【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
オスカー・ワイルドの童話に『幸福の王子』というものがある。どこまでも救われない物語だ。
幸福の王子は幸せを知っていた。故に、不幸せを許せなかった。
だから、剣に填まったルビーを差し出した。
だから、サファイアの瞳を両目とも差し出した。
だから、金箔でできた皮膚を差し出した。
王子は自らの瞳を差し出すことで現実から逃れた。その結果、共犯者に仕立て上げたツバメが死にゆくのを止められなかった。惚れっぽかったツバメは王子を愛してしまったがばっかりに、南へ渡ることができず衰弱死した。
『幸福の王子』は、世間一般に言われるような利他的行動の賛美だとか功利主義への皮肉などが本質ではない。
アレはどこまでも優しく、どこまでも利己的な未熟な王子がしあわせを押し売りする物語。ツバメが掘り起こした不幸せに、自らの身を削りはした金をばら撒いただけの物語。
――――――そんな物語、クソ食らえだ。
メサイアコンプレックス――――――自らが不幸だというのを認められずに、より不幸な人間を探してそれを救ったという『妄想』でしか自らを満たせない。救われたかどうかなんて関係無い。自らが救ったという妄想が欲しかっただけだ。それを傲慢と言わずになんと言う。
王子には誰かと本気で向き合う覚悟がなかった。だから自己犠牲で終わりにしようと考えた。身を削った気分で勝手に良いことをしたと思い込んだだけ。目の前の不幸せを見たくないという理由で瞳を差し出しただけ。
本気で不幸せをなくそうなんて思ってないくせに、寝小便を隠す子どもと同じ精神性のくせに、さも聖人のように振舞い、愛してくれたツバメを巻き込み自滅した。だから、神はそれをうわべだけ見て賛美し、天国という名の牢獄に監禁した。それがお似合いだったからだ。
そんなもの、
――――――目の前に飛んでくる封魔結晶。それを手の中に収める。
封魔結晶の効果は単純明快。魔力を貯蔵し任意のタイミングで解放できる。そして魔力を詰め込みすぎれば、破砕されると同時に蓄積されたエネルギーが解放される。
手のひらに封魔結晶を収め、両手でしっかり握り込む。リコッタとポーレットさんに背を向ける。万が一の時でも、僕の体に破片が刺さって止まる。手榴弾の遮蔽物には死体でも十分に機能するのだから、僕の体は防壁として十分機能するだろう。
魔導義肢に魔力を叩き込む。オーバーロード。思い出せ。
(あの時の、魔力を使う感覚――――――!)
目の奥がズクリと痛む。
「主よ、汝なにとて我に害悪を見せたまふや」
なあ、神とやら。
力を望んだ僕にこの結晶を押しつけた神とやら。
テメエも同じ口か。
「何とて
神とやら。
答えろ。
「
あの時の視線は憐憫だったのか。
お前の手慰みで僕は救われるのか。
お前の思いつきで僕はこの世界に向き合うのか。
――――――冗談じゃない。
封魔結晶が
「な……!」
「アーロン・フォリオ。武力で押さえつけるのがお前の政治なら、その清算に付き合ってやる」
自分でも驚くぐらい低い声が出た。
「お前が望んだ
「貴様……平民の分際で……!」
「いや、同格だ」
そうだ。幸福な王子は僕だ。英雄になりたかった。誰かに必要とされたかった。でもそれは救っているという
クソ食らえだそんなもの。自分のための戦いだと自覚して、引き受ける覚悟すらないのならクソ食らえだ。
「改めて名乗ろう。
なあ、神とやら。聞いているか。
お前はこれで満足か。
「ポーレット子爵家が長男、アオ・ポーレットである。これ以上リコッタ様や母上に手を出して見ろ。この場で叩き潰すぞ!」
お前の意志で救われてたまるか。僕は、僕の意志で救われるんだ。僕のために、僕が生きる世界を護るんだ。だから。
もっとよこせ。封魔結晶よ。お前の力を見せてみろ。
†
「改めて名乗ろう。私はエルジック男爵、ポーレット子爵が長男、アオ・ポーレットである」
アオが自ら、私と同じ名字を名乗った。
「これ以上リコッタ様や母上に手を出して見ろ。この場で叩き潰すぞ!」
アオが、私を母と呼んだ。呼ばせてしまった。
「……いくつ封魔結晶を持っているかは知らないが、もうそれは見た。私にその攻撃は通用しない」
アーロンはまだ封魔結晶を手にしている。淡々としたアオの声が響く。アオは両手をだらりと下げたままだ。魔力が破損部から漏れている。封魔結晶の爆発だけではああはならないはず。
(封魔結晶のエネルギーを、自身の魔力で相殺した……!)
たしかに可能ではある。水を湛えた瓶の両側から波を起こし、真ん中でぶつけて相殺するようなものだ。逆位相の波をぶつければ、瓶からこぼれる水の量を抑えることができる。
相手の魔力の波長を解析する時間はなかったはずだ。だから全力で魔力をぶつけて、無理矢理衝撃を抑え込んだ。制御できない魔力より、制御できる魔力のほうがマシだが、それは彼の腕をまた壊してしまった。
「なんて無茶を……!」
「大丈夫ですよ。……さすが、公爵家が選んでくれた魔導義肢。こんなに壊れてもまだ動く」
「くっ……壊れかけのガキ一人に何が――――――」
「アオ様!」
リコッタ様が叫ぶが、腕を横に出したアオが止める。
「……命を賭けるというのは、痛いんだ。知ってるか?」
「なにを……」
「僕は知っている。お前はどうだアーロン・フォリオ。お前が望み、お前が求めた力による支配だ。当然、そのトップたるお前も、知った上で振るっているのだろうな?」
「お前ら! なにをしているか!? さっさとあのガキを排除しろ!」
「しかし、エルジック男爵と言えば……!」
「貴様らもあの奴隷のようになりたいか!?」
アーロンはアオの問いに答えず、控えていた兵を動かした。あの奴隷というのは、ミネットのことだろうか。いつ暴発してもおかしくない封魔結晶を呑まされ、政敵とともに自爆することを強いられた少女と同じように、兵も使い潰すのか。
結局、こうなってしまった。それでも。
――――僕は、ポーレットさん、あなたが見せてくれた世界が好きです。作ろうとしている世界が好きです。
あの子がそう言ってくれた世界を作りたい。守りたい。そのための選択肢を、いま失うわけにはいかない。逃げるわけには、もういかない。
「子爵軍各員、武器の使用を許可します。アオを、私の息子を守りなさい!」
「ヴィクトリア!」
「御心のままに」
リコッタ様の声にメイド長のヴィクトリア・マクファーレンが飛び出す。聖ディアナ騎士団でも一目置かれる彼女の動きは、実戦経験者でも追いつくのがやっとだという手練れだ。
「アオ・ポーレット様は公爵家の賓客でもある。その刃は子爵家のみならず、公爵家に向いていると心得よ」
飛びかかってきた大男を片手で軽々とひっくり返すヴィクトリア。相手の力を上手く活かして背中から地面にたたき落としている。派手な音がするが、あれなら怪我もなにもないだろう。出ばなをくじかれて行き足が遅れたアーロンの子飼いの前に、子爵軍の兵隊が間に合う。
アーロンの前にアオが立つ。
「……まだ、続けますか?」
「まだ、負けてなど……」
「そもそも勝負をする気なんてないんですよこっちは。ただ手順を実行し、手続きを実施するだけです。そこには勝ち負けなんてない」
ですが、そうですね。とアオが続けた。
「こちらに従う理由が必要であれば、こちらで用意しましょうか」
アオが腕を持ち上げ、頭上に掲げる。
「
私が動くより前にアオが詠唱を開始。詠唱に聞き覚えがある。光を操り、空間に魔導術を描写するのに使う定番の
「え……」
わずかに青みがかった光が幾重にも重なって見える。複雑に難読化が施されていて、とっさに効果を確認できない。
(
その術式は、異常だ。意味の通らない記号がいくつか紛れている。
難読化? そんな甘いものではないだろう。おそらくいくつかのステップを強引にすっ飛ばして描画している。効果から逆算して描画する既存の魔導術からは異なるアプローチ。
魔法と魔導術は決定的に異なる。魔導術は魔法の模倣であり、理解できないなりに、法則性を逆算し、形作ったロジックを動かす。つまり魔導術は現象から法則に落とし込む、いわば次元を上げるアプローチだ。
(……違う! 原理から無理矢理写像してるんだ! 原理の次元を無理矢理下げてこの空間に術式を固定した!?)
私たちは三次元空間より低い事象しか認識できない。仮により高い次元があったとして、それを認識することはかなわない。それでも無関係ではないのだ。球と円錐を真上から覗けば同じ円形に見えても、落ちる影に違いが出るように、上位次元での変化は、下位の次元に劇的な変化をもたらす。
アオは、これを成そうとしているのだ。すなわち、三次元空間に上位次元の法理を無理矢理投影し、具現化し、撃ち出す。
それでも、それはもう。
それはもう、魔導術ではない。
「アオ……!」
「安心してください。死にはしないはずです。
それを聞いたリコッタ様が青ざめる。
「アオ様! ダメです! それは……!」
必死に叫ぶリコッタ様。その反応が激烈で、何をしようとしているのかを悟る。
アオが自身の腕を吹き飛ばした、攻撃の再現だ。
「
焔がその腕の先に現れ、槍のように形作られる。空間描画した魔法円は、この焔の槍を無理矢理押しとどめるためか。ただ白く見えるその槍は、おそらくあまりに高温すぎて、白く見えるのだろう。
暗号化はされていないはずの平文。圧縮もされていない。だがそれにしては、発生に比べて発動しているエネルギーが多すぎる。
「
こんなに短い術式で、これだけのエネルギーを引き出せるはずがない。なんらかの術式を省略している。
省略されているのはおそらく――――――術者の保護。
「アオ!」
「人間の体ってのは人が思っているより丈夫でね、腕の一本吹き飛ばしたところで即死できない。安心したまえ。失血死しない程度には焼き固めてやろう。それとも、手足を全部切り落とせば大人しく法廷に出るのかね?」
「ま、待て……!」
「待て? 待てだと!?」
アオの怒声を、初めて聞いた。
「この程度で揺らぐ覚悟でお前は誰かに『死ね』と言ってきたのか! その程度の決意で、殺してきたのか!? それでもお前に付いてきた家臣に対しどう責任を取るつもりだっ!」
アオはそう叫び、腕を振り上げる。
「その安易な選択の先すら想像できないなら、お前は為政者の器じゃない。だったら……」
光の槍がぐらりと傾く。
「まっ……」
「だったらさっさとその席を空けろ、アーロン・フォリオ!」
アオは術式を解除する。強烈な熱が放たれる。光の奔流に目を閉じる。
それが落ち着いたタイミングで目を開けると、ちょうど光の槍が霧散するところだった。その足下に五体満足で気絶しているアーロンが転がっている。
「……自分でどうにもできないなら、さっさと正しく裁かれろ」
アーロン・フォリオを見下ろしたアオは、呟く様にそういった。
「拘束をお願いします。しばらくしたら目を覚ますでしょうが、魔道具を飲み込んでいると面倒です。ボディチェックは念入りにお願いします」
子爵軍に拘束を依頼して、アオが下がってくる。
「……アオ、あなたは」
「大丈夫です。……腕、直してもらわないとですね」
そういう彼を抱きしめる。
「すいませんでした」
「あんな無茶、しちゃだめだからね」
小さく華奢な体。肩周りの金属の体を抱きしめる。その肩に頭を預ける。……泣いているところを、見られたくなかった。
リコッタ様もやってきて、私ごとアオを抱きしめようとしているらしい。
「……ごめんなさい」
アオの幾分柔らかくなった声が聞こえる。「すいません」ではなく、「ごめんなさい」と言ってくれたことが、こんなにも暖かい。
「本当です、アオ様……新しい腕が来るまでは、たっぷりお世話いたしますので」
「……お手柔らかにお願いします。リコ様」
アオは気恥ずかしそう。もう、いつものアオに戻っている。
だとしたら、私がするべきことは一つだ。
「……いいよ。大丈夫」
その頭を抱きしめる。
「子どもの無茶に付き合うのも大人の、ううん、親の楽しみなんだから」
次回で第一部は完結となります。
(次回は通常通りの投稿となります)
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