【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
ポーレットさんが優れた魔導師というのは、本当だった。
「
普段のおっとりした雰囲気はなく、口から小さく紡がれる声は恐ろしく速い。複数の魔導が同時に展開しては消えていく。
「
(ハリエットもすごかったけどその比じゃない! なんだこの異次元の高速圧縮詠唱!?)
ハリエットだって、わざわざ隣のファイフ公爵領から呼び寄せる程度にはずば抜けた素質の持ち主だったはずだ。実際僕もリコッタも、ハリエット相手に全力で挑みかかっても指先一つ触れることは叶わないだろう。
だが、ポーレットさんはそれ以上だ。
素人が見ても分かるくらい圧倒的だ。詠唱速度が速すぎて聞き取るのがやっと、聞き取れたところで暗号レベルまで省略がされているせいで、発動原理が理解できない。魔導術は原則として、制限をつければつけるほど複雑化するため、詠唱なら長く、描画なら線が入り組む傾向がある。だが、ポーレットさんの詠唱は限界まで無駄をそぎ落とし、最小の手数で発動させている。
初めて会ったとき、ポーレットさんには魔力の気配を感じなかった。優れた魔導師と言われていたが、違和感があったのを覚えている。
(魔力がないんじゃない! 四六時中正確にコントロールして、ほとんど外部に漏らさないんだ! 無意識下でも効率的に魔力を運用できるように効率化してるのか、理屈は分かるけど……)
「
ネコミミの子が飲み込んでいた封魔結晶の魔力と自身の魔力を正確に分離し、そのまま別の器に移し直すなんて、そんなことできるのか。
(詠唱で光を操り魔法陣を描画できることは知ってたけど、どこまでが描画用の詠唱で、どこまでが直接作用させる詠唱なのか区別すらできない! なんだこの魔導術!?)
何が起こっているのかは分かる。だが、どうしてそうなったのかが何一つ理解できない。次元が違うとはこういうことか。僕に分かるのはポーレットさんが複数の魔導術をとっかえひっかえ発動した結果、封魔結晶の魔力が別の結晶に移し替えられ、暴発したとしても安全な魔力量まで落とし込まれたということだ。
「ふう……これで、外しても大丈夫。ごめんね。外すとき相当痛いけど、一瞬だけ我慢して。すぐ治療するから。ガマンできる?」
ポーレットさんが声をかける。何とか頷いたネコミミの子。
「強い子ね。大丈夫だからね。……アオ、念の為風の魔導張れる? これが破裂した場合に備えて、念の為」
「わかりました」
差し出された結晶を受け取る。警戒しているのは衝撃波かなにかか。真上に圧力を逃がせるように、すり鉢状に風の膜を張る。
「うん。三つ数えたらいくからね。一、二の三!」
奥歯に埋められた起爆装置を引っ張り出す。くぐもったうめき声。直後、ポーレットさんの手元に幾重にも円が重なった魔方陣が現れた。パシッ! と何かが弾けるような音。何の音かは分からないが、初めてポーレットさんの魔力の揺らぎが見える。口の中の爛れが引いていく。
(リコッタの治癒魔法と同じ反応……もう魔導術に落とし込んだのか……! というより、描画のための詠唱はいつしたんだ!?)
女の子の声のうめき声が止まる。念の為に張っていた僕の魔導は杞憂で終わった。
「よく頑張ったわね。もう大丈夫!」
そう言って女の子の頭を抱きしめるポーレットさん。その隙に風で浮かべていた封魔結晶を回収。僕の手の中に収める。
「さすがに虫歯の治療までは手が回らなかったけど、後で治療と詰め物をしましょう。あと、アオもよく頑張りました!」
ポーレットさんはそう言って僕の頭を撫でてくる。
「それよりも先にやることがあるでしょう。……体面のためにも、この子をしばらく押さえててもらえますか」
衛兵に依頼してわざとらしく立ち上がった。問題の解決はまだ残っている。
「ごきげんようフィッツロイ男爵。わざわざ戻ってきてくださったのですか?」
男爵はちょうど馬車から降りてくるところだった。会合終了後わざわざ会場を離れたのにご苦労なことだと思う。
「貴様は……いや、少々胸騒ぎがしたのでな」
「それは大変。お忘れ物ですか?」
そう口にしてわざとらしく微笑んでみせる。
「いや……これはどういう状況だ」
「男爵殿のお手を煩わせるほどのことではございません。……賊の襲撃を受けたまでです。見ての通りリコッタ様にもポーレット様にも被害はございません」
そう口にして広場の方を振り返る。ヴィクトリアさんに守られるように立っているリコッタと、その『賊』の事情を聞いているようにも見えるポーレットさんが見えるはずだ。
「……それは大変だ。賊を捕らえるとは、今すぐ縛り首にした方が良い」
その間はなんだ。この男爵、こういう対処は得意だと思っていたが、案外態度に出る。
「えぇ、領主に仇なすなど極刑に値します。いかなる身分の者であっても、例外無く。……ですが妙なことがありまして。賊は魔道具を飲み込んでいましたので、それを子どもに預けた黒幕までたどる必要があります」
そう言って、回収していた魔道具を見せる。
「体よく魔道具と充填された魔力が回収できています」
ぎょっとした表情を浮かべる男爵。……この様子だと、見覚えがありそうだ。本人が手を出したという証拠にはならないけれど、尻尾を出すかもしれない。
「フィッツロイ男爵、もう一度お伺いすることをお許しください。
「まるで、私が関わっていると言いたげだな」
「滅相もございません。となればこちらは盗難されたものでしょうか。どうにもこの紋章はフィッツロイ男爵のお印に見えます。……そんなものがポーレット子爵やリコッタ公女様の暗殺に使われたなど、断じてあってはならないことです」
僕に視線が集まる。
「……何はともあれ、賊として捉えたのは北方部族の子です。珍しい見た目ですし、足跡をたどるのも容易でしょう」
「アオ、男爵殿に失礼です」
ポーレットさんが会話に割り込んだ。
「それ以上フィッツロイ男爵を愚弄することはこの私が許しません」
「はっ、失礼しました」
ポーレットさん、棒読みの上にものすごく顔が引きつっている。茶番とわかって乗ってくれたらしい。ぶっつけ本番の猿芝居だが、ここは猿芝居であることに意味がある。
「フィッツロイ男爵、これはリコッタ公女様を巻き込んだ一大事です。この件はポーレット子爵として、レナ・ポーレットが預かります。必ずや子爵領の安寧は守りますので、どうかご安心くださいませ」
そう言って恭しく頭を下げるポーレットさん。そう口にしてしまえば、これ以上男爵も強くはでられない。ここで騒ごうものなら、自分が犯人だと明かすようなものだからだ。
「……では、これにて。……彼の者は屋敷の地下牢まで護送するように。アオ」
「承知しました。ポーレット様。お任せください」
男爵に礼をする。僕が移送の指示を出すような流れに見せかけた。地下牢といったのはわざとだろう。
使いたくなかった二の矢を番えることになってしまったが、実力行使に出た以上、致し方あるまい。
ここからは、スピード勝負になる。
†
「もうっ! 大人に任せてくれていいじゃないって言ったじゃないですかー!」
ポーレットさんにえらく怒られる。ここはポーレット家のお屋敷の地下。夕方に近くなり、燭台がなければ顔の確認もできないような暗さになる。地下牢のなかに入っているのは僕とポーレットさん、そして襲ってきたネコミミの子。
すぐ前まで、襲ってきたネコミミの子の治療が続いていた。リコッタが触れることをヴィクトリアさんが許さなかったので、ポーレットさんが治療した。リコッタは何度かヴィクトリアさんに交渉していた。当たり前だがお許しは出ず、地下牢の外、鉄格子とヴィクトリアさんを挟んでこちらを見ている。
そんな状況なのだが、話を聞くべきネコミミの子よりも前に僕が怒られている状況だ。
「で、でもポーレットさんにも一芝居打ってもらったおかげで助かりました。ですよね、ヴィクトリアさん」
「……遺憾ながら、アオ様の働きにより、リコッタ様に仇なす者達を一網打尽にできるチャンスができたのも事実です。それを汲んでくださったポーレット卿にも感服いたしました」
ヴィクトリアさんからも微妙に刺される。『遺憾ながら』はいらないだろう。あの時はあれが最適解だと思うのだけども。
「ともかく、襲われた以上は対抗する必要があります。今晩中に仕掛けてくるでしょう」
「この子の口封じ……ですね」
「はい」
そう答えつつ、僕は燭台の明かりを頼りに紙の束を取り出す。
「なのでここの守りは固めておく必要があります」
板張りの寝台にインク壺を起き、羽根ペンを走らせる。だいぶ書き物にも慣れてきた。リミッターは物理的に壊してしまったので、慎重に取り扱う必要があるが、なんとかなりそうだった。
「えっと……とりあえず君、名前を教えてくれる?」
「……」
答えは返ってこない。紙の上をペンが走る音だけが響く。
「……
ポーレットさんが気になることを言い始めた。
「なんです? そのオメルタとは……」
「魔導を使って人を使役する場合に使われるもので、特定の情報を話そうとすると口が聞けなくなる……。一応、違法なんですけど……」
ポーレットさんの補足を聞きつつペンを走らせる。
「それって、解除できますか?」
「時間をかければ」
「どれくらいです?」
「触媒があれば一時間もかかりませんけど、そもそも触媒が今手元にないので調達が必要なんです。そうなると……最短でも明日の夜になっちゃいますね。雇い主に解除させるのが一番なんですけど」
「雇い主はほぼ間違いなくフィッツロイ男爵でしょうから、会わせた途端に殺されるでしょうね」
僕の声に頷くポーレットさん。書いた紙をのぞき込んだポーレットさんは目を伏せる。ペンをそっととりあげ、追加で書き付ける。
「あまり危険な目には合わせたくありません。ここに留め置いて、兵に守らせるのが一番でしょう」
「……そう、ですね」
ヴィクトリアさんも鉄格子越しに紙を覗き込む。考え込むような仕草。
「……ポーレット子爵殿。不躾な発言をお許しください」
「なんでしょう」
「現状において、リコッタ様をここに置いておくことはリスクです」
「ヴィクトリア!」
悲鳴のようなリコッタの声が地下室に乱反射する。
「いやです! リコッタはここに残ります!」
「リコッタ様、どうかご理解ください。リコッタ様は現在公爵閣下の代理としてここに滞在しておいでです。万が一のことがあれば……」
「ですが……」
「……いえ、ヴィクトリアさんの言うとおりだと思います」
「アオ様まで!?」
リコッタがヴィクトリアさんを振り切って僕の腕を取る。
「どうしてですか! アオ様はわたくしを、リコッタを信じておられないのですか」
「信じているからです。だからこそ、リコ様にはお役目を果たしてもらわなければなりません」
そう言って書いていた紙を畳む。
「リコ様、よくお聞きください。今ポーレット子爵領には不届き者がおり、ポーレットさんやリコ様を脅かそうとしております。故に、警備や捜査の為の人員が必要です。そのため、ポーレット子爵軍の一部だけでも戦地からこちらに戻せないか、公爵閣下と交渉いただきたいのです」
「なるほど」
リコッタより先にヴィクトリアさんが唸った。
「場合によっては、公爵直轄の親衛隊を連れ込むつもりですか」
「はい。子爵家としてはこの状況を自浄できなかったことは汚点となります。しかし、リコッタ様に傷をつける可能性とは比べるまでもありません。ポーレットさん、それでよろしいですか?」
「……アオの言うとおりですね。やむを得ません。ヴィクトリアさん。魔鳥をお使いになりますか?」
「伝令用に一匹だけお借りしたく。これから夜間になりますし、リコッタ様を連れて夜間飛行は無謀ですので、私とリコッタ様は馬車でそのまま離脱します」
「わかりました。護衛は……」
「結構。……だれが敵かわからない状況ですから」
「ヴィクトリア! それはポーレット子爵にあまりに不敬ではありませんか!」
そう怒るリコッタの頭をなでるポーレットさん。
「いいんです。リコッタ様。正しいのはヴィクトリアさんです」
「ですが、正しいことがすべきことなのですか!?」
「……少なくとも、今は」
ポーレットさんが苦しそうにそう答える。ヴィクトリアさんがリコッタを抱え上げた。
「いやです。いや! 降ろして! ヴィクトリア!」
「こればかりはリコッタ様のお願いであっても聞けません」
「リコ様、ヴィクトリアさん」
僕は二人を見上げる。
「
「わかっております。……アオ様も、ご武運を」
「アオ様ぁ!」
ヴィクトリアさんとリコッタが出て行く。それを見送ってから、書いていた紙を魔導で燃やす。
「えっと、まだ名前も聞けてないんだけど、こういう事情だから、ちょっと協力してほしいの。大丈夫、私たちがちゃんと貴女を守るから」
ずっと黙り込んでいた子の前でポーレットさんが笑う。
「今から貴女に魔導をかけます。しばらくの間、眠っててもらいます。目が覚めた時にはきっと全部終わってますからね」
ポーレットさんが魔導を発動させる。
二の矢は放ってしまった。
もう、止められない。
ポーレット「お前は一生を掛けて貴族を欺くんだ」
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次回 迫り来る刃