【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
フィッツロイ男爵の身柄の確保に係る作戦は二段階に分けた。
まず前段作戦として、フィッツロイ男爵に冒険者を派遣していた冒険者ギルド、そのオーストレス出張所にリコッタとヴィクトリアさん、それに僕で突撃する。ジョバンニ=クタバール冒険団の派遣契約についての契約書面及び出張所所長の身柄を確保するためだ。ポーレットさんはその間に子爵軍の留守部隊から護衛兼臨検のための小隊を抽出しつつ、フィッツロイ男爵領までの足や必要な書面を用意する。ここまでが前段作戦。
本作戦は合流して朝のうちに男爵領まで早駆けして、男爵の身柄を確保する。朝食前に方を付けようという魂胆だ。ミネットや彼女を殺しに来て捕まった
なにはともあれ前段作戦をさっさと完了させてしまう必要がある。
「ごめんくださいまし」
冒険者ギルドは、夜間でも入り口と受付は開いている。仕事に出た冒険者の帰還連絡などに対応するためだ。おかけでこちらも入り口の強行突破をしなくて済んだ。
「これはこれは……こんな真夜中のお客さんにしては可愛すぎますな。……緊急のご依頼で?」
夜逃げの依頼か何かと勘違いしてリコッタとヴィクトリアさんを見る受付のおじさん。こんな夜中に何か書面を抱えた明らかに育ちの良い幼女が親もなく、トランクを提げたメイドと、外套で体を隠した少年を連れてきたら、夜逃げの依頼か受け入れかと思うだろう。
「人を探しています。ジョバンニ=クタバールという冒険者はご存じですか?」
「クタバールにご用命ですか? ……うちの所属ですが、別件の対応中でして」
「この出張所の所属で間違いありませんか?」
「はい……あの、嬢ちゃん?」
普通の事情じゃないと察したらしい受付のおじさん。だが、もう遅い。
「ヴィクトリア」
「かしこまりました」
ヴィクトリアさんが受付のテーブルに重たいトランクを載せた。依頼金か何かと勘違いした受付のおじさんが愛想笑いを浮かべる。
「そのクタバールという男は、この首で間違いありませんね?」
僕やリコッタから、開けられたトランクの中身は見えない。だが受付の顔色がおかしなことになったのは見えた。
「なっ、てめっ!?」
「動くな。バリナード公爵家第一公女リコッタ・バリナード閣下の御前である」
ヴィクトリアさん、袖の内側にナイフというか、短剣を仕込んでいたらしい。受付のおじさんもかわいそうに。喉元に切っ先を突きつけられる経験はあまりなかろう。
「ヴィクトリア、殺してはなりませんよ」
「はい、リコッタ様」
そこで見た目だけなら動じていないようにみえるが、明らかに動揺しているリコッタの制止が入る。……本来はこのままリコッタが詰めることになっていたが、僕がやったほうがよさそうだ。
リコッタから書面をさらりと回収して一歩前に出る。
「ジョバンニ=クタバール冒険団は第一公女閣下のお印が入った馬車に襲撃を仕掛けました。ヴェッテン王国の発展に長く貢献してきた冒険者ギルドからこんな無法者が出てくるとは……」
「ぼ、冒険者ギルドはなにも!」
「何も?」
僕も意図して声のトーンを下げる。
「冒険者ギルド所属の冒険者が徒党を組んで公爵家を襲っておいて、あまつさえ偽公女だなどとリコッタ閣下の正統性を疑っておいて、何もないと? それは冒険者ギルドの正式見解と捉えるがよろしいか?」
「滅相もございません! そのようなつもりでは……」
「どちらにしても、襲撃があったこと、そしてジョバンニ=クタバール冒険団が襲ってきたことは事実。そしてこの者が冒険者ギルドの看板を掲げて仕事をし、公爵家に刃を向けたのも事実。この事実は公爵閣下へ奏上せねばなりません」
「そんな……!」
真っ青になって一歩身体を引く受付、距離感を保つように一歩分前に出るヴィクトリアさん。おお怖い怖いとどこか他人事のように思った。
「法規に照らせば、現状公爵夫人に次いで継承第二位であられる公女閣下に危害を加えたことは重罪。未遂であっても画策した時点で死罪は免れ得ません。運良くリコッタ閣下に被害がございませんので、公開での斬首ではなく、非公開の絞首で済むかもしれませんが、温情をかけてもらえてもそれくらいでしょう」
淡々と告げつつカウンターを回り込む。書面をまとめていたひもを解く。
「お待ち下さい! 本当に我々は、冒険者ギルドはなにも……!」
「では、それを証明してください。管理責任として多大な過料は免れ得ないでしょうが、肉刑は回避され得るかもしれません。そこは、トマス閣下の判断によるでしょうが……」
書面を開き、突きつける。公印付きの正式な命令書だ。
「執行命令書です。リコッタ・バリナード公女閣下の命に基づき、冒険者ギルドに対して本件事案の重要参考人たるジョバンニ=クタバール冒険団に関する一切の管理資料及び本件発生時の派遣先情報の提出並びに本件重要参考人の管理者たるオーストレス出張所所長の即時出頭を命じます」
契約を結ぶ冒険者の情報も、その依頼主の情報も、冒険者ギルドは放出したくないはずだ。ギルド側の都合で情報を切り売りする組織は信用されないからだ。それを突破するには、この執行命令書が必要だった。
公爵家の公印と印璽、ありがたく利用させてもらおう。
「今すぐ所長をここに呼び出してください。組織的な隠蔽などを見つけてしまった場合、公女暗殺未遂の首謀者として冒険者ギルドの名前が挙がりかねないことを、ゆめゆめ、お忘れなきよう」
完全に悪役のセリフだが、これをリコッタにやらせるよりは良かったのかもしれない。どこかホッとしたような、憧れのような目線を向けてくるリコッタ。
彼女には後で僕のこのふるまいがあまり良くないものであることを、ヴィクトリアさんから指導してもらおう。
†
「なんだね君たちは!?」
すでに真っ青なフィッツロイ男爵のところに突撃、客間に通されそうになった所を無視して寝室に上がり込む。
「おはようございます。フィッツロイ男爵」
「断りなく主人の寝室に踏み入れるなど、おい! 出会え出会え!」
僕を先頭に入ることになったが、すぐに後ろからぞろぞろと人が入ってくる。リコッタにヴィクトリアさん、ポーレットさんにミネット、冒険者ギルドの所長に手錠をはめられている
それにしても、この寝室はポーレットさんの主寝室よりも広い。バスケットぐらいならできるんじゃないだろうか。よくこんな広いところで寝られるなと場違いなことを考えた。
向こうも人を呼んだようで、わらわらと出てくる。寝室近くに人を集めているあたり、こちらの来訪は予測済だったのだろう。なるほど、乱闘の間に逃げ出すにはこの寝室も良いサイズなのかもしれない。
「ご安心ください。僕たちは今すぐ武力でどうこうするつもりはございません」
僕がポーレットさんに書面を渡す。受け取ったポーレットさんが一歩前へ。
「フィッツロイ男爵アーロン・フォリオさん、あなたにはジョヴァンニ=クタバール冒険団にリコッタ・バリナード第一公女の暗殺を命じた疑いと、私、レナ・ポーレットの暗殺を自身が管理する奴隷に命じた疑いがあります。よって、バリナード公爵家第一公女であられるリコッタ・バリナード様の命に基づき、アーロン・フォリオの身柄を拘束し王国議会特別法廷へ引き渡します」
「王国議会特別法廷……!?」
「疑いを晴らすのであれば、これ以上無いチャンスでもあります。どうかご同行を」
こちらにはリコッタと公印があるから、やろうと思えば即決裁判で即処刑というのも可能な状況ではあるし、実際ヴィクトリアさんにはそれを勧められた。リコッタも乗り気だったのだが、それに待ったをかけたのが、ポーレットさんと僕だった。
「あなたには裁判を受ける権利がある。偽証を疑うのであればきちんと裁判で証明されることをおすすめします。偽証は重罪です……私が、憎たらしかったのでしょう?」
王政をとるこの国において、王国議会はとても儀礼的なものだ。それでも、王の決断を補佐し、政に誤りが無いように補正する機能がある。それが儀礼的であってもなお、制度として有効である以上は機能しなければならない。
その機能の一つとして、王族や貴族の重大な違反などを審議し、量刑を決定する特別法廷が存在する。この国には大公位が制度上存在しないため、王の直轄である公爵位であれば開廷を求めることが可能だ。バリナード公爵家における現状唯一の後継者であるリコッタが、同じ王国貴族に襲われたとなれば、招集理由には十分だ。
「あなたがミネットを奴隷商から違法に買い付けていたこともわかっています」
「貴様ら……拾ってやった恩すら忘れたか……!」
ミネットがポーレットの後ろに隠れる。
「まともに歯も磨けないような状態に置くのが恩なものですか。奴隷だというならちゃんと管理をするべきですね」
ミネットの証言、ハンドラーの証言、そして、冒険者ギルドからの契約情報からジョバンニ=クタバール冒険団はフィッツロイ男爵に雇われていたことは明白。その契約期間中に偽公女を殺すように命令し、馬車を襲わせた。これだけの情報と
それでも、それを断じて良いのは当事者である僕たちではない。
あくまで彼は、第三者の公平な判断によってのみ罪が確定するべきだ。
「……ふ」
わなわなと震えるアーロン・フォリオはポーレットさんを睨んで口を開いた。
「ふざけるなっ! 貴様には私が死ぬ覚悟もない臆病者に見えるのか!?」
「あなたの覚悟や理由で処置が変わることはありません。事実によってのみ判断されるべきです。それは、貴族であろうとも、平民であろうとも、奴隷であろうとも変わらない。ただ平等に、人として裁かれるべきです」
ポーレットさんが言い切る。それはきっとこの世界ではまだ異端だ。きっと世界そのものをへの反逆に近い発言だ。
「だから、私たちはあなたを裁かない。私たちはあなたの行いを判断しない。当事者である私たちはいま、冷静さを欠いている。故に、第三者に判断を仰ぐ。それだけです」
「裁かない……? 裁かないだと……!? そんなものは政治ではない! そんなものは貴族のやり方ではない!!」
「……そうですね。これまでの貴族のやりかたではないでしょう」
ポーレットさんはそう言って背筋を伸ばす。
「私たち貴族は孤独に慣れすぎました。驕り、妬み、そして、誰も信じず、しかし自らは疑わず、力こそが民を導くと信じた」
「それの何が悪い!? 民に学などあるものか! 我々が導かず、守らず、誰が民を守れる!? 軍事力を持って民を守り、資金力を持って領地を潤す! 我ら貴族は、この血をもって、この地を守ってきた! それを維持して何が悪い! それを壊すものに抗って何が悪い!?」
アーロン・フォリオは、ツバを飛ばしながらがなり立てる。
「民はオールを持てば良い。舵は貴族が持てば良い。何もわからぬそこらの民に舵を預けて何になる!? 民にはそれだけの力があればいいではないか。貴様が自己満足で民にちやほやされている間に土地は荒むぞ。その責任は誰が取る!?」
「……だから、子どもの命を奪っても許されるのですか? だから、政敵のために年端もいかない奴隷に自決を命じるのですか?」
ポーレットさんは淡々とそういった。
「アーロン・フォリオ。あなたは、人の生を甘く見ています。貴族も民も奴隷も皆が生きているという当たり前を、あなたは抽象に変えてしまった。概念に変えてしまった。その実体を見ず、貴族という狭い世界に引きこもってしまった。……これまでは当たり前だったでしょう。それにより守られた世界も、人達もいたでしょう」
でも、と口にしてポーレットさんは毅然とアーロン・フォリオに向き合う。
「これからは私の領地で、ポーレット子爵領でそれは通らない。私が認めてなるものですか」
あの広場で見た、おどおどした少女然とした領主はもういない。
「私は、私たちは領民の出自や身分によらず、この地で懸命に生き、生きたいと願う全ての人たちのためにこの領地の統治を進めます。そのために認めてはいけない唯一の例外は、権力や武力をもっていたずらに誰かの尊厳を踏みにじることです。……アーロン・フォリオ、私は貴方を憎まない。けれど、あなたの行為を認めることはできない」
一歩前に出るポーレットさん。
「再度命じます。おとなしくこちらに従い、王国議会特別法廷に出頭しなさい」
「……ふざけるな……こんな小娘に、わかったような口をきかれてたまるかぁああああああ!」
魔力反応。僕は一歩前へ。
何かを投げ飛ばしたアーロン・フォリオ。ポーレットさんの前に割り込む。飛んでくるのは臨界寸前の封魔結晶。ちょうど、ミネットが飲まされていた封魔結晶と同じぐらいのサイズだろうか。
昨日ポーレットさんのアシストに回ったとき、風の魔導を発動させて周辺の安全確保を実施した。魔力を安全域まで放出した後とはいえ、念のための防壁ということは、安全マージンを確保した上で、ポーレットさんは空気の壁で発生する圧力を逃がしきれると踏んだ。
つまりは、封魔結晶の破砕に伴う被害は、風圧などの物理手段で遮蔽できるということだ。
「全員伏せろ!」
空中でキャッチ。両手で包み持つような形にして、魔力を手の中に詰め込んで魔導術を発動。
そして、破裂する。
ということで本当に大詰め、戦闘の行方はいかに
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本日は21時過ぎにもう一話更新予定です。