【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
オーストレスのフィッツロイ子爵領には僕の城があり、そちらに教育拠点と魔鳥の育成拠点を置いている。僕も時々顔を出すようにしているので道中の飛行経路は全て頭に入っている。今日はアーノルドが僚騎を務めてくれているから油断はできないものの比較的気楽な旅路だった。万が一に備えて四一式カービンを背負っているものの、こちらも使う機会は無さそうだ。
《それで、アオ。結局なんでリコ様があんなにご機嫌だったんだ?》
「知らないよ。僕だっててっきり拗ねられるもんだと思ってたんだから」
オーストレス川が作る谷の入口を遠目に見ながら僕は進路を合わせる。アーノルドは僕の左横を0.5マイルの距離をとって飛んでいる。ここからだと豆粒のようにしか見えない。
彼は馬も魔鳥も上手く、騎士としては一級品の腕前だ。魔鳥たちからは『アーノルドは体重をもう少し落としてほしい』と不人気であるものの、それはアイリスやミネットといった体重の軽い乗り手が多いせいで、彼のせいではない。
《とはいえ候補生の様子を見に行くって伝えたワケだろ? それって要はイザベルの様子を見に行くのと同じじゃんか。それで上機嫌ってどんな魔法を使ったんだ?》
「だから知らないって。なんなら昨日は『ずるいひと』なんて言われたっきり部屋に籠もられたんだ」
《絶対なにかやらかしてるだろ》
「さすがの僕でもそれはわかってるけどさ。それでも知らないものは知らない。……パルサーフライト、
《ツー》
「
会話を切るように旋回指示を出す。陣形を保ったまま進路を変更するために、先にアーノルドが旋回を開始。僕は米粒みたいに小さな彼の影が僕の後ろを通過するまで見張る。僕の愛騎になりつつあるティムの尾羽を基準に位置を測り、こちらも転進。
「ワン、
左右が綺麗に入れ替わったかたちで45°旋回を完了する。
《アオ、そろそろ腹決めて側室作れよ》
「嫌だよ面倒くさい。複数人を相手取れるほど僕は要領良くないしリコ様がいるのにそんな不義理なことができるか」
《一途だねぇ。でも、それじゃミネットさんやハリエットさんは生殺しだぜ?》
僕は抗議の意味も兼ねて返事をしない。アーノルドはそんな僕の様子を感じたのか、どこか楽しそうだ。横一線からの45°旋回は互いの距離がおおよそ半分になるけれど、それでも互いの表情は見えない距離だ。それでもアーノルドが笑っているのがわかる。
《ま、俺もお前ももうすぐ成人だ。言い訳はそろそろ効かなくなるぞ》
「……公爵閣下みたいなことを言うね」
《なんだ。トマス閣下にも同じ事をいわれたのか?》
「演習に向けた認識合わせの後にね」
《昨日のことか》
「うん。母上をダシにさっさと僕の血を後世に残せるようにしろってさ。リコ様の身体もまだ育ちきってないし側室をとるべきだとか、ハリエットやミネットとはどうなんだとか、寝言は寝て言えって話さ。僕のこともリコ様のことも馬鹿にしてるよ」
僕の血を残せなんて言ったところで本当にナンセンスだと思う。そもそも僕はポーレット家の養子で、ポーレットさんの血を引いているわけじゃない。魔導の才能は遺伝の要素があるとは聞くも、僕の場合は左眼に癒着した封魔結晶の影響があまりにも大きい。そんな状況だから僕の血に価値があるとは思えないし、どうしても跡取りが必要だというのなら、ポーレットさんが僕を迎え入れたように僕も養子をとればいいだけだ。
《で、お前はどうしたんだ? その様子だと『はい』とは言わなかったんだろ?》
「食事を中座して帰った」
《……なるほど。お前がずっと不機嫌なわけだ》
言うほど不機嫌だろうか。いや、不機嫌か。
《リコ様はそれを知ってるのか?》
「軽く話したよ。晩餐会で遅くなる予定だったのに早々に切り上げて帰宅したもんだから不審がられたんだ。本当はリコ様の耳にも入れたくなかったんだけど」
《リコ様が上機嫌になった理由はそれだな。心配した俺がバカだった。今頃トマス閣下はリコ様に正座させられてるんだろうけど》
恐いねぇと他人事のように言うアーノルド。実際他人事だから正しい反応であるが、それに腹が立っているのを自覚して、理性的になりきれていない事を悟る。
「で、そういうアーノルドはアイリスとどうなんだよ」
《お、聞きたいか?》
「やっぱりいい」
集合の合図も出してないのに、アーノルドは乗騎をすいっと寄せてくる。
《ま、俺も長男だし許嫁は別に決まっちゃってるからアイリスを正室にすることは許されないんだけどな。ま、上手いことやるさ》
「その許嫁とは上手くいってるのか?」
《まだ会えてもいないのに上手いも下手もあるかよ。そのうちお見合いの調整が入る。日程決まったらまとめて長めに休暇とるからその時は頼むぞ》
「それはもちろん対応するよ」
《おう》
それだけで会話が止まる。高度を落とさないように注意しながら山際を進む。山肌に沿った上昇気流、リッジリフトを探して高度を楽に維持できるように意識しながら、谷筋を駆け上っていく。しばらくすると整った街並みが見える。オーストレスの市街地だ。ポーレットさんの本拠地でもあるお屋敷も見えるが、今回はその上空をパスしてさらに奥のフィッツロイ子爵領を目指す。
「……ん?」
お屋敷のテラスで手を振っている影が見える。
「ツー、しばらくパンプしててくれる? ちょっと挨拶してから追いつく」
《コピー。母君か?》
「みたい」
《んじゃ、しばらくクルクルしてるよ。この地形なら上昇気流も捕まえやすいし、大丈夫だろ》
「悪いね」
上空で時間調整をしてくれとアーノルドにお願いし、乗騎のティムに左旋回で降下を指示。滑るように高度を落としてお屋敷の方に寄っていく。適当なところで飛び降り、風の魔導で軟着陸する。
「おかえりなさい。アオ」
「母上、よく到着がわかりましたね。魔力はあまり使わないようにしてたんですが」
「ふふっ。母親の勘です」
そういって朗らかに笑うポーレットさん。おそらく今日は面会などの用事を無くしていたのだろう。生成り地のワンピースのようなシンプルな貫頭衣を身につけている。部屋着そのままで男性使用人もいるのに無防備だと思う。いろいろと心配になるぞ母上。見慣れてしまっているのもあるのだろうが、出会ったころからあまり歳をとったようにも見えない。なんというか、うん、心配になる。
「体調崩してない? エセックス公に睨まれそうって聞いたけど、大丈夫?」
「睨まれそうなのは変わりませんが、大丈夫ですよ。母上も元気そうでよかった」
「もちろん。元気元気。研究周りも大分進捗しててね。ようやく鉱毒浄化魔法の外部化がかたちになりそうなの」
「! ほんとうですか!」
「といっても、陣の小型化まで手がつけられてないから、小屋ひとつ分ぐらいのサイズになっちゃうんだけどね」
ここ最近で一番いいニュースだ。ほとんどポーレットさんの固有魔導状態になっていた鉱毒浄化の魔法を常設型の魔導具として稼働できるようになれば、災害時のリスクが一気に下がる。そうすればオーストレス川水利組合に改称されたオーストレス広域水利連絡会最大の課題が解決される。
「これで鉱滓ダム周りのあれやこれやが片付くと思えば、アオの心配事も減るでしょう?」
「よかった。これでようやくダム管理予算の縮小へ舵が切れる……。僕の代で鉱滓ダムの整理がつけば、閉山後の課題もコンパクトにできますからね。それを聞けただけで来た甲斐がありました」
「これから上に?」
ポーレットさんの言う上は上流のこと、つまりフィッツロイ城にいくのかということだ。
「はい。演習に向けて新人たちの様子を見に」
「イザベルちゃんたちね。みんないい感じになってるわよ」
「母上に太鼓判を押してもらえるなら大丈夫そうですね」
「うん、アイリスちゃんもいい先生になってるから、きっと驚くわよ」
「?」
なにか驚くようなことがあるのだろうか。そんなことを思っているとポーレットさんがぽんと肩を叩いた。
「さぁ、アーノルド君を待たせてるんでしょう? 行ってあげないと」
「ありがとうございます。またすぐに寄りますね」
「うん。待ってるから」
笑ってくれたポーレットさんに背を向けてテラスの手すりからぽんと飛び出す。風の魔導で一気に身体を持ち上げるとティムが僕を下から掬い上げてくれた。上昇気流が若干弱いのでそのままティムをアシストしつつ高度を稼いで上空待機していたアーノルドに合流。
《もういいのか》
「あぁ。待たせた」
《まだ一週半だ。待ったうちに入らないさ。母君はなんて?》
「アイリスがいい先生になってて驚くってさ」
《何だよそれ》
アーノルドが笑っている。そのまま隊列を組み直して上流に進路をとった。フィッツロイ城までは、もう少しだ。
†
たしかに驚いた。
「アイリス。なんでみんな死屍累々なんだい?」
「短縮過程だからね」
「いや、そういう次元の問題じゃないだろこれは」
僕らがたどり着いたのは教場のひとつで、五人の候補生が机に突っ伏している。アイリスも背が伸び、魔導教官としての黒いローブを羽織って笑う。学校の魔導術入門の同期の中だとアーノルドに次いで背が高く、胸も成長してきたアイリスは良くも悪くも……概ね悪い方向でポーレットさんの影響を強く受けた。属性を問わずオールラウンドにそつなくこなす万能魔導師として大成しつつあるアイリスも今や二級魔導師で、体系立って整理された幅広い魔導術の知識はとんでもないことになっている。
その知識を遺憾なく発揮して実施されている魔導術の講義なのだが、僕の想定よりもだいぶ進行が早い。
「もう空間解析やってるんだ」
「補助ありで、だよ。四一カービンと『布の盾』の使用前提だからそこまでの計算量じゃない」
「嘘だ……絶対嘘だ……」
「こーら、ペグー候補生。コレぐらいでへこたれないでよ。飛ぶようになったら、これをやりながら味方と魔導通信を確立しつつ攻撃魔導を撃ち出すんだから」
「鬼……」
候補生であることを示す黄色いジャケットを着た五人はものの見事に目が死んでいる。黄色なのは上空で見つけやすくするためと、万が一の墜落時に見つけやすくするためだ。おかげで候補生を『ひよこ』とか『チビ』と呼ぶ悪習ができている。言い出しっぺはハリエットだ。
アイリスに恨み言を呟いていたのはグレッグ・ペグー候補生。その横で突っ伏していたイザベルが僕らの会話に気がついた。
「あ、アオ団長……お疲れさまです……」
「ほんとうにしんどそうだね。みんな身体は大丈夫かい?」
「いえ……身体はいいんですけど……頭が……あたまがばくはつしました……」
「完了形で言うことじゃない気がするけど、まあ、しばらく頭を休めるように」
へろへろと立上がろうとしたイザベルを諫める。
「アイリス。何をどうしたらこうなるんだ?」
「え? 私達と同じ課程でやっただけだけど……」
「バードン部長に4年間扱かれてた俺たちと違うんだぞ」
「えー? アーニーもそう言う?」
いつからかアーノルドを愛称で呼ぶようになったアイリス。なんだかんだ言って両思いなのは公然の秘密になっている。
「進捗としては巻きかな?」
「一応ね」
「引率を付けてついて行くくらいは出来そう?」
「僚騎としてついていくだけなら。作戦行動はまだ無理だし、大規模編隊も避けたいかな。……アオ君が気にするってことは、もう動かす予定ができた?」
「その話を午後に候補生を巻き込んでしたい。ということで、ヒトサンサンマルからの訓練は再調整してほしい。今日明日は僕らも手を貸せるから模擬戦とかが必要であれば言ってくれ」
「わかった。用意しとく。ヒトサンサンマルからね」
「頼む」
引っ込み思案だったアイリスがしっかり先生しているのはなんだか感慨深い。
「で、それはそれとして……候補生のみんなは、団長と運用三部部長が来ているのになんで敬礼もせずに突っ伏してるのかな?」
アイリスが声のトーンを落として静かにそういった。慌てて椅子を引く音がする。
「はい、もう遅い。候補生は教場を15週してから戻ってきなさい。昼休憩はそれからね」
「お、ランニングか。俺も走ってくるわ」
「それじゃあストラングウェイズ部長に追い抜かれた子は追加で腕立て30回にしよう。ほら、駆け足!」
アイリスはそうさらりと言ってイザベルたちを追い出していく。アーノルドがウキウキでその後を追った。
「アイリス……それはもう最初から全員に腕立てを課した方がマシなんじゃないかい?」
「いいの。いきなりやってくるアオ君もアオ君だけど、号令担当のグレッグ君が号令を掛けなかったのが悪いからね。ちゃんと締めとかないと示しがつかないし、アーニーが舐められてるのは私も嫌だし」
「……そうですか」
「なんでアオ君が遠い目をするの?」
「目立ちたくないって言ってたアイリスが立派になったなって」
「そんなこと言ってられないぐらい話が大きくなっちゃったんだもん。アオ君のせいだからね?」
「はいはい」
アーノルドの笑い声と悲鳴が遠くから聞こえてくる。アーノルドの訓練好きは相変わらずだ。
「……ま、午後は優しく頼むね。結構大きい話になるし、候補生にもしっかり話を聞いてもらわないといけない」
「イザベルちゃん関連?」
「広く言えば」
「わかった」
アイリスは素直にうなずいた。
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