【書籍第一巻発売中!】公女様の義腕騎士-元官僚、異世界でホームレスから成り上がる- 作:笹木ハルカ
僕とミネットで街中に戻ってきた。裏路地は雑多だ。この街はスラム街でも、僕がもともといたファイフ公爵領の路地裏より栄えている。建設用の角材等に混じって鉄や銅の棒材まである。すごいなバリナード公爵領。鉄を売ろうとしても買い取ってくれる人がいないほど、締め付けがしっかりしているということだ。
「ミネットはこういう場所に慣れてるんだっけ?」
「はい……奴隷商のもとにいたときは、こんな場所で待機させられていましたから」
「そっか。……僕もだ。まぁ、僕の場合は親に捨てられたらしいんだけど」
ミネットは結構目立つ。メイド服というのもあるが、ネコミミと尻尾のせいだ。北方部族の子はこのあたりでは少ない。
「あの……アオさま。メイド服だと目立ってしまいませんか?」
ミネットがメイド服を強調して聞いてくるのは、きっと婉曲表現で『北方部族の私がついてきていいのか』と問いたいのだろう。わかっているが、ちょっと僕もずらして答える。
「そうだね。でもその方が安全だから」
「安全……?」
聞き返してくるミネットに微笑みかけつつ曲り角を右へ、一度大きな通りに合流する。人影はまばらだが、それでも買い物帰りらしい女性や、アルコールで顔を赤くしたおじいさんなどがいる。僕やミネットを見て、目が合う前に逸らされることが多い。通常通りの反応だ。その通常通りには『スラム街の』という枕詞がつくが。
「女の子が路地裏に踏み込むとき、所属があるってことは結構大切だからね。メイド服はミネットが僕たちポーレット家のメイドさんだという証だ。ミネットに手を出せば、僕もポーレットさんも黙っていられない。だからその所属をわかるように示すってのがミネットの安全を確保することにつながる」
「……お詳しい、ですね」
「まあ、所属なしで強く生きてきた女の子を知ってるから」
「ハリエットさん……ですか?」
「そう、多分ミネットも会うことあると思うから、その時は驚かないでね。結構勘違いされやすいんだ、ハリエットは」
夕焼けの時間。そろそろ日が落ちるから、それまでにある程度目星はつけておきたい。
「あの……それでもですが……わたしまで目立ったらアオさまがさらわれたりとか……」
それは僕がこの街に溶け込んでないことを教えてくれる言葉だ。そりゃあそうだろう。僕の服は綺麗に洗濯されている。こういう場所で清潔な衣服というのはそれだけで高級品だ。
「それもあり得るね。だから、ミネットを連れている」
だって強いでしょ? と声を掛ける。
「僕は信頼してるよ。ミネットのこと」
それは本音だった。
「アーロン・フォリオは君を捨て駒にした。残酷で許せない行いだけれど、それは君なら役目を果たすと期待したからだ。おそらくアーロン・フォリオは君の戦闘力にある程度の信頼を置いていた」
その結果が自爆の強要だったとしても、子爵軍の護衛をかいくぐり、殺傷能力がある範囲まで近づけると本気で考えていたはずだ。それそのものは、たぶん純粋な評価と見てよいだろう。
「……そう、でしょうか」
ミネットの細い声が僕を追いかけてくる。角をまた右に曲がって、ふたたび細い通りに。ミネットが小走りで僕を追いかけてくる。
「わたしは、いいなりになるだけの奴隷でしたから」
「そうかもね。だけどそのアーロン・フォリオは『無能を捨て駒にできない』ことが分かる程度には頭が良かったはずだよ」
奇妙な関係だが、捨て駒には一定の実力がなければならない。なにせフォローアップはしないしできないのだから、最低限の成果は挙げられると信頼できない相手を捨て駒にしたところで、時間すら稼げずリソースを消費するだけに終わる。
少なくとも軍事の世界ではそうだ。
負荷の高い作戦行動……すなわち敵支配下における破壊活動や、撤退戦における
アーロン・フォリオはクソ野郎だったが、貴族であって戦争について行ったこともあるはずだ。それくらい分かっていると思うが……いや、分かってないのか? 冒険者の練度は低かったとはヴィクトリアさんから聞いたけど、リコッタの警護に関する全権を預かるヴィクトリアさん基準だと大抵の人類は『練度が低い』扱いになる。
まあ、ともかくさ。そう前置きをしてミネットの方を見る。
「ミネットは自信をもって、自分を出してもいいんだ。というより、出してくれないと困る」
「困る……ですか?」
「これまでは主人に盲目的についていけば良かったかもしれない。でもポーレット家ではそうはいかない。もうそれは許されない。自分の実力を認識して、それを活かすことが求められる。僕も、ジャンさんも、ミネットも、ポーレット子爵たるレナさんも」
それは奴隷として言いなりになるよりも厳しいことだろう。自分で選び、その結果を認め、背負う。理不尽を強要されることはないが、言い訳もできない。解答なんて示されないまま選択をし、その結果に責任を負わねばならない。それは辛くて、大変なことだ。
「だから自分に何ができるか、何がしたいか、それを一緒に探していけたらと思う。……いつかポーレット家に関わったことが無駄じゃなかったと、そう思ってもらえるように頑張るよ」
ミネットの返事はなかった。僕もそれを気にしない。せめて僕やポーレットさんの前だけでもちゃんと等身大の人間であってほしい。そんな場所をミネットには見つけてほしい。もしもそれを用意できたなら、僕のささやかな自己満足までついてくる。試さない理由はなかった。
「あまり無理せず行こう。お互いさ」
「であればいますぐ引き返すべきではありませんか?」
「大丈夫、まだこのあたりは安全だよ」
怖がっているミネットに笑いかけて先へ。僕が育った街、ファイフ公爵領の悪人街はこんなにきれいじゃなかった。
「ねえ、ミネット」
「はい。アオさま」
だが、そこではなかった
「青臭い変な臭いわかる?」
「はい。嫌なにおいです」
路地裏の空気はどこも変わらない。タンパク質が腐るにおい。アンモニア臭。目が痛くなるような強烈なものはまずないけれど、それでも無視できない程度には漂っている。これらはホームレス時代によく嗅いだ臭いだ。
なのに、そこに嗅ぎ慣れない匂いが混ざっている。ミネットの言うとおり嫌なもの。青臭い、でもかすかにとろりとした甘い香りが潜む。僕はこの臭いを知っている。
このにおいは、防衛省から
公式の打ち合わせのあと、連れ出された歓楽街のやたらと小綺麗な民兵に守られたクラブハウス、そこでやたらと
その時のたばこと同じ香りがする。これは、この裏路地に潜む香りは……大麻だ。
「この臭いがするところはあんまり近づくべきじゃないかもね。だけどまあ、ちょっとこの先に用があるから突っ込もうか」
「そこまでしてアオさまは何をされるのですか?」
「んー。安全の確保と、そのための情報の収集、かな」
「じょうほう……こんな裏路地でですか?」
「裏路地にしかない情報ってのもあるからさ」
そう口にして、笑う。
さて、三回目の右折をしたのだが、つかず離れずでずっと追いかけてくる子どもの相手をそろそろしないといけない。さすがに三回連続で右折してもずっと追いかけてくるのは尾行で間違いないだろう。
「ミネット、前を見て歩きながら聞いて。つけられてるけど、気がついてる?」
「はい。子どもが……五人?」
「たぶん他にも何人かいる。最低でも……そうだね、あと四人ぐらい。だから十人くらいかな」
「どうするんですか?」
「どうするもこうするも、安全を確保するしかないよ」
最初の路地にもうすぐ着く。あそこは遮蔽物もあって、道が細く、通りを抜けきれば大通りであることが確定している。尾行に対応するにはうってつけだ。
「できるんですか?」
「これでも五年くらいは路地裏で暮らしてたんだ。荒事には慣れてる。……それじゃあ、走れっ!」
走れだけ大声で言って実際に走り出す。次を右折すれば見覚えのある路地。さあ、答え合わせだ。
ミネットに隠れるようにサイン。彼女はほとんど真上に飛び上がって、建物の二階にある窓枠に手を掛けて相手の視界から外れている。彼女の耳としっぽは伊達じゃない。本当に猫みたいだ。
僕は入ってすぐで急旋回。慌てた様子で飛び込んできた子と目があう。結局僕を追いかけてきたらしい。相手の肩口の服を掴み、そのまま相手の脚を刈る。大外刈り。綺麗に相手を背中から落とす。
「ぎゃっ」
「ごきげんよう。僕になにか御用でしょうか。生憎、換金できるような手持ちはないのですが」
その子のお仲間が後ろから何人かギャングの子達が追いついてくる。その中に明らかに誰かにボコボコにされた眼鏡の子と、体格の良い子がいる。リコッタと一緒にいたときに見た顔だ。予想通り情報源として利用された形だろう。
「くそっ……!」
「これだけ頭数が揃っているのなら、通りで追いかける人を変えるべきでしたね。同じ顔がずっと後ろについてたら誰でも気づきます」
そう言いつつ、目を細める。
「さて、僕を追いかけてきた理由は金でしょうか、それともどこかの誰かへの口利きをしてほしいとかですかね?」
「ちっ……!」
「まあ、でも僕だけで戻ってきて正解でしたね。彼女たちにこんな所を見せるわけにはいきませんし、それが理由でホームレス一掃作戦なんて実施されたら夢見も悪い」
リコッタの前で起ってしまった物盗り騒動で、僕が一番恐れた展開はそれだ。
この世界における社会福祉システムは未発達だ。浮浪者になりたくて成る人間はいないだろうが、一度浮浪者になってしまえば、そこから這い上がることは基本的にできない。そんな状況で、浄化作戦を実施したら、どうなるか。
強制退去か、収容か。どちらにしても生活基盤はズタズタだ。文化的な生活に復帰するためのまっとうな手段を失った結果導かれるのは、今以上の犯罪行為の横行か、野垂れ死にだ。
まあ、それを防いだところで、僕が感謝されることはない。実際当事者の目の前の子達は怒り狂っている。……それでも『やるべきこと』はやるべきだ。
「君たちにはボスがいるはずです。……少なくとも、組織立って動ける動き方を考え教えた相手がいるはずだ」
「俺がボスだ」
「いや、違うね。君はボスではない」
コケさせた男の子を見下ろして笑う。
「尾行術は雑だが、基礎の理論はしっかりしている。少なくとも専門教育を受けた人間のアシストがあったはずだ。そして君たちは面倒だからとかそんなくだらない理由でその鉄則を破った」
「な……え?」
「ハッタリでボスだとか言ったなら、そこで言い淀んじゃだめだよ。……まったく、教育がなっていない。君たちと話しても時間の無駄だな」
路地裏にもルールはある。路地裏でうまくやるコツは『誠意にはより大きな誠意を、悪意にはより大きな悪意を』だ。これはハリエットから学んだ。
「昼に見たそっちの二人の方がよっぽど理解している。二人の振る舞いから話が通じる位にはやり手だと思ったんだが」
話題を振られた眼鏡の子が青ざめている。本音ではあるが、わざと煽っていること位はわかってくれると思う。隣の子の方は気づいたようだ。多分その子は場数を踏んでいる。
「もう君たちから話を聞くのは諦めた。さっさとボスのところに案内しろ」
「俺たちを怒らせたらどうなるか知ってるのか?」
「さぁ。ウサギとダンスでも踊るのかい?」
喧嘩を売るなら早いほうがいい。そして、可能な限り初手で叩いておく必要がある。こいつは舐めてかかっても大丈夫と思われたら、それを覆すのは難しい。
ハリエットは強かった。路地裏で僕という足手まといを抱えても生き残った。それは『あいつに喧嘩を売ると面倒だ』という共通認識ができるまで、相手を返り討ちにし続けたからだ。適度に距離をとり、どの集団にも属さず、同時にどの集団からも利用し、利用されながら生き残った。
その技術があったから僕も生き残ることができた。ハリエットの魔法の才能が開花し、パン屋を吹き飛ばして……多分、粉塵爆発を意図せず巻き起こしたのだと思うが……魔導研究学院に強制入学させられてからの二年近く、僕は一人で生き残った。それは、ハリエットの指導があったからだ。
「この人数差で良く吠えるお坊ちゃまだ! やっちまえ!
相手は十一人。二人は中立だから予想通り九人。
さて、久々の荒事である。腕が鈍ってないといいんだけど。
アオ、元来はこういう性格のはずなんですよね……官僚として動きすぎてるだけで……
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