゼルスタンの言い方だと王国東部に広い領地を持つフォスター公は配下であるアルデバラン伯のツバメ部隊を演習に投入してくる。対飛空魔導師戦術の検討という意味ではやり残した宿題を回収する意味でも話に乗りたいところだ。だがその一方で、この話が僕ら第五〇騎士団より先にフォスター公へ流れていたのが気になる。
「……私としては、断っていただきたいぐらいです。イザベルの叔父としては、特に」
「アイザック王子をつれてくることが条件ということですか。公式な演習となれば、
「御賢察痛み入ります」
その言い方を見るに、既にいろいろエセックス公は動き始めている。そして演習の場には僕にメンツを潰されたと感じているアルデバラン伯もいるわけだ。何か不手際があればそれを材料として槍玉に上げるつもりだろう。
つまり演習に僕らが参加する場合、ほぼ確実にアイザック王子関連で面倒な事態が発生するわけだ。
「演習については喜んではせ参じます。名誉団長殿にも参加いただけるよう調整いたしますと、エセックス公爵閣下へお伝えください」
「ありがとうございます。これで私も胸を張って帰ることができます」
そう言うもアゼルスタンは苦しそうだ。
「アゼルスタン殿は、イザベルさんとは仲がよろしかったのですか?」
話題を振ったのはリコッタだ。アゼルスタンは寂しげに笑う。
「それはもう懐かれたものです。彼女なりに必死だったのだと思いますが……」
「必死……ですか」
「えぇ。アイザック王子としてエセックス公爵家の期待を背負わされている。それでも身体は女性を目指して成長していくのです。いつかその期待を背負いきれなくなるのはわかりきっていましたから、見切りをつけられないように誰かに取り入るしかなかった。その宛先の一つが私だったのでしょう」
アゼルスタンの目が伏せられる。
「だからこそ、フィッツロイ卿には感謝をせねばならないのです。彼女を生き延びさせるだけの理由を拵えてくれた」
「……僕のコレだって時間稼ぎでしかありませんよ」
「それでもです。イザベルは聡明です。私達の大いなる時間稼ぎをきっと無駄にはしないでしょう」
「そうですね。そうであることを祈りましょう」
僕が会話を畳みに入る。それを感じてか、アゼルスタンが席を立つ。
「どうか姪っ子をお願いします」
「可能な限り手を尽くします」
「それを聞けただけで遠路はるばるお邪魔した甲斐があったというものです」
アゼルスタンを玄関までお見送りする。手土産として僕の領地であるフィッツロイ子爵領の名産品である毛織物持たせることに成功したのでとりあえずはこの場でできることはしたかたちになる。
「アオ様」
門の向こうへ馬車が消えたのを見届けてから、リコッタが僕に声をかけてきた。
「なんでしょう?」
「演習にいかれるのですよね?」
「はい。夏の終わりごろになりますが、こうなると出むかないワケにはいかないでしょう」
「……そう、ですよね」
「なにか気になることがありましたか?」
リコッタは真剣な顔で僕を真っ直ぐ見てくる。
「アゼルスタン殿は嘘をついておられます」
「でしょうね」
僕はそう返すしかない。リコッタだって、僕がそれをわかって飲み込んでいることぐらいわかっている。だから驚いた様子もなく言葉を続ける。
「アゼルスタン殿の領地は新大陸にあるのでしょう? 代官に任せているとしても、新大陸の男爵がそう軽々と王室の面々と面会できたとは考えがたい。イザベルさんともそこまで面識はないはずです」
「えぇ」
「きっと、イザベルさんを巻き込んだなにかが起るのでしょう」
「えぇ」
「そして、何が起るのかを、おそらくアゼルスタン殿は既にご存じでしょう」
「おそらく、そうでしょう」
僕はそう答えリコッタの頭にぽんと義手を乗せる。
「それでも彼は警告を与えてくれた。味方ではなくとも、その恩義には報いなければなりません」
「……そのために、危険な目にあうとしても?」
「それでもです」
とん、と僕の肩に彼女の頭が乗る。
「ねぇ、アオ様」
「はい、リコ様」
「これは、ひとりごとです」
「はい」
そう答え、わずかに空を見上げる。
「……正解は、アオ様を見送ることなのでしょう。旦那様が受け止めると決めたものなのですから、それを信じて領地を、屋敷を守るのが、貴族の女というものなのでしょう」
いつもより小さな、張りのない声。
「行く先にはきっと強引に押し通らなければならない事態が待っている。暴力でねじ伏せるしかないことが待っている。……それはアオ様が最も嫌っていると当時に、アオ様なら十分に可能なことだと、リコッタは存じています」
リコッタは本当に僕のことをよく見てくれていると思う。そっとその肩に手を回す。
「求められるなら、貴方はそうするのでしょう? それが公爵領を、王国を救うのであれば、貴方は迷い無くそれを成す。……そのための刃として騎士団を立ち上げたのですから。それが貴方の願いで、その願いの果てにわたくしのいまがあるのだと、わかっているのです」
声に湿度が帯びる。夏の始まりの生ぬるい風が僕らを包んだ。
「それでも、不安になるのです。不実な願いだとわかっています。これが醜い独占欲でしかないことぐらい、わかっているのです。それでも貴方は貴方の力が求められる限り、飛んでいってしまう。それが口惜しく感じてしまうのです。わたくしが貴方を求めたときに、そして貴方がわたくしを求めたときに、隣にいられないかもしれない。その恐れを退けきれない自分が、とても口惜しくて……」
「……これもまた、僕のひとりごとですが」
僕は、そっとつづける事しかできない。これがリコッタの望んだ答えでないことを知りつつ、それでも僕は彼女に嘘をつくわけにはいかない。
「僕は僕自身が知っているよりもよっぽど強欲で、意地っ張りなんだと最近気がついたところなんですよ。僕はその意地をきっと捨てられずに苦労して、その見栄のために死ぬのかもしれません。それでもその意地は、僕があなたの隣に立つために必要だと信じて背負った意地なんです」
「……そんなの、殿方の理屈ですわ」
「その通りです。矮小で、自分勝手な理屈です。それでも僕は君の盾でありたい。――――――リコッタの為に立つ騎士でありたいのです」
そう口にすると、リコッタは一歩前に出て、振り返る。極至近距離で視線が合った。
「……ずるいひと」
それだけ口にして、彼女は小さく背伸びした。そのまま僕の頬に口づけをして、屋敷の方に掛けだしてしまう。
僕は、ずるいだろうか。
そう思いながら、彼女を追い掛けるしかできなかった。
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