【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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ポーレット子爵再登場です。


晩ご飯はみんなで

「ようこそオーストレスへ! アオ! リコッタ様!」

 

 なんとか夕日が落ちきる前にオーストレスへ到着できた。馬車が到着するなり飛び出してくるポーレットさん。整列しようとしていたメイドさんや執事さんより早く飛び出したので、僕の頭に浮かんだ文字は『おてんば』だった。

 

「ポーレットさん!」

 

 リコッタも外から扉が開けられるのを待たず自力で飛び出してポーレットさんに飛びつく。こちらのメイド隊も慌ててリコッタを追いかけている状態だ。出迎える側も迎えられる側もそれぞれプロトコールがあるはずだが、どちらも滅茶苦茶である。

 

「本当に来ちゃいました! これからよろしくお願いしますね!」

「はい! よろしくお願いします! アオもようこそ!」

「ありがとうございます。お世話になります」

「もうそんなに魔導義肢を動かせるの? 本当にアオは頑張り屋さんだ」

 

 周りがハイテンションだと逆に肝がすわるもので、僕は落ち着いて頭を下げることができた。濃紺の長ズボンにブラウスというポーレットさんの出で立ちは、僕にとっては前世で見慣れた格好だが、この世界の貴族様としてはとても珍しい部類だろう。胸元の大きめなリボンを控えめなデザインのものに変えれば、事務員さんとか駅員さんでも通りそうだ。

 

「さっ、どうぞ中へ。 お腹も空いているでしょうし、晩ご飯にしちゃいましょう」

 

 僕の後ろに回って、建物に押し込もうとするポーレットさん。これが彼女の通常運転ならば、初めて会ったときに『緊張していた』というのはあながち嘘では無いのかもしれない。

 

 押し込まれたお屋敷はかなり新しい。バリナード城が文字通り『お城』だとしたら、こっちはきちんと『お屋敷』だ。石造りの三階建てに、緑青がふいた銅板張りの屋根。全ての窓にガラスがはめられている。外は若干肌寒かったのに、玄関ホールから暖かい。かなり強力に暖炉を焚いている。リコッタもテンションが上がっていた。

 

「すごいです。ここからずっとあったかい!」

「ありがとうございます。さ、こちらへ。今日は私も頑張って作ったので、美味しいといいんですけど」

「え!? ポーレットさん自ら調理場に立たれるのですか?」

「はい。自分でできることは自分でするようにしていますから」

 

 少領とはいえ領主自ら調理に入るというのはあまりないはずだ。調理場は水仕事も多いから手も荒れやすい。家事をしないことで美貌と品位を保つのも貴族の婦人の仕事である。それに盛大に刃向かうポーレットさんは珍しいタイプと言えるだろう。

 

「これでも料理は得意なんですよ。あ、でも凝った料理は専門の料理人にお任せなんですけどね」

 

 公爵閣下が気を揉んでいるとヴィクトリアさんは言っていたが、けっこうな割合で『貴族らしくないポーレットさんの振る舞いが招く偏見を気にしている』可能性がありそうだ。そんなことを思いつつついて行くと、会食用らしいホールに通された。

 

「リコッタ様やアオのお口に合うかわかりませんが、オーストレスで食べられている食材を中心にご用意してます。もしお口に合わないなら、そう仰ってくださいね」

「見るからに美味しそうです。ご用意いただきありがとうございます」

 

 そう答えて席に着く。向かいにはリコッタがつき、家主であるポーレットさんがいわゆるお誕生日席だ。食事前の簡単なお祈りがあって、食事になる。

 

 本当はコース料理のように一品ずつでてくるらしいが、リコッタも僕もまだ子どもで食べる量に限界があることもあり、ほぼワンプレートで提供されている。このあたりは本当にありがたい。ホームレス時代は腐りかけの野菜の在庫処分スープとカビかけのパンで育っていたので、どんな料理も極上だ。

 

「ソバのリゾットは初めて食べましたけど、美味しいです。プチプチしてるんですね」

「よかった! 今日のは自信作なんです」

 

 ソバのチーズリゾットにおそらく子羊のロースト、野菜はトマトのマリネがあった。トマトはまだこのあたりでは珍しい食材で、育て始めたばかりとのこと。舌がお子様なのか、マリネの酢が思ったよりきつく感じたが、概してどれも美味しい。美味しいのだが、個人的にはこんなおしゃれな皿とかカトラリーを魔導義肢で壊してしまわないかと戦々恐々としながら食べている。可能な限り自分用の皿とかコップは揃えておいた方が良いのかもしれない。

 

「アオはもう魔導義肢には慣れたのですね」

「なんとか食事はって状況です。服とか柔らかいものの操作や、ペンなどはまだ補助が必要ですが……だいぶよくなりました」

「そうは言いますけど、アオ様は頑張りすぎなんですからね」

 

 ここでも頬を膨らませるリコッタに僕は苦笑い。

 

「アオ様はお休みになってからも字の練習をされているんですもの」

「リコ様なんで知って……!」

「ヴィクトリアから聞きました」

「口止めしてたのに……」

「リコッタのメイド隊なのですから、わたくしの方が優先ですわ」

 

 半分誇るように言われるが、言われている僕はそれどころではない。勝手にしなさいと放置してくれたハリエットとは異なり、男女とかそういうのを無視して距離を詰めてくるリコッタとポーレットさんに知られると――――

 

「それなら、しっかり見張れるように今晩は一緒に寝ましょうか♪」

「はいっ♪」

 

 こうなるから隠してたんだよ! とは言えず、引きつった笑みになっていることだろう。

 

「でもアオ、リコッタ様や他の皆さまに心配を掛けるのはよくないわ。しっかり寝るのも子どもの仕事ですよ」

 

 ねっ、と声を掛けられれば頷くしかない。

 

「それに明日はオーストレスの街を案内するから、今日は早く寝ないとだめですからね」

「はぁい」

 

 良い子の返事をしたリコッタに続き、僕も頷く。

 

 会話をしながらだと、食事の時間はあっという間だ。リコッタも残さずペロリと完食していたので、本当に美味しかったのだと思う。

 

「よかった、美味しそうに食べてくれて私もうれしいです。久々に明るい食卓になりました」

「? どうしてですか?」

 

 デザートの果物で汚れた指を拭きながらリコッタがきいている。

 

「一人で食事を取ることも多いし、みんなで食事をとるのも久しぶりで」

「むぅ……それはよくないです」

 

 リコッタがそう言って膨れる。椅子から降りたリコッタがポーレットさんのそばに寄った。

 

「これからはできる限りみんなでご飯を食べましょう。一人で食べるよりずっといいと思います!」

「ありがとうございますリコッタ様。……いつかこうやって食卓を囲むのが夢だったので、早速叶えられちゃいましたね」

 

 そう優しくふわりと笑って、リコッタを抱きしめるポーレットさん。こう見ると、なんだか姉妹のようだ。

 

「ほら、アオもおいで」

「いえ……今は遠慮いたします……」

 

 なんか気恥ずかしくてそう言うと、二人がこっちにきた。椅子から降りて逃げる体勢に入ると、リコッタに猛ダッシュでタックルされる。倒れることこそなかったが、結構痛い。そのままポーレットさんに二人まとめて抱きしめられる。

 

「ありがとうね。ふたりとも」

 

 そんな柔らかい声が上から降ってくる。ポーレットさんの胸元に抱き込まれる形になり、いろんなものの行き場が無くなる。自分の頭が柔らかくホールドされてしまい、逃げ場がない。耳が熱い。きっと僕の顔は真っ赤になっているだろう。

 

「さあ、夜も更けてきていますし、さっとお風呂に入ってしまって、子どもは早寝しましょうね」

「え゛」

 

 この流れは、さっきも見た。

 

 

 

    †

 

 

 

 この世界がそうなのか、僕の周りがそうなだけなのかはわからない。それでも僕の周りの女性陣は性に関しておおらかすぎると思う。

 とくにポーレットさんは、僕を『男』の子ではなく男の『子』として扱っている。……見かけ六歳児かつ習熟中の魔導義肢を外せばただの赤子同然なので仕方が無いと言われれば仕方が無い。

 

 とはいえ『みんなでお風呂』はない。

 

「せ、せめて前は隠して! 前は!」

「ほら、逃げないでくださーい」

 

 あわてて逃げようとしてもポーレットさんに捕まえられて、あっという間に身ぐるみ剥がされた。異様に手際が良い。山姥(やまんば)かお前はという突っ込みは絶対通じないので飲み込む。

 

「よいしょっと。滑ると危ないですからね」

「わっ」

 

 ポーレットさんに真正面から抱っこされる。ホームレス時代は栄養失調気味で体重は軽かったし、身体をあまり動かしていないこともあり、さらに軽くなった。とはいえ、こうも簡単に抱っこされるといろいろと思うところがある。バランスを保つ為に身体をポーレットさんに預ける。魔導義肢を外せばとたんにバランスが取れなくなるので、相手の重心、つまりポーレットさんに引っ付く以外、安全にキャリーされる方法はないためだ。姿勢上ちょうど相手の胸を僕の胴体で押しつぶすような体勢になる。

 

 前世の漫画にしても、こういう状況(ラッキースケベ)を素で楽しめる主人公は本当に尊敬する。僕には無理だ。ポーレットさんは僕から見てももちろん、世間一般から見ても美少女の部類というか、ようやく少女から脱したばかりの風貌であるし、リコッタも将来はそうなるだろう。この状況で堂々とするには、度胸も経験も精神力も足りない。パニックになりかけるが、状況は改善しないまま進行する。

 

「大丈夫、安心してていいですからね。あと、背中にあせもができてますから、後でクリーム塗りましょう」

 

 背中に回ったポーレットさんの手の平が肌にぺたりと張付いて、自分が相当汗を掻いていたことを悟る。これは確かに入浴が必要だろうが、この状況では止まる汗も止まらない。視線を落とすと、なぜかキラキラとした瞳をして僕を見上げるリコッタと目が合った。当然お風呂のために衣服を脱いでいるので、意地でも視線に入れないよう顔を逸らす。

 

「これでようやくおあいこですね!」

「何がですか!!」

「だってわたくしがアオ様の裸を知っていて、アオ様がわたくしのを知らないのは不公平ですもの」

「そういうものは公平でなくても良いんです!」

「でも、大切な方とは可能な限り対等でいなさいってヴィクトリアが……」

「ヴィクトリアさーん! あなたはリコ様になにを吹き込んでいるんですかー!」

 

 脱衣所の向こうにいるであろうメイド隊長のヴィクトリアさんを呼び出すけれども反応がない。本当になんとかしてくれこの暴走特急公女様。

 

 もともとバリナード城に居た頃からリコッタは僕と一緒に湯浴みをしたがった。そのたびになんとか拒否し、メイドさんに身体を拭いてもらっていたのである。公爵夫妻――――奥さんは身重だということで僕は一度も会えていないが――――はそのあたりは放任主義というか、メイド隊に丸投げしてしまっているようであまり言ってこない。しかし『子どもとはいえ六歳にもなって異性と一緒にお風呂』というのはこの世界でも結構きわどいラインだとのこと。それを盾になんとか耐えてきていたのである。

 

 なのに今日はホスト役のポーレットさんが賛同してしまったため、メイドさんガードを貫通した。おかげでこの惨状である。

 

「アオ様はリコッタがお嫌いですか……?」

「嫌いではありませんが困ります! というより、笑顔でそれを聞くのは明らかにからかってませんかリコ様!」

「あはは、アオは恥ずかしがり屋ですね」

「ポーレットさんもわかってるなら配慮してください!」

「めったにない機会ですから。ほら、風邪を引いてしまう前に入りましょう?」

 

 そう言って蒸気に満ちた浴場に連れ込まれる。

 

「わ……」

「オーストレスは温泉が出るんです。ちょっと温度が低いので沸かし直しが必要なんですけどね。自慢の温泉なんです」

 

 綺麗な石造りの浴槽は、子ども二人とポーレットさんならなんとかといったサイズ感だ。私邸にある風呂場としては上質なものだろうし、しっかりと磨き上げられているのがわかる。こんな良い施設はバリナード城にもないのではなかろうか。

 

「あ、走ると転んでしまいますよ」

 

 湯船に駆け寄ろうとしたらしいリコッタを窘めつつ、洗い場に僕を下ろすポーレットさん。

 

「ちゃんと石鹸もありますし、身ぎれいにしてしまいましょう。リコッタ様もこちらにどうぞ。私もお手伝いしますので」

「わたくしもアオ様のお手伝いしますわ!」

 

 心の機微が死んでいくのを感じながら丸洗いされる。鏡が無いことが救いだ。前さえ見ていれば変に彼女たちのプライベートを覗き込むことも無い。短く切りそろえた髪もしっかり洗ってもらい、ぬれタオルで顔を拭かれる。

 

「やっぱりアオ様、背中が赤くなってます」

 

 明らかに膨れた様子で声を掛けられる。布越しとはいえ固い革が擦れるのでどうしても赤くなる。なんとなく背中が温かいので、治癒魔法を掛けてくれているらしい。

 

「無茶したらいやですからね?」

「……はい」

 

 そのうち皮膚も厚くなって赤くならないタイミングが来るだろう。それまでの辛抱だと思いつつ治療と洗浄が終わるのを待つ。

 

「それじゃあ、ちょっと待っててくださいね」

「ハイ……」

 

 僕の番が終わったら当然リコッタとポーレットさんの番で、楽しそうな声が聞こえる。僕は目を閉じ心を無にして待つ。本当は湯船に先に浸かっておきたいところだが、溺れるとまずいということで止められてしまった。

 

「ポーレットさんのお胸、いいなぁ……」

「そ、そうですか……?」

「大きいお胸はうらやましいです」

「あはは……小さい方が肩も凝らないので、ほどほどのほうがいいですけど……」

「そうなのですか? ……でも、うらやましいです」

「リコッタ様もきっと大きくなりますよ。公爵夫人もその……ご立派ですし」

「大人になるのが待ち遠しいです。ねぇ、アオ様。アオ様はお胸が大きい方がいいですよね?」

「ノーコメントで!」

 

 本当におおらかすぎるぞリコッタ様。なんとか平静を保つ。顔が熱いのはきっと蒸気のせいだ。

 

「それじゃあ、湯船につかりましょうか。アオ、しっかり身体を預けてくださいね」

「はい……」

 

 持ち上げられ、湯船へ。隣にきたリコッタが僕に身体を預けてくる。それを微笑ましげに見てくるポーレットさん。……胸って水に浮くのかと素直に感心してしまい、目をそらす。

 

「アオはちゃんと湯船に浸かった経験はありますか?」

「……覚えているかぎりでは、ない、です」

「けっこう気持ちいいでしょう?」

 

 肩に湯を掛けながらとろんとした顔のポーレットさんが問うてくる。思えばこの世界に来てからこういう浴場に来たのも、湯船に浸かったのも初めてだ。

 

「そう、ですね……」

「きっと知ると楽しいことや、いいことがいっぱいあります。それを少しずつでも覚えたり、思い出したりしていきましょう」

 

 そう微笑まれると、僕も頷くしかない。

 

「リコッタ様もですよ。きっとたくさんのことがこれから待っています。一緒に頑張っていきましょう」

「はい、ポーレットさん!」

 

 明るく跳ねるリコッタの声。風呂というのは、悪くないのかもしれない。

 

(目のやり場に困ることさえなければな……!)

 

 そこそこ広い浴室でくっついてくるリコッタをいなしつつ、そんなことを思う。

 

(こんど防水カバーがつけられないかを相談しつつ、このあたりの世話を頼める人を見つけないとな……)

 

 やるべきことを整理していると、血流がよくなってきたのか、あくびがでてしまった。あくびが伝染したリコッタが恥ずかしそうに口元を隠す。

 

「あら、眠くなってきたかしら。じゃあ、用意して寝ましょうか。上がりますよ」

「はーい」

「お願いします……」

 

 湯船の深さ的に僕は自力で脱出できない。ポーレットさんに助け起こしてもらい、湯船から出る。

 

「きっと明日は良い日になりますよ。安心して身体を預けてくださいね」

 

 そんなことを言われる。そこまで眠いわけではないが、とりあえず頷くことにした。




メンタルが削られているのか回復しているのかわからないアオ君。これが整うってコト?

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