【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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馬車の旅

「それじゃ、アオ。しっかり姫様のお相手をするようにね」

 

 ハリエットの任期が終わった。僕の腕はついたし、リコッタも魔導術の基礎の基礎は習得したということで予定通りの修了になったのだ。

 

「姫様、舎弟をどうかお願いします」

 

 後頭部を押さえつけられ、ハリエットと一緒に頭を下げる。結局舎弟扱いから脱することはなかった。

 

「いえ、こちらがお願いしないとです。……ハリエットさん、どうかお元気で。また、必ず」

「はい、必ず」

 

 リコッタは目の端に涙を浮かべつつ、ハリエットの手を取っている。なんだかんだ仲の良かった二人だ。ハリエットはリコッタから『親愛の証として』封魔結晶を受け取ったそうで、ここで関係が終わりになることはないだろう。

 

 ハリエットの学院はファイフ公爵領にある。ぱっと会いに行くのは難しい距離だ。それでも文通をすることになったのもあり、これまでみたいに音信不通になることはないだろう。僕の字の練習に付き合ってもらう形だ。

 

「……行ってしまわれました」

 

 リコッタは寂しがり屋だ。ポーレットさんのときもそうだったが、お別れのタイミングで毎回寂しそうにする。

 

「ハリエットは約束を守る人です。再会を約束したのですから、きっと守ってくれますよ」

 

 そう声を掛ける。慰め方なんて洒落たものは知らないのもあって、微妙な表現になる。

 

「さあ、僕たちも用意しましょう。ポーレットさんが待ってますよ」

 

 リコッタと出会って約ひと月、僕はリコッタと彼女付きのメイド隊の皆さんと一緒にオーストレス地方を目指すことになっていた。

 

 

 

    †

 

 

 

 馬車というのは、こんなにも乗り心地が悪いのかとつくづく実感する。

 

「リコ様は慣れてますね……」

 

 楽しそうなリコッタとは裏腹に、僕は既にグロッキーだ。揺れるし速度は不安定だしで酔ってしまっている。多分車でいうサスペンションが柔らかすぎるのだ。おかげで路面の細かい凹凸で長いこと左右に馬車が振られてしまう。突き上げるような揺れよりこっちのほうがしんどい。

 

 一方元気いっぱいなのはリコッタで、時々座席の位置を入れ替えては車窓を楽しんでいる。あまりに窓際に行きたがるので、同乗しているメイド隊長のヴィクトリアさんが馬車の中央というなかなか珍しい配置になった。

 

「アオ様も飲まれますか? ハッカ水は車酔いによく効きますよ」

「ありがとうございます……」

 

 ヴィクトリアさんからハッカオイルを垂らしたと思われる水を渡される。冷却用の魔道具があるらしく、しっかり冷えている。前世だとハッカはあまり得意ではなかったが、この状況だと少しだけスッとした。

 

「たしかに、少し楽になりますね……」

「子どもの方が酔いやすいとは聞きますが……もし酷いようなら、一度リコッタ様に治療を掛けてもらうのも手かもしれませんよ」

「やる! やりたいです!」

 

 元気いっぱいに窓際から飛んできたリコッタ様。抱きつかれた衝撃でまた頭が揺れる。

 

「え? 車酔いに治癒魔法って効くんですかね……」

「やってみないとわからないですから」

 

 リコッタは僕の胴体にぎゅっと抱きつく姿勢をとる。直後にふわりと身体が軽くなるような感覚があった。初めて魔法の練習をしたときのような強烈な異物感はなくて安心する。魔法にも程度があるというのは身に染みて知ったが、確かに軽度の治癒魔法なら少し楽になるようだ。

 

「はい! これで少し楽になりました?」

「驚きました。本当に効くんですね治癒魔法……」

 

 三半規管の過敏反応が原因とはいえ、体に異常があるわけではないから効かないと思っていた。魔法がある世界で常識を語ったところで意味がないということか。

 一時的なものなのだろうが、時々治癒魔法をかけてもらうのもいいかもしれない。リコッタの魔力は無尽蔵といっても良いレベルだし、なにより……

 

「あの、リコ様?」

「なんですか?」

「治療は終わったのですから……その、離れていただけると……」

「???」

「あの、こういう時だけ何言ってるか分からないみたいな顔をされましても」

「そうなってしまったリコッタ様は、てこでも動きませんので早々に諦めていただけますと」

「ヴィクトリアさんそんなご無体な。……リコ様、そうなんですか?」

「はい!」

「うわぁ、いい笑顔」

 

 リコッタはやたらとスキンシップを取りたがる。抱きしめられたままの姿勢だが、脱出は諦めることにした。体調がすぐれなくなれば、リコッタに言って治療してもらおう。

 

 オーストレスまで馬車で丸一日かかると聞いていたので退屈するかと思ったがリコッタのおかげでそうならずに済んでいる。

 

 窓の外をちらりと見ると、広大な畑が広がっている。都市の外縁部というものは基本的になく、城壁を境にすっぱりと都市から農村に切り替わる。お城を出てからいくつか都市は見てきたが、どれも同じ造りになっている。都市部への人口集中がまだ進んでいないということか、いや、作付面積当たりの収量的に、都市部を広げても食料を確保できないため都市の成長限界を迎えているとみるべきか。ともかく、日本の風景を見慣れている僕には珍しく見えた。

 

「畑は……麦ですか?」

「そのようです。秋まき小麦はこのごろが伸び盛りです。このあたりまでは麦が十分とれますので」

「このあたりまで……? オーストレスは土地が痩せているのですか」

 

 ヴィクトリアさんに聞くと頷かれた。

 

「土地に石灰質がおおくなり、この先の作物はソバがメインになります」

「ソバのリゾットが名物なんですよね?」

「はい。おそらくポーレット卿がご用意されていると思いますよ」

 

 リコッタも会話に混じってくる。ソバなんて久々に聞いた。麺として食べるのは慣れていたが、リゾットで食べるなんてこともできるのか。いや、イタリアや東欧だと粒のまま食べてたか。

 

「オーストレスって、どんな地域なんですか? 鉱山があるってぐらいしか僕は知らなくて……」

「オーストレスは鉄と封魔結晶、そしてなにより魔鳥と羊毛の町! ……で、ヴィクトリア、合ってますよね?」

 

 意気揚々と話し始めたリコッタだったが、途中で自信がなくなったのか、ヴィクトリアさんの方を見る。

 

「はい、リコッタ様の言うとおり、基本産業は酪農です」

「鉱業じゃないんですね」

「はい、王国成立初期から魔鳥『グライフ』や羊を飼育する御用牧場があります。特に魔鳥は賢く、人二人程度なら乗せて長距離を飛べることから、『オーストレスの魔鳥』といえば、王国中で取り引きされる名産品です」

「そんな鳥が……」

「アオ様はご覧になったことはないのですか?」

 

 リコッタが顔を覗き込んできいてくる。

 

「はい、一度も。……なぜうれしそうなんですかリコ様」

「ようやくアオ様より詳しいところがありました!」

 

 何を言うんだこの子はと口にしかけた。リコッタと僕とでは基礎教養が違う。僕は現代日本の知識こそあれど、この世界の常識についてはまともに勉強し始めてまだ一ヶ月なのだ。一方リコッタは、とんでもないコストを投入した英才教育を受け続けている。比較するまでもなく、リコッタの方が物知りなはずなのだ。

 

 実際、一瞬でも気を抜けば会話がすれ違うので、リコッタとの会話は毎回緊張する。感覚としては、官僚時代に数回実施した大臣レクに近い。

 

「リコ様は、僕よりも詳しいところばかりではないですか。これでも僕はリコ様に追いつこうと必死なんですよ」

「とても勉強熱心ですものね。メイド隊でも、最近は新人に『アオ様を見習うように』と指導しております」

「初耳なんですけど!」

 

 思わず突っ込むと、楽しそうなヴィクトリアさん。

 

「言ってませんから。……ちなみに頑張りすぎの新人には『アオ様みたいにならないように』と言いつけております」

 

 その言い草に撃沈。リコッタが頭をなでてくれる。

 

「……そんなに無茶しているつもりは無いんですけど」

「されてます!」

「されてますね」

 

 僕に味方はいないらしい。ほどほどにしますという言質を取られ、ようやく話題が戻る。

 

「魔鳥グライフは、大量の餌が必要ですし、飛び立つにも滑走のため広い平原が必要ですから、都会だと王侯貴族ぐらいしか維持できません。アオ様がご存じないことも無理ありませんよ」

「なるほど……封魔結晶の産地だとは聞いていましたが、そんな名産があるんですね」

「オーストレスの鉱業は封魔結晶の加工法が確立してから一気に盛んになったので、ここ二十年の出来事ですね。ポーレット子爵位も鉱山と畜産の管理をさせるために作らせた位ですので、新興貴族にあたります」

 

 封魔結晶ってそんなに新しいものなんだと、予想外の気づきを得ると同時に、なんとなく事情が読めてきた。

 

「となると、ポーレット子爵領の運営は大変そうですね」

 

 僕の質問に目を細めるヴィクトリアさん。これはきっと正解の反応だ。

 

「そうですね。だから閣下も気を揉まれています」

 

 つまり、周辺の貴族との軋轢があるということだ。

 

 オーストレス地方は少領ではあるが、いくつか町村を抱えているという。その村々は子爵より下級である男爵や騎士が治めているはずだ。そして新興貴族としてポーレット子爵位が設立され、稼ぎどころである鉱山や御用牧場を管理している構図になった。

 

 元々痩せた土地だから、税として取れる小麦やソバもたかが知れている。そうなれば、配下の下級貴族はポーレット子爵を『ぽっと出の新興貴族が搾取している』とみるに違いない。

 

「アオ様?」

「なんでもありませんよ、リコ様」

 

 そうなれば、ポーレットさんの所にリコッタを同行させたのは、下級貴族向けに『公爵家がポーレット子爵側についている』というメッセージを伝えるためだ。つまり、リコッタ公女への応対が試金石となり、公爵家への忠誠を試されることになる。

 

 リコッタを同行させる以上なにか事情があると思ったが、こういうことか。そして、こういった形で事情を伝えてくるヴィクトリアさんも相当くせ者である。僕が気がつくかどうかも見られているだろうし、おそらく僕の一挙手一投足は逐次公爵閣下に伝えられているとみていい。

 

「なんというか……公爵閣下は抜け目ない方ですね」

「公爵領の当主様ですから」

 

 ヴィクトリアさんの合格ラインは超えたようだ。しばらく僕のテストは続くんだろう。

 

 合点がいっていない顔のリコッタが見上げてくる。義手でその頭をなでるようにする。目を細めてくれたので、力加減は問題ないらしい。

 

 ホームレス時代とは別ベクトルで厳しい世界だ。なんとか上手くいくといいんだけど。そう思いながら外を見ると、小麦らしい畑が終わっていた。

 

 もうすぐ、オーストレスだ。




とりあえずリコッタが可愛ければそれでいいと思い始めました。

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