【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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貴族の僕

 

 拝啓

 

 春情の折、イェイツ殿におかれましては、ますますご健勝のこととお慶び申し上げます。以前ご教示いただいた魔導術の基本は、日々の修練や実戦の礎となっており、なんと御礼を申しあげて良いか言葉も見つかりません。

 さて、去る四月八日をもって正式にポーレット家の養子となり、エルジック男爵アオ・ポーレットを名乗ることとなりました。また、バリナード公爵トマス閣下のご采配により、オーストレスのフィッツロイ男爵を合わせて下賜されましたことをご報告いたします。これはひとえにハリエット殿をはじめとした皆さまのご指導ご鞭撻の賜であります。

 今後はポーレット家の長男たるエルジック男爵として、またフィッツロイ男爵領の領主として、その重責を自覚し、決して驕ることなく職務に邁進する所存です。

 イェイツ殿の研究も大いに進展されるものと確信しております。何かございましたら、いつでもご連絡ください。これからも引き続きよろしくお願いいたします。

 略儀ながら書中にて御礼を申しあげます。

 

敬具          _

聖星歴二三六年四月一〇日_

エルジック男爵     _

アオ・ポーレット    _

 

 ランドルド魔術研究学院 高温魔導研究所

 ハリエット・イェイツ殿

 


 

 親愛なるアオ

 友人にあんなガチガチの手紙を出すな。

 あと、なんでアオがいきなり領地持ちになってるのか簡潔に教えてください。そもそも魔導術の「実戦」ってなんだ。

 

 ハリエット・イェイツ

 


 

 親愛なるハリエット・イェイツ殿

 

 ご返信いただきありがとうございます。

 お元気そうでなによりです。

 オーストレスのフィッツロイ男爵の下賜の経緯につきましては、別紙をご参照ください。

 実戦については実践の誤りです。ここに訂正いたします。

 

 アオ・ポーレット

 


 

 アオ

 始末書かこれ?

 なんか私に恨みでもあんのか?

 あと内容見たら普通に「実戦」してるんだけど、リコッタ様といい、あんたといい、どんな生活してんのよ。

 

 ハリエット

 

 

 

「……手紙って難しいんですね」

「アオ様は真面目が過ぎるのです」

 

 リコッタは、ハリエットからの私信を大切に仕舞いながら笑ってくる。

 正式にポーレット家の長男になった僕にはポーレット家のお屋敷の三階に部屋が与えられた。東向きでオーストレスの街が見下ろせる一等地で、午前中はよく光が入るから、レースのカーテン越しの光で手紙が読みやすい。

 

「こういう手紙って何を書けばいいのか……こちらの報告をしただけなんだけど……」

「女の子に送る手紙なんですから、もう少し優しくですね……」

 

 リコッタから手紙の書き方についての突発研修会(レク)が差し込まれる。本来はリコッタと一緒に魔導術の自習の予定だったのだが、それよりも優先です!とリコッタに言われてしまっては仕方がない。

 

 前フィッツロイ男爵のアーロン・フォリオを拘束した朝、あれから結構大変だったのだ。

 

 早朝からの行軍だったのと、現地での残務処理の可能性が高かったので、朝ご飯からお弁当になった。僕を挟んで座ったリコッタとポーレットさんに代わる代わるあーんされたのはまあいい。少なくとも両腕を壊したのだから拒否権はない。問題はその直後にやってきた騎馬隊である。

 

 夜間飛行でかっ飛ばしていた先立ちの魔鳥に持たせたリコッタ直筆の信書を見たバリナード公爵本人が、騎士団の先遣隊八名と共に夜間進軍を強行して突撃してきたのだ。ポーレットさんと僕は「騎士団が来る」とは想定していたが「本人が来る」とは思っていなかった。通常公務はその場で全部宰相に丸投げした上で先陣を切ったらしい。相当な親バカである。おかげでまたポーレットさんが胃を痛めることになった。

 

 その場でアーロン・フォリオを公爵閣下に引き渡した結果、公爵位の職権をもってフィッツロイ男爵位はフォリオ家から剥奪、それ以上の処分のあり方については公爵家が責任を持って王国議会の特別法廷に送ることを宣言した。

 

 仮処分として、ポーレットさんにフィッツロイ男爵位が渡ったため、オーストレスのフィッツロイ男爵領は実質的な子爵直轄領となる。ソバの収量にくらべて税金として取っている金銭が明らかに多いことから、賄賂か田畑の面積の過少申告が疑われる状況だ。土地の測量からやり直しとなる。ポーレットさんから代官として指名されたジャンさんは、降ってくるであろう実務の量に真っ白な灰になっていた。

 

 アーロンが税金をちょろまかして何をしているのか出納帳を確認すると、真っ黒な証拠がそれはもう出るわ出るわ。これだけ真っ黒だとフォリオ家の家名ごと取り潰しになる可能性が高いらしい。男爵本人はおそらく王都で公開処刑となる公算が高いとのこと。

 

 そのアーロンには夫人と子息がいるのだが、命までは取らないようにもっていきたいというのがポーレットさんの意向だ。実際はどうなるかは別として、公爵領からの追放ぐらいで手打ちにできないかとトマス閣下主体で議会と調整に入るらしい。そうなればファイフ公爵領に所在する夫人のご実家が支援するだろう。甘いようだが『公女殺しを止めなかった夫人』という烙印を押された後に待つ実家暮らしがどれだけ凄惨を極めるかは想像に難くない。おそらく自主的に新大陸へ渡ることになるのではというのが、公爵閣下の見込みだ。

 

 だが、それはもう公爵家とそれより上の判断になるので、僕やポーレットさんのあずかり知る所ではない。僕たちは判断を上に仰いだのだから、その決定に従うまでだ。

 

 それより僕は、僕自身の進退を気にしなければならない。

 

『さて、アオ君』

『はい』

『オーストレス広域水利連絡会設立構想、素案を組んだのは君で間違い無いな?』

『はい』

『アーロン・フォリオの挑発からリコを助けたのも君だな?』

『……はい』

『レナとリコを守るために、あの魔法を再現したそうだな?』

『…………はい』

 

 人払いがされたフィッツロイ男爵の屋敷で、公爵閣下と一対一で詰められる僕。こうなる可能性はわかった上で踏み込んだのだから、今更ジタバタしても仕方が無い。

 

『……正直なところ、君をどう扱うべきか迷っている。今私の元で宰相をしているアーヴィングの所に送り込むべきか、このままレナのところで魔導の研究を進めてもらうべきか、聖ディアナ騎士団の騎士団長に預けるべきか』

 

 どれも身に余るほどの厚遇だが、この流れでの列挙は公爵閣下の思う選択肢から既に外れている証拠だろう。公爵閣下は抜け目ない方だ。きっと既に僕の進退について、きっと答えを出している。……つまり、ずっとポーレットさんの元でのんびり勉強するというルートは消え去ったことになる。

 

『君のことは徹底的に調べたし、ヴィクトリアやレナにも協力してもらい、様々な可能性を検討した。結果として――――公爵領は君の優しさと才能を歓迎するべきだという結論を得た』

 

 あぁ……なるほど。そういうことか。

 

 ヴィクトリアさんが僕の評価をしようとしていたことはわかっていた。ポーレットさんがそれに協力していたことも。無理にでも僕にポーレット家の養子になるよう圧をかけることもできたのに、ポーレットさんの『待った』を呑んだのは、リスクヘッジとしてだ。

 

 そして、僕を有用だと判断した。そして、僕を縛る鎖として、リコッタやポーレットさんが有効であることも。

 

『ポーレットさんも、リコッタ様すら人質ですか』

『人聞きが悪いな』

『聞く人がいないでしょう? ……ご安心ください。僕はもうリコッタ様やポーレットさんを裏切れません』

『そうだな。そういう真っ直ぐな臣下は好ましい。……君ほどの人材となれば、尚のこと』

 

 切れ長の目がさらに細くなる。

 

『私は公爵として国王に仕えてきた。そして今生きている貴族の中で帝国との戦争に唯一まともに向き合ってきた公爵だと自負している。その経験から、あと一〇年も経たぬうちに帝国との大規模な戦争が起こると確信している』

『……高齢である現国王の崩御、ですね』

『そうだ。そして後継者争いで国内が疲弊する。帝国はその隙を待っている。確実にその日が来る。……それが遅いか早いかはあるだろうが、必ず来る』

 

 そう言って、公爵閣下は表情を消した。

 

『その日まで、公爵領はいかなる敵よりも精強であらねばならない。帝国が躊躇うほどの精強さを維持しなければならない。それを維持するためならば、貴族のメンツも体面も邪魔になるならうち捨てる。そのためならば、娘だろうがなんでも使う。使ってでもこの公爵領とその民の行く末を守る』

 

 公爵閣下はいつになく真面目な顔していた。

 

『……それが、公爵として市民八三万の命を預かる者の責務であり、我が盟友セドリック・ポーレットが死に際に託した彼の願いだ』

 

 セドリック・ポーレット子爵は、きっとレナ・ポーレットの行く末を本当に案じていたのだろう。そして、子爵領の行く末を案じて、後を公爵閣下に託した。死者との約束は撤回されることなどあり得ず、それを履行することを残されたものに強いる。死にゆくとわかったセドリック・ポーレット子爵は、公爵閣下に呪いをかけることで、レナ・ポーレットの行く末を守ろうとした。

 

『その責務のためには、レナ・ポーレットには封魔結晶を適切に管理できる体制を維持させねばならない。それが僕を送り込んだ理由ですか?』

『その予定だった。が正しいな』

 

 ポーレットさんは民を平等に見ようとする。それはすなわち、才能と実績に立脚して判断することに他ならない。優秀なら引き上げるということをしやすい土壌が醸成されている。バリナード公爵にとって、それは歓迎すべき気風だったわけだ。

 

『だった。過去形ですね。……それでは、これから僕は何を』

『つくづく君は老成しているな。中身は同い年ではないだろうな』

『そういう閣下はおいくつなんですか』

『今年で二九になる』

 

 中身でいえば僕の方が年上だが、明かしても仕方が無いので黙っておく。

 

『かなり離れておりますね』

『そうだな』

 

 公爵閣下は笑ってから本題を切り出す。

 

『君にはこの七月からリコと一緒に王立グレイフォート学院バリナード校初等部へ進学してもらいたい。入学にも当然試験があるが、君なら問題ないだろう。子爵家ならば第一段階の学科の足切りは緩い。面接も問題なかろう。君の才覚なら王の寵児(キングス・スカラ)は堅いとみている』

『キングス・スカラ……ですか?』

『各学年の上位一〇名の成績優秀者に適用される奨学制度だ。入学時点で学費や寮費を原則として全額免除される上に、上級生にしか認められない個室を初年度から与えられる』

 

 僕の腕のことを考えれば、個室であることは結構重要だ。メンテナンスなどの関係で機械油なども使うし、同居人に負担を掛けないなら、確かにそれが望ましい。

 つまり、優秀な成績を取り続けろという意味だ。

 

『その上で、だ……アオ・ポーレット。君には初等部卒業をもって公爵軍学校に進学してもらう』

『子爵軍の将校ですか』

『そうだ。その準備も兼ね、今回の公女暗殺を未遂で防いだ功績をもって、アーロン・フォリオの量刑が確定してオーストレスのフィッツロイ男爵の爵位が空位となり次第、フィッツロイ男爵の位は君のものだ。士官が領地の一つすら持たないのはあまりに見劣りするのでな』

 

 先日はジャンさんが灰になっていたが、今度は僕が燃え尽きる番だった。

 明らかに貴族というか、権力者の圧政に疲弊していた領地を僕に立て直せと仰せかこの公爵は。

 

『戦争に備えるには君の成人を悠長に待っていられない。軍学校への入学は本来一四歳を超えてからだが、初等部を卒業する一〇歳で無理矢理ねじ込む。君の教育には戦時短期養成規定を適用し、四年間の課程を、短縮二年で修了してもらう』

『は!?』

 

 それはさすがに横暴じゃなかろうか。

 

『つまり……六年後には……十二歳で部隊を率いろと……そういうことですか』

『椅子は用意する。そこに座れるかは君次第だ。……ここまで這い上がってこい、アオ。リコは君に首ったけだからな。あまり彼女を泣かせるなよ』

『……リコ様を泣かせると、後が怖そうです』

『当たり前だ。宰相ですら萎縮させる我が妻エリザベートの子だぞ。その娘が怖くないわけなかろう』

 

 その言い草に笑ってしまった。多分この人も、公爵なんて立場じゃなければ良い父親でありつづけることができたのだろう。力は人を歪めるというのは、本当みたいだ。

 

『では、期待しているぞ』

 

 …………そんな会話があって、僕は久々の試験勉強をしつつ、ポーレットさんから魔導術を習いつつ、貴族の基礎を叩き込まれている。八年はあると思ったのに、いきなり年限が二五パーセントも短縮した。文字通り死ぬ気でやらないと死ぬ羽目になる。必死に勉強している間にも状況が動いていき、アーロン・フォリオが処刑されたことを知った。これで、今回の騒動は一応解決した。同時にもう一つ男爵位が来た。

 

 出張整備に来てもらった義肢装具士のアレインさんに『もう少し丁寧に取り扱っていただけますと幸いに存じます』と釘をさされつつ腕が付いたのはちょうどそのころだった。

 

 そんな経緯を『簡潔に説明しろ』と言ってきたハリエットに教えただけでこの『なんか私に恨みでもあんのか?』の返信である。理不尽だと思うが、リコッタもハリエット側なので多分ズレているのは僕の方だ。

 

「あの……アオさま」

 

 思考が沈み込み過ぎていた。いけないいけない。

 

「どうしたのミネット」

 

 手紙を持ってきてくれたネコミミの子――――『子』というけれど、僕よりかなり年上の十一歳であることが判明したのだが――――ミネットに声を掛ける。彼女が着ているのは丈の長いメイド服。耳を少しでも隠そうとしているのか、大きいヘッドドレスが揺れている。細く赤い首輪は奴隷の証で、それが少しでも目立たないようにとポーレットさんが私費でプレゼントしたフリル付のチョーカーをさらに巻いている。

 

「あの……ごしゅじんさま、から……まどうじゅつのべんきょうについて、は、あしたにするようにと……」

「わかったよ、ありがとう」

 

 どこか拙い口調でミネットが伝えてくれる。ミネットの『ご主人様』はアーロンではなくポーレットさんのことだ。僕とリコッタに魔導術の制御法についての講義をしてくれているのだが、今日は事務作業が押しているらしい。

 

 そう、ミネットはポーレット家のメイドになることになった。

 

 ミネットを完全な無罪にはできなかった。

 

 それでもアーロンに不当に奴隷身分として扱われており抗命できる状況ではなかったこと、結果としてリコッタやポーレットさんに身体的な被害がなく、アーロン・フォリオ捕縛に貢献したことなど諸々勘案され、本来は処刑相当のものを、ポーレット子爵の監督下において八年間の市民権及び名字の剥奪とその期間内の労働刑に処された。要は年限付でポーレット家所有の奴隷となったのである。

 

 それを聞いたミネットは『売春窟で坑夫の客を取らされるんだ』と真っ青になっていた。どうやらアーロンに『鉱山に売られた女はみんなそうなる』と吹き込まれていたらしいが、そんなことはない。メイド兼僕の補佐役としてポーレット家に奉仕することとなった。

 

「ミネットは大分慣れた?」

「はい! ……でも『はんざいどれい』のめいどが、こんなにおやすみをもらってよいのでしょうか……」

「こんなに? いや、毎日朝と夜に僕の腕の脱着をしてもらってるわけだし、七日に一度は最低限休みを出せるようにジャンさんやポーレットさんに交渉かけてたんだけど」

「えぇっ……!? だって、よるにベッドでねててもおこられないんですよ!?」

「それは当たり前だし、休まないと身につくものも身につかないよ」

「で、でも……」

「真面目だねぇ、ミネットは」

「それをアオ様が言いますか?」

 

 リコッタに珍しく突っ込まれた。

 

「いや、僕も七日に一度は休んでいます。自由に外出できてリフレッシュもできますが、ミネットはそうもいきません。お屋敷から出ることができませんし、持たせていい私物にも限りがあります。だからせめて休みくらいは十分にあげないと」

「その七日の一度のお休みで水門の管理状況の確認に出かけたのはどちら様ですか?」

「ヴィクトリアさん!? いつの間にそこに!?」

「つい今しがたです。手紙を届けにいったミネットが部屋からなかなか出てこないので。……それで、水門の管理状況の確認がオーストレスのフィッツロイ男爵としての公務ではないと?」

「というよりあれは遠足であって……」

「代官のジャンさんを引き連れて測量儀(トランシット)と画板にペン、農業用地目録まで持っていくとは贅沢な遠足でございますね。公爵領の農政担当者への取り次ぎ依頼を受けたのもその日でしたが。フィッツロイ男爵のお印を押した文書の作成が公務ではないというのなら、世の中から公務という公務が全て消え去ります」

「うっ……」

 

 リコッタが頬を膨らませてこちらを見ている。ミネットが僕とヴィクトリアさんの間であわあわしている。

 

「と、ともかくです! ミネットには僕の補佐役として十分なパフォーマンスを発揮してもらうためにも、しっかり元気でいてもらわないと困るんです!」

「……ミネット、見てわかるとは思いますが、アオ様のいう『十分なパフォーマンス』とは何も参照せずとも一人で代官としての業務がつつがなく実施できるレベルのものです。この程度でへこたれてはなりませんよ」

「はい……!」

「変なことを吹き込まないでくださいヴィクトリアさん! あとミネットもそんな青い顔で決意固めなくていいから!」

 

 ポーレットさんからは『最低限の礼儀作法と魔導義肢の脱着補佐をマスターしたら、あとはアオから必要そうなことを教えてあげてね』と言われているので、読み書き算盤を覚えてほしいと思っている。膨大な物量の書類や手紙を捌くことが確定している僕のサポートをお願いするのだから、読み書き算盤の知識は絶対に必要だ。そしてなにより、ミネットの()()が明け一般市民へ戻る八年後までに、ちゃんと手に職をつけられる状態にしなければならないのだ。

 逆を言えばそれくらいで、なにも『ジャンさんみたいなジェネラリストになれ』なんて思ってない。公文書をきちんと要約できて、四則計算や比の計算、もしできれば数列や微積分あたりまでの数学知識をつけてくれればそれでいい。ヴィクトリアさんのコメントは言いがかりに等しい。

 

 ……あ、でもあれか。魔導術の解析は圏論あたりの大学数学に片足突っ込んでいるのだから、理解できているに越したことはないのか。このあたりは僕も詳しくないので、ポーレットさんから一緒に習うのがいいかもしれない。大学時代に数学の単位もいくつか取っておくんだった。

 

「ともかく、ミネットを休ませたいなら、まずアオ様からお休みください」

「……善処します」

 

 そう答えるのが精一杯で、膨れたままのリコッタが背中にひっついてきた。

 

「アオ様」

「ちゃんと聞いていますよ、リコ様」

「むぅ。そろそろ『様』を取ってくださいませ。既にアオ様は男爵なのですから、同格です」

「それはリコ様もです。同格ならば僕を様付けするのはおやめください」

 

 手紙を書き直しながらのリコッタとの会話。

 

「えっと、では…………アオ」

「なんだい、リコッタ」

 

 とりあえず、言われたとおり様を取ってみる。そうすると、しばらく無言が落ちる。首を振ると、真っ赤な耳が見えた。僕の肩に顔を押しつけている。固くて痛いだろうと思うのだが、リコッタはしばらくそうしていた。

 

「…………や、やっぱりしばらくアオ様と呼んでも良いですか?」

「わかりました。リコ様」

 

 そのやりとりにミネットとヴィクトリアさんが微笑んでいる。

 

 可愛いねぇ、とリコッタのことをどこか親目線で見てしまう。しばらくはこの関係性が続くのだろう。羽ペンをインク壺につける。風が吹き込み、レースのカーテンが揺れる。

 

 いつかきっとそれすら気にする余裕がなくなるのだろう。

 

 だから今は、今だけはその揺らぎを楽しむことにした。

 

 

 

 

 

 

 親愛なるハリエット・イェイツ殿

 

 お返事ありがとうございます。手紙の書き方があまりに不器用すぎるとリコッタ様とメイド長のヴィクトリアさんに怒られてしまったので、彼女たちに習いながらこの手紙を書いています。

 

 ハリエットを怒らせるつもりはありませんでした。まずはごめんなさい。

 僕も学校へ通うよう勧められました。ハリエットのような魔導学校ではなく、寄宿学校です。リコッタ様も同じ学校を目指すとのことで、今は二人で試験対策を頑張っています。

 

 オーストレスは良いところです。いろいろあって僕も領地を持つことになり、代官の方と毎日顔を付き合わせつつなんとかやっています。大変ですが、とても良いところだというのはわかりました。冬の聖節祭のお祭りは、盛大にやるそうです。そのお祭りにはハリエットにも来てほしいと考えています。

 

 是非ともハリエットに、この景色を見てほしい。

 

 リコッタ様も会いたがっているので日程を調整させてください。

 

 改めて、色々心配をかけてしまってごめんなさい。それでも、僕はなんとかやっています。いつかリコッタ様やハリエットに負けないように、きちんと恩を返せるように、二人を十全に守れるようになろうと頑張ってきました。まだまだ、遠い目標ですが、それでも、頑張ってみようと思います。

 

 また、何かあれば連絡をします。どうかそれまでお元気で。

 

アオ・ポーレットより




これにて、第一部は終了です。
ここまでお付き合いいただき、本当にありがとうございます。
最初は「成り上がりモノとか面白そうだなぁ、書いてみるかぁ!」とノリでスタートしたので、ここまでお読みいただける作品となるとは思っておりませんでした。感想や評価、お気に入りに一喜一憂しつつも、まずはここまで来ることができました。

次回更新からいよいよ学生になり、物語は続いていきます。すこしでも長く、アオとリコッタが皆さまの記憶で生きられるよう、頑張って参りますので、これからもどうぞよろしくお願いいたします。

>>>>NEXT CHAPTER グレイフォート学院編
If I wasn't hard, I wouldn't be alive.
If I couldn't ever be gentle, I wouldn't deserve to be alive.
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