【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
買い物が終わると、あとは帰るだけだ。その前に少しだけ、リコッタといっしょにウィンドウショッピングの時間をとることができた。彼女は楽しそう。スキップまではいかないものの、楽しそうに頭が揺れている。桃色の髪が緩やかに後を追うように揺れていて、見ていると華やかだ。
商店を覗いた限りという条件付きだが、シェフィードの街はとてもよく手入れされている。物乞いも他の街に比べて少ないようだ。少なくとも僕がホームレスをしていたファイフ公爵領より少ない。ちゃんと繕える程度には安定した治世ということだ。ファイフ公爵領が特別ひどかったのか、バリナード公爵領が優秀なのかは、よくわからない。
(だけど、こう見るとオーストレスは別格だったんだな)
鉱業に依存した歪な産業形態ではあるけれど、オーストレスでホームレスや物乞いを見たことはなかった。仕事が十分にあって、資金も十分に投下できる状況なのだから当たり前と言ってしまえばそれまでだ。でも、それをちゃんと市民に還元しようとしているポーレットさんの方針があるから、今は何とかなっている。
(だけど、鉱物資源はいつか必ず枯れる。それまでに鉱業関連事業を縮退しても大丈夫な状況まで産業基盤を構築、維持しなければいけない……きついな)
なにせ、正確な埋蔵量の算出など不可能なのだ。ポーレットさん曰く『まだ鉱脈が露頭している箇所もあるし、しばらくは安泰』と言われているが、その『しばらく』はいつか必ず使い切る。それに採掘地点が深くなりすぎて採掘コストが販売価格を上回れば、鉱山自体は無事でも操業は難しくなる。
そもそもとして、オーストレスは地質的に見てもハイリスクな鉱脈だ。
(温泉が割とがっつり出るんだから、いつ異常出水が起きてもおかしくない。坑道丸ごと水没とか笑えないぞ)
ポーレットさんの屋敷には、温泉が引かれていた。聞けば掛け流しとのことで、掛け流しができる程度には水が常時湧いていることを示す。それに小麦に向かないのは保水性のない土壌だからであり、それはすなわち、雨や雪が浸透しやすい地層が多いということだ。
そんなところで、穴を掘っているのだから、大量の地下水を含んだ地層を不用意に掘削すれば、毎秒トン単位の出水で鉱山ごとまとめて封鎖という悪夢も十分ありえる。地下水の水位が下がって上流部の井戸が枯れるという危険性もある。
そういった状況なのだから、鉱山収入にあぐらをかくわけにはいかない。何より鉱山は開くよりも閉じるほうが金がかかる。農業や畜産業の維持と発展はポーレット子爵領存続の必須条件だ。そのためのオーストレス広域水利連絡会の結成でもあるのだが、まだ動き出したばかり。ポーレット家はこれからが正念場といえる。
厳しい状況を乗り切るためにも、僕が身につけられる知識と人脈は可能な限り全て身に付けないといけない。そういう意味ではこういう街歩きはそんな出会いの可能性の宝庫だ。ホームレス時代はまともに商品をみることすらかなわなかった。浮浪者が店の前で立ち止まると店主が箒を持って出てくるからだ。社会的な信頼を得つつあるいま、市場から得られる情報は大きい。
(ウールだけじゃなくて、コットンもかなり出てきてるのか……。このあたりは気温が低すぎて綿花の栽培は厳しいはずだけど……)
「アオ様は服がお好きですか?」
考えてたらリコッタに声をかけられる。あいまいに笑って会話を合わせた。
「リコ様に拾われる前は服なんて見る余裕なかったですからね……珍しさもありますし、綺麗だなぁと」
「コットンは高級品です。最近は新大陸から綿花の輸入も増えましたから、市民でも手が届きやすくなったそうですよ」
リコッタが振り返る。見た先はヴィクトリアさんだ。
「はい。新大陸からの輸入品と言えば、綿花と胡椒、あとは硝石あたりでしょうか。新大陸産資源の需要はうなぎ上りですから、冒険者を中心に開拓団を送ってそのあたりの安定供給を目指して国王陛下の肝いりで事業がすすんでいるとか」
なるほど、やはりコットンは新大陸産か。新大陸での陣取り合戦は熾烈を極めているらしい。冒険者と言えば、前フィッツロイ男爵のアーロン・フォリオが雇っていた『ジョバンニ=クタバール冒険団』のイメージしかないが、有力者が新大陸に出張ってるということだから、まぁ、大丈夫なんだろう。
「もしかしてですが、国王軍の展開がやたらと緩慢なのって……?」
「……ご賢察の通りです。どうかこれ以上はご容赦を」
ヴィクトリアさんの答えは『それ以上口にするな』というイエローカード……つまり、王国が考える主たる戦場は新大陸であり、この大陸に残っているヴェッテン王国の軍隊の練度は比較的低いのだ。帝国との戦争に備えざるをえないバリナード公爵領は、新大陸資源の確保という意味合いにおいては後塵を拝することになっているということだろう。
公爵閣下が軍拡する方針を堅持しているのも頷ける。王国の応援は得にくい上に、一線級の兵力がないかもしれないのだ。
「……また難しいお顔をされていますよ、アオ様」
「そうですか?」
「リコッタとのお散歩は退屈ですか?」
「まさか」
僕の答えに満足できなかったのか、リコッタは「えいっ!」と腕にしがみついてくる。触覚がないのもあって、肩が引っ張られる感覚でそれを知る。
「リコ様?」
「せっかくの街歩きなのです。難しいお顔はやーですよ?」
「……そうですね」
見上げてくる視線に、どきりとしてしまう。いつまでたってもリコッタの扱いを決めかねている。彼女は僕にどこまできてくれるだろう。
「あれ?」
リコッタの声で思考が中断する。視線を上げると人混みができていた。ヴィクトリアさんが前に出る。左目を意識して周囲の魔力を確認。怪しい魔力はない。すぐ横には路地裏へ続く道。最悪そちらに逃げることも考えたが、リコッタを連れて行くには治安が悪すぎる。……少なくとも、今のリコッタを連れて裏路地を安全にかつ穏便に切り抜ける実力は僕にない。
「待てこのガキ!」
人混みをすり抜けてきたのは僕たちと同じぐらいの背丈の男の子が二人。手にはバゲット。なるほど、物盗りか。
「アオ様」
「わかってます」
ヴィクトリアさんに返し、リコッタの前に割り込みつつ一歩下がる。さっと背後を守ったミネット。さすがはヴィクトリアさん仕込み。このあたりの動きはミネットもぎこちないながらもできるようになっている。
僕もリコッタも、いま動くのはリスクだ。プロに対応は任せて、そのまま待機する。
「そこの人! その泥棒捕まえてくれ!」
「へへーんだ! 捕まるもん……かっ!?」
ヴィクトリアさんの横をすり抜けようとした男の子が円を描いて宙を舞う。もう一人は脚を引っかけて倒している。お腹から落ちてとても痛そうだ。
「でっ!?」
「いかなる事情があっても、盗みは犯罪です。残念ながら見過ごせません」
「……お見事」
二人の男の子は潰れたバゲットをきつく抱きかかえている。先頭をひいていた子は比較的肉付きも良い。おそらくは裏路地でもリーダー格だろう。僕が気になったのはもう一人の方。
(眼鏡……?)
シャツは冬物で季節には合わない。垢で汚れていても質が良かったシャツはそこまで小さくなっていない。子供は成長していくのに、服がつんつるてんになっていないということは『新参者』である証拠だ。
「ふざけんなオバサン」
「ま、待ってイヴァン! その人は……!」
吠えるリーダーを諌める眼鏡の子。やっぱりらしくない子だ……まぁどちらも明らかに僕より年上なんだけど。そのころになってようやく店主であろう大男が息を咳き切らせて追いついた。
「こんのこそ泥がっ!」
子どもの脇腹を蹴りつけている。主に蹴られているのは眼鏡の子。……これは、見つかった原因はこの子だな。
「……いやぁ、お騒がせしまし……って! 失礼いたしました! リコッタ公女殿下!」
さっと膝をつく店主さん。さすが公爵家のお膝元。リコッタの顔はやはり知られている。オーストレスの街中のように『一般市民相手だと名乗らないとバレない』なんてことはない。
その礼を受けるリコッタは戸惑ったように僕をチラリと見た。……なぜ僕を見る?
「いえ、何の問題もございませんわ。こちらこそ申し訳ございません。せっかくのバゲットをだめにしてしまいました」
「そんな! お見苦しい騒動で御目を汚ししてしまい、恥じ入るばかりです」
「申し訳ございません、閣下。ですが、御身の安全が第一ですので……」
ヴィクトリアさんが膝をついて謝る。……なるほど。これは僕も一芝居打つ流れか。腹芸はできるが、ゴールの打ち合わせなしのぶっつけ本番。さて、読み違えてなければいいが。
「それであれば、リコ様。僭越ながら一つご提案がございます」
あえて愛称でリコッタを呼び、注目を集める。リーダーっぽい子の前に立ち、逃げないように一応牽制。……転び公妨みたいなことはしたくないが、まぁ、逃げようとしたらその時か。
「そのパンを買い取るのはいかがでしょう。使用人の不手際とはいえ、だめにしてしまった分の補填は何かしら必要かと」
ぱっと顔が明るくなるリコッタ。よし、なんとか方向性は合ってた。
「おじさまのお店でバゲット二本はいくらかしら。……ヴィクトリア」
「こちらを」
小ぶりな財布を差し出すヴィクトリアさん。銀製のがま口……がま口財布ってこっちにもあるんだ。
「タラント銅貨で二枚でございますが……リコッタ様が補填されなくとも……」
「いいえ、おじさま。いいえ。わたくし付のメイドが不始末をしてしまったのに咎めなかったと父上に知られては、わたくしが叱られてしまいます。どうか受け取ってくださいませ」
リコッタはニコニコと笑って、小ぶりな銀貨を押しつけている。……バゲット十本分の値段だが、迷惑料兼口止め料といったところか。
「ありがたきしあわせに存じます。公爵家と公爵領の
観衆の人混みから『公女様万歳!』との声が聞こえてきた。……この声、多分リコッタ付のメイド隊の誰かだ。聞き覚えがある。おそらく私服姿で周囲に紛れて警備してたのだろう。それにつられるように公爵家とリコッタを称える大合唱。これで僕への注目が外れる。
「今のうちに逃げろ」
窃盗犯二人に耳打ちする。たぶんこれが正解だろう。人混みに紛れて子どもが消える。
ホームレスの子どもの生活がどれだけ悲惨か、僕は身をもって知っているし、リコッタに聞かれて刺激が少ない範囲……すなわち相当ふわっとした範囲で話している。
そのせいもあって、リコッタは目の前の物取りの子をなんとか見逃してあげたいと思ったらしい。一方で、公爵閣下の長女である彼女が、犯罪行為を見逃すこともできない。少なくとも窃盗の被害に遭った店主の前でそんなことは許されない。
だから、周囲の進言を聞き入れて、公爵家が補填したという体裁が必要だった。しかも補填そのものをリコッタやヴィクトリアさんから言い出すことができない。だから『使用人が誤って商品をダメにしてしまったからその補填』という問題へのすり替えを、外部の人間である僕が提案し、リコッタが受け入れたという状況を作ったわけだ。
わかりやすく子どもを逃がしたのは『市民に慈悲をかける公女様』というイメージ戦略として有用だろうし、ヴィクトリアさんがわかりやすく膝をついて謝罪したので僕も動くことができた。
……いや、わかるけど、わかるけどさ。ここまで複雑な背景を踏まえてのトス上げをぶっつけ本番で要求しないでほしい。リコッタ様もヴィクトリアさんも、僕が最近までホームレスだった事情を忘れてはいまいか。
「お疲れさまでした。アオ様。本当に助かりました!」
「お優しいリコ様のことですから。……あれでよろしかったでしょうか?」
「ばっちりです!」
毎度毎度甘い気がするが、腕に抱きついてくるリコッタに僕は強く言えないでいる。
(でもまあ……もう少しだけ後始末が必要かな)
もう少しでリコッタはお城へ、僕は宿へと別れることになる。そうしたら、もう少しだけ街に残ろう。
これをリコッタが感覚でできるあたり、バリナード家の英才教育がヤバいのである。
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