【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
「おや、ポーレット卿、ご機嫌麗しゅう」
ポーレットさんに声がかけられる。ぱっと顔を上げたポーレットさんの瞳が一瞬だけ不安に揺れたように見えた。
「ごきげんよう、フィッツロイ男爵」
「子爵様が買い食いなんて感心しませんなぁ。家臣に示しが付きませんよ」
……その腹は示しが付くのか? と突っ込むのは多分マナー違反なので黙る。
フィッツロイ男爵と呼ばれた男性は見事なまでのビール腹を隠すように深い赤のマントを羽織っていた。金のボタンに着いているフクロウのような図柄は家紋か男爵の旗印か。それがはち切れて飛びそうになっている。金髪を整髪油かなにかでガチガチに固めている。
本当にいるんだな。ここまでコテコテの悪徳貴族様。
周囲の人が心なしかはけている気がする。なんだか胸騒ぎが少しして、周囲を見回す。フィッツロイ男爵と呼ばれた男性のそばにはお付きの人らしい騎士が数人、結構な実力者のようだが……装備がちぐはぐ、あり合わせで武器をそろえたらこうなるだろうか。
それよりも、チリチリとした感覚。この感覚は、魔力か? あまり反応は強くない。魔道具かなにかだろうか。
そんなことを考えている間にも、若干トーンが下がったポーレットさんの声が滑り込む。
「そう……ですね。気をつけます」
しゅんとしたように頭を下げるポーレットさん。その反応におやと思う。男爵は貴族社会でも最も階級が低い。子爵のポーレットさんが頭を下げる必要なんて、本当はないはずだ。
(これが『周辺貴族との軋轢』ってやつか……)
ポーレットさんは元々旦那さんであるセドリックさんが子爵位を持っていて、戦死されたのをきっかけにそれを継承した。まだ二一歳で夫からいきなり土地の運営権を引き継いだところで、完璧に運営ができるわけではない。ポーレットさんの夢はきっと素晴らしいものだが、それとは別軸で現実もある。それだけの話だ。
それに加え、ここから見る限りではあまり配下の貴族は協力的でなさそうだ。統治の難易度はさらに跳ね上がるだろう。ここまで露骨だと、彼の中でのポーレットさんの扱いが透けて見える。
そんなことを思っていると、リコッタに気がついたらしく、笑みを浮かべて腰を折る男爵殿。
「おや、これはこれは公女様、おめもじかないまして光栄に存じます。第八代オーストレスのフィッツロイ男爵、アーロン・フォリオでございます。お父上のトマス殿はお元気ですか」
すっと立ち上がって、スカートをわずかに持ち上げる礼をするリコッタ。こういう所作はさすが公女様だ。
「ご丁寧にありがとうございます、フィッツロイ卿。第一公女のリコッタでございます」
「是非ともわが領にもお越しください。こんなところで串など食べさせることなく、きちんとおもてなしをさせていただきます」
その一瞬、リコッタの魔力が乱れた。
まずい。リコッタは今の男爵の発言をポーレットさんへの侮辱と捉えた。……いや、侮辱であることは間違い無いのだが、ここで公に公女様が動くのはまずい。
「リコッタ様」
僕が声を掛けると、ぱっと魔力が散る。間に合ったか。代わりに標的が僕になったけど。
「そちらの君は?」
「初めてお目に掛かります、アーロン様。わたくしはポーレット卿に同行させていただいております、アオと申します。下賎の身ゆえ、失礼などございましたらどうかご容赦を」
嘘をついてないレベルに抑えて自己紹介。そのまま頭を下げる。リコッタの付き人ではなく、ポーレットさんの付き人として名乗ったことで、明らかに僕の対応優先度が下がったようだ。
本来なら、ここで僕が前に出る必要は無い。
だが、明らかに誰かを見下した態度というのは、腹が立つものだ。たとえそれが僕に向けられたものではなくても。
「リコッタ様もわたくしも、まだオーストレス領に脚を踏み入れたばかりでございます。是非とも日を改めてフィッツロイ卿の領地にも脚を運び、勉強させていただきたく存じます」
「殊勝な心がけだな。よい、許す」
「オーストレスの街はよく整備されておりますね。きっと子爵領の繁栄はフィッツロイ卿をはじめとした男爵や郷土騎士の方々のお力があってのことと存じます。……きっとさぞよく統治されていることと推察いたします。ぜひとも、民の暮らしを拝見させていただきたく」
「ちょっ……アオ」
「失礼しましたポーレット様。僕の一存で答えて良いことではございませんでした」
そう言ってポーレットさんの前で腰を折る。顔を白くしたのはフィッツロイ男爵のほうだ。僕が男爵よりもポーレットさんに敬意を払ったのが気に入らないのだろう。
それでも僕はポーレットさんに付き従っていると事前に明示したし、その上で子爵と男爵の身分差もある。この状況で僕を叱責したとて、こちらの大義名分が通りやすい。そして周囲にはポーレット子爵を見ているオーストレスの民がいる。貴族の一挙手一投足が民に見られていることなど、男爵も承知のはずだ。
あり得るのは無礼打ちという可能性だが、フィッツロイ男爵がどう思っていようとも貴族階級が上のポーレット子爵の配下を切り捨てたとなれば、旗色が悪くなるのはフィッツロイ男爵だ。少なくともポーレットさんに窘められてこちらはアクションを取り下げている。ここで即座に切り捨てられることはあるまい。
「フン」
ちらりとポーレットさんを見てから僕に視線を戻して鼻で笑う。ちゃんと棘は刺さってくれたらしい。これでフィッツロイ男爵は僕にとっても敵対的な
どんなにいけ好かない相手であろうと、ちゃんと勘定ができる相手は優秀だ。相手は優秀であればあるほど厄介だが、長い目で見ると楽だ。ある程度の行動予測を立てられるし、損得勘定で動く相手はコントロールしやすい。
……少なくとも、数回はやり合わないといけない形になったように思うから、うまいことやっていかないとまずい。ポーレットさんは彼の応対は得意じゃ無さそう。別に
そんなことを考えていたら、フィッツロイ男爵が話をたたみ始めた。
「それではあまりお時間をとっても失礼でしょう。私はこれにて」
ポーレットさんではなく、リコッタに礼をするフィッツロイ男爵。ぞろぞろと護衛役の騎士を後に引き連れて去って行く。なんというか、やっぱりちぐはぐな印象の護衛だった。
その集団が見えなくなるまで見送ってから、ずっとおとなしかったポーレットさんが僕たち二人の方に飛んできた。飛ぶといっても二メートルだけど。
「アオもリコッタ様も! なんで男爵さんに喧嘩を売ったんですか!?」
「すいませんポーレットさん。……ですが、それよりもまずリコ様。相手がいけ好かないからといって魔法を使おうとしてはいけません」
リコッタが使えるのは治癒魔法をベースにしたもので、攻撃に使えそうな魔導はあまりない。それに実際に手を出すとは思えないが、出そうとしたというのを見られると大問題になる。封魔結晶のおかげで魔力が追える僕だけで無く、魔導師なら魔力反応を確認できる人が居ることはハリエットが証明している。子爵への嫌みなんて公爵公女が大立ち回りをするにはあまりに弱い理由だ。
「だって、あれではポーレットさんが悪いことになってしまいます」
「だからといって、あそこでリコ様が前に出てしまえば、逆にポーレットさんの体面に傷をつけることになりますし、前提として魔法で人を脅してはいけません。公女様がそうしてしまえば、公女様がお城に戻られた後、大きな禍根が残ります」
「リコッタ様、アオ様の言うとおりです。ポーレット様を気遣うことと、敵を作ることは違いますよ」
ヴィクトリアさんはそう言ってリコッタに微笑む。彼女に促され、リコッタがポーレットさんに頭をさげた。
「ごめん……なさい」
「いえいえいえ。こちらこそごめんなさい。私のために怒ってくれたんですね。……情けないところを見せてしまいました」
「ポーレットさんは情けなくなんてないです」
そう言いきれるのはリコッタの強みだろう。そんなことを考えていると、ヴィクトリアさんは僕にも一礼をしてきた。
「アオ様も、リコッタ様を庇ってくださりありがとうございます」
「いえ、後先考えず割り込んでしまいました。もう少しうまくできたような気もします。……それよりも問題はフィッツロイ男爵です。リコ様の他に誰かが魔力を出していたように思いましたし、男爵の護衛の人の陣形は……周囲の警戒ではなく、ポーレットさんなどに向けた内向きのものに見えました」
「内向きのもの……」
「要はポーレットさんを威圧することを目的に動かしたように見えます」
「それにしては装備が妙でしたが」
ヴィクトリアさんが遠慮無く口にする。僕と同じ違和を覚えていたようだ。
「それは……フィッツロイ男爵は冒険者パーティを私費で雇っているようですので」
冒険者パーティ、あれが?
「冒険者なんて、この大陸にまだ残ってたんですね」
「有力どころは新大陸にいるようですが、その後方基地もかねて王国内でも活動しています」
ヴィクトリアさんにそう言われる。この大陸にはもう、まともな冒険ができるフロンティアがほとんど存在しない。神々の時代とも評される先史時代の
「冒険者、冒険者ですか……」
「この国ではほとんど傭兵の斡旋業ですね」
ポーレットさんの補足に僕も苦笑い。まったくもって夢のない話である。
「納得はしましたが……まるでポーレット子爵を恐れているようではありませんか」
「それは……どうなんでしょう」
ヴィクトリアさんの感想には僕も同意だ。一方でポーレットさんはどこか納得出来ていないようす。
「どちらにしても、フィッツロイ卿は護衛の教育をしっかりさせるべきですね。あれでは敵を作ります」
そう、問題はフィッツロイ男爵が明らかにポーレットさんに対しての風当たりが強いこと。そしてそれは
僕は意識してゆっくり声を掛ける。思考が急くと良いことが無い。
「少なくともリコ様が名乗らなくても誰だかわかっていたということは、自身より上の貴族に楯突いても大丈夫という確信があるか、ポーレットさんの実力をあまりに過小評価しているかのどちらかだと思います」
「それは……なんというか、実力通りというか……」
「そんなコトねぇっ!」
外から飛んできた怒号に過剰反応したのはヴィクトリアさんで、リコッタを守る位置に飛び込んだ。ヴィクトリアさん、多分さっきの冒険者改め傭兵集団より反応や動きが素早い。さすが公爵家お抱えの人材ということだろうか。
飛び込んだのだが、ヴィクトリアさんもさすがにそこで動きを止めた。
「パウロさん……みなさんも……!」
声をあげてくれたのは、羊串を売ってくれた店主さん。その他にも何人も市民の人がこちらを見ていた。
「奥様が頑張ってるのは俺たちがよぉく知ってる! そりゃあ、他の領主様みたいに上手くいかないこともあるが、オーストレスはポーレット家が支えてんだ。そうウジウジしなさんな!」
「そうよ。こんなに街に出てきてくれる領主様はあなたぐらいのものよ!」
「領主様がへこたれるとこっちが上手く担げねぇ。もっとしゃっきりしてくれぃ」
「……だ、そうですよ。ポーレットさん?」
僕がいたずらっぽく笑うと、感極まった顔をするポーレットさん。
「ありがとう……ございます……!」
がばりと頭を下げるポーレットさん。彼女の泣きそうな声にいろんな人が寄ってくるので、僕とリコッタはヴィクトリアさんに回収されて安全な所に避難となった。
「……ポーレットさんもアオ様も優しすぎます」
「リコ様ほどじゃないですよ。少なくとも僕は」
そう答えて、笑う。
「いろいろとやることができてしまいましたね……喧嘩を買ったのは僕なので、僕もできることをします。……リコ様も手伝ってくれませんか?」
個人的には『ポーレットさんに売られた喧嘩をリコッタが買いそうになったので僕が代理で買った』構図だと思うし、これぐらいは手伝ってもらわないといけない。
「もちろんです。頑張りますね!」
「お二人ともあまり無茶をされないでくださいね」
「善処します……と言いたい所ですけど、ヴィクトリアさんにもお願いが」
「なんでしょう?」
「メイド隊から字の綺麗な人をお借りしたいのと、リコ様がオーストレスを移動しても怪しまれないように根回しと、情報収集の段取りをお願いしたいです」
そう言うとものすごく長いため息をつかれた。
「あまり危ないことはさせませんからね」
「もちろんです。どちらにしても、正面から男爵のところに出向くにはまだ手土産が足りませんので。まずは……ポーレットさんが開放されたら、作戦会議ですね」
市民に囲まれているポーレットさんを遠目に見つつ、頭の中を整理する。おおよその方針はある。……行政間折衝なんて六年ぶりだが、おそらく問題ないだろう。
さーて、アオの本領発揮ですね!
……どんどん騎士としての活躍が遠のいている気がしないでもない。
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