【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
「これはこれはポーレット卿、急なご面会ということで、まともなもてなしもできず」
「いえ、押しかけてしまったのはこちらですから。タンジー男爵はどうかお気になさらないでください。それよりも今日は是非ともお引き合わせしたい方がおりまして……」
今日最後のアポイントであるタンジー男爵は、とても筋肉質な方だった。筋肉質なのに、脚が悪いのか杖をついている。タンジー男爵の紋章を見ると、家紋を守るマントのデザインは焼け焦げたような意匠となっている。つまり、出征した経験を持つ武人であり、それだけの貢献を成したとして公爵家からその意匠を使う許可を得た人物ということだ。
「はじめまして、タンジー卿。バリナード公爵家第一公女のリコッタ・バリナードでございます」
「お目にかかれて光栄に存じます」
スカートを軽く持ち上げる礼をするリコッタに、膝をついて応えるタンジー男爵。第一公女に爵位はないが、扱いとしては伯爵相当、礼を欠くわけにはいかないのだろう。
「第八次ブレンタ川の戦いにおけるご活躍は父からも伺っております。男爵の献身に対し、礼を尽くさねばならないのはこちらの方です」
「身に余るお言葉でございます」
「リコッタ様は現在、公爵閣下から公務の練習をということでポーレット家でお預かりしている状況です。学校に入学されるまでオーストレスに滞在なさいます」
「そうでしたか……して、そちらの方は?」
タンジー男爵の視線が僕に向く。義腕を胸に当て、一礼。
「アオと申します。バリナード公爵閣下からの命でリコッタ様と一緒に滞在しております。どうかお見知りおきを」
「アオは、公爵閣下からポーレット家の養子にどうかと紹介いただいた子です。時々顔を出すかと思いますので、タンジー卿からもご指導いただければと」
ポーレットさんの補足を受けてもう一度礼。
「ふむ。……セドリック殿と瞳の色が同じですな。公爵閣下の紹介ということですし、ポーレット子爵を支える男爵の一人として諸手を挙げて歓迎しましょう。アオ殿」
差し出された手を取る。触覚がないから、実際の力加減はわからないが、相当しっかりした手だ。僕は白手袋をはめているが、それが義肢であることはタンジー男爵も気がついたようだった。
「立ち話もなんです。どうかこちらへ」
家主のタンジー男爵に案内されて客間へ。すぐに紅茶と茶菓子が出されるが、僕もポーレットさんもリコッタも、ここまでの訪問でかなり胃がもたれている。さて、礼儀とはいえ、食べられるか。
「オーストレスに公女様がいらっしゃったというのは風の噂で伺っておりました。いかがですかな、オーストレスは」
「大変綺麗な街並みで驚いております。浮浪者や物乞いにあふれていることもなく、どんな小さな家にもガラスがはまっていて……父が治めるシェフィードもこうあるべきだと申しあげなければなりません」
「ははは、それも全て前ポーレット子爵セドリック様から引き継いだ、レナ様の政策が成せる技ですな」
「もちろんそれもあるでしょう。これまでいくつかオーストレスの男爵領を初めとした村々を見ましたが、どこも綺麗に統治なされている。これは素晴らしいことです」
リコッタがすらすらと言葉を紡ぐ。
「ここまでの道すがら、トマト畑を馬車から拝見しました。……オーストレスは土地が痩せていると聞きました。その土地でも実る作物を探し、育てることは大変な努力であると推察します。鶏や牛の数も限られているようですし、育てるのは大変でしょう」
リコッタの物言いに目を見開くタンジー男爵。
「……驚きました。リコッタ殿は農業の心得がおありですか」
「全てアオ様の受け売りですわ」
リコッタが僕にキラーパス。いや、確かに教えたけどさ。
体を乗り出すようにして会話に入る。
「馬小屋は多いようですが、牛小屋や鶏舎が見当たりませんでした。堆肥を確保するのも大変かと推察いたします」
「……なるほど、公爵閣下のご推薦というのは本当のようですな。たしかに主な牧草地は羊毛のために羊に差し出している状況です。土壌改善をしようにも、牛糞を外から買い付けなければならない体たらくです」
堆肥づくりには、牛や鶏が向いている。同じ動物だからといって、馬や豚を用いるわけにもいかない以上は大変なのだろう。
「この状況で、今年はまだ用水の通水が安定せず……いえ、失礼。ここで申しあげることではございませんな」
ポーレットさんを見て言いよどむタンジー男爵。それを受けニッコリと笑うリコッタ。今回はスムーズに本題に着地した。
「その用水のことでお話があって来たのです」
僕からリコッタに封書を渡す。それがタンジー男爵に渡った。
「これは……?」
「どうぞご開封ください」
リコッタにそう言われれば、開封しないわけにはいかない。彼の使用人が差し出したペーパーナイフで封蝋を割り、中の書面を取り出す。
「オーストレス広域水利連絡会……?」
「はい。ポーレット卿が発起人となり、オーストレス川の管理を担う団体を設立します。その趣意書でございますわ」
タンジー男爵は難しい顔をしている。そりゃあそうだろう。こんなものが飛び出すなんて思いもしなかったはずだ。
今回の構想がまとまった次の日、清書に協力してくれたメイドさんから『本当にこんな細かい文言指定が必要なんですか!?』とお小言をもらいつつも初稿ができあがった段階で、公爵閣下に念のためお伺いをたてた。リコッタを巻き込むこととなったため、公爵家の見解と致命的な相違があってはマズいからだ。
ここで、トラブルが起きた。
ヴィクトリアさんに魔鳥をつかってバリナード城とオーストレスを最速で往復してもらったのだが、日没寸前に戻ってきたヴィクトリアさんは青い顔をしつつ、小包をリコッタに差し出した。
なんとヴィクトリアさんが公爵家の公印と
そう、許して
公爵閣下本人が確認して、公爵家の正式なメンバーであるリコッタが押印するのだから問題無いという論の建て付けだ。公爵閣下は公印の紛失はもちろん、悪用されるなんて考えなかったのか。公爵閣下に対してあるまじき感想だが、馬鹿じゃなかろうか。
リコッタはまだ六歳で政治的なハンドリングができるわけではない以上、ポーレットさんがフィクサーになるしかない。それでもリコッタ宛に印鑑が文字通り飛んできたのは『ポーレットよ、良きにはからえ。ただし公印とリコッタを使う以上、彼女に恥をかかせるな』という公爵閣下からの信頼に似た脅迫にほかならない。おかげで僕とポーレットさんは肝を冷やし続けている。特にポーレットさんは連絡会設立後、代表者を選挙するまでは責任者確定なのでずっと胃を押さえている。
とはいえ、公印が来てしまった以上、使うしかない。こうしてリコッタの仕事として『ポーレット子爵領へばらまく説明資料すべてに公爵家の公印を押す』というものが発生したのである。リコッタには僕の肩の治療係とポーレットさんたちにお水を持っていく係としてしか仕事がなく、彼女を手持ち無沙汰にしてしまっていたのだが、嬉々として働いてくれた。笑顔でスタンプを振るうリコッタが楽しそうなのは本当によかったが、その書類の威力をたぶん彼女はわかっていない。
いま、タンジー男爵が読んでいる趣意書を整理すると、論点はおおよそ四つ。
① 水利権の問題が貴族だけではあまりに進まないから当事者交えて話をさせろ。
② そのために貴族のお前をすっ飛ばして領民に直接話を聞くから、その許可を出せ。
③ 水利権についての課題を解決するための会議体を作るから顔を出せ。来なければお前抜きで話が決まるから、意見があるならそこで言え。
④ バリナード公爵トマス閣下は、本件を既に承知しており、会議体設立を歓迎している。
……という内容が、ポーレット子爵の公印とバリナード公爵の公印まで押された公文書として飛び込んでくる。
清々しいまでの宣戦布告である。
程度の差こそあれ、誰もがポーレット子爵を『肝心なところで弱気になりがちな新米のふわふわ領主様』だと思っていただろう。その彼女とまだ六歳のリコッタからこんな全力でファイティングポーズをキメた内容がカッ飛んでくるのだから、面食らって当然だ。
だがタンジー男爵はとても頭の切れる方のようで、おおよその目論みに気がついたように見える。
固唾を呑んでタンジー男爵の返事を待つリコッタ。緊張が表情に出てしまう彼女だが、この場面ではきっとプラスだ。過去に男爵には娘がいて、流行病により三歳で
「……なぜ、というのは愚問でしょうね」
チラリと男爵が目線を送ったのはポーレットさん。事前情報通り、タンジー男爵はフィッツロイ男爵が川の水を盾に圧力を掛けていることを知っていると見ていいだろう。そして、これが公爵家のお印で封をされて飛んできたということの意味を理解している。
ここで騒げばリコッタの顔を潰すことになる。そしてその動向は間違い無く公爵に伝わるのだ。
「……喜んで協力いたします。オーストレス川の水は皆のもの。それを皆で解決する取り組みにどうして反対できましょうか」
「ありがとうございます。タンジー男爵のお力があれば百人力ですわ」
リコッタがほっとしたように表情を緩める。それを見て苦笑いをしているタンジー男爵。
「それにしてもポーレット子爵もお人が悪い。農業用水の通水は我が男爵領にとっても喫緊の課題でした。あの男爵のわがままに振り回されるのはいささか腹の据わりが悪い」
今度はポーレットさんが苦笑いをする番だ。ここでも嫌われているのかフィッツロイ男爵。
「とはいえ、いつの間にこんな策を用意されていたのですか? これがあるなら、この時期まで揉める必要も無かったでしょうに」
「アオのおかげです。趣意書の内容はアオがゼロから考え抜いてまとめてくれたものです。諸々後手に回ってしまい申し訳ありません。ですが、この話が立ち上がってまだ三日目なのです」
僕に視線が集まる。品定めするような目線。
「……アオ、いや、アオ殿と呼ぶべきでしょうな。ポーレット子爵家に入るのであれば、その長男はエルジック男爵。それもいつかは子爵になられるわけですから」
「どうかアオと呼び捨てください。まだ正式に養子になるとは決まってないのです」
「ポーレット卿、彼を逃してはなりませんぞ。農業がわかる領主というのは貴重ですから」
「そうですね。……ですがそれは、アオが決めることですから」
ポーレットさんはそう言ってくれる。僕はポーレットさんに甘えっぱなしだ。
僕個人としてはポーレット家に入らず、使用人として雇ってもらうのも良いと思っている。自分で責任が取れる範囲で仕事ができるのは気楽でいい。とはいえ公爵閣下への恩義もあるし、今の立ち位置からしてポーレット家に入るほうが自然なのも確かなのだ。
結局僕は、煮え切らない対応を続けてしまっている。あまり良くない。
そんなことを考えていたら、タンジー男爵が僕を覗き込んでいた。
「末永く良い関係でありたいものですな。アオ殿」
「是非に」
そう答える。乗りかかった船であるし、僕もこのオーストレスにできることなら長くいたい。
「それではポーレット卿、会議設立に向けて、男爵領では何をすればよいかお教えいただきたい」
「まずは、会議体に参加いただく方の選定からですね。えっと……」
ここからは僕とポーレットさんの仕事だ。地元の農家や牧場の有力者への紹介の依頼や、具体的な農地面積の確認などの実務が続く。話としては難しくないが、作付けの時期を逃すわけにもいかないので、締切が近いのが厄介だ。次のアポイントメントをとり、それまでにタンジー男爵領における取水量の案を策定しておく必要がある。こちらはジャンさんが飛び回ることになるからまず大丈夫だと思うが、そこも含めた認識合わせをしておく。
「では、また三日後にジャンをよこしますので」
「はい。リコッタ殿もアオ殿もまたお越しください。名物の羊料理をご用意しておきますので」
「ぜひ」
男爵の見送りを受けて馬車で撤収。男爵が見えなくなるまではみんな耐えていたが終わったらどっと力が抜けた。
「と、とりあえず一日目お疲れさまでした……! リコッタ様もアオも、本当にお疲れさまでした!」
「あと、あと三日これを繰り返せば終わりですね……!」
リコッタの言うとおり、子爵領の有力者を回りきるのにあと三日はかかるのだ。疲れてなどいられない。
「リコ様がいて助かりました。交渉がするする進みますね」
「お役に立てたなら何よりです。……リコッタ、頑張りましたよ?」
そう言って頭を差し出してくるので、撫でておく。気持ちよさそうに目を細めているあたり、力加減はこれでいいらしい。
「ここまでは順調ですね……このまま何もないといいんですけど」
「……少なくとも最終日のフィッツロイ男爵相手は揉めますからね。そこまでにある程度情勢を固めておきたいところです」
ポーレットさんの言うとおり、このまま多数をまとめてしまい、勝ち戦に持ち込みたい。
(それはそれとして……極端な手段をとらないといいんだけど)
そう思いつつ、窓の外を見る。
もうすぐ日没だった。
リコッタ様もどんどん六歳児らしからぬ風格に……!
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