【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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魔導義肢

 ポーレット子爵に同行するが、まだ子爵家には入らないという報告を、公爵閣下は少し残念そうに「そうか」と言って受け入れた。終わってからポーレットさんは、ホッとしたように笑っていた。

 

 頭が『わーっ!』となるとポーレットさんは言うけれど、立派だと思う。

 

 ポーレットさんは、きっと領地でも愛されているというか、周りが放っておかないのだろう。誰かの懐にポンと踏み込んでしまう、空気の柔らかさがある。なんというか、そう、人たらしだ。

 

 その人たらしっぷりは、晩御飯を一緒にとることになったハリエットやリコッタ相手にもいかんなく発揮された。あっという間に二人と距離を詰め、会話を引き出していく。早速僕の食事介助もされてしまった。

 それにしてもポーレットさんは、異様に子どもの扱いが上手い。……なんだか僕も手玉に取られた気がして、少し腹の据わりが悪かった。前世の人生もカウントするとポーレットさんよりはるかに上(それとなく確認するとポーレットさんはまだ二一歳だった)なのだ。なんとなく、負けた気持ちになる。

 

 もっとも、それは僕のくだらないプライドやら見栄が原因なのはわかりきっているので、認めないわけにもいかない。そんな気持ちをポーレットさんは知ってか知らずか、丁寧に世話を焼いてくれた。

 

「では、アオ! オーストレスでお待ちしてますからね! リコッタ様も! ハリエットちゃんも機会を作ってぜひ来てくださいね!」

 

 翌朝には手をブンブンと振って馬車に乗り込んでいくポーレットさんの姿があった。このあたりはすごく年相応に見える。おそらくこっちが素なのだろう。

 

「……早く腕が届くとよいですね」

 

 リコッタがそう言ってくれる。僕は素直に頷いた。

 

 

 

    †

 

 

 

 それからしばらく魔力のトレーニングに明け暮れ、単語や文字の確認などの補助なしで子供向けの歴史の本を読み込めるようになった頃、僕の義肢が届いた。

 

「初めてお目にかかります。ローグ魔導義肢装具、上席装具師のビル・ローグと申します。以降お見知り置きを、本日から、私と息子のアレインがアオ様の義肢の調整を承ります」

 

 大きなトランクを提げた老紳士が恭しく一礼をしてくれた。その横の細身の男性、アレインさんもまた礼をする。アレインさんはたしか採寸で来てくれた人だったと思う。

 今日はリコッタとハリエットも同席している。なんだか僕よりも二人のほうがわくわくしているような印象だ。

 

「本日はアオ様の腕の初期調整をいたします。よろしくお願いいたします」

「よろしくお願いします。アオと申します」

 

 こちらも頭を下げる。メイドさんが手伝ってくれて、上半身を晒す。この一月ほどで、大分筋肉も落ちてしまった。頑張って鍛え直さないといけない。

 

 ベッド脇のテーブルにトランクが置かれる、木製の重厚なトランクは、縁も銅製らしいプレートが貼られ、いかにも『高級なものが入っているため取扱注意』と言いたげな見た目だった。

 

「おぉ……」

 

 トランクが開かれると、ビロードの中張に包まれたそれが出てきた。

 

「これが、僕の……」

「はい、アオ様の、新しい腕でございます」

 

 つやが出るまで磨かれた金属製の腕だった。腕の形、手の形がしっかりと再現されている。いかにもメカメカしい見た目で、『魔導義肢』の魔導の部分の要素が薄いようにも見える。

 

「人間の腕を正確に再現していますので、生身の腕と違和感がほぼ無く用いることができるかと存じます」

「どうやってつけるんですか?」

 

 そう言うとトランクの蓋の方に格納されていた革紐を取り出すビルさん。

 

「基本的にこのストラップで吊るすことになります。肩の位置から魔力を通すことで、完全に固定されます」

 

 アレインさんが肩にシルク製の布をかぶせてくれた。それ越しに義肢があてがわれ、ストラップで吊るされる。

 

(重い……!)

 

 これだけでかなりの重さだ。しっかりとストラップが締め付けられれば大分楽になるが、それでも窮屈な感じが否めない。肩と脇の下を通る位置で革のベルトが締め込まれているのだから仕方が無いだろうが、これからこれに慣れていかなければいけない。

 

「では、魔力を通してみてください。この腕の中に魔力が満ちるイメージで良いです。そこまで精細に魔力の流路を思い描く必要はございません。この腕そのものが魔力を湛える器でございますので」

 

 そう言われ、自分の魔力をそっと両手に流す。どれだけ流し込めばいいかわからないが、思ったより早いタイミングで魔力が一杯になった。これ以上通すと壊れそうなので素直に止める。

 

「さすが、公爵閣下がお目を掛ける方でいらっしゃいますね。ここまで速く導通するとは……アオ様は腕の記憶をお持ちということですので、ゆっくりと腕を持ち上げてみてください」

 

 そっと、手を持ち上げるイメージを持つ。思ったより速くふわりと腕が持ち上がってしまい、慌てて止める。

 

「わあっ!」

 

 本当にうれしそうな笑みを浮かべたのはリコッタだった。

 

「動きました! 動きましたよ!!」

 

 我がことのように喜んでくれるリコッタの反応をみて、すこしばかり面映ゆい。

 

「はい。大変お上手です。アオ様、痛みなどはございますか?」

「いえ、痛みはないのですが……魔力を通してから、重みが減った……?」

「左様でございます。腕の重さは魔力で支えることになります。しっかりと装着されていれば、義肢に大きな加重が掛かっても外れることはありません。懸垂のようにストラップだけでは外れる方向に動作させても、問題無く動きます」

 

 これはすごいぞ。装着はかなり手間だが、しっかりと動く。

 

「ただ、おそらくもうアオ様はお気づきかと存じますが、この腕には触覚がございませんので、繊細な作業にはかなりの訓練を要します。最初はスプーンを持とうとして曲げてしまったり、ペンを持とうとして落としてしまったりなどがよく起りますので、どうかご注意ください」

「それだと、しばらくスープは引き続きリコッタ様にご担当いただかないと。ね、姫様?」

「はいっ!」

 

 ハリエットが茶々を入れる。まだ続くのか、スープふーふー係のリコッタ様。早く僕も回復してリコッタに負担がいかないようにしないといけない。

 

「力を掛けすぎて誰かの骨を折ってしまうとかが怖いので、出力リミッターを掛けられますか?」

「もちろんです。日常生活で使える範囲に収まるよう設定が可能です。一定以上の魔力を急速につぎ込むと、リミッターは解除できますので、非常時にはそれで対応可能です」

「あと……トレーニングはどれくらいで身につくものなのでしょうか」

「人によりますが、アオ様は既に綺麗に動かせているので、おそらくすぐに使いこなされるかと。どちらかと言えば、装着や、日頃のお手入れなどの方が大変です」

「なる、ほど……」

 

 リコッタが僕の左手をとったのが見える。

 

「大丈夫です。わたくしもしっかり覚えますので!」

「心強いです」

 

 そう答えて笑う。これではっきりしたのは、僕はもう一人で生きていくことができなくなったことだ。おそらくこの腕は見た目通り精密機械に準じた扱いが必要なはずだ。そうなると、メンテナンスができなければ、遅かれ早かれ機能を喪失する。そうならないためには、メンテナンスができる人をそばに置き続けるほかない。それはメイドや執事を雇うということであり、それに足る稼ぎを得続ける必要があるということだ。

 

 リコッタはお世話する気満々だが、都度公女様を呼び出すわけにはいかない。僕が操作できないとしても、僕自身がメンテナンス手順を熟知しておく必要がある。

 

「メンテナンスを含めた操作方法を教えてください。また、それらを書類としていただくことはできますか」

「もちろんでございます。それでは、始めましょう」

 

 なにか新しいことができるというのは、いいことだ。

 

 ――――――

 ――――

 ――

 

「……と、思っていた時もありました」

「だ、大丈夫ですかアオ様……?」

 

 装具師のお二人が帰られてからも練習をつづけていたのだが、その日の夜で既に心が折れそうになっていた。呆れた様子でさっさと別れたハリエットを見送ったのは結構前。今日中にどんなにヘロヘロでもいいからペンを持つという目標は未だ遠い。

 

 操作手順を覚えるまではよかった。だが、触覚なしで指先のコントロールを効かせるというのが、想像以上に難しい。これまでに、陶製の皿を指先でねじ切り、銀製のフォークをねじ曲げ、リンゴを三個握りつぶした。そのたびにリミッターをキツくしてもらったが、これ以上手首から先のリミッターを強くしすぎると、今度は重量物を持てなくなるらしい。あとは見た目で操作するしかない。

 

(これじゃあ、リコッタの頭をなでるとか、握手をするとか、そんなの夢のまた夢だな……いつになるやら)

 

 しかも、いま自分がどれだけ魔力を込めたのかを確認できないのだ。リミッター上限を一〇〇として何パーセントの力をかけているのか正確な値がわからず、勘で身につけていく必要がある。魔導義肢はなかなか普及しない高級品と言われるのも当然である。フォークひとつ手にとるのに職人技が要求されるなんて、そんなもの普及するはずもない。

 

「せめてカラーバーかパーセンテージを見せてくれ……」

 

 机に突っ伏していると、リコッタに肩を揺すられた。

 

「アオ様……? 本当に大丈夫ですか?」

「大丈夫です。ありがとうございます」

「嘘はいけません。ぜんぜん大丈夫には見えません!」

 

 リコッタが頬を膨らませている。

 

「『からーばー』がなにかはわかりませんが、またアオ様が無理をされているのは私がいやです」

「そんな無理は……」

「されてます!」

 

 ぐいと顔を近づけられて、こっちがのけぞってしまった。バランスを崩して後ろに身体が倒れていく。支えようとしてリコッタが手を掴んでくるが、魔導義肢の重さもあって支えられるはずもない。一緒に倒れることになる。

 

(まずい……っ!)

 

 突き放すような動きはできない。彼女の腕を握り込むこともできない。ここで力んだら文字通り彼女の身体を壊してしまう。なんとか腕をひいて彼女を自分に引き寄せる。

 

「でっ……!」

 

 綺麗に背中から落ちた。ストラップの金具が肩甲骨を突き上げて痛い。それでも、身体の上に子ども一人分の体重が乗ったので、なんとかクッションにはなったらしい。

 

「リコ様、大丈夫ですか!?」

「どうなさいましたか!?」

 

 僕が声を掛けると同時に、物音を聞いてメイド隊長のヴィクトリアさんが飛び込んできてくれた。椅子が盛大にひっくり返ったので、結構大きな音がしたんだろう。

 自分の胸板の上でぎゅっと目を閉じているリコッタをみて、僕の手が彼女を押しつぶしていないのをみて、安心する。落差はほとんど無いから、僕の怪我も、彼女の怪我もほとんど無いだろう。

 

「えへへ、アオ様って重たいんですね」

「……驚かすのはおやめください、リコ様」

 

 笑顔が見えて、ため息をついてしまう。

 

「ごめんなさいアオ様。ヴィクトリアも、私がアオ様を驚かせてしまったの。どうか彼を怒らないで」

「……リコッタ様、どうかお気をつけください」

 

 半分ため息をつきつつ、リコッタを引き起こしてくれるヴィクトリアさん。僕は自力で立ち上がる。自力で身体を起こせることのなんと素晴らしいことか。

 

「動いてなかったので、筋肉が落ちてきました。運動しなきゃですね」

 

 重心が高くなり、同時に重量が増えた。いろいろと身体を戻していかないとだめだ。今みたいなときにちゃんとバランスをとれないと、人に会うだけで神経がすり減ってしまう。

 

「……アオ様はやっぱりお強いですわ」

 

 手を取ってくれるリコッタ。触れられている感覚はわからない。それでも、きっとその手は柔らかくて(ぬく)いのだろう。さっき僕の胸の上で感じた彼女の体温を思い出してしまい、目を伏せる。

 

「でも、きょうはここまでにしましょう。ねっ?」

 

 誘われて、頷く。ちょうどヴィクトリアさんもいるので、腕を外して今日はここまでにすることにした。

 

 なお、革製のストラップが擦れたせいで肩から胸に掛けて真っ赤に腫れ上がっているのを見つけたリコッタが泣き出してしまうことを、このときの僕はまだ知らなかった。




見た目は完全に鋼の錬金術師の機械鎧です。本当にありがとうございました。

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