【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
アオは、私にとって弟みたいなものだった。
ファイフ旧市街の北門周辺は売春窟と酒場と肉屋だらけで、血と脂と腐った汁の匂いがする。そんなところでも一等臭いゴミ箱から見つけた男の子がアオだった。服どころか、おくるみ一枚、おむつ一枚すらなく、文字通りの身体一つで放置されていたので驚いたのをよく覚えている。きっと捨てた人はその子に恨みでもあったのだろう、もしくは先に彼を見つけた誰かが服とか全部剥いで古着屋に売り払ったか。ともかく、酷い有様だった。
その子は男の子といってもまだ赤ん坊に毛が生えた程度――もっとも、体毛は黒っぽい髪の毛とまつ毛とか以外はつるつるだったけど――の見た目だったし、霜が降りそうな夜だったから、今晩だけでも湯たんぽ代わりになればいいやと思って拾った。こんな臭い子、すぐに死ぬだろうし、死んだらまたゴミ箱に突っ込めば良いと思っていた。
そのはずがなんだかんだ春まで生き残り、ハリエットという私の名前も覚えてしまったのだ。とんだ想定外である。この子を私が育てるのかよと神様を呪った。でも生きているのを捨てるのは、私を勝手に産み落とすだけ産み落として放り出した女と同じになるから死んでも御免だった。
だから、私の舎弟として名前を与えることにした。たまたま空を見上げたら晴れていたので、その色から『アオ』と呼ぶことにした。その時晴れてなければきっと彼の名前は『アメ』とか『クモリ』になっていた。そこだけは神様に感謝してもいいのかもしれない。
アオは字は読めないけど頭がいい。年齢のわりに手先が器用で、おしゃべりだ。布の木っ端をつかってバラのブローチを作る作り方を教えたら、すぐに覚えた。身体が自由に動かせるようになると、煙突掃除やトイレのくみ取りを覚えさせた。それも覚えた。
この物覚えの良さはたぶん血筋もあるんじゃないだろうか。アオは商人か貴族の私生児が口減らしで捨てられたか、はたまた高級娼婦の落し子か、そんなところだろう。どれも売春窟ではよくある話だ。『高級娼婦になって上客の大商人の私生児を孕んだけれど、孕んだせいで収入が無くなり、その上客に捨てられ、憎さ百倍になって子どもを殺す』……ありふれすぎて誰も気に留めない。そんなことより手元の銅貨一枚が大事だ。これでバゲットが買える。
泣き虫で、熱もよく出すのに、真面目でしぶとく生き残る。それがアオだった。
だから、間違って魔法を使ってしまったせいで私が学院に放り込まれた時も、きっとアオならなんとかなると思った。その時はまだアオは四歳ぐらいだったけど、なんとかなると思っていた。まあ、アオだから。
「それが、男爵様になりそうなんだもんなぁ……」
バリナード城は文字通り、バリナード公爵家が持つお城で、そこでアオが保護されていたのには驚いた。ファイフ公爵領からは馬車で三日ほどかかるし、アオが馬車に乗れるはずもないので、最低でも一週間ほどは歩いたはずだ。こんなところにいるはずがないと思ったら、歩荷として公爵家の車列に混じって荷物を運んでいたらしい。確かに歩荷は稼ぎがいいからやっていたのは納得だ。
だけど、命がけで公爵家のお姫様であるリコッタを助けて両腕と左目をなくしていましたなんてなんの冗談だ。しかも、姫様がべったりなのである。人生大逆転を寝る前に夢見たりするのは良くあるが、それを地でやってしまった。
「あ、ハリエットさん!」
そんなことを考えながらお城を歩いていたら、後ろから声を掛けられた。ぽてぽてと駆けてくるのはくだんの姫様、リコッタだった。六歳というには少し小柄な女の子でどうしようもないぐらいにお人好し。絵に描いたような『いい子』で、あまりに純粋無垢なので、見ているこっちが心配になる。こんな平民を『様』付きで呼ぶのをなんとかやめさせるのにも苦心した位だ。この子拉致られたりしないの? といらない心配をしてしまう。
まあ……きっと拉致なんてメイド隊が許さないんだろうけど。今もリコッタの後ろから付いて歩いてくるメイドが三人。わざわざ『部隊』として組織化されている通り、全員武装している。今の三人も短刀をスカートに隠しているのを、アオやリコッタは知っているのだろうか。
「こんばんは、姫様」
「はい、こんばんは」
「アオはようやくやめましたか」
「えへへ、ようやくです」
そう笑ってみせるリコッタ。その顔をみて違和に気がついた。
「あれ、目元が腫れてますが、姫様……?」
「あっ……いえ、なんでもないです」
そういって目元をこするリコッタ。それは目元を拭うような仕草で、直前まで泣いていたのがわかる。
「姫様。五分ほどお待ちください。取り急ぎあのバカを締め上げて参ります」
「待ってくださいハリエットさん!」
公爵公女に羽交い締めにされるという貴重な体験をしたが、話を聞くとなんとかアオに今日のところは諦めさせたところだったらしい。ここで怒るとまた練習に没頭しかねないとのことで、とりあえずは納得したことにする。
「……ほんとうにうちの舎弟がご迷惑をおかけしてます」
「いいえ。ハリエットさん、いいえ。これは、わたくしの楽しみですから」
そう言って横に並んで歩き出す。
「アオ様が元気になっていくのが、わたくしもうれしくって。ついつい見惚れてしまいます」
こういう台詞が素で飛び出すタイプの人間はめずらしい。先日のポーレット子爵もそうだったけど、貴族というのは軒並みこうなのかしら。外れ値を引いているだけだと思いたい。冗談が通じず、真っ直ぐなコミュニケーションは苦手だ。気を遣うし、肩が凝る。
「ね、ハリエットさんと少しお話したいです」
「私とですか?」
「はい。ヴィクトリア、いいですか?」
くるりと振り返って、メイド隊の長に声を掛けていた。
「あまり遅くなってはいけませんよ。夜ですから、お腹を壊さないくらいに温めたミルクをご用意します」
「ありがとう、ヴィクトリア」
さ、いきましょう! と手を引かれてやってきたのは、本来の彼女の私室だった。よくアオを
この私室もなかなかとんでもない。書き物や読書専用の袖机、ソファでお話ができるローテーブル、食事ができる子どもにとっては背の高いテーブルにベッドサイドで簡単な飲み物を置けるサイドテーブル、机だけで四つある。部屋は桃色や空色などのパステル調で、石造りで質実剛健な城の造りからすると、この部屋だけ造りが異様だ。おそらくリコッタが生まれてからこの部屋だけリフォームでもしたのだろう。尋常じゃないお金を掛けている。
(貴族様の初子だったらそんなもんか)
ソファに招かれ座ると、リコッタは向かいにボンと飛び乗るように座る。恥ずかしそうにはにかむのをみるに、普段ははしたないと窘められているのかもしれない。
私のことを信頼されているのか、ホットミルクを置いたらメイドさんが退出する。隣にはメイドさん用の待機部屋があるらしく、全員がそこに下がってしまった。きっと聞き耳は立てているだろうし、危害を加えるつもりもないのだが、不用心な感じがある。
「それで、ハリエットさんに一つ聞いてみたいことがあって……」
いつもより声を抑えめにして話しかけてくるリコッタ。
「なんでしょう」
「アオ様とは昔からのお知り合いだったのですよね……?」
「はい。ただ、私が学院に行く前までなので、二年前ぐらいまでですが」
そう返し、言葉を切る。何か言い淀んでいる感じの間が空いた。じっと待たれるのも緊張するだろうかと思い、ホットミルクに口をつける。火傷しないようにだとは思うが、やけに温かった。
「あの、ハリエットさんは、アオ様のこと、好きなのですか?」
ホットミルクを吹き出しそうになって慌てて飲み込む。姫様にミルクを吹きかけるわけにもいかない。気管に入って咳き込むと、慌てた様子のリコッタがハンカチを差し出してくれた。
「だ、大丈夫ですか!?」
「問題ありません」
いきなり何を聞くんだこの姫様。
「あの、どうして聞くのです?」
「ハリエットさんには、アオ様も心を許しているようですし、あなたも、その……うれしそうにされてるので」
……もしかして、アオを盗られないか心配してる?
「ご安心ください。姫様の恋路を邪魔するような無粋な真似はいたしません」
「へっ!? あの、そういう意味ではなく……、い、いえ、そういう意味でもありますが……」
耳まで真っ赤になっているリコッタだったが、恐る恐るこちらの様子を見てくる。何か怖がられることをしただろうか。
「それに、アオは弟みたいなものなんです。生意気で、意地っ張り。諦めるってことを考えもしないで、できるまで没頭して、できたら反動でぶっ倒れて……いくら怒っても叱っても懲りもせず、また誰かのために飛び出してしまう。そんな危なっかしい弟」
アオはずっとそうだった。それは今も健在どころか、さらに悪化している。
「きっと悪人街……あぁ、元々私やアオがいた貧民街ですが……そこにいても、アオは長生きはできないと思ってました」
ちょっとここは意見を盛っておく。アオはきっとこのまま貴族様になる。だったらセーフティの一つや二つ、増やしておいて損はない。
「それは……」
「きっと騙されているってわかっても、それで誰かを助けられるならって突っ走って、笑顔で死んでそうじゃありません?」
「……………………確かに、そう、ですね」
物凄い間があって、同意してくれる。きっと否定する言葉を探してたんだろう。
あぁもう、アオ。いい加減周りを見なさいよ。出会ってひと月のお姫様にここまで想われてんのよ。
「だから、どこかでまた拾ってあげなきゃなと考えてたら、自力でこんなにかわいいお姫様を射止めてるんだから、ほんと、びっくりです。魔導師もかなりのエリートコースだったけど、それを軽く超えていくなんて、ほんと」
ほんと、なんだろう。私は何を続けようとしたんだろう。
「ほんと……手のかかる弟なんだから」
「でも、きっとアオ様が一番追いかけていたのは、ハリエットさんの背中だと思います」
「えっと……どうして……」
「だって、ハリエットさんとアオ様、よく似てるんですもの。考え方やふるまい、あと……理由を聞きたがるところ」
どこかいたずらっ子な視線を向けるリコッタ。
「私がアオ様を好きな理由なんてないんですもの。でも、好きなんです。それはきっとアオ様も同じで、ハリエットさんの力になりたいとか、頼りたい、頼られたいという気持ちに理由なんてないんです。でも、アオ様はハリエットさんを頼りにしている」
「それは……どうなんでしょう」
アオが私を頼ったのは、私が知識を、技術を持っていたからだ。バラのブローチも煙突掃除も、魔導術の使い方も、アオは私に技術を求めている。
「アオは知識と技術を私から得た。アオは生き残るために私を利用した。それは私もそう。最初は暖房器具代わりに抱きしめていただけだった。本当にそれだけなのです、姫様」
「ふふっ、アオ様にそっくり」
「どこが!」
「理由をつけて言い訳しようとするところ」
ぐうの音もでない。
「きっとアオ様は、あなたに憧れて走ってきたのですね。……少し安心しました。アオ様はときどき、寂しそうなお顔をされるので」
「寂しそうな顔?」
「だれにも頼っちゃいけないと思っているような、ぜんぶ自分で何とかしようとするような、そんなお顔……一緒にがんばりたいと言っても、言い訳をされて逃げられてしまうんですけどね」
「誠に遺憾ながら、言い訳がうまいのはたぶん私のせいです。誠に遺憾ながら」
体よく便所掃除や煙突掃除を押し付けるようにしていたから、それを学習したのだろう。因果がこんなところで巡ってくる。
「ふふっ、でもアオ様も頼る人がいるっていうのがわかっただけでも、話せてよかったです」
いつかわたくしもそうなれるように、と願うリコッタを見て、なんて言葉をかければいいかわからなくなる。私はアオが頼るに足る誰かだっただろうか。わからない。
「では、ハリエットさんは私を振り回したアオ様を、振り回していたお師匠様ということで」
「姫様それはあまりに語弊がありませんか……?」
「ふふっ」
テーブル越しに腕を伸ばしてくるリコッタ。身体が小さすぎて、机に上体を預けるようにして私の手を包み持つ。
「なにかあったら、バリナードを頼ってくださいね。絶対に、味方になりますから」
手のひらに何かを乗せられて、その手が離れた。薄い桃色に色づいた、まん丸な宝石だった。首から掛けられるようにだろう、細い金属のチェーンがついていて、ネックレスのようにも見える。
「これは……封魔結晶!?」
「わたくしの魔力放出のために使ったものです。魔導師の方にとって封魔結晶は有用で価値あるものだとお伺いしたので」
価値があるなんて生やさしいレベルのものではない。
封魔結晶は、魔力の外部蓄積と任意のタイミングで放出を可能にするマジックアイテムだ。魔力消費の激しい強大な魔法を放ったり、いくつもの魔法を連発したりと、封魔結晶があればできることが一気に増える。故に、戦略的に売買が必要な高級資源なのだ。
「しかもこれ特級品の大玉じゃないですか! こんな高いものいただけません! 下手したら……いえ、下手しなくても、戦場一つひっくり返るレベルの品物じゃないですか! これ!」
封魔結晶は内部の不純物の量や、密度の均一度合いによって等級が分かれる。不純物が少なく、密度が一定であればあるほど上質であり、最上級の特級品になると、ひとかけらで家が建つ金額になる。体積が増えれば不純物も増えるからサイズが上がるほど上位の等級の品物は数が減るのが通例だ。
渡されたのはちょうど親指の先ほどの大きさで、このサイズ感になると豪邸が建つというようなレベルでは既に無い。換金しようにも、これが買える金貨や白金貨を持つ人がいない。領地を持つ貴族が年単位で予算を切って捻出するか、山ほどの金塊か土地を担保にするか……ともかく、まず市場から金貨を集めるところからスタートするレベルである。
それを、ひと月家庭教師をした魔導師に渡そうとしている。貴族の金銭感覚はイカれている。
それだけでも卒倒できるレベルでヤバいのに、そこに大量の魔力が充填されているのだ。
封魔結晶は、一部の例外を除いて無色透明だ。この薄い桃色はリコッタの魔力の色だ。見かけにも色づいて見えるなんてどれだけ圧縮して注ぎ込んだんだ公女様。これだけの魔力があれば、どんな強大な魔法だって打ててしまう。コレを空にするほどの魔法を打てば、そこらの砦どころか、街一つ丸々消し飛ぶはずだ。もっとも、術者の体が魔力に耐えきれずに吹き飛ぶだろうが。
私がこれだけの魔力を込めるとして、どれだけの時間が掛かるだろう。三ヶ月? いや、半年でも足りない。それこそ毎日血反吐吐くまでこれだけにかかりきりになれば半年でここまで行くだろう。これを一ヶ月で満たしてしまうリコッタの体質には『異常』の一言しかない。
そんな衝撃などどこ吹く風で、ふにゃりとリコッタが笑う。
「いえ、わたくしがもらってほしいのです。せっかく友達になれたのですもの。離れてもいつかまたお会いしたいです。それにきっとどこかでお力をお借りすることになりますし、わたくしもあなたの力になりたいのです。だから、一生懸命頑張りました」
「とはいえ……」
「本当にアオ様にそっくり。……では、そうですね。それはあなたにお預けします。それならいいでしょう?」
預かるだけで相当なプレッシャーだ。いつ無くしてもおかしくない子どもにこんな高級品を預けるなんて、公爵閣下もなんと勇敢な――――。
ここでハッとする。
「……封魔結晶を渡すように言ったのは、公爵閣下ですね?」
リコッタは驚いた顔。その表情はアタリだ。
きっとリコッタの気持ちも本物だ。だが、封魔結晶が『有用で価値あるもの』とリコッタは知っていて、それを『よい子』のリコッタが無断で贈り物として誰かに渡すということをしないはずだ。お花が好きだといっていたから、それこそ押し花のような可愛いお土産でいいはずなのだ。そこに封魔結晶というのがまずおかしい。
だから、誰かに相談をしたのだろう。そしてそれを受けた誰かがリコッタにアドバイスした。誰が? 決まっている。父親であるバリナード公爵か、その指示を受けた使用人だ。
つまり、これは公爵家からの首輪だ。引きちぎれない鎖が繋がった、首輪だ。
ここにきて、ようやく先生役が『まだ十一歳のハリエット・イェイツ学生』である必要を悟る。気づくにはあまりに遅いが、ようやく気がついた。アオが貴族として軍を率いる未来を見据えている時点で、私も気がつくべきだったのだ。
リコッタの指導役は、他の貴族等の支援者を持たない魔導師である必要があったのだろう。誰かと徒党をくんでいるわけでもなく、引き抜いても他の貴族に対して波風を立てない人材。そして、魔導師が魔導学院を卒業した後の進路として多いのは、研究者よりも、貴族お抱えの魔導師として雇われることだ。貧民街出身の私なら、どんな所に放り込んでも文句を言う人は居ない。貴族はおろか、家族もいないのだ。どんな酷い扱いになろうとも、本人以外の苦情は飛んでこない。
「ハリエットさん……?」
おそらくこの青写真を描いたのは公爵閣下だ。そして、バリナード公爵領は、『帝国』との領土紛争を抱えている。
まずい、このままアオごと前線に引きずり出される。
一度この封魔結晶を受け取ってしまったら、いや、それ以前にこのアルバイトを受けたときからもう逃げられなかったのだろう。『バリナード公爵家のお手つきがあった』ということで、すでに他の進路は閉ざされたのだ。誰も百戦錬磨の軍を抱えるバリナード公爵家と好き好んで対立を抱えたくはない。
魔導義肢の支援を受けたアオはもう逃げられない。バリナード公爵家の支援を打ち切られることは、腕を失うことと同義だ。
そして悔しいが、私はもうアオも、アオへの鎖として機能し始めているリコッタも見捨てられない。ここで断れば、アオへ接触するルートを絶たれる。唯一の解決手段はアオを誘拐して去ることだが、魔導義肢の入手ルートが潰えて、アオは腕の維持ができなくなる。今の私には稼ぎがないから、バリナード公爵が手を回してしまえば、私の学院卒業後の進路は保証されない。そうなれば、私とアオに待つのは餓死だけだ。
それなら、受け取ってしまった方がリスクが低い。戦場に出て戦った方が、生き残れる可能性が高い。その状況に追い込まれた。このサイズの封魔結晶に魔力を込めるのは時間が掛かる。それをリコッタは指導で顔を毎日合わせている私に気づかれずに込めたのだ。ここ数日の話ではない、かなり早い段階でこれを用意させたことになる。
(……たった一人魔導師を確保するために、アオはともかく娘まで使うか、バリナード公爵!)
気がつくには、あまりに遅すぎた。もう私に、選択の余地はない。
「いえ、大丈夫です。……ありがとうございます。姫様。それでは、お預かりしますね」
「はいっ!」
地獄行きの片道切符だ。封魔結晶を首に提げる。
バリナード公爵、私は父親なんて生き物を知らないけどさ、娘すら利用して戦争に備えているアンタは最低だ。このままだときっといつかクソにまみれて死ぬぞ。呪われてしまえ。
心の中で毒づきつつも笑ってみせる。ほっとしたようにリコッタが笑っているので、ちゃんと笑えていたらしい。
「あまり遅くなるのもいけませんね。今日はこれくらいで失礼します」
「あの、ハリエットさん」
礼をしたら、ぐいと覗き込まれた。
「また、お話ししましょうね」
「はい、また。必ず」
私も性根を入れ替え、全力で備えなければならない。そして、アオも。
今度こそ部屋を出る。ドアを閉め、壁に背を預けて、ため息をついた。封魔結晶がとんでもなく重く感じる。
(……もうここは最前線だぞ、アオ)
もう、弟分という扱いでは済まなくなってしまった。前を向くしかない。私もアオも分水嶺は超えてしまった。来るべきその日が必ず来るとわかってしまった。
きっとこの日から、アオは戦友に変わり、私の戦争が始まったのだ。
ようやくきな臭くなってきました。
次回投稿から、毎日投稿から週二回(水・土朝)の更新に変更します。ストックが信じられない勢いで溶けるので……。何卒ご了承ください。
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