【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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はじめての買い食い

「おはよう、アオ」

「おはようございます、アオ様」

 

 二人に覗き込まれる。たぶん僕は、目がバッキバキにキマっているだろう。若干頭がぼーっとしている。

 

 要は、一睡もできなかったのだ。

 

「お二人とも、おはようございます」

 

 理由はもちろん、同衾することになった二人のせいである。

 リコッタには抱きつき癖がある。バリナード城の自室には専用の抱き枕を用意してあるらしい。なら今回も持ってきてくれと思うのだが、ベッドが狭くなるのでとリコッタ本人が拒否したとのこと。なおこのベッドはキングサイズであり、抱き枕を使ったところで支障など出るわけない。

 誰かに抱きつくとしても、基本は腕なり何なりを掴むと思うのだが、僕は寝るときに義肢を外している。なのでリコッタは当然のように僕の胴に腕を回して、胸板を枕代わりにしてお休みになる。色々と緊張する。

 

 だが、リコッタがこうなることはわかっていた。わかっていたから心構えができていた。問題はポーレット子爵殿である。

 

「あの、ポーレットさん? お願いですから服はちゃんと着てくださいね」

「うーん。無意識で脱いじゃうんですよね……だから寝る前は薄着になるようにしてるんですけど……」

 

 よりにもよって脱ぎ癖があったのだ。ほぼシャツ一枚で横になられるので色々と大変だし、それも脱ごうとするのはさすがに暑がりが過ぎないか。そして夜中に身体が冷えると湯たんぽ代わりにしようとするのか、僕とリコッタを抱きしめようとする。豊満な胸元を押し付けるようにして寄ってくるのはやめてほしい。

 

「ははは……はぁ」

 

 この調子で今晩は眠れるのだろうか。そんなことを思うが、ちょうど日も昇ったので一日のスタートである。

 

 

 

    †

 

 

 

 ポーレットさんは、領地でも変わらず庶民派だった。オーストレス地方の中心都市『オーストレス』は二十年前の鉱山の開山に合わせ計画的に作られた街で、川の名前から地名をとった新しい街だ。フラットでしがらみが少ないオーストレスを治めるポーレットさんも例に漏れず、良くも悪くも威厳がまるでない。

 

「すごい活気がありますね……」

「ちょうど市場の日と被っちゃいましたからね。普段は落ち着いた街なんですけど、周りの村からも人が集まるので、ちょっとしたお祭り騒ぎです」

 

 そういうも、護衛も最低限というか、ポーレットさん付の護衛はなく、リコッタのメイド隊が着いているだけで、街の広場をふらふらしている。街の人を信頼しているというか、不用心というか悩む。貴族なんて恨まれていてもおかしくないのだから、普通はもっと警戒するはずだ。

 都市の構造からして、人口規模としてはざっと二千人以上、五千人以下といった感じ。この世界ではかなり大きな街だ。その半数が鉱山労働者で、残りの半分が鉱山労働者を支えるためのサービス業といった感じか。それがごった返すのだから、混雑もするだろう。

 

 こういうことを見てしまうのは、前世由来の職業病だろうか。

 

「領主様! ご無沙汰しております!」

「フィオレさん! はやりの風邪に掛かられたと聞いていましたが、もうよろしいのですか?」

「おかげさまで。愚息からお医者様を紹介いただいたのは奥様だとお伺いしました。本当に助かりました。よろしければこちらをお持ちください」

「わあ、綺麗なミモザ! ありがとうございます。うちで飾らせてもらいますね」

「ポーレット様、こんど第七坑道の試験発破があるんだけどよ。それに向けた人手がいるんだが……」

「ディーンさん。わかりました。ちょっと調整かけますね! えと……第七坑道だから、責任者はジョーさんでしたね。話通してみます」

「領主様、西主幹用水の通水時期についてなんじゃが……」

「ゾーイさん、そちらはフィッツロイ男爵との調整があるので今しばらくお待ちください。すいません、なんとか調整してみますので!」

 

 街に出ると、一〇歩も歩かないうちにいろんな人から声を掛けられている。ここまで市民フレンドリーな領主はなかなかいない。そしてなにより恐ろしいのが、声を掛けてくる人の顔と名前、職業が一致している。

 

「皆さんの名前を覚えているのですか?」

 

 リコッタもそこに驚いたようで、目を丸くしながら声を掛けている。

 

「全員ではないですけど、こんな私でも頼ってくれた人なので、覚えるようにしてます」

「それで覚えられるのはすごいですね……僕にはだれがだれやら……」

「アオは可愛いしきっとすぐに人気者になりますよ」

 

 ポーレットさんはそう言ってくる。なんて返すか悩む間にも、ポーレットさんは目当ての露店を見つけたらしい。

 

「パウロさん! 羊の串焼き六つくださいな! よく焼きで!」

「はい毎度! ……そちらのかわいいカップルさんはレナ様のお知り合い?」

 

 応答する店主さんも慣れたものだ。見る限り、かなりの頻度でポーレットさんはここに来ているらしい。視線が僕らの方を向く。迷子防止という名目で僕とリコッタは手を繋いでお散歩しているので、仲睦まじく見えているだろう。

 

「はい、男の子の方はポーレット家でお預かりしているアオです。そして、隣の女の子がバリナード公爵家第一公女のリコッタ様です」

「第一公女ぉ!?」

 

 串焼きの屋台からあわてて店主さんが飛び出してくる。

 

「こんな辺鄙な町までようこそお越しくださいました……って奥様! そういうことなら前もって言ってくださいよ! 言ってくれればいい子羊でも何でもおろしたのに!」

「あはは、でもパウロさんの串焼きは何時でも絶品ですから。アオはもしかしたらうちの子になるかもしれないですし、時々買いに来ると思います。その時は良くしてくださいね」

「もちろんですとも! はい、よく焼きの羊串六本、どうぞアオ様もご贔屓に」

 

 ポーレットさんに目配せされて頭を下げると、串焼きの入った袋を渡される。紙袋が流通しているのは稼げている証拠だ。町並みも新しく、漆喰塗の白壁に木の柱、二階建てや三階建ての建物も多く、しっかりとした都市だった。

 

「串焼きは温かいうちが一番ですから、ちょっとそこで食べちゃいましょうか」

 

 円形広場の中央にある控えめな噴水の縁に腰掛ける。朝ご飯がかなり控えめだったのはこういうことか。リコッタにとっては人生初めての買い食いだろうし、イベントとして結構楽しい。ポーレットさんを真ん中に、三人並んでハフハフと串焼きの肉を囓る。一人一本ずつメイド隊の皆さんにもわたるように買っていたので、ポーレットさんも抜け目ない。

 

「あ……胡椒?」

「わかります? アオもけっこうグルメさんだ」

「リコ様に鍛えられましたから」

「アオ様はここでも勉強熱心ですね」

 

 香りの奥にほのかに胡椒がいる。香辛料は結構値も張るはずで、それを使っているというのは、やはりこの街は儲かっている。すごいなオーストレス。

 

「味が濃いのですね……」

 

 自分はそこまで濃いと思わなかったのだが、リコッタには味が強すぎた様子。ポーレットさんはそれを聞いて、顎に指を当てて考えるしぐさをした。

 

「んー、そうかもしれませんね。もともとこのあたりは干し肉を食べる文化が根強いせいか、味が濃いものが好まれます。うちのシェフには塩抜きをしっかりするように伝えておきますね」

 

 一方僕はペロリと完食してしまった。前世のヤキトリを思い出してしまって、結構すぐに食べきってしまったのだ。

 

「ふふっ、良い食べっぷり」

「あ、すいません。あまりに美味しくて……」

 

 口元に肉汁かなにかが着いていたらしく、ポーレットさんに口元をふかれてしまう。少し恥ずかしい。

 

「とても、暖かい街ですね」

「ありがとうございます。リコッタ様に認めていただけるなんて、とてもうれしいです」

 

 ポーレットさんが柔らかく笑う。

 

「いろんな人に声をかけてもらえて、こんなふうに優しくしてもらえて……少しうらやましいです」

「私はまだ駆け出しの新米領主ですし、本当に市民の皆さんに支えてもらってばっかりで……でもここは、セディ……えと、私の旦那様だった人ですけど、セドリック・ポーレットが作りたかった街なんです」

 

 懐かしむように目を細めるポーレットさん。食べ終わった串を紙袋に片付けつつ、笑ってみせた。

 

「作りたかった街……?」

「オーストレスは鉱山の街だったのもあって、奴隷だったり、捕虜とか労働刑の受刑者とかの強制労働受け入れとかもやってたんです。領地そのものの受け入れ体制ができてない状況で始めちゃったので、喧嘩や犯罪、特に贈賄が酷かったんですよ。おかげでお金が左右に流れるだけで、生活が良くならないって状態になっちゃったんです」

 

 当たり前だが、鉱山は人手が必要だ。ここ二〇年で開発が進んだ封魔結晶の採掘でここまで街が発展するということは、それだけの需要があったということ、つまり、デマンド・プルの状態だったといえる。急激に人を増やせば、当然治安面を含めた生活基盤は人口に比べて不足する。

 

 そうなったときに少しでも生活を良くしようと賄賂が飛び出すのはよくある話だ。犯罪ではあるが、根本的な対策は難しい。

 

「だから、家督を継ぐ前のセディが中心になって、夜間学校や孤児院の開設に用水路の開削とか、いろいろ領地改革を推し進めたんです。あと、鉱山労働者の賃金も上げたりとか、奴隷身分の方にも教育の機会を確保して、市民に戻れた時には、定住してもらえるように支援したり。……まあいろいろして、ようやくここまで来たんです」

「……先進的な方だったんですね」

 

 僕はそう返すしかない。改革を進めたセドリック・ポーレット子爵がその後どうなったかは、僕も聞いている。子爵軍を率いて出征し、帰ってこなかったのだ。

 

「セディと私の夢なんです。どんなに小さくてもいいから、誰も笑いものにならない、ちゃんとみんなが心から笑える領地にしようって」

「素晴らしい夢だと思います。……いつか、わが公爵領もそうなるように、わたくしも頑張らないとですね」

 

 リコッタがポーレットさんの手を取って笑っている。

 

「ポーレットさんの夢、聞かせてくれてありがとうございます」

「アオ……?」

「アオ様?」

 

 ポーレットさんは本当に型破りな領主なんだろう。風当たりが強くて当然だ。だが、公爵家が彼女のバックにつこうとしている。つまり、公爵閣下はポーレット夫妻の領地改革に何らかの意味を見いだそうとしているのだ。

 この世界で『子ども』と呼べる存在は貴族や大商人の生まれ以外に存在しない。保険制度もない。奴隷が未だ奨励されており、人の死がそこかしこに転がる世界だ。その中で、そんな夢を掲げ続けるには、どれだけの勇気が必要だろう。

 

「そんな世界ができたら、本当にいいですね」

「できたら、じゃないんです。作るんですよ。私とみんなで」

 

 そう言ったポーレットさんは立って、僕の前にしゃがみ込む。僕と目線を合わせる。

 

「それが私の夢だから。その夢を一緒にみたいと言ってくれた人達を集めて、みんなで作るんです。……まぁ、新米領主の私が船頭役なので、右往左往しちゃうんですけど」

 

 だから、とポーレットさんは続けた。

 

「もし、アオがやってみたいことを見つけたら、私は助けてあげたいんです」

「……ありがとうございます」

 

 無謀な夢だと笑うのは簡単だ。それでも、僕には笑い飛ばすことはできなかった。

 

「あの、ポーレ――――――――」

「おや、ポーレット卿、ご機嫌麗しゅう」

 

 その時だったのだ。




鉱山運営をいきなりぶん投げられたポーレットさんはマジで大変だったと思うの。

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