【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる-   作:笹木ハルカ

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今回から新章です。よろしくお願いいたします。


王の寵児
入学許可証


「アオさま、リコッタさま、お手紙がとどいております」

 

 夏が近づいてきた頃、メイドのミネットが声をかけてきた。

 

 風が緩やかに入ってくるここはポーレット子爵の屋敷にある執務室。部屋にいるのは僕とリコッタ、そして部屋の主であるレナ・ポーレット子爵だ。リコッタと僕は魔導術の復習中だったのだが、手紙が届いたことで中断となった。

 

「ありがとう!」

「ミネットもお疲れ様」

 

 届いた手紙は、僕とリコッタにそれぞれ一通ずつ。上質な封筒が届いた時点で中身は察していた。先月受けた王立グレイフォート学院の入学試験の結果だ。

 

「合否通知、いよいよですね!」

 

 僕やリコッタよりもそわそわしているのはポーレットさんだった。山程の書類を片付けている最中のはずだが、僕とリコッタのために手を止めてくれたらしい。

 

「それでは、開封しましょうか」

「せーので見ましょうね! ねっ!」

 

 うきうきのリコッタがペーパーナイフを手にして口にする。ミネットがあわててナイフを取り上げて封を切る。刃はついてないに等しいのだが、万が一にも怪我はさせられないということらしい。流れで僕の封筒もミネットに開封されてしまう。別に僕はそういうの気にしなくてもいいんだけどな。義腕だから怪我のしようがないし。

 

 返してもらった封筒に手を突っ込む。この義腕に触覚はないが、関節の具合からして紙にしては厚手だし、何枚も紙が入っている。……これは見る前に結果がわかった気もする。

 

 それでも楽しそうなリコッタの様子に水をさす訳にもいかない。

 

「いつでもいいですよ。リコ様からカウントください」

 

 リコッタが、待ち切れないといった雰囲気でカウントを開始。

 

「いち、にーの、さん!」

 

 紙を出してひっくり返す。銀箔押しの厚手の羊皮紙が出てくる。紙のタイトルは『入学許可証』……つまり、お受験成功である。入学に必要な書類もいくつか入っていたから紙が複数枚あったわけだ。

 

「受かってました! アオ様はいかがですかっ!」

「僕も合格です。おめでとうございます、リコ様。あとは……何枚か書類が入ってますね」

 

 なんだろう、と口にしながら封筒の中身を取り出すと紙の束がいくつか。こんなにたくさん紙を使えるのはさすが王立学院。

 

「私にもいくつか入ってます…………わ、王の寵児(キングス・スカラ)に選ばれたみたいです! 第三位!」

 

 僕が紙の束をあらためている間にもリコッタの跳ねた声が聞こえる。さすがリコッタ様。そう思いつつ紙をさばいていく。

 

「出頭日時のおしらせ、所属寮希望調査票、制服とローブのサイズ表に……入学者挨拶? 僕が?」

「わ! ってことはアオが首席だ!」

 

 ポーレットさんがぐいと紙を覗き込んでくる。入学挨拶って成績で決まるのか。知らなかった。

 

「すごいです! あっという間に追い抜かれちゃいました……」

「いや、リコ様の得意な歴史や魔導術はそもそも受験科目になかったじゃないですか。そもそもの知識量だとリコ様の方が数倍上なんですから」

「でも、アオ様は文字を覚えてからまだ四ヶ月も経ってないんですよ?」

 

 前世ではそれなりの大学も出ているし、防衛省時代、課長補佐にあたる『部員』への昇格時に10ヶ月もかけて行われた研修過程でちゃっかり修士としての学位も取得している。正直なところ試験やレポートだけなら苦労しないので、受験そのものの心配はしていなかった。問題は入学のあと、日常生活含めてちゃんと『学生』できるかのほうが心配だ。

 

「文字は記号ですからね。意味がわかっていればそれとの紐付けをするだけですから」

 

 答えにもなっていない答えではぐらかしつつ、紙をあらためていく。学費や寮費は無料、ただし、入寮時にはいくらか預け入れが必要だ。一日三食分の食費は寮費に含まれるので、僕とリコッタの食費は実質的に無料だが、使用人を連れ込む場合は使用人の分の衣食住に掛かるコストは実費精算となる。制服は指定店で作ってくること。その指定店は……バリナード城のあるシェフィード市が最寄りだ。

 

「こうなってくると、早めに戻らないとだめですかね……」

 

 そういうのはリコッタで、僕も頷いておく。入学前にやることは結構多そうだ。入学まであと三週間ほど。フィッツロイ男爵領については代官のジャンさんに引き継ぎ済み……というか、最初から投げっぱなしなので問題なし。あとは身の回りの準備と諸々しておかないといけない。

 

 リコッタのつぶやきを受けてポーレットさんも頷く。

 

「ですね。入寮までの宿の手配も必要ですし、早めに移動したほうがいいかもしれませんね」

「え、宿の手配ですか? アオ様はお城に来てくださらないのですか?」

「いや……たぶんマズイと思います。そこまで迷惑はかけられませんし、変な噂をたてられてはたまりません」

「……変な噂ってなんですか?」

「公女様をたらし込んだとか、そういうことです」

「事実ではありませんか」

「さすがに看過できない語弊がありますリコ様」

 

 そのやり取りに吹き出すポーレットさん。

 

「アオ、あなたは優しいしよくできた息子ですけど……煮え切らない態度だといつか刺されちゃいますよ?」

「洒落になりませんよ」

「だって洒落で言ってないもん」

 

 ぷくっと膨れるポーレットさん。こういうところはどこか子どもっぽい。

 

「ともかく、よくお世話になってる宿がありますから、そこを手配しましょう。ポーレット家の名前を出せばそう悪いことにはなりません。ミネットをバリナード城に登城させるにはまだ早いでしょう」

 

 結局ミネットの立ち位置が一番の課題なのだが、ポーレットさんに結局発言を引き取ってもらった。本当は僕が言うべきなんだろうけど、こういう所ばかり甘えてしまう。

 

 本人の意志ではないものの、ミネットがポーレットさんやリコッタを襲ってからまだ二ヶ月程度なのだ。ポーレット家の奴隷でヴィクトリアさん仕込みのメイドとはいえ、公爵家に近いポジションを用意しておいて、いい顔をされることはないだろう。僕のそばというか、リコッタの側に置いておくのですら結構限界に近いのだ。

 

「そう……ですね」

 

 リコッタはミネットを申し訳なさそうに見てから頷いた。空気を切り替えるようにパチンと手を鳴らすポーレットさん。

 

「そうと決まれば諸々準備です。本当は私もついていきたいところですけど……」

「広水連の会合がありますし、そちらをお任せします」

「……はぁい」

 

 釘を刺すと明らかにぐでっと力を抜いている。この二か月ちょっと一緒に暮らしてわかったのは、ポーレットさんは自身のことになると、とたんに自堕落になることだった。そのあたりの所作を見せてくれるあたり、大分信頼されたらしい。

 

「でも、入学したら次会えるのは聖節祭のころですね」

 

 僕がそう言うと、後ろからポーレットさんに抱きしめられた。

 

「待ってるからね」

「はい、お母さん」

 

 これくらいのサービスはいいかと思い、呼び方を変えた。気恥ずかしいけれど、減るものではない。

 

「リコッタ様もよろしければ」

「はい! かか様たちに毎週末会えますし、聖節祭はこちらに来られるように、とと様と話してみますっ!」

 

 そう宣言したのはリコッタで、こういう宣言したときのリコッタは頑として意見を変えない。多分本当に来る気なんだろう。

 

「はいっ! お待ちしてますね!」

 

 そんなことがあって僕はリコッタと一緒に公爵家のお膝元、シェフィード市に向かうことになった。

 

 

 

    †

 

 

 

 それから五日が経って、馬車で移動する。前は車酔いが酷かったので、今回は対策も万全だ。前日の夜から睡眠時間を確保、人に会っても見苦しくない程度に締め付けの緩い服にする。脂っこい食事を避け、かといって空腹を感じない程度に朝食を食べ、酔い止めに効くハッカ水をもっていざ出発。

 

 僕は外が見やすいよう窓際に座らせてもらう。揺れる馬車の中で静かに本を読んでいるヴィクトリアさんは凄いと思う。尻尾を逃がす場所がなくて落ち着かない様子のミネットはずっとそわそわしていた。

 

 用意がよかったのか、車に酔うことなくオーストレスの領域を出る。来るときは青々としていた秋まき小麦はとっくに刈り取られ、今は大豆らしい。

 

(異世界でも連作障害はやはり手強いか。化学肥料があれば大分変わるんだが……さすがにハーバー博士にはなれないからな)

 

 この世界の農業……というよりは、僕が領主になってしまったフィッツロイ男爵領を見る限り、作付面積あたりの収量的には、おそらく地球の五分の一以下といったところだ。原始的な三圃(さんぽ)式農業ではどうしても限界がある。輪作でなんとかカバーしながらやっていくしかない。品種改良と肥料や農薬などの未発達がもろに響いているが、そのあたりを安全に導入できる知識は僕にない。

 

 もちろんハーバー・ボッシュ法の反応式ぐらいはなんとか暗記しているが、せいぜいその程度。それだけでどうにかできるほど化学肥料は甘くはない。できればカブかそれに変わる野菜を見つけて、ノーフォーク式輪栽農法を試してみたい。

 

「それでですね、アオ様。とと様からの手紙によるとですね……」

 

 思考が沈みすぎていた。慌てて会話にフォーカスし直す。

 

「リチャードが無事に生まれたとのことで、まだ私は会っちゃだめとのことですが、ようやくかか様と話せるようになったんです」

「リチャード様ということは、弟さんだったんですね。無事に出産を終えられたならなによりです。これでリコ様はお姉さんですね」

「はいっ! これでわたくしがポーレット家に嫁いでも公爵位が空位になることはなくなりました! なんの憂いも無く嫁げます!」

「……お互いそれができる歳になったら考えましょうね」

 

 あぁもうこの公女様、ことあるごとにアピールが激しい。

 

「アオ様?」

「いえ、なんでもないです」

「むぅ……」

 

 いくらおめでたいこととはいえ、上機嫌に「これで嫁げます!」はどうなんだ。

 

 リコッタの弟君であるリチャード様は公爵家の嫡男として『ダンリー伯爵位』を授けられる予定だ。これでリチャード様が継承順位第一位に割り込んだ形となり、リコッタの公爵位継承権は第二位から第三位へ後退したことになる。現バリナード公爵であるトマス閣下はまだ二〇代。戦争で死ななければしばらくは安泰だろう。そのころにはリコッタの弟君が成人しているはずで、弟君の血筋が優先される。

 

 つまるところ、大人となったリコッタに求められるのは、次代のバリナード公爵家におけるカウンターパートとしてのふるまいであり、相談役としてのふるまいだ。リチャード様が暴走しかけた時に、内外からいさめる立場である。気苦労も多かろう。

 ……その伴侶に僕が選ばれそうなわけだが、本当に僕を据えるつもりだろうか。公爵家としても、戦略的な価値の高い封魔結晶の産出地であるオーストレスを押さえたいだろうし、そこに娘を送るというのは戦略として理解できるが、僕にとっては荷が重い。

 

「アオ様はいろいろ難しいことを考えていらっしゃるようですが」

 

 リコッタが僕に身体を預けてくる。金属製の義肢だから身体に当たると痛いだろうに、それでも笑顔で僕の肩に頭を預けてくる。

 

「わたくしは、アオ様と一緒にいられれば、それで満足なのです」

「……あまりにもったいないお言葉です。リコ様」

「ほんとうですよ?」

「疑ってなどおりません」

 

 そう答えると、にっこり笑ってくれるリコッタ。

 

「なら、よいのです。……それに学校も一緒ですし、寮もアオ様と同じになれるとよいのですが」

 

 その言い草に疑問符が浮かぶ。

 

「……あの、リコ様?」

「はい?」

「寮は男女別ですよ」

「えっ?」

 

 ヴィクトリアさんのものらしい小さなため息が聞こえた。

 

「……ヴィクトリア?」

 

 あの顔は、なんとかしてくれという顔だ。

 

「どうにもなりませんよ。寄宿学校は国王陛下の庇護下にあります。公爵家のために特例など設けられません。親元から離れ、同年代の方々と共同生活をおくる練習です。ご理解ください」

「で、ですが……そ、そうだ! では! アオ様付きのメイドとして!」

「ひぇっ!?」

 

 今度は剛速球がミネットに飛んだ。確かにミネットは僕の腕のメンテナンス要員として出入りすることになるだろうから、男子寮に入れる女子としてのかなり異例な立ち位置になる。

 

「リコ様、そうなれば僕の立場が吹き飛びます。公爵家の長女をメイド扱いして寮に連れ込んだと噂になれば、それこそ()()()です」

「でもですよ……」

「でももなにもありません。日中は一緒の授業でしょうから、それで良いじゃないですか」

「よ、よくないです……」

 

 しゅんとしてしまうリコッタ。あぁもう可愛いなあ。

 その頭をなでつつ、なんとか落ち着ける。

 

「大丈夫ですよ。きっと大丈夫です。いろんな方との交友を深めるのも僕たちの務めなんですから、頑張っていきましょう」

「……アオ様は、ずるいです」

 

 それへの答えは肩をすくめて返した。この甘えん坊な姫様をなんとかしないといけないのか。普段は聞き分けが言い分、少々骨が折れるけれど、まあ、楽しみつつ説得していくしかないだろう。

 

 まずは入学手続きと買い出しである。リコッタは僕とミネットを連れ回す気まんまんらしい。大丈夫だろうか。




ということで、学生になります。
……15万字つかってようやく学生ってマ?

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