【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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一の矢をつがえる

「こちらが、文書管理をお願いしているジャンさんです。多分アオが言っている資料とかは一通りあると思いますけど……詳しいことはジャンさんに。域内の交渉ごともお任せしているので、オーストレスの政治関連だったら一番詳しい方です」

 

 お屋敷に戻ってきたその足でポーレットさんに紹介されたのは、使用人の一人で老紳士のジャンさんだった。

 

「ジャンと申します」

「アオです。しばらくお世話になります」

 

 差し出された手を取る。なんとか握手ぐらいは安全にできるようになった。

 

「ジャンさん、アオはバリナード公爵のお墨付きの子ですし、いろいろ必要なことがあれば教えてあげてください。見せてはいけない書類はありません。可能な限り応えてあげてください」

「かしこまりました」

「アオもあまり無茶しないでね」

 

 髪をさらりと撫でられる。その手はどこまでも優しかった。

 

「ありがとうございます。ポーレットさん、ヴィクトリアさんからも話があると思いますけど……」

「鉱山や畑の巡察についてですね。調整します」

「はい。よろしくお願いします。領主様を顎で使ってしまい申し訳ありません」

「元は私がしゃっきりしてないせいですし……。いえ、オーストレスの皆さんのためにも、ちゃんとしないといけませんね。頑張ります」

 

 そう意気込んでポーレットさんが出て行く。あっちのドアは執務室に繋がっているということだから、いまから決裁などのお仕事だろう。ヴィクトリアさんとの調整をしたリコッタがまもなく突撃するだろうから、ポーレットさんはこれから大変だ。

 

「ジャンさん、よろしくお願いします。……僕のことは、聞いてたりしますか?」

「レナ様からポーレット家の養子になるかもしれないと聞いております。今日、レナ様を庇っていただいたとも」

 

 優しく僕を見る目。……だけどそれは、多分子どもを微笑ましく見る目だ。

 

 当たり前の感情だと思う。だけれども、それはこれから着手する仕事の邪魔になる感情だ。僕はちゃんとフェアにジャンさんと話をしないといけない。

 

「ありがとうございます。ポーレットさんに認められるよう頑張りたいと思いますし、フィッツロイ男爵の喧嘩を買ってしまったのでせめて自分の尻は自分で拭けるようにしないといけないと思っています」

 

 そのためには、情報が必要だ。目の前にあるのは大量の書類がまとめられた文書庫。ジャンさんはかなり几帳面な人のようで、書面もジャンルに切り分けた上で年代順に整理されている。

 

「今からジャンさんにとても失礼な質問をします。答えたくなければ無視していただいてかまいません」

 

 そういうと怪訝な顔をされるジャンさん。

 

「なんでしょう」

「ポーレットさんはあなたを『オーストレスの政治について一番詳しい方』だと紹介されていました。それは間違いではありませんか?」

「はい。そう自負しております」

「ありがとうございます。ではもう一つ、こちらが本題なのですが」

 

 前置きをして、口にする。

 

「ポーレットさんを政治的に殺すとして、ジャンさんなら何を狙いますか?」

 

 ジャンさんに息を飲まれる。

 

「……どういう意味でしょう」

「公爵公女であるリコッタ様の前で、フィッツロイ卿はポーレットさんを貶める発言をしました。自身を管理する立場にある上位の貴族への敬意の無い発言は、回り回って公爵家への忠誠という素質を疑われかねない事態です。それを、リコッタ様と彼女の使用人がいる前で行った……かなりの異常事態だと僕は考えています」

 

 それはすなわち、子爵に対して強くでられるだけの何か、それも公爵家に目を瞑らせるだけの何かをもっているか、ただ周囲が見えていないかのどちらかだ。……僕は、前者だと思っている。仮に後者であったとしても、対策をして損はない。

 

「フィッツロイ卿がリコッタ様をあれだけで丸め込めると考えられるようなおめでたい方ならそれでよいのです。ですが、それで終わるとも思えません。何かフィッツロイ卿はポーレットさんを押さえ込めると見込む何かを握っているのではありませんか? ……例えば――――――そう、水利権」

 

 明らかに視線が敵対的なものに変わる。僕の推測が的中しているどうかは別にして、的外れではないらしい。

 

 あの広場で見た上下関係の逆転には理由があるはずだ。ポーレットさんは確かに()()()()だけれども、ちゃんとコミュニケーションを取ろうとする。少なくとも公爵相手に僕の進退について交渉を掛ける人だ。それを押さえ込むに足る何かをフィッツロイ男爵は得ているとみて良いだろう。

 

 そうなると、街中でポーレットさんに声を掛けていた人の中に、灌漑用水路の通水時期についての話題を出していた女性がいた。その時ポーレットさんはフィッツロイ男爵の名前を出していなかったか。

 

 オーストレスに向かう道すがら、馬車から見た麦畑は秋まき小麦が青々としていた。通水時期の調整をするには、いくらこのあたりの気温が麓より低いとは言えどもかなり遅い。それだけ調整に手間取るなにかがあったということに他ならない。

 

「僕はポーレットさんの味方でいたい。だけど僕は今、公爵閣下の胸三寸で吹き飛びかねないポジションにあります。公爵閣下がフィッツロイ卿についたら……ポーレットさんに待っているのは地獄でしょう。そうなりうる可能性を潰すために、可能な限りの情報が必要です」

 

 僕を異質なものとして見る、ジャンさんの目。まぁ、六歳児がそんなことを言うのは『異常』の一言だろう。

 

 そうだジャンさん。それでいい。

 

 僕を見ろ。子どものままごとではないし、伊達や酔狂で食い下がっているわけでないと見抜け。

 

「だから、一番(おおやけ)の情報に詳しいであろう、ジャンさんの意見を聞かせてください。僕はポーレットさんを潰しかねない状況を、盤面ごとひっくり返したい」

「…………公爵閣下のお墨付きというのは、こういうことですか」

 

 ジャンさんは表面だけの笑みを浮かべていた。目元が全く笑っていない。

 

「レナ様のお願いでなければ、私は君を追い出していたかもしれませんね……あなたがレナ様の味方である保証は? 君が敵に回らないという保証は?」

「そんなものありませんよ。僕は僕自身が善良である証明なんてできない。それとも、神様に誓えば信じてくれますか?」

 

 文書庫は紙の日焼けを防ぐために薄暗い。そこで真正面から向き合う。ちゃんと人を疑える人材は貴重だ。きっと政治の面でポーレットさんを支えてきたのはこの人だ。この人がきっと今日まで、必死にポーレットさんを守った人だろう。

 

 だから、僕を疑う。ちゃんと疑ってくれた方が僕も動きやすい。僕が保険をかけなくても、最後のセーフティは勝手に掛けてくれるだろう。僕と一緒にリコッタ様やポーレットさんが破滅する必要は無い。

 

 間違い無く今回の話のキーマンはこの人だ。だからこそ、ジャンさんと僕は、対等でなければならない。

 

 ジャンさん、あなたはちゃんと僕を疑ってくれ。その上で、信じてくれ。それが、あなたが仕えるポーレットさんを救うとあなたなら理解できるはずだ。

 

「……では、こちらからも一つ質問を。これは、私が個人的にあなたを信頼するかどうかに関わる重大な質問です」

「わかりました。お伺いします」

「アオ君はレナ様をどう思いますか?」

「優しくて強い人だと思います。……だから、脆い人だとも思っています」

 

 ポーレットさんは真っ直ぐで一生懸命だ。だから領民にも信頼されているし、彼女自身もそれを信じている。そして裏切られたときに、自分を責めてしまうだろう。それが素直な感想だった。

 

「きっとポーレットさんは、悪意に弱い」

「……そうですね。本当に、困った領主様です」

 

 そう優しく笑ったジャンさんが白手袋をはめた。

 

「アオ君は何を考えていますか?」

「僕によくしてくれた人には笑っていてほしいです。それだけなんですよ」

 

 さすがにこれでは言葉足らずだと思い直して、口を開き直す。

 

「そのためには、悪意に強いシステムを構築する他にない。為政者個人の悪意()()で覆せるシステムなんて存在してはいけない。それが僕に手を差し伸べてくれた人に牙を剥くなら、リコッタ様やポーレットさんを蝕むのなら、僕は僕の全てを掛けて、それに抗う」

「それが、貴族という社会そのものであってもですか」

 

 ジャンさんのその問いが答えだ。ポーレットさんは嫁ぐまで平民だったのだろう。それが、まだ二一歳で領主として振舞うことを強要される。前の子爵、セドリックさんが残した領地と夢はあまりに大きい。それを文字通り、死に物狂いで守ってきたのだ。それを守るために、ポーレットさんはなるべくしてこうなったのだ。

 

 ならば、平民出身でしがらみが少なく、かつ、公爵閣下とのコネクションを持てる僕にできることは、きっとある。

 

「――――――それが求められるなら」

 

 だから、そう答えた。それがどう聞こえたのかはわからない。それでも、ジャンさんは笑ってくれた。

 

「……アオ様の読み通り、おそらくは水利権を盾に交渉を迫るつもりだと思いますが、それを盾にしたところで公爵家にはうまみがない。おそらくリコッタ様への取り扱いの不手際の告発をきっかけにコネクションを確立して、レナ様を追い落とすつもりかと」

「追い落とす……となると、その後釜を狙っているということでしょうか」

「元々この地域はフィッツロイ男爵が持っていた土地です。それが鉱山のために子爵領として組み直されたのを根に持っていると思われます。レナ様には跡取りがいません。子爵位が空白になれば、公爵が一時的に直轄領にするか、近隣の貴族に管理を任せます。そこで支配を既成事実化したいのかと存じます」

「……なるほど」

 

 周辺地域の貴族の勢力図がわからないが、子爵家が断絶した結果、臨時で周辺地域の男爵が出張ってくるのは確かに無理がない。男爵は子爵の一つ下だし、あり得るだろう。そこでフィッツロイ男爵の支配下にしたいという目論みか。

 

 それに、どうやらジャンさんにビジネス相手として信頼されたようだ。呼び方が『アオ君』から『アオ様』に変わっている。

 

「では、リコ様の身辺警護などを厳重にしてもらいつつ、水利権周りの整理と、根回しからですかね」

「整理と根回し……なにから取り掛かりましょう?」

「まずはオーストレスとフィッツロイ男爵領の位置関係と利水システムがわかる地図、最低でも過去五年分の利水関連の調整を含む会議議事録全て、あと、農産物の収量と販売価格がわかる資料……このあたり、あるだけ全部持ってきてもらえますか?」

「かしこまりました」

 

 さて、仕事の時間だ。




こういうなりふり構わない感じのやりとりって、いいよね。

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