【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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時間は少し巻き戻ります。


答え合わせをはじめましょう。

「今から貴女に魔導をかけます。しばらくの間、眠っててもらいます。目が覚めた時にはきっと全部終わってますからね」

 

 リコッタがヴィクトリアさんに連れられて地下牢から出てすぐ、ポーレットさんはネコミミの子に魔導術をかけた。僕はそれを黙って見ている。

 

「……ということで、もう大丈夫。いったん貴女の奴隷契約を無理矢理解除したから、何を喋っても大丈夫だからね」

「……ふぇっ?」

 

 眠らされるものだと思っていたネコミミの子が驚いた声をあげた。

 

「あの、どういう……こと、ですか」

「これまでの会話は全部演技ってことです」

 

 僕がそう言うとポーレットさんがなぜか頭をなでてくる。

 

「貴女を使ってこちらの情報を盗み聞いてるみたいだったから、向こうに知ってほしいウソの情報だけ教えて、眠ったことにして魔力の線を切ったの」

 

 ここまで上手くいくとは思わなかったんだけど、とはポーレットさんの談。これで相手はいくつか情報を見誤ったはずだ。

 

「本当に貴女の主人は無茶な魔導を使うのね。貴女から情報を得ようといろいろ魔導術を張ってたみたいだけど……難読化もされてないし、これぐらいならすぐ解除できちゃう。……やるのは御法度ではあるんだけど、今回は緊急事態ということで」

 

 ポーレットさんはネコミミの子の首元に手を回し、そこに巻かれていた小さな首輪のようなチョーカーを外す。

 

「ね? 本当に解除できているでしょう?」

 

 チョーカーは奴隷だと外せないようになっているらしい。

 

「改めて、貴女のお名前を教えてくれる?」

「……ミネット、です。はい」

 

 先ほどは言えなかった、彼女の名前を聞くことができた。確かに沈黙の掟(オメルタ)の効果が切れている。ミネットとは()()()名前だ。確かフランス語で子猫を意味するんじゃなかったか。

 

「ミネットちゃんね。貴女の主人の名前を言える?」

「アーロン、さまです」

 

 アーロン・フォリオは現フィッツロイ男爵の本名だ。これで裏が取れてしまったことになる。こういう言い方はアレだが、ポーレット子爵を襲う理由はわかる。領地を奪われたように思うだろうし、ポーレットさんの統治は型破りなのに、直轄領のオーストレスの街は発展している。逆恨みされても仕方が無い。

 だが、それに巻き込まれたリコッタは公爵家の初子で長女だ。それに手を掛けてきたと知った公爵閣下の反応は想像に難くない。なんというか……。

 

「……男爵はもう少し冷静な人だと思ったんだけどなぁ」

 

 僕のぼやきにポーレットさんも苦笑いだ。

 

「問題は、ここからですね」

「はい。アオの言うとおり、ここからです」

「……わたしを、ころしにくるから。ですか?」

「うん。一番手っ取り早いのは、領地から全員で離脱してしまうことですけど……」

 

 僕が、ポーレットさんを見ると首を横に振っていた。

 

「私がここを空けるわけにはいきません。それに、まず間違い無く待ち伏せされていますので、本当に脱出してしまったら、こちら側を押さえることができなくなります」

 

 ポーレットさんの意見に僕も頷く。

 

 僕たちの目標は二つ。

 一つ目は、リコッタとポーレットさんの安全を確保すること。

 二つ目は、ポーレット子爵家の悪評が広まらないようにすること。

 

 そのために満たさなければいけない条件は三つ。

 一つ目に、物理攻撃をしてくる相手を封殺(ピン)、もしくは排除すること。

 二つ目に、攻撃者に資金ないし指示を出している本丸の情報を入手すること。

 三つ目に、相手の妨害が無い状態で、こちらの情報をより上位の組織に伝達し、処理させること。

 

 とくに条件の三つ目が問題で、こちらの信用度を落とすためにフィッツロイ男爵が偽情報を流す可能性が高い。そうなれば、安全を確保できたとしても、禍根を残すことになる。

 

「おそらくフィッツロイ男爵は今回の騒動がポーレットさんの自作自演だと主張してくるはずです。そうなると『男爵家が主体的にポーレットさんやリコ様に刃を向けるよう仕向けた』という情報を持っているミネットが邪魔になる」

「だから、わたしが、ころされそうに……」

「そういうことです。ミネットちゃんには公爵閣下の前で証言をしてもらわないといけないんです。そのためにも生きていてもらわないといけません。男爵はミネットちゃんの口をなんとしても塞ぎたいでしょうから、リスクを承知で無茶な手段に出てくる可能性があります」

 

 なので! と言葉を切るポーレットさん。

 

「ミネットちゃんはここに囚われているフリをしてもらうので、今から移動してもらいます!」

「僕が使わせてもらっている客間にでも隠しますか?」

「うーん……いっそのこと私の寝室のクローゼットを使いますか」

「えっ!?」

 

 ネコミミの子……ミネットが目を白黒させている。助けようとした僕が言うのも変な話だが、未遂とはいえ暗殺の実行犯なんだけどな、彼女。

 

「……理由を聞いてもいいですか?」

「地下と私の寝室のクローゼットの間に隠し階段があるんです。火事とかの時に逃げるためにってことで大旦那様……えっと、先々代の子爵が作ったらしいんだけど、そこを使えば、誰にも見られることなく移動できます。さすがに寝室に入られるとバレるでしょうけど、クローゼットの中で、おとなしくしていてくれればまずバレません」

 

 クローゼット側から鍵は開けられませんし、内通者が居ないとも限りませんしね、と言うポーレットさん。

 

「なる、ほど……。じゃあそうしますか」

 

 内通者……まあ、いてもおかしくない。そうなると、ここに人が居るという状況に信憑性をもたせたいところだ。

 

「……ポーレットさん」

「なんですか?」

「今からポーレットさんにすごく怒られそうな提案をします」

「アオが身代わりになるとかですか」

「はい」

「ダメです」

 

 即答で返される。

 

「アオがそこまで命をはる必要は無いんですから」

「ですが、確実に相手を落とし込むには、僕が前に出るのが一番手っ取り早いはずです。少なくともフィッツロイ男爵は、僕がリコ様の許嫁候補になっていることを知らない」

「それで何かあったらどうするんですか」

「そこは、ほら。ポーレットさんがなんとかしてくれるでしょう?」

 

 今回の事件は、広場での襲撃の時点でリコッタが巻き込まれている。ただ、ポーレットさんを狙った結果『たまたま』リコッタが居合わせただけということも可能だ。なので、できれば公爵家への反逆という状況を確定させたい。

 

「可能な限り迅速に、公爵閣下を巻き込みたい。なら、命を張るべきはリコ様じゃなくて僕です」

「……だから、リコッタ様の直訴という形で、トマス閣下に情報を上げる」

「はい。現状で僕が一番適任です。簡単とは言え魔導術も使えますし、魔導義肢のおかげで、刃物を受けるっていう選択肢もあります」

 

 ポーレットさんは悩むようなそぶりを見せる。

 

「……そこまで頑張るのは、私のため?」

「いいえ。僕のためです」

 

 ポーレットさんと会った時、同じような会話があった。あの時は立場が逆だったのを思い出す。

 

「ポーレットさんの治世は、とても優しい世界です。リコ様の優しさは、心地良いです。僕にはもったいないくらい」

 

 一緒に羊串を食べながら、教えてくれたポーレットさんの夢。旦那さんと夢見た、優しい世界。それはきっと、僕にとっても居心地の良い世界だ。

 

 未だにあまり慣れないけれど、真っ直ぐに向かってきてくれるリコッタ。その好意はきっと身に余るほど特別な感情だ。彼女は誰かの悪意にちゃんと怒って、誰かの善意にちゃんと答えられるひとだ。

 

 そんな二人が、僕を信じてくれている。それはきっと、前世の僕が望んで、得られなかった世界だ。そして、今の僕では守り切れないほどの、重たく、大きな世界だ。

 

 前世の僕には『誰か』しかなかった。自分がなく、誰かに尽くすことでしか自分の価値を生み出せなかった。

 これまでのアオの人生は『自分』ばかりだった。身を守ることで精一杯で、誰かの為にとか考える余裕がなかった。

 

 どちらも、悪い人生ではなかっただろう。それでもそれは、どこまでいっても灰色だった。

 

「浮浪者にとっては、世界なんて関係無かった。どこまでいっても、等しく無価値だったんです。なんとか手に入れた銅貨もお情け入りの冷たいスープも、ハリエットの手のぬくみも血がついた毛布も、全部。全部が等しく尊くて、全部が等しく矮小だった。それで全部だった」

 

 僕はきっと誰かになりたかったのだ。自分以外になれっこないのに誰かになろうなど、とんだ思い上がりだ。わかっている。わかっていたんだ。

 

 でも、そこに居場所はなかった。誰かのためにすり潰される公僕としての人生も。力不足で頑なになって耐える、浮浪者としての人生も。どちらもきっと僕はちゃんと生きてなかったのだろう。

 

「だけど、運良く拾ってもらって、そうじゃなくても良いことを教えてもらった。……だから、戻るのはごめんなんです。……僕は、ポーレットさん、あなたが見せてくれた世界が好きです。作ろうとしている世界が好きです。きっとそれはまだ先にあって、まだまだ不完全で、ポーレットさんが生きているうちはおろか僕が生きているうちに実現しないかもしれない」

 

 ポーレットさんは僕をじっと見ている。

 

「だけど、僕はそんな世界を見てみたい。だから、ポーレットさんには頑張ってもらいたい。その途中で待っている理不尽をねじ伏せなきゃ進めない時もあるでしょう。そのための力になれるなら、それが僕にできるなら、きっとそれが僕の役目です」

 

 ちゃんと自分のまま、前を向くしかない。どんなに残酷でも、僕が僕のまま強くなるしかないのだ。

 

 僕が生きていたいと思える場所を守りたい。それは僕にとって初めての『上っ面じゃない』と胸を張れる、僕の意志だ。

 

「それだけなんです。だから、これは徹頭徹尾、僕のエゴです」

「……そういうところだけ、似なくてもいいのになぁ」

 

 ポーレットさんに真正面から抱きしめられる。ちょっと痛いくらいに強かった。

 

「ちゃんと防具は着ること。あと、私が隠れて守るから、ガマンはナシでやること。約束してくれますか」

「もちろんです」

 

 そう答えるとポーレットさんがそっと体を離して、ミネットの方を見た。

 

「ごめんね、放置しちゃって。それじゃあ、準備しようか」

 

 

 

    †

 

 

 

「……ただいま戻りました。首尾はいかがでしょう」

「お帰りなさいヴィクトリアさん。案の定引っかかりました。……そちらも襲撃を受けましたか。すいません、囮役なんかを任せてしまって」

「リコッタ様のためですから、支障ございません。私もビオネッタ、御者役をしてくれたメイドですが、彼女も無事でございます」

 

 案の定襲撃を受け爆速で戻ってきたヴィクトリアさん。メイド服を着替えてからの合流ということは『着替えなきゃいけない位には色々あった』らしい。窓が小さく、動向が外から見えない書物庫に隠れてもらっていたリコッタを連れているということは、向こうでも『隠す必要がないくらいには状況が動いた』ということだろう。

 

「アオ様ぁ!」

 

 リコッタが飛び込んでくる。今回ばかりはちゃんと僕が受け止めないといけないだろう。

 

「お怪我はありませんか!? このものに変な術をかけられたりとか!?」

「ないです! ないですから落ち着いてください!」

 

 このもの、というのは椅子に縛られて気絶している男のことだ。魔導術で昏睡一歩手前まで意識レベルを落とし、情報を聞き出した結果、こちらの線は冒険者ギルド、その先にフィッツロイ男爵の名前が出てきていた。ポーレットさんの魔導術様々である。多分ポーレットさんは研究者になった方が本人の適性的には合っているに違いない。

 

「よかったぁ……ほんとうに、心配、しんぱい、したんです……!」

 

 僕のシャツを握りこんで胸に額を預けて泣き出してしまうリコッタ。義肢でその頭をなでる。夕方の騒動で出力上限のリミッターが壊れているから、いつもと比べてもおっかなびっくりになってしまった。

 

 一番気を揉んでいたのはリコッタだったはずだ。僕とポーレットさん、ヴィクトリアさんは、筆談で認識合わせをしていたが、あの場で演技ができそうにないリコッタには状況を伝えていなかった。僕たちと別れてすぐヴィクトリアさんに教えてもらったはずだが、囮役として馬車で移動するヴィクトリアさんにリコッタは付いていくわけにいかないし、当然ポーレットさんと僕の囮作戦に参加させるわけにはいかない。また、ミネットと同じ場所に置くわけにもいかなかった。

 

 だから先立ちとして飛んでいく魔鳥に持たせた公爵閣下宛の信書へサインをしたら、あとは隠れて待つだけだった。何もせずに待たせるというのはリコッタにとって酷な仕打ちだっただろう。

 

「……アオ様はリコッタの許嫁なのです。リコッタに何も言わずにいなくなることなんて、許しませんからね」

「申し訳ありません。リコ様」

「……本当に申し訳ないと思ってますか?」

「それはもう」

 

 強く下を向いているせいで、彼女のうなじが見えている。安易にリスクを取れなくなってしまったなと、そんなことを思った。

 

「……なら、いいです。次があったら、どこでも一緒に行きますからね」

「そ、それはちょっと……」

「居なくなるなんて許しませんから」

 

 助けを求めるようにポーレットさんとヴィクトリアさんを見るが、助け船は出されない。ポーレットさんは優しく微笑むだけ。ヴィクトリアさんも首を横に振るだけだ。

 

「……仰せのままに、リコッタ様」

 

 それだけ不安をかけたのだから、これぐらいは僕が背負わないといけないことだろう。

 

「こほん、皆さまにご報告がございます」

 

 ヴィクトリアさんが話を切り出した。僕はリコッタをひっつけたまま顔だけそちらに向ける。

 

「馬車を襲った者達ですが、こちらで適切に処理いたしました。襲ってきたのは『ジョバンニ=クタバール冒険団』、ヴェッテン冒険者ギルドに登録のある冒険者ということで、冒険団の首魁である男に雇用主の情報を吐かせたところ、フィッツロイ男爵であるとのことです」

 

 ヴィクトリアさんの説明に『適切に処理』とか『吐かせた』とかいろいろ怖い用語が並ぶが、それ以前の団体名で詳細が入ってこない。なんだ序盤にくたばる(ジョバンニ=クタバール)冒険団って。

 

「アオ?」

「いえ、なんでもないです。……そうなれば、冒険者ギルドに照会をかければ罪状は確定しますね。……その冒険団の首魁さんの確認はできますよね?」

「もちろんです。首()()は手元にありますので」

 

 ……相変わらず人の命が安い世界だ。

 

「では、明日の早朝に乗り込みましょう。これだけ揃えば言い訳はできないでしょうし」

 

 ポーレットさんがそういった。公爵軍が割り込むのを待つ手もあるが、情報がそろった以上はさっさと終わらせたいのが本音だ。本来はここまで相手がボロを出す想定ではなかったのだが、利用させてもらおう。

 

「除け者はいやですからね?」

 

 僕の腕を取って覗き込んでくる公女様。

 

「はい。リコッタ公女様にはどうか見届けていただきたく存じます」

 

 僕のかしこまった言い方に、姿勢を正すリコッタ。今のは公爵家の代表者としての扱いだと、ちゃんと気づいてくれた。

 

「承りましたわ。このリコッタ・バリナードが同席いたします」

 

 スカートを軽く持ち上げる挨拶。

 

 決戦は、明日早朝だ。




いよいよ大詰め。そろそろ第一部を終えたいところです……がんばる

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